887 変化 09 入植地04
あの、中尉は・・・・・タグを探しながら無線を繋ぐ。
諦めて切ろうとすると、やっと出てくれた。
「フサス中尉です・・・・済みません。両親のオムツの交換をしていました」
タグを見ると、彼も回復して平熱になっている。
まだ、若いからだろう。
「回復できた様だな? 奥さんは大丈夫か?」
「えぇ、お陰様で熱も咳も出ていません。私は一番奥の部屋で隔離でした
「だが、タグのログをみると急速に快癒した様だな? 秘密があるのか?」
タグの発信地を追う様に設定して、南の官舎に向かわせたドローンから覗くと窓からマスクをした中尉が手を振って返して来た。
側に腹が大きな女が立っている。
良かった!二人とも元気な様だ。
一度頭を下げて敬礼をこちらにして来た。
軍に関係している家族の仕草だ。
若い頃の家内もこうだったな・・・・
「奥様も、大丈夫な様だな?」
「えぇ、コロニーからの配給品が間に合って良かったですよ。
両親も、おやつを懐かしそうに食べてくれました。
それに、医局員が指導してくれた薬草が役立ちました。
先程の答えは、彼女の秘薬ですよ」
「秘薬? 医局員が薬草から薬を作った?
その医局員が、奥さんの事も見てくれているのか?」
この家族を診ている医局員の様子が気になった。
開拓地や官舎を任せている医局員は、あまり交流がない。
これは、私の落ち度だな。
「家内を担当してくれている医局員は凄腕ですよ。
色々な病気に対して、予防対策を開拓団に広めてくれています。
口にしてはいけない植物や、触ると発疹が出て痒くなる木々や葉の事。
群生地の場所も教えてくれました。
今回の病気が開拓団や、この官舎で広がっていないのは彼女のおかげです。
彼女が妻達を集めてお茶会を開いて、感染に備えて指導をしてくれました。
知っていますか?
宿営地の林に野生の果物が実るのですが、それをシロップに漬け込んで、お茶に入れて頂くんです。
お茶が美味しくなるし、喉に良いんですよ。
爽快感が堪りません!
それに風邪の予防効果があると教えてくれました。
お茶会で、家内が妊娠中と聞いて、早くから見に来てくれています。
立派な方ですよ」
「そんな医官がいたんだ (誰だ?女性の医官は少ないが・・・・)」
「えぇ、マーカスという医官ですね。
ドランドル様の部下ではないのですか?
この地の草花に詳しかったので、この前の話からドンゴの残した資料でも見たのかと思いましたよ。
他にも虫除けの煙や、傷薬、腹痛くらいなら直せるからと、薬草を育てる様に指導してくれています」
「マーカス・・・・覚えがないが。
まぁ、良かろう。
その分じゃ、追加の『お薬』はしばらくお預けだな」
「えぇ、北の農園には、又、今度巡回に出ます」
横にいる妻の目つきが変わった様な気がした・・・・
中尉。バレてるぞ・・・・
「済まないな。私の方がまだ執務室から出られない」
「わかりました。
ご用がありましたら、ご連絡ください」
横の妻の様子に気がつかないとは・・・・・
中尉は病み上がりだ。
程々にしてやってくれ。
そう心から願いながら、慌てて通信を切る。
開拓団に無線を繋ぐとやはり、薬草の栽培と効能とその処理の仕方を教えてくれたのはマーカスだったらしい。
マーカスの薬草の効能と感染予防が効いている。
どんな女性だと聞くと、眼鏡をかけた30代の女性だと言って来た。
思い当たる者は、一人しかいない。
キーボードを叩いて調べると確かにヒットした。
ワグル将軍の配下として入植している。
年齢は・・・・若く見えるのか・・・・
そう、家内と変わらない年齢だ。
大きな子供もいるようだ。
羨ましいな。
ここは、マーカスに任せよう。
