916 間話 ファスロ・ピコ 17
それから、次々にメンバーが運ばれてくる。
ファスロとロリアは、医官達を手伝って交代でコールドスリープ(CS)処置を行なっていく。
そして、遂にコンナとロイがやってきた。
「後は、お任せします」
そう言い残して、一斉に奥へ消えて行くアハイラの医官達。
呆気にとられる二人。
大きなヘッドセットを装着したまま入ってきたロイ。
異様な姿。
「実は最後に言い残す事がある。
だから、彼女達には席を外してもらった」
ロイは重々しく二人に伝えた。
流石に立ち話は無理なので、CSCが隣り合わせているロイとコンナにはCSCに入ってもらう。
やや斜めに傾斜したCSCに横たわるロイとコンナ。
これで視線が合わせられるしロイも、ヘッドセットを固定できた。
コンナのマスクの目尻には涙の跡がある。
その中央に立つファスロとロリア。
「このエリアは独立していて、このコロニー艦とは切り離されている。
だが、それが裏目に出る事もある。
勿論、各種センサーとカメラで入室出来るメンバーの管理は行われているが、完全にロックされるとは言え百年を越える旅路だ。
何らかの工作を受ける可能性が有る。
ハイエル派、カイエル派。
どちらにとっても私達は邪魔な存在だ。
だが、私達を護ってくれる存在が居る。
無事に目的地へ到着できたら、このエリアの覚醒は信頼がおける私の友人が担当する」
「では、私達も危険なのですか?」
「ハイエルの秘密を知っています」
「心配しなくとも良い。
君達は、両派にとっても重要だ。
二人が治療方法を探している難病だが、先に入植した惑星で増加傾向だ」
「何故?」
「CSの影響なのでしょうか?」
「この入植計画が始まって百年以上かかっているが、ニューロの様に短い距離、時間で行われた移民計画でCSから覚醒できた割合と、近年報告された80年越えの移民団の覚醒に大きな差が出ている。
間違いなくCSCの性能が上がっている事と、CSに使われる保護液等の影響が大きい。
ニューロでは、コールドスリープ(CS)で旅を続けた者の生存者割合は9割を越えていた。
だが、その後、順調に入植出来た者は5割を切る。
訓練を受けていない一般人は、特にその傾向が強い。
正常に復帰するまでのリハビリ期間が、数年単位で必要なんだ。
具体的には、5万を越える入植者のうち4万6千人程が生存して、30から45年のコールドスリープを終了したが、すぐにニューロの大地に立てたのは2万4千人。
残りの2万2千人は、記憶障害や機能障害を発症していた。
ニューロに降り立った入植者の半数が、人の世話にならなくてはならない。
これは、大問題だ。
ニューロには、ファルトンから食料をピストン輸送している。
今も、次元航行で食料と人員を運ぶ船団がニューロに向かっているはずだ。
これも、裕福な大国で宗教的な一体感がなせる技だ。
他の入植団のデータは開示されていない。
入植した惑星の月軌道にコロニー艦を乗せたまま、CSを継続させていると言う報告もある。
人工授精卵もコロニー艦に保管されたままだ。
覚醒させるかどうかは、各入植地が込める事だ。
ニューロではリハビリを続けている者の中、そして健常者として入植した者の中から脳に関わる難病を発症する者が居る様だ」
「やはり、CSの技術が未完成だったんですね」
「あぁ、覚醒時の手法だ。
脳の覚醒に問題があった。
現在は、CSの深度に周期性を持たせているが、これが効果をもたらしている。
8割以上が覚醒後に支障無く、新たな大地で活動を再開できる見込みだ」
「それで、そのヘッドセットは?」
「皆がマスクも、装着しているのは何故ですか?」
ファスロとロリアは相次いで問うた。
「マスクは、この保安局のメンバーを疎ましく思っている犯罪者が、この移民団に入り込んでいるからだよ」
「ジェーンさんを殺し、ジェシカさんとアレンさんを傷つけた奴ですね!」
「あぁ、保安局員の何人かは顔を知られている。
奴も、CSに入るだろうがギリギリまで粘るだろう。
アレンを探す為にな」
「でも、ロイ。あなたのマスクとヘッドセットは異様だ!」
