821 NY新生活 11
交差点のど真ん中。
四つのビルを繋ぐ地下の秘密ルートの交差点が転移陣になっていた。
「まぁ、そうなるわね」
透歌は、陣を見ながら納得した。
この陣は、アンが使う転移を参考にした近い次元を使う短距離のもの。
アーバインでイバが見つけ出した方位と距離。
そして高低差を考慮したタイプで補助的に番号を記したタイプ。
これならば、あの影やモノリスが忍び込む事はできない。
「交差点の上空に置こうか? と言う案もあったんだけどね。
遮蔽や盾を使えば、私の両親が京都の夜空を一緒に散歩した様に、上空に陣を設置できるけど流石に不審がられるわよね。雪が降っても上に残っちゃうしね」
「まぁ、仕方ないわね」
足元の明かりが消えて、透歌の胸に飛び込んで来たのは明菜。
「いらっしゃい。透歌お姉ちゃん!」
「わぁ!明菜!ビックリした!」
陣の光が消えて、迎えてくれている執事服の男性の前に並んだ娘達。
花束と日本からの茶菓子を手にしていた。
「「「「「「「お邪魔します!」」」」」」」
「お待ちしておりました。執事の上谷と申します。御用の際には何なりとお申し付けください」
「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」
そう言いながら、周囲を眺める娘達。
「えっ、ここは?」
「お屋敷のホール?」
「【離れ】でございます。私どもの住まいのロビーになります。ここでしたら陣が作動しましたら、私の家族と式神がお迎えに参れます。
尚、物品や食品を受け取る転送陣は地下に御座います。
先程、【B-Kai】と麺屋台村からの荷物が届きました」
2階へと続く大きな階段が左右に設けられたロビーだ。
アニメやドラマで見る貴族の館。
「これで、上谷さんの住まい!」
静香が、声をあげてしまった。
執事の家族に離れで暮らしてもらう事は聞いた事はあるが、これは『離れ』の規模ではない。
「驚かれましたか? 元はこちらを主人のお住まいにして、屋敷を大勢のお客さまを御招待する晩餐会の会場と客室にしておりました。
言うなれば個人が使うホテルです。
客間の数も多く、いつでもご用意出来ますのでお気軽においで下さい」
皆で外に出て、屋敷を見て驚くしかなかった。
「城だわ!これ!」
早苗が口に手を当てて、悲鳴を堪えていた。
「こうして改めて見ると【城】だわね」
美沙緒も何度か来ていたが、その時は改修工事中。
改修を終えて、夕焼けに照らされた屋敷の壮大さが解る。
表に回って玄関から入る。
ドアを開けてくれたのは式神。
腰の高さほどの、白い布で人型だ。
「私に使役しております。白檀でございます」
ドアを通り抜けて、明菜が何かに飛び付いた。
「シロちゃんだよ!そして、この子がクロちゃん!」
「黒檀でございます」
「明菜ちゃんにかかったら、式神は皆、そう呼ばれちゃうわね」
美沙緒は、他の式神にも愛称をつけているんだろうなと思いを巡らす。
「はい。ですが、式神達も喜んでおります」
ロビーの高い天井に届く黒い反物が、明菜を絡めて抱き上げていた。
まるでヨーヨーの様に、回転しながら上下する明菜が笑いこけている。
「黒檀は、不審者の捕縛をするのね?」
「はい。ですがこの屋敷では手持ち無沙汰です。明菜様がいらして遊んでいただいて。イキイキしています」
「成程ね。流石、未来の女帝ね」
透歌がますます呆れていた。
早速、客間に案内されて、荷物を置いてみんなで風呂に。
香織と真弓が湯船に入っていた。
「いらっしゃい!」
「先に入っていてすまないね」
「良いんですよ。でも広いですね。
10人で入っても、ゆったり出来るなんて、どれだけかかっているの?」
美沙緒は、改修中に中まで入った事は無い。
『総檜造の風呂を作り直している』という話は聞いていたが・・・・・
「あのビル群の件と言い、もう無茶苦茶だわ」
透歌は、何度目かの呆れを繰り返す。
「私達もビルの事は知っているけど、まだ遠くから見ただけよ。
日本に帰る前日に顔を出すつもり」
真弓が、豊かな胸を揺らして和かに笑う。
「あぁ〜気持ちいい〜。このお湯。魔素が溶け込んでいるのね」
美沙緒は、噂の檜風呂に入って精一杯脚を伸ばす。
気を抜くと尻尾と耳が出てきそうだ。
ジョディとジョアンが、久しぶりに体に染み込む魔素の感覚に酔い、長い手足と尻尾を伸ばした。
美沙緒が、お湯の出口を指差し
「青さんが作った、魔石を組み込んだ給湯器が組み込まれているのか〜」
「アーバイン人で無い美沙緒さんに悪影響はないの?」
香織が心配する。
「アーバインで、地球から向かったメンバーが、異常を発症するどころか、能力向上の一因になっている事が解っていたからね。
雪緒ちゃんや瑠璃も大丈夫みたいだし、何よりも透歌が平気」
横で湯に浸かる透歌を見る美沙緒。
「魔素が染み込んだせいかな? 背中の鱗が輝いているわ」
「わぁ〜本当だ!」
瑠璃が真眼で鱗の状態を見る。
鱗が溶けたり傷ついたりしている様子はない。
それどころか、透歌が本当に気持ち良さげにしている。
「透歌! 大丈夫? 魔素に抵抗しているんじゃ無いの?」
遮蔽の術で、透歌を守ろうとした雪緒が美沙緒から術の発動を手で抑えられる。
「違うわ。吸収している。ほら、これで見てごらん」
美沙緒が取り出したのは、隠蔽を見透かすあのサングラス。
これで見ると魔素の流れが見える。
「あぁ、本当だ」
魔素が鱗の表面から吸われているのが解る。
代わり代わりに、透歌の背中を見る。
一枚一枚の鱗が青く輝き、胸の鱗がピンク色に浮き上がって、益々ネックレスに見える。
「吸収ですよね? 侵食されているわけじゃ無いですよね?」
心配する雪緒。
「どちらとも言えるわ。人間だってそうでしょう?
紫外線を浴びる事で、日焼けもするけど抵抗力もあがる。
定期的に魔素のお風呂に入浴してみようか?」
「うん。でも力が身体を駆け巡るのが解る。真力かな? でも気持ちいい」
「後で西郷先生に見てもらおうか?」
「・・・・・解った」
確かに、こんな風に魔素を吸収した事がない。
不安では有るが、透歌は自分にとって害はないと感じていた。




