862 間話 レディース 20
古池一郎が話したのは恋の物語。
やはり、娘を古池家も見捨てる訳にはいかず、御山とは別に見守っていた様だ。
古池の次代党首が、自分の一門の娘と恋に落ちた。
一門とはいえ地に隠れてしまう程の末梢の家。
播磨の海辺の村で魚や貝を採り、それを食し売って日々の糧にする一家。
古池の次代党首には許されぬ恋。
でも、二人は結ばれる。
結ばれて仕舞えば、子供ができる訳で・・・・どうする事も出来ずに産まれた娘を取り上げられてしまった。
こうして、取り上げられた娘が預けられたのが高野山の宿坊衆。
【宿坊衆】
寺社に参拝する旅人が宿泊する為の宿を管理する門徒達。
宿の格式に応じて位があがる。
格式が下の者は絶対服従。
宿坊衆でも下級な女が、子供を産む為に宿坊の木戸を越え里に降りて来た。
宿坊衆の決まりで子供を産む際には里に降りて、出産の為に設けられた小屋で産む。
そして、赤児の首が座ってやっと宿坊に帰る。
後に妙蓮と名乗る息子の後に産まれた娘。
だが、死産だった。
当時、子供がこうして亡くなる事は多かったが、子を亡くした女は宿坊衆から忌み嫌われて、借りている宿坊を取り上げられかねない。
困り果てた妻。
そこに預けられた古池の血を引く女の赤ん坊。
何処の娘?とは教えず、聞かず。
この娘を自分が産んだ子として連れ帰る事にし、死産で生まれた子供は密かに墓地へ埋めた。
こうして、妙蓮とは妹として育った。
だが、成長するに従い血の違いに気付く兄と妹。
特に妹は妙な妖を使う様になる。
【管狐】
気配を断つ事に長け人に害を成さない妖怪だが、それでも娘が更に付与をして霊感が高い見回りの坊主程度にも検知できない様にした。
転生者だったのだろう。
でなければ、教えられても居ない付与なんか出来る訳が無い。
管狐が思いの外、懐具合が寂しくなって野宿を考える参拝客を見つけては娘に伝えてきていた。
手形が届くアテが有り、邪心が無い客を選んで宿泊させる。
長逗留になるが、それでも嫌な顔をせずに困った客を受け入れる。
その事を知った飛び込み客も居るが、管狐が合図をして娘に客の良し悪しを伝えてくれる。
部屋は狭く数も少ないが、客同士の諍いも無い安全な宿坊として栄えていた。
要らない子。
特に妙蓮を産んだ時、母親の乳の出が悪く、貰い乳で育った事もあり娘との出来の違いで『拾われっ子』
そんな噂が立つ。
妹はどこからとも無く、上客を連れて来て親を手伝う。
確かに家に居ても居場所が無い。
自然、悪ガキどもと悪さをして宿坊衆の怒りを買う。
上級の宿坊が宿泊客に用意していた菓子を、盗んで仲間と山で食うのだ。
コレが続けば、親も流石に庇いきれない。
こうして、御山に預けられた妙蓮。
御山の山門の中までは、流石に管狐は入っていけない。
何層もの結界があり、無傷では辿り着けない。
文を書いても渡されない。
商人の丁稚ならば藪入りという習慣で、1月と7月の16日に帰って来れるがそれすら無かった。
噂では奥の院の更に奥。
裏の御山に入ると聞かされた。
年が経つに連れて、娘は焦っていた。
父が亡くなり父の親戚筋の手伝いの男が居るが、この男が怖い。
意を決して管狐に文を持たせた。
曰く貰われっ子は妹の私の方で、血の繋がりがない事。
そして、自分は妙蓮を男として好いている事。
母親の具合が悪く、手伝いの男が疾しい考えを持っている事を伝えさせた。
管狐は帰って来なかった。
そして、母親まで亡くなった。
葬儀を出し御山にいる息子には宿坊衆が伝えた。
宿坊は手伝わせている男が引き継ぎ、梓は未だ子供だが年頃になれば妻にして続けさせる。
妙蓮は帰る場所を失った。
手伝いの男が宿坊を仕切り、自分の身が危なくなった娘は宿の仕事が終わると内から鍵が掛かる物置き小屋で眠る。
それまでは宿帳に無い、素性の怪しい客まで入り身を売る女まで入る様になった。
管狐は帰って来ない。
妙蓮も降りて来ない。