「覚醒の際に脳を刺激する為に、記憶を呼び戻して夢を見せる。それは理解できるかな?」
「えぇ、脳の覚醒は記憶の呼び戻しと、知覚の回復が必要です」
「洗脳も同じなんだよ」
「・・・・・ガルズですか?」
「あぁ、覚醒の度に夢を見せて記憶野を刺激する。
そこに、洗脳を仕掛ける。
それを、私のヘッドセットで受け止めて、私が開発した覚醒プログラムでメンバーを守る。
ガルズが開発した覚醒プログラムの概要は解っているが、実際のプログラムはブラックボックスだ。
そのデータを持ち出す為の記憶端末が仕込まれている」
「・・・・・ロイ。あなたは何を企んでいる?」
「この、老人の最後の仕事さ」
「コンナさん。あなたはロイを止めなかったんですか?」
「止めました。ですが、先生の意思は固いのです。
それに、先生がなさる事が、このエリアのメンバーの安全の代償です。
この事は私しか知りません。
私は、先生の意思を受け継ぐだけです」
「死ぬ気ですか?」
「覚醒作業が終了して、他のメンバーのCSCの信号を受け取ったら、私の脳は破壊される。
でないと、この企みを私自身が自白する事になる。
バッフィムには伝わる様になっている。夢見に立つって奴だがね!」
「あなたは!そこまでの才能を持っていながら!」
「先生!やめて下さい。私はあなたの教えを受けていきたい!」
「ありがとう。ロリア。
私も君の事は教えてみたい存在だった。
君のお母さん ベルザからも言われたよ。
『病気の事がなかったら、あなたに学ばせたかった』とね」
「先生。ロイ先生!」
「ファスロ。コンナと同様に、我が息子みたいに思えるよ。
私は結局家庭を持てなかったけど、君の事は最初に大学に入ってきた時から見ていたよ。
私と同じ道を行く。
息子の様に思えて誇らしかった。
バッフィムも息子の様な者だ。
彼の母親ともしばらくは、付き合ったからな!
君らは兄弟だよ。私の心の中ではね!」
「ずいぶんモテたんですね」
「あぁ、そのせいで家庭を持てなかったのさ。
だから、ファスロ。バッフィムの事。
ジェーンの事もよろしく頼むよ」
「ロイ先生。 母とはどう言う関係でしたの?」
「バッフィム、ファスロの母達とは、同郷の幼馴染みで二人とも同じ職場の同僚だ。
ベルザは患者でも有るし、大学の教養課程で同じグループだった。
私のメモリーに当時の映像が収められている。
パスワードは私の誕生日だ。
個人的な映像だけだからな」
それからしばらく、情報を交換した。
ファスロとロリアは、これで納得が行った。
このエリアを、宗教団体のエリアと偽装している事。
ロイの様に60を越えた独身男性が移民団に入れるわけがない。
だが、高位の役人や科学者などは別枠。
そこには、聖職者も。
ニューロの例がある。
カイエルが、そこまで手を回して入手したかった、このハイエル移民団の洗脳プログラム。
カイエルは、おそらく入手できる事はないが、彼の意を汲んだ者達がきっと入手する為に動く。
それこそ、二百年を越える旅時の果てに明らかにされる陰謀。
「君達は、先日言った通り洗脳は受けない。
ハイエルに対してメスが振るえなくなった主治医の例があるからな。
君たちには、改良された覚醒プログラムが実行される。
それは、私が開発したものをそのまま使っている」
「では、ガルズの成果は洗脳の部分だけですか!」
「そう言う事だ。
だが名声は得られない。
国が無くなっているからな」
「そうでした・・・・・・」
急にファスロは虚無感に襲われた。
「この後、入植後にできる事は何でしょうか?
研究施設もなく、荒れた大地で怪我をした入植者達の治療に明け暮れるだけ・・」
「それでも良いじゃない。
娘達を、なんとか育てるので精一杯に違いないわ!」
「そうだぞ。
コンナに嫁を探してやってくれ。
ワシに付き合って、遊ぶ事も忘れておる。
産科医の資格を持った神経外科医なんぞ、そうそういない。
入植地で新たな世界を築くには必要な人材だ」
注射器を持った医官達が入ってきた。
こうして、保安局全員がCSCに横たわった。




