879 変化 01 ルース 01
アーバインで体調の不調から、療養しているルース。
友であり同じイバ=岩屋友嗣の義父である萩月常義は、ウルマからエリファーナと共にルースの聖地へルースの容態を心配して滞在を続けています。
時間軸は、東アジアの各国との会談が行われる直前の話になります。
「ルース。ルース。起きなさい。
朝ですよ。顔を洗って。
皆んな、あなたを待っていますよ!」
「はい。お母様・・・・」
ベッドから体を起こし、優しく微笑みかけて来る母の顔を見た。
あぁ、お母様だ。
でも、何時もの部屋着では無く旅装だ。
お父様と、何処かへお出掛けされるのかな?
お留守番は・・・・嫌だな・・・・
「今日から旅よ。
貴方の試練の旅でもあるわ。頑張ってね」
そう言われて、ハッキリ目が覚めた。
机の上に、僕の新しい旅装が用意されていた。
そして、新しい靴・・・・・
何だろう・・・・・この嫌な感じは・・・・
これは、あの日の前日だ!
アレの街を出て、聖地に向かう葦が生い茂った街道を行くのだ。
以前は聖地との魔石の取引や、丘の集落から集めた羊の肉を、アレの街と運ぶ馬車が集う宿場があったが、今は水場と馬車を置く広場だけが残っている。
僕が、家族を失った場所だ・・・・・
燃え上がる馬車。
空を飛び護衛達を襲う偵察ドローンに攻撃ドローン。
お父様が張った『盾』を突き破り、馬車に飛び込んで来るミサイル。
ドローン? ミサイル?
(ドローン?・・・ミサイルって・・・?)
蘇る炎に包まれる馬車。
炎の中から聞こえる兄様や姉様の悲鳴。
ダメだ!この旅はダメだ!
皆死んでしまう!
奴らがやってくる。
ブラドの奴が!
ベッドに立ち上がり、僕はお母様に手を伸ばす。
「この旅は、やめましょう!お母様!」
「でも、どこに行くの?」
お母様の姿が、声が朧げになる。
手を伸ばしているのに、抱きしめてくれない。
そうだ・・・・このアレの街も火の海になるんだった!
どこへ・・・・・
「僕たちは、どこへ行けばいいんだ!」
そう声をあげて、目が覚めた。
夢か・・・
『あなた!』
『ルース!』
念話の声が呼びかけて来る。
これは、誰だ・・・・?
ルナがルースの手を握っていた。
「大丈夫?お父様?」
「お母様・・・・・・ルナか・・・・あぁ、済まない。悪い夢を見た」
「そうでしたか・・・・・お母様達も驚かれていますよ。
大声に驚いたライラとミアラが、寝室に飛び込んできた。
地球の病室で見た、機器に囲まれている。
ルースは嫌うのだが、周りが許さない。
収納に纏めて放り込んでやろうかと思うが、日本から駆けつけた医師が悲しむ・・・
そう思い、大人しく点滴とコードに繋がれていた。
だが、もう限界だ。
「ルナ。済まないが、これを外してくれないか?」
自由な右手で、自分の股間を指差すルース。
点滴もそうだが、何より尿道に差し込まれたチューブが嫌だ。
歩くのは不自由でも、転移を使えばトイレには座れる。
漏らしたとしても、『洗浄』で跡形もなく綺麗にできる。
実際、移動する時に武人は、馬上でも用を足しながら『洗浄の術』で大小便の始末を済ませたとゲイリンが教えてくれた。
ゲイリン・・・・そうか、ゲイリンと同じ歳になったんだった。
「痛いですか?」
「いや、気持ち悪いんだ」
「ルナ。お父様の願いを聞いて・・・・」
母で有るミアラに、そう言われては仕方ない。
それに・・・
ルナは父の身体から丁寧にチューブを外した。
それに、父はもう長くない。
左手半身が使えない父。
夜着は、マジックテープを使って簡単に脱ぐ事ができる様にガウンを使っている。
下は履いていない。
ルースが、ガンとしてオムツを使わない。
漏らしても『洗浄の術』を使って綺麗にしている。
そういう意味では、まだ大丈夫だと思いたい。
麻痺を起こしているのは、脳の出血痕。
相当に古い傷・・・・家族を無くしたブラドの襲撃の際に負ったようだ。
脳の仕組みを知らない当時の治癒師には脳の治癒は禁術。
遠見の術師は居ても、身体の中を見る事ができる術師は居なかった。
幸いにその時は、悪化せずに済んだ・・・・
それが、悪化した今。
地球の医師は元より、治癒師やイバや若菜でもどうしようもなかった。
もう、90を越えているのだ。
無理もない。
術師は長生きだが、それでも時は来る。
地球で、医学を学んだ治癒師が脈を取り点滴を外していく。
頭を下げて出ていく治癒師。
床に涙が落ちた。
「あぁ、やっと楽になった」
ベッドの左右に、ライラとミアラが座りそれぞれに手を重ねる。
流れ込んで来る癒しの力。
治癒師のミアラが触れている痺れている左手。
心を安らかにさせてくれる心理師のライラが包んでくれている右手。
さっきまでの恐怖が鎮まり、家族の笑顔が目に浮かぶ。
迎えに来てくれるのかい?
