899 間話 ファスロ・ピコ 03
「そう。行くのね・・・・」
ロリアに似せたアバターアンドロイドが悲しげに顔を伏せた。
カウルス社の技術者達には感謝をするばかりだ。
こうして見るとロリアが二人いて、一緒に泣いている様にしか見えない。
ベルザのアバターアンドロイドの最終形状。
ピコが主導した事とは言え、顔の細かな制御までやる時間は無かった。
子供達のアバターアンドロイドもリアルな子供の表情だ。
『これぐらいしか、僕たちには出来ませんから』
と、ファルトンを去って行ったカウルス社の面々。
自前のコロニー艦を仕立てて、割と近い他国の入植地に向かうそうだ。
コールドスリープの期間も短くて済む。
ルベルとの縁を切り研究を続ける。
ハイエルは、きっと軍用アバターアンドロイドを要求してくる。
実際、カウルスの中でもハイエルに同調した一部の社員の手によって、ロリアのアバターアンドロイドをベースにした、軍用モデルが試作されている。
彼らは、ハイエルと一緒つまりファスロ・ピコらと同じ移民団にいる。
カウルスも家族と一緒に行けば良いのに、何故だかガルズと同じ最終のハイエルの移民団に登録し直した。
家族が席を用意していたはずが、当日、空港に現れなかった。
よほど、ロリアに執着しているとしか思えない。
鬱陶しいカウルスが居なくなると、ロリアが祝杯をあげた翌日、ガルズの横に立っていた。
それ以来一層、ロリアは自分の卵子の保管には気をつけていた。
「それが、二人の子供?」
ロリアが肩から下げている、専用ケースに目をやるベルザ。
「えぇ、お母さん。八人分入っているわ。約束守れなかった」
ベルザの膝の上に、冷凍ケースを置いた。
「子供は作らないって、お話でしょう?
無理だったでしょう?」
ベルザの手が、優しく撫で回す。
まるで、妊婦が自分のお腹をさすって、胎児に話しかける様に見える。
「えぇ、私も発症する可能性が高いから独身を貫く気だったけど、子供が欲しくなった。
だから、騙すようで悪かったけど、ファスロの精子を貰ったわ」
「人工子宮ね。うまくいくと良いわね。
ごめんなさいねピコさん。
騙す様で・・・・・
それに、この子は、あなたを受け入れられない。
辛くない?」
「いいえ。ロリアの身体の事は、教えて貰いましたから。
それに、僕たちは、まだやる事が残っています。
ベルザさんと、この子達を苦しめている脳下垂体の異常が、本当に先天的なのか遺伝によるものかを突き止めて治療を施す。
それが、今までやってきた事への贖罪です」
「御免なさいね。あなたをギルレイ家の呪いに巻き込んで・・・・」
「呪いだなんて。形は違えどロリアを愛しているんだと思います」
真っ赤になったロリアが可愛い。
研究棟では、まず見せない顔だ。
ロリアには卵巣は有っても、子宮と膣が不完全だ。
生理の際に、おりものと血液を排出する細い管の様な膣があるだけだ。
この症例では、膣が肛門側に繋がらなかったのは奇跡。
子宮と膣形成が不十分で、ピコを受け入れられない。
数十万人に、ひとりいるかの症例。
としても、ここまでの症例は珍しい。
だから政敵が多いルベルでは無く、ドーンが紹介した医師が診断を下した。
「膣の再建手術は、成長期の終わりにしてください。
ですが出産は諦めて下さい。
子宮は、どうにもなりません。
代理出産の方法が有りますから、お家は続きますよ」
ギルレイ夫妻は複雑だった。
母ベルザも、遺伝的な筋肉の萎縮の兆候が見られる。
それを悟られぬ様に、食事は人前ではしない。
職務で外での食事は、サンドイッチやスプーンを使う料理にしている。
恐らく、移民団に入る為の検査を受ければ、弾かれファルトンに残る事になる。
父バロウも心臓に不安がある。
そうなると、ギルレイ家の血筋はロリアだけ。
この子だけが、生きて辿り着けるかわからない旅をする事になる。
しかも、膣形成手術を受ける時期を考えると、移民団はカイエルかハイエルの移民団になる。
娘に何の罪があると言うのだ。
コレから、どれだけの苦労が待ち受けるのか・・・・
自由にさせよう。
好きな人が出来たら代理出産でもいいじゃ無いか!
ギルレイ家の呪いを、ギルレイ家の消滅で終らせても良い。
娘が望む様に・・・・・
だが娘は聡明だった。
隠された母の病状から医学に興味を持ち、自分の身体の状態を直ぐに知った。
自ら赤ん坊のロリアを診断した医師を訪ね委細を理解した。
この時僅か12歳。
その後、父が病死し母が突如としてハイエルの秘書官に就き、連盟の各国とルベルの仲を調整してルベルに大きな利をもたらした。
反ハイエル派は駆逐され、カイエルもドーン・ロードの提案を僅かに受け入れてルベルを去る事にした。
しかも、ハイエルが立ち寄る際に水と空気、そして食料等の供与を約束しての入植だ。
更に母が車椅子の生活になってハイエルの元を去ってからは、ギルレイ家に遺伝的に筋萎縮症の発症者が続く事も知る。
男児は早い者で12歳、女児は遅くとも壮年期までには発症する。
母ベルザは、まさにそうであった。
だが、ベルザに付き添い訪れた、この大学病院で同じ症例で苦しむ少年、少女を見ているうちに、この病気を発症させない方法を見つけたい。
と思う様になり対処的な治療では無く、原因を探す道に進もうと決めた。
この時14歳。
銀の髪に青い瞳。
彼女は脳外科医を目指すと決めた。
飛び級で大学に進む15歳の春 母に自分の思いをぶち撒けた。
「未婚を貫く。
子供は作らない。
お母さんと子供達を蝕む、この病気が発症しない方法を見つけだして、全ての入植地に公表して此処で、お母さんと最期を迎える」
「じゃあ、私からの提案。と言うより賭けね。
その時が来ても治療法が見つからなかったら、移民団について行きなさい。
ハイエル様には娘が望む様にして下されば、皇帝にしてみせると約束してその通りにした。
ギルレイ家の財産は元より、軍の協力は使い切りなさい」
「お母さん。もしかして私の為にハイエルについたの?」
「彼が、この国を牛耳る事は避けれなかったし、貴方が産まれて身体の事を知った時から、決めていたの」
「では、お父様の死因は? 病死とされているけど医師の死亡診断書もないわ」
「巷で言われている様な、ハイエルによる暗殺じゃあ無いわ。
私と彼は、男女の関係になった事はない。
最期の時か、貴方が私にサヨナラを言いに来た時に教えるわ」




