834 間話 巫女頭代理 02
マンションにお邪魔したら、お母さんを紹介されて
「お向かいの娘さんね。私は日向 ひかり。宜しくね」
と言われて抱かれてしまった。
背中をポンポンされる。
なんだろう。
初対面なのに落ち着く。
菜摘と一緒だ・・・・涙まで出て来た。
二方向のベランダを持つ部屋は、フローリングの広いスペースと高い天井が備わっていた。
「ここを買った人が、お父さんのゴルフ仲間でね。
ここで、素振りやパターの練習をしていたのよ。
ここのマンションには、ゴルフの練習スペースもあるの。
でも公舎なら、外に小庭があるから練習できるからね。
ここでは、クラブの素振りは止めて貰っている。
ここで、やるのは私の舞の稽古と、お母さんの抜刀の鍛錬かな?」
ポニテにしていた黒い長い髪を背後で纏めて、置かれていた白足袋を履いた菜摘が舞を舞い始めた。
スカートが跳ね上がるが、そんな事は気にしない。
なんだろう・・・・・目から涙が出て来る。
ブラウスにスカートの彼女が、巫女装束を纏って踊っているように見えた。
家の近所で年初めと、祇園山笠の時期には奉納舞を見るが、彼女の舞を見た後ではただの踊りだ。
「やってみようか! 足袋を履いた方が良いけど裸足でもいいわよ」
「あら、新品があるわよ。菜摘には六文は小さいでしょ?
千秋ちゃん。足のサイズは23センチくらいかしら?」
「えぇ、そうです」
「じゃあ、これあげるわ」
「良いんですか?」
「気にしないで、正しい舞を覚えてほしいからね」
それから、簡単な舞の所作を教えてもらう。
「全部通したら5分くらいの舞なの。一度通しでやってみせるから。見ていて」
ひなたが中央に正座した。
お母さんがDVDを操作して、実際の舞の映像と和楽器の音が始まった。
一礼をした菜摘。
顔付きが変わっている。
ゆっくりと立ち上がり、右腕を伸ばして右に回る。
左腕は胸元に添えられてそして、前へすり足で進む。
・・・・・
「これが、岩屋神社で最初に学ぶ舞。どうだった?」
「もう身体が、動き出しそうだったわ」
「あっ。お母さん。そのDVD。千秋のお母さんに貸し出すから!」
「えっ。そうなの・・・・ちょっと待っていて。
多分、一本あったはず。待っていてね」
姿を消して寝室に向かうお母さん。
「あっ。そうか、お母さん。ここのフローリング見て、自分でもやる気になっているんだ。うふふ、その足袋はお母さんが自分用に買ったんだよ!」
「はい。これ。聞こえていたわよ。やってみようかなって、若菜さんに相談したら白足袋とDVDをオマケで貰ったの。
なにかと、引っ越しの後忙しくってね。それに、今は抜刀の鍛錬でもしていないとね。
次元の打ち込みを、ここでするわけにもいかないわ」
「そういう訳ね」
「それに、白足袋は道場でも使うわよ。
次元流では素足だけど、よそ様の道場では足袋を使う事があるの」
「道場って? それに、木の床だと滑るんじゃ無いですか?」
「重心移動をしっかりして、足腰を鍛えれば気にならない。
だから、そこまでの鍛錬をしろという訳ね」
「でも次元って、あの木刀一本で立ち木を砕いていく鹿児島の剣術ですよね」
「そうよ。よく知っているわね」
「兄が、剣道やっていまして、聞いたんですよ。
『一本一本が重い』って・・・・・」
「そっか!私は、君のお兄さんにも興味が湧いて来たな。
ご家族、みんな居るみたいね。
じゃあ、私、今からDVD持って鬼頭さんのところへお邪魔しに行くわ。
その方が早いでしょ?」
言うが早く、さっさと部屋を出ていった。
呆気にとられる私。
「驚いた?」
「うん」
「お母さんは、思いついたらすぐに行動する。
ここから千秋の姿を見て、私に準備するように言ったのもお母さん」
「そうなの。やっぱり見えているの?」
「うん。だから、お母さん達が準備している。
心配しないで。ちゃんと始末するわ」
「始末って。あなた達何者?」
「巫女でも有り、陰陽師の端くれかな。
陰陽道では、お母さんには敵わないけどね」
「陰陽師って、あの映画やドラマで出る?」
「そう、もっと違うけどね。
見てご覧。
お母さんが、千秋の家の周囲で隠し九字を切って結界の準備をしている。
これで、相手に気取られる事なく防御が張れるわ。
千秋。貴女も陰陽師の血が色濃く出ているの。
だから、その一歩として、この舞を覚えて」
菜摘と向き合って舞ってみて解った。
あぁ、解る。なんだろう。
この頃、全ての事に萎縮して、腕を伸ばす事なんてしていなかったのかな?