宿坊衆も手伝いの男が差し出した宿帳に引かれて宿坊を男が継ぐ事を黙認した。
本来ならば、宿泊客の氏名や住所が記された宿帳を他所に出す事などない。
宿の者にしか解らない符牒で記された心付けの金額。
頼んだ料理の内容や味の好みまで書かれていた。
諸国から参拝に来る大店も、この宿に泊まるという噂は有った。
それが裏付けされた宿帳。
上客は去り、手伝いに来てくれていた女達も、直ぐに辞めていった。
代わりに酒代を落とし木戸を抜けてくる女が客を取る。
そんな、女達が台所で勝手をする。
手伝いの女とは違い手間賃を払わずに済む。
逆にショバ代として金を落としてくれる。
他の宿坊から離れている事が災いした。
翌朝、遅く流しに置かれたままの茶碗や残飯を片付けるだけの日々になる。
『懐に入れた管狐が孵れば・・・・・・』
妙蓮に送った管狐が残した卵。
ある冬の夜。
客と女達が騒ぎ始めたので、小屋に戻ろうとした梓は小屋の中に気配を感じる。
あの手伝いの男が隠れていた。
娘が小屋に入って来たら襲う気だ。
焦れているのだろう、時々、戸の隙間に目が見える。
他の宿坊に逃げる事も考えたが、間違いなく物置きに放り込まれる。
野犬に餌をやる様に。
『妙蓮・・・・・』
薮の中に隠れているが、きっともう暫くしたら探しに男が出て来る。
寒さが厳しい。
雪は降っていないが、山からの冷たい風は容赦なく手足を痺れさせる。
木戸は閉まっていて子供の足では逃げれない。
いっそのこと外から小屋につっかい棒をかけて、火を着けて自分も清いままで死のうとした。
その時、後ろから口を塞いだ手があった。
だが、娘は暴れなかった。
香の匂いに交じる懐かしい匂い。
子供の頃、客の為に寝場所を譲り、階段の下で一つの布団に包まっていた。
その匂いが今、梓の身体を包む。
「待たせたな。梓」
「妙蓮・・・・・」
「その名は、もう捨てた。山を降りるぞ」
「でも、木戸が・・・・・」
「悪ガキだった俺が、抜道を知らない訳がないだろう。
それに、ほれ!」
妙蓮の懐から梓の管狐が現れた。
その波動を感じたのだろう。
梓の袂からも、ひょっこりと小さな管狐が現れた。
「法力の力を借りたのね・・・」
「あぁ、コイツを目覚めさせるのに法力を借りた」
背中に着替えと掘り出した銭を背負わせた娘をおぶって、管狐の先導で山を下って播磨に逃げた。
当時、火事になった場合に備えて床下や隠れた場所に、甕銭を埋めておく習慣があった。
娘も母親から引き継いで、それに銭を貯めていた。
借りて居る宿坊に埋めるわけもいかず、外の厠の縁に埋めておいた。
道すがら妙蓮の跡を追った管狐の事を聞く。
手紙を届けた時には、結界を抜ける為に力を使い切った様だ。
妙蓮が結界に細い穴を開けてくぐり抜けさせ、手のひらの上で卵の様な姿になってしまっていた。
妙蓮が微かに聞こえる管狐の鳴き声に、気が付かなかったら途中で死んで居ただろう。
死骸が消える前に、文と共に見つかれば梓の身も危なかった。
妖使いとして場合によっては命も危ない。
気が付けば肌を接している胸だけではなく、梓の尻から仄かな暖かみを伝えて来る。
後ろを見ると降り始めた雪の山道に付いている筈の足跡が残っていない。
真言の術だ。
「真言を使える様になったの?」
「あぁ、だから余計に山から出さない様にされたんだ」
「そのまま、残りたかった?」
「いいや。
お前の方が大事だからな。
それに、御山ももう大きな術は使えない。
法力が溜まらないからな」
「そう、真力と同じね」
「陰陽師か・・・・・・」
こうして、名を替えてたどり着いた明石の地で、経をあげれる小間物屋が繁盛した。
管狐は数を増やし商売を助けた。
新たに設けられた役所には、如月 佐兵、その妻あずさと届け出た。
「そうか〜
でも、古池さんって言えば、神戸の貿易やホテルを持っているグループの総裁ですよね。明石にも幾つかマンションをお持ちですよね?
