920 間話 ファスロ・ピコ 21
ファスロが床に倒れている。
ファスロを、こんな目にした黒服はファスロの横で鼻血を出して倒れていた。
ロリアを背後から襲った、もう一人の黒服は部屋の隅で身体を丸めて唸っている。
ロリアは転がした男達には眼もくれない。
不覚だった!
まさか、旗艦【ルベル】の団長室に呼ばれるとは思ってもいなかった。
ドアが開いた瞬間に、フードを被った男の眼が笑っていた。
背後から伸びてくる腕の気配を感じて、しゃがみ込みながら壁と床の角に磁力ブーツの踵をあてた。
パチパチという音。
ファスロが脱力して、ゆっくりと押し倒される。
『スタンガン!』
締め落としを狙って、ロリアの首に手を伸ばして来た黒服。
ガラ空きになった胃袋に左正拳を捻じ込ませた。
次はファスロを襲った男。
ロリアが許す訳がない。
踵に力を入れて飛び上がりながら、スタンガンを回し蹴りで弾き飛ばして、返す足で男の頭を床に叩きつけた。
壁や天井を使った三角飛びの連続。
ファスロを襲った男は、床に顔を打ち付けて鼻血を出している。
無重力に慣れる為に、トレーニングをしていて良かった。
壁や床の突起を利用する。
床の磁性体は踏ん張りが効かずに滑る。
あてにはならない。
打撃を与える事に使う為に、鉄が仕込まれたブーツは利用できると割り切った。
床に倒れたファスロを守る様に、前に出て構を解かない。
ハイエルの左右に居た男女の護衛が前に出た。
床の黒い部分にブーツを合わせて磁力を保って居る。
一段高い場所から、更に小柄なロリアを見下ろすハイエル。
皇帝を気取っているのか、身体全身を覆うフード付きマントを羽織り、頭からスッポリ全身を隠し目だけが見えている。
だが間違いない。
タイプ2 ハイエル将軍。
笑いながら、そのハイエルがロリアに問いかけたのだ。
「調子は戻って来ている様だな。
しかも、無重力を味方に着けているとは。
護衛の連中にも指導をしてくれないか? ロリア」
「そんな頼み事をする前に、ファスロをソファに寝かせなさい!」
ロリアは、低く落ち着いた声でハイエルに向かって告げる。
ファスロなら自分で運べるが、目の前の二人には気を許せない。
だが悲鳴もあげず、ヒステリックに抗議もしない。
「なるほど ベルザに似て強い女だ。
キト!その男をソファに!
丁重にな!」
ハイエルの傍らにいた護衛の一人が、ナイフを仕舞いファスロをソファーに寝かせた。
気を失った男はドアの外に放りだされた。
手加減はしているから死んではいないだろう。
足音が聞こえたが中には入って来なかった。
何を今更、丁重にだ!
ファスロの首筋に、スタンガンを押し付けて意識を飛ばしたくせに!
コンナが、やられた手を私達にも使ってくるとは・・・・・
ロリアは、前回の面会でハイエルが紳士だと油断をしていた自分を恥じた。
ハイエルの傍らに立つグレーのスーツの女は、コンバットナイフを構えたまま。
「ナイフをしまってもらえますか? 彼の様子を診たいのですが?」
「そうはいきません。貴女は近接戦闘に長けています!」
「あぁ、ファーザの手解きを受けているからな。私は兄弟子だよ。ロリア」
「知ってます。ですが私達を襲う事の理由にはなりません」
「ブラブ、ナイフを仕舞え。
ロンスト! 床を清めよ!
彼女は大丈夫だ。
ロリア。
彼を診て安心したら、彼を膝枕して話を聞け!」
胃袋を突かれても吐くのを堪えた黒服はロンストというらしい。
油断して居なければやられていた。
顔を顰めながら相棒の鼻血を拭き取った。
ロリアはファスロの脈を確認して、言われたとおりに彼の頭を膝に載せてハイエルに向き合う。
「膝枕させて、飛びかかれなくした訳ね。用心深いんですね」
「私は、臆病なんでね」
(タイプ3!)
「皆出ていけ!」
(タイプ2!)
ハイエルは、三人の護衛に声を掛けた。
「「「ハイ!」」」
従順に命令に従い、室外へ出る三人の護衛。
護衛なら護衛対象の身を案じて、残ろうとするはずなのに素直に出て行く。
「あぁ、将軍として命じた。洗脳が効いて従順だ。
声の質に応じて対応してくれるよ。
タイプ2 皇帝の威厳だな。
タイプ3 学者で話を続けよう」
「タイプを知っていたんですね。しかし、隠しマイクの類は無かった筈」
「タイプ分けか? あの資料は、ロイが先に見せてくれた。
彼は君達の事を心配して、手持ちのカードを晒して眠りについた。
そこまでは、読んでいたんだろう。ファスロ?