指先まで筋を通すと全身に力が漲る。
身体を回転させると、広がった髪一本一本まで何かが通っていく。
そして、弾ける。
「そう、上手いわ」
こうして始まった巫女としての一歩。
五分間の舞を覚えて自宅に戻ると、私のお母さんがすっかり、ひかりさんと意気投合していた。
岩屋神社のDVDを涙目で見たのだろう、リビングのテーブルには濡れたハンカチがあった。
再度、DVDに見入っている母を置いて、ひかりさんは竹刀を構える兄に対して、次元の太刀筋を教えて受け方を教えている。
自らも剣士を自負する父が
「相当な腕の持ち主だな。
次元の女性剣士といえば西郷香織が居るが、その一門かね?」
「えぇ、同じ長谷山一門ですよ。ですが、彼女は、父卓也氏と兄剣吾さんに指導を受けて、今では、とてもじゃないですが太刀打ちできません」
「西郷香織って、あの綺麗な子ですよね!」
兄さんが邪な考えを持った。
「うふふ、でも、あの子には婚約者がいますよ」
「こ、婚約者!やはり、同門ですか!」
「それは、秘密です。でも、彼も強いですよ。
そのうち、本気を出してタイトルを取って引退。本業に励むんじゃないかな?」
兄が、膝を折る。
そうだ、女を惹きつけるには、脳筋だけじゃダメなんだぞ兄貴。
ショックを受けた兄を見て、つい笑ってしまった。
「良い友達ができたようだな。千秋。良い笑顔になっている」
「そうだ!千秋が本当に笑顔だ。
作り笑いだったのにな。良かったな。千秋」
父と兄の言葉に、お母さんの涙腺が崩壊した。
夕食は豪華なものになった。
菜摘のお父さんも、ゴルフ場から自宅の電話にセットされたメッセージを聞いて、公舎に車を置いて、鹿児島の焼酎と手作りソーセージとハムを手にして挨拶しに来てくれた。
「目の前の家に、同じ頃のお嬢さんがいる事は知っていたが、まさか本当に、お友達になってくれるとは! 安心しましたよ」
そんな会話をしながら、鬼頭家と日向家が旧知の仲の様にテーブルを囲んだ。
日向家から頂いたDVDの話が出て、岩屋神社との繋がりを説明された。
日向ひかりさんは旧姓を室 ひかりと言い、お兄さんが岩屋神社の関係者。
お父さんの拳一さんも、岩屋神社と縁深い長谷山道場の門弟。
代々、師範代を務めたりもした家系でもあるが、何故かゴルフを選んでしまった。
『プロにはなりたくなかった』
そうで、県職員をしている。
その縁で、あの痴漢避けのお札も描いてもらったらしい。
「そう言えば、なんだがこのところ感じていた嫌な感じが無くなった」
「それ、日向さんから頂いた岩屋神社のお札のおかげかもしれないね」
両親が、リビングの棚に置かれたお札に目を留めた。
「でしょう? 岩屋神社のお札は効きがいいんだよ」
(ひかりさんが、家の周りに結界を施しているとは言えないからね)
そんな感じで、翌日、私は日向家のマンションで舞の練習をしたりして過ごした。
お父さんも、日向さんからマンションの練習場で基本から修正して貰っていた。
それを知ったマンションのゴルフ好きが集まって来て、日向さんのお父さんは随分と感謝されていた。