何より、商売を辞めた父と兄の勤務先」
「あぁ、そして萩月一門の九鬼家に属しているよ。
だから、君も九鬼一門だね」
「いいや!今は羽田家が面倒を見ているんだ。邪魔しないでくれ!」
駆け足で階段を降りて羽田 毅まで現れた。
大慌てでやって来たみたいで、トレーニングウェア姿で汗をかいている。
追っかけて来たのか、俊恵が大きなタオルとスポーツドリンクを持って現れた。
「もう! 着替えて来ればいいのに!」
キャミが呆れる。
俊恵と一緒にジムで汗を流していたら、魔石板にとんでもない厚さの盾を張る素人が現れた。
原石としては申し分ない。
しかも、月夜石の力を借りていたにしても長い時間、盾を保持していてまだ余力が有りそうだった。
防衛系の術師としてはうってつけ。
しかも、住まいが羽村で俊恵がトレーニングコーチとして就く事になっていた。
両角寿美と揉めそうだが、今は修造には渡したく無い。
「まぁ、仕方ないか。
お兄さんの方も君には及ばないが、能力がある様だ。
話には聞いていたが、覚醒させる方向で事が進むとは・・・・」
「あの・・・・それで、管狐の件は・・・」
「あぁ、君の実家の蔵を覚えているかい?
繋がった!ちょっと待ってくれ。映し出す」
スクリーンに蔵を持つ屋敷が現れた。
「コレ。うゎ! ウチの実家だ!」
「管狐が映像を送って来ているんだ」
「あっ。お婆ちゃん!」
「咲恵さんだね。
声をかけてご覧。こっちの映像も送られている」
「お婆ちゃん!明日香です!」
「あぁ、聞いたよ。良かったね〜やっと見つけて貰ったね」
「お婆ちゃん!知っていたの?」
「知ってはいたさ。でも、古池さんとの繋がりを証明するものが無い。
それに、世間から見たら不義の関係だ。秘密にするしかないだろう?」
「そうか・・・・兄と妹だものね」
「あぁ、どんな風に人に伝わって居るか解らないからね」
「何か残っているの?」
「それを探すそうよ。ほら、見える? こんなに多くの管狐が探してくれている。
眠っている管狐を見つけたら、何か解るって・・・・・もう、見つけた見たいよ」
「やはりそこですか・・・・」
千秋が、一瞬で見つけていた。
蔵に隠れた庭石と塀の隙間。
明日香も良くかくれんぼで隠れた場所。
苔で覆われた庭石の表面を、管狐がコツコツ口で突つく。
「あっ!」
ポコッと苔に穴が開いて、中から白い管狐が三匹、四匹・・・・と現れた。
全部で6匹もいる。
「私では、陰陽師の方の助けがないと、上手く使役できないそうよ。
この歳からでは辛いからね。
明日香が、継いでくれると助かるよ。
美代には、陰陽師の才能はないそうだ。
隔世遺伝というわけだね。
ウチは、婿を取る家系。
代々、娘が生まれて来ていた。
学は、初代以来の男児だよ。
速水 潤さんは、そこに居るのかい?」
「えぇ、いますよ。お婆ちゃんお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「潤ちゃんかい。
どうだね?ウチの婿養子に入る事。決心してくれたかね?」
「潤!」
「お婆ちゃん!」
「なんだって!」
「私は、構わないよ!」
「何よ〜コレ〜!」
「姉さん。黙っていて御免。
小さい頃から、お婆ちゃんに頼まれているんだよ。
明日香さんと結婚して跡を継いでくれって。
本当は、来年MotoGPのシリーズを終わってから話すつもりだったけど、でも、マリアの事も出て来て、ちょっとどうしようか悩んでいる。
明日香さんの事は、小さい頃から好きだよ。
だから、子供の頃から大きくなったら結婚しようなんて、約束して・・・俺本気なんだ。覚えているかワカンないけど・・・・・」
「私は覚えているよ。だから、キスもしたんだし・・・・・」
「アンタら!いつの間に!」
「小学校の頃だよ!」
「人魚のお嬢さん。日本語使える様になったかい?」
「はい。マリアと言います」
「済まないねぇ〜如月家も、明日香に継がせたいんだ。
潤なら娘ができやすいんだろう?
学は男の子しか出来ない」
「えっ! なんでお婆ちゃん知っているの?」
「契約者に選ばれるというのはそういう事。
咲恵さん。こちらに来られませんか?」
「えっ!」
「そうね。たまには明石の海以外を見るのも良いわね!
小梅さんの説得とマリアさんにも会ってみたいしね」
「私も、族長並みの眼光を持つ女性は初めてです。是非、お話しさせてください」