後で会って礼を言わないとな・・・・秘書官を務めてくれとも・・・
だが、秘書官に置いておくには勿体無いし、開拓団から文句が出そうだ。
落ち着いたら考えなくては。
その時、タグの表示が変わった。
近くに待機していた、医局員が向かっている様だ。
・・・・・・駐屯地に向かおう。
駐屯地の営舎は、長い廊下の両側にドアが互い違いに配置されていて個室になっている。
その前を通り過ぎる防護服を着た医官。
その足音で咳をしていたベッドの兵士は、その時気がついた。
隣で聞こえていた咳が・・・・しなくなった・・・・
ベイツ・・・・
同期の友人が逝ったようだ。
タグで知ってはいたが、やはり死者が出ている。
遺体は・・・・・とても、見せられない。
共通区画は、換気を良くする為にドアが開け放たれている。
そこからドローンを侵入させて『死亡』のタグが出た部屋に向かうとドアの前で医官に出会う。
軍歴はないが軍属だ。
完全防護型の防護服を着用している。
『ジキル』見た事ない顔・・・・・
検索すると最近採用された臨時医官でまだ若い。
父親は軍人で先頃亡くなっている。
母親が開拓民で第11開拓団・・・・11開拓団に馴染みがある事だ。
「ドローンで失礼する。ドランドルだ。
ジキル。軍の支給品に似ているが、よくそんな防護服見つけたな?」
「はい。今回の件で何か無いかと倉庫を漁って見つかったそうです。
ルベル大学の研究者が使っていた物ですね」
声が曇って聞き取りづらい。
「解った。処理は、まだだな?」
「はい。私も今ここに到着したばかりです」
台車と背中に背負った機材が重そうだ。
車にもう一人残っていた様だ。
軍人で・・・・『ダントン』
その時、ドアが開く音がした。
「それでは、入ろう。他の部屋からこちらを見ている」
ドアを開けたロイドに続いて、ドローンで中に入り床に倒れた遺体を見る。
まだ若い。
亡くなった若い軍人はベイツ 29歳。
元親衛隊では無いから親も軍にいるのだろう。
今知らせるわけにはいかない。
第3開拓団・・・・北のハイエル閣下の信任が高い軍人が余生を過ごす開拓団か・・・・軍に任せると碌な事はないが・・・
映像を撮っておく。
穏やかな顔なのに、このままでは親には絶対見せられない顔に変わっていく。
ドアを閉めたジキルが手際良く、遺体をベッドに運んでやって腕を胸の前で組ませ壁にかかった軍服をかけてやった。
ジキルが頷いたので、更に死に顔を記録しておく。
ドローンがベッドの上でホバリングを始めた。
作業風景を記録するつもりだな。
ジキルが、遺体の周囲を丸められたプラスチックの薄い板を引き伸ばして囲む。
手際がいい。
肌の色が変わり始めた遺体に手を合わせて樹脂で固めていく。
手前に遺体を向けて背中の部分から、保護剤を噴射する。
反対側も同じ様にして、最後は表面から保護材をかけた。
硬化が始まり曲がりかけていた腕が固定され顔が覆われた。
青く着色されて中は見えない。
鮮やかな手つきだ。
五分もかかっていない。
「慣れてしまったか?」
「えぇ、昨日からこれで14体目です」
タグを見ると先日、送ってこられた賞味期限切れの菓子を食っていた連中だ。
「食中毒・・・・では無いな」
食中毒では、肌の色が黒くはならない。
咳もしないし、嘔吐物は無かった。
ジキルは、トイレに入り様々な場所を拭き清め始めた。
慣れた手つきだ。
「それでは後を頼む。ジキル君」
そう言い残してドアを開けてもらい、外で待っていたダントンと入れ替わりに出て、ドランドルはドローンを先に進めた。
二人で作業を進める筈だったのか・・・・・
悪い事をした。
反対側の開けぱなしの出入り口から出て上昇を始めた。