ルースは、今の想いを妻達が読み取った事に気が付かなかった。
二人の妻が、強く手を握る。
「あぁ、気持ちがいいよ。
私には、お前達の治癒の術が合っている。
さっき見た悪夢を忘れさせてくれた。
・・・・・歌を聴かせてくれないか?」
ミアラとルナが、ルースが好きな歌を歌い始めた。
ライラも一緒に歌う様にルースが促す。
三人の歌声に囲まれて、安堵の笑みを浮かべるルース。
ルナ・・・・歌声も姿も別れた頃の母に似てきた。
歌声が漏れ出て来るドアの外。
萩月常義とエリファーナ、そして、ルースと常義の義息子イバ。
「友嗣君。どうしようも無いのかい?」
「木場先生もアーバインの治癒師も天測を使って、なんとかしようとしていますが、難しい様です。
寿命・・・・と言われてます」
「そうか・・・・・」
「お義父さん。済みません」
「あなた。命の砂時計には砂を足す事はできないのよ」
「あぁ、解っている」
複雑な関係だが、常義にとってルースは友人で有り家族でも有る。
だが、その家族を失いたく無い。
ルースにはルベルからの解放の日を迎えさせてやりたい。
脩や洋樹達の家の奥にあたる一画。
住民にルースの事を悟らせない為に、ミクマがこの区画には入室制限をしていた。
海に面した崖がルースの部屋だ。
【ミクマ・ファルバン】
ルースとライラの間に生まれた、ルースの長子。
ファルバンの後継者である事を隠していたルース。
当然ファルバンを名乗るのはミクマ。
だが、彼はファルバンを名乗らない。
「俺は、ファルバンの跡を継ぐ様な器じゃない。
この養魚場を守り村を纏める。
それが、アーバインを残す事に繋がるならそれで良い」
その言葉の通り、術師としては大成しなかったが統治力は優れていた。
イバがルースの長女サランの婿となり、ルースの跡を受けてファルバンの名を継いだ。
それは術者としての後継者で有り、統治者はサランの兄ミクマだ。
そのミクマが、念話を送って来た。
『イバ。悪いが二人で話をしたい』
「お義父さん。父の事は、CCFの方々には伏せておきたいと思います」
「あぁ、私も脩と真に跡を任せようと思う。だから、会合には参加しない。
エリファーナ。
済まないが、英国での次元通信接続を任せて良いか?」
「あなた・・・・解ったわ。
孫とひ孫の顔を見て帰って来るわ。
お土産は、いつもの紅茶でいいかしら?」
「あぁ、済まない」
「じゃあ、中に入りましょう。出立の挨拶をしなくては行けないわ」
ノックをしてエリファーナと常義は寝室に入って行った。
念話の内容は解らなかったが、二人とも近づいて頭を下げたミクマの表情が硬い事に気がついていた。
イバに用があるんだ。
「お二方には気を使わせてしまった。・・・・イバはどうする?」
「俺も、残るよ兄さん」
「あぁ、頼むよ。脩も居ないし万が一があったら困るからな」
「何かあったのかい?」
「やれやれ、サトリ相手に隠し事は無理か?」
「そうでも無いさ。上手く隠しているよ」
「天文台から、コロニーの太陽光発電パネルが更に展開したと言ってきた。
朝焼けのわずかな時間にしか、コロニー艦も観測できないから、実際は昨日展開していた様だ。
見逃してしまった天文台の連中も青くなっていた。
バッフィム達の見立てでは、最大展開と言っている。
電力を必要とする事象が起きた様だ」
「戦艦ルベルの方は?」
「今のところ、北半球に戻って来ている兆しはない。
南方に出ている慧一君が率いる部隊からも連絡はない。
悪いが、一度入植地へ行ってくれないか?
無いとは思うが、アンジェラに何か連絡が入る可能性があるだろう。
作戦の進行状況を知りたいし、詰めに入る頃合いだろう。
火山島の準備も確認して来てくれ。
バッフィム、アレンの手を借りる事になるし、亮太のチームも準備を急がせる」
「解った。ウルマにも、非常警戒体制に入れる様に通知してくれ」
「あぁ、済まないが任せた」
「じゃあ、行くよ」
「親父の顔は、見なくて良いのか?」
「あぁ、そんな柔な人じゃないだろう」
「あぁ、まだ命の炎は燃えているよ」
「じゃあ、聖地とウルマを頼む」
イバは、魔石の交換と物資の補給に青の間に転移していった。
大輝の収納や、保管庫にも食料は充分に保管されている。
しかし、今後の展開に寄っては、物資の補給が儘ならない事も考えられる。
サランも今回の作戦も、父の事も心配だろうが地球も重要な局面だ。
イバもCCFの事は、サランに任せきっている。
今は、脩も居ないし、洋樹も地脈と輪道の事で学業も儘ならないだろう。
アーバインは私が守る。
エリファーナも、ルースの事は口裏を合わせてくれるだろう。
準備を整え、イバは大輝が待つ火山島に向かった、