いつまでも、ロリアの膝の感触を楽しんでいるんじゃ無い!」
ファスロが、含み笑いをしながら身体を起こす。
「なるほど タイプ3だけありますね。よく見抜きましたね?」
「膝枕の際に首をもっと脱力させなければ!
芝居が下手過ぎだ。
ロリアが気づかない様に、芝居を続けたのに台無しだよ
ロイに話を聞いて、首筋に何を仕込んでいたのかい?
ただの絶縁体では無い・・・・そうか、ボーズをコンデンサー代わりにした?
後で見せてくれ。興味深い」
「嫌な奴・・・・・」
ロリアが、フードを取りマントを脱ぎ出したハイエルを睨みつける。
60なのにタイプ3は軽口を叩く。
まるでファスロの友人の様に会話を交わす。
ロイが残した資料のとおりだ。
「学者の時の方が、顔色が良いのは何故だい?
引きこもりじゃ無いのか?」
「引き篭もりを馬鹿にするな。
この人格の時は、消化が良い物しか口にしないし、酒も呑まない」
マントを、丁寧にハンガーにかけて吊るすハイエル。
そこが定位置なのか、マントは裾まで伸びて壁に張り付いた。
マントに金属プレートでも仕込まれているのだろう。
「シャツを脱いで、そこのスツールに座ってくれ。
話はそれからだ」
「ふん。真面目に医師を務めるか・・・・ロイの最後の弟子という訳か。
済まないが、ロリア! 裸になるぞ」
「どうぞ、お気になさらず」
「そうか。お前も医師だな。
これで良いか?
必要な物は、テーブルの引き出しに入っている」
そこには、やや細身の身体つきをした男の姿があった。
年齢で言えば40代というところ・・・・
これも、ロイの資料の通り。
妙に若い。
引き出しには、聴診器や使い捨ての手袋すら準備されていた。
メスは流石にないが、代わりになる鉗子の類まで入っている。
二人は、マスクを付けて診察を開始する。
ファスロが聴診器で胸の音を聞き、舌鉗子を使い舌を押し下げ喉の奥を見る。
虫歯も無い。
「虫歯は、宇宙での生活には支障があるのだろう?」
「えぇ、よくご存知で・・・・」
目の状態・・・・
やや充血は認められるが、問題はない様だ。
聴診器を当てながら触診にかかる。
首筋から、肩甲骨、肋骨、胃にかかり、そして肝臓・・・・・
「いよいよ本丸か?」
「本当に軽いやつだな」
触診では・・・・・認められない」
「エコーを使うか?」
ハイエルが指差した部屋の奥にカーテンが引かれていた。
ロリアが開けてみると、そこには診察台とワゴンに載ったエコーの機材が置かれている。
「最初から、こっちで横になってくれれば良いのに・・・・」
ロリアは、呆れ返る。
「そんな事をしたら、ベルザが称賛したファスロの腕を見れない。
ロリア。
下も脱ぐから、棚からバスタオルを取ってくれ」
「何故、全裸になるのですか?」
「すぐに解る」
パンツも脱ぎ、ハイエルは診察台で横になった。
エコーを、かけてみると確かに肝臓の一部に影がある。
他の内臓を診てみる。
「肝臓の左葉だけですね・・・・胆嚢も少し腫れている?」
モニタを観ながらハイエルが口を挟む。
「結石は無い筈だ」
「やりにくい患者だ。だが・・・・・」
様々な角度からエコーの映像を撮った。
「ステージ2ってとこかな?」
「そうね。」
「エコーだけでは判断できないだろう?」
「解っているじゃ無いか? タイプ1になって見てくれるか?」
「タイプ1からタイプ2に、連続して切り替えよう。
意識だけは学者様でいるから、それぞれ、わずかな時間しかないぞ」
エコーを、かけたまま映像を記録し続ける。
・・・・わずかな時間。
それこそ、30秒ほど・・・・
筋肉が増し初老の顔付きになるハイエル。
何か言いかけたが、身体つきが変わる。
腰の辺りも張り胸の筋肉が更に膨れ上がる。
成る程。
コレがパンツを脱いだ理由か・・・・・・
食い込むか破るかしただろう。
目つきが厳つくなりロリアは恐怖を覚えた。
ファスロは、左の指先に明らかに硬い物を感じた
だがすぐさま学者の姿に戻り、指先の硬いしこりが消えた。
「気難しい皇帝の状態は危険なのでね。で、どうだい?」
「脳波を取っておけば良かった」
ロリアも頷く。
「やれやれ、やっぱり脳外科医だな。
多重人格と、この身体の変化については話をしてやるよ。
まずは、肝臓がんについての所見を聞きたい」
ロリアが、差し出した医療用ガウンに袖を通しながらハイエルは笑っていた。