『牧場の方に向かったわ』
『ふぅ。まさかドランドルが、ここまでの仕事バカとは思わなかった!』
三郎が飛び回るドローンの一つが、剣俉とダルトンが作業中の営舎に入って行くのを発見し、月が白魔石を使って知らせてくれた。
ダルトンの顔を照合されるのは不味い。
ダルトンは、ドローンが入ってきたドアとは反対側のドアから出て車に戻った。
ペニーが、さまざまな手を使って登録はしてくれているが、出来るだけ直接の顔合わせは避けたい。
ドランドルのドローンが接近していた事には気付いていたが、まさか現場まで入って来るとは思っていなかった。
ドローンから赤外線探査モードのユニットを外しておいて助かった。
剣俉とダルトンは毛布をかけられて、ベッドの奥で意識を失って転がっているパンツ一つの軍人を引っ張り出して、床に広げた転送陣で中継地へ送った。
発熱させて意識を朦朧とさせた軍人を、心停止させて尻からタグを抜いて傀儡と交代させる。
後はジャガーとダルトンから聞いて作った、この遺体処理材を使って傀儡とバレない様にする。
後で、纏めて埋葬するそうだ。
折角作った傀儡が、皆を恐怖に陥れられなくって女帝は悔しがるかな?
「この建屋は、これで終わりか?」
ドランドルのドローンの航跡は、ここから離れていく。
月からの警告では、代わりに大型のドローンがやってくる。
ハイエルが操作しているドローンだ。
窓のカーテンを閉めて、外に出て中に殺菌用のガスを噴霧して扉を封鎖し、扉の幅に合わせたシートを貼り付けて入室できない様にした。
大型ドローンは、この通路には入ってこれない。
ドアの隙間から、こちらを伺う軍人達がいる。
「ドアを閉じてください。今から廊下の防疫処理をします。
部屋の中まで殺菌したい方は、ドアを開けておいてください!
30分ほどしたら入室可能です。
換気をしてくださいね。
口に触れるものは洗ってください!」
そう警告してこれ見よがしに、消毒剤を噴霧して歩いていく。
後で特効薬を飲ませてやるから待っていな!
牧場でドランドルは処理済みのタグがあった部屋の前で浮かんでいた。
・・・医官が扉に密着シートを張って開かない様にしている。
こんな、シートがあったんだ。
だが、これで良い。
・・・・・見せれるもんじゃ無い。
あんな死に方したく無い。
ドランドルは、ハイエルが操縦しているドローンから逃げ回った
どうしても、ハイエルに付いて行きたい気持ちと、居なくなってくれると言う精々した気持ちに自分として驚いていた。
ファルトンでの戦場で流行った発熱性で咳が酷くなるウイルスは、患者が死ねば肺の中から出て来れない。
だが、肺に残った菌は死んでは居ない。
肺の中で形を変えて時を待つ。
遺体が腐り落ち始めて、新鮮な空気に触れた菌は大気を彷徨う。
新たな宿主を探して・・・・・・
だから、『死体はすぐさま焼き捨てる』
軍規で定められていた
だが、現在私たちが目にしている遺体は異常だ。
大気に放出させる時を速める為なのか?
ベッドの中、便座にの上、床に伏せた遺体。
徐々に血の気が引いて白くなり脱力する。
だが、死後2時間もすると遺体の状況が変わる。
ワグルの遺体は、肌の色が茶色に変わり、腱が縮んで背骨と四肢が曲がり始め、指まで曲がりだした。
そして・・・・・
肺の中から菌を放出する様に、口は大きく開け放たれ舌が突き出し、生者を探す様に瞼が開く。
飛び出した目。
死んでいる筈なのに飛び出した目は、充血して血の涙を流す・・・・・
見たことが無い。
こんな苦悶に満ちた遺体。
だから、ペニーの妻アンジェラも、すぐさま焼き捨てた。
こんな遺体をハイエル閣下が見られたら、この居住区に砲身が向く。




