811 CCF の企み 28 エトランゼ 16
星里 碧は医療についての検討会にCCFの科学者と医療関係者と参加。
スバルがスカウトしたジャスミンもCCFのネームプレートに変えてCCFの椅子に着席していた。
会議に参加した彼女の同僚は驚くが、ジャスミンの側に立つ木場 昴の姿を見て納得する。
(成程・・・・・彼に、似ているわね)
医療体制についてCCFから、様々な指摘を受ける各国の保健省の事務次官と病院関係者。
「だが、我々の国でも遅れた医療や環境汚染を原因とする患者の存在は事実だ。
CCFが報告している問題だけじゃない。現場は疲弊している。
何より先立つものが無い。CCFはどう動くつもりだ?」
「先ずは、ストリートチルドレンと麻薬常習者をなんとかしましょう」
「・・・・確かに間違っていない。だが、どうやって?
ストリートチルドレンは施設に保護するつもりだろうが、麻薬常習者はどうする? 君らが抱えている『治癒師』で彼らの麻薬依存を断ち切れるのか?
今、収賄や汚職に関わった政府高官達を収容出来ずに病院の隔離病棟で収監している状況だ。
その、何倍もいるんだぞ!
強制隔離なんてやり出したら間違いなく逃亡を図る。
そうしたら、多くの子供や老人が路頭に迷うんだぞ! 暴動さえ危惧される」
「だが、供給元の犯罪者が収監され、残りが地下に潜っている今がチャンスなんだ!」
「気安く言うな!麻薬常習者はいざとなったら暴徒になる。CCFは軍隊じゃないんだろう? 聴けば国の治安を行なっているCCFの警備員は制服に身を固めて、テーザー銃を持っているだけと言うじゃないか!
そんなもんじゃ、暴徒による投石でも防ぎ切れるもんじゃない。
我が国で警官が負傷したり死ぬのは銃じゃないんだ。投石と盗難車を使った襲撃だ!解っているのか?」
投石は足がつきにくい。
何名かで拳ほどの石を一人に向けて投げつければ、間違い無く行動の自由を奪える。
「治安の問題は、ここではやめておきましょう。ですが、ご心配なく。CCFのメンバーは無手でも対処できます。それこそ、テーザー銃の方が相手には優しい対処方法なんです」
「・・・・・陰陽師や道士とやらは、そんな存在なのか?」
「えぇ、そうです」
「だが、収容施設はどうする?」
「グアンタナモを見習いますか?」
「馬鹿な!」
「マーキッド基地の跡地か!確かに、あそこなら十分な広さはあるし、借地権は後20年程は有効なはず」
「えぇ、日本で発生した原因不明の人体発火で、この一帯の国々は多くの人が亡くなった。その後、放棄されたマーッキッド基地です。ここを、麻薬常習者の隔離施設にします。現在、CCFが米軍から借用契約を取り、その改修工事の準備をしています」
「成程・・・・・あそこなら十分な広さがある」
「だが治療は?」
「収容者の中毒が何の薬物かの選別をします。ビンロウから始まりシンナーなどの有機溶剤。大麻、そして、モルヒネ、覚醒剤、辺りまでは『カウンター製剤』の投与で対応します」
「『カウンター製剤』? 言葉からすると、麻薬成分に対して何らかの作用を与える物の様だが?」
「ファルトンで、使われていた対麻薬治療薬です」
「私から説明しましょう」
先程から参加者からの問いに答えていた碧の横で、黙って座っている男が初めて口を開いた。
「君は、ファルトン人なのかね?」
「えぇ、海の妖精の様に証明する物が無いのですがファルトンからアーバイン。そして地球に移住した者です。今は、コンナとだけ名乗らせて下さい」
「彼は脳医学の専門家。同時にルベルで行われていた麻薬の常習者を復帰させるシステムの開発担当者よ」
「私の部下だ。先に言ったが我々は治安維持の為にルベルで最後まで働いた」
バッフィムが、キッシンと共に現れた。
「ファルトンで開発された治療薬です。元は、コールドスリープ(CS)で使う睡眠導入剤のひとつでした。この薬剤を使うと麻薬常習者は異常な反応をするのです。共に脳内の情報伝達細胞に影響を与えますからね。この薬剤を服用させると睡眠状態に入りますが、覚醒後に麻薬などに強烈な忌避反応を起こします。日常生活を送っている様な患者なら、この製剤で対応は充分だ。
カウンターを服用させながら、治癒師と心理師の治療を受けると該当薬物に対して忌避心理が働いて嘔吐する」
「それは、治験結果かね?」
「あぁ、現在我が国で申請の準備が進んでいる。良ければ治験に参加してほしい。だが、効果が無い麻薬がある。合成麻薬の一部に効かない。そして、睡眠導入剤はこの薬剤しか使えない。何とも、厄介な薬でもある」
「キッシンがその事を話すという事は、効果が薄いのはアメリカで広がっている【F】か?」
「我が国でも【コードネームF】の治療に使えないか調べているが、収容後に『カウンター』も使ってはいるんだが効果は薄い。SSDなどの合成麻薬もその傾向が強い。だから、現在これを使っている」
キッシンの合図に現れる物体。
転移での物質登場に驚く分科会。
光が収まると、その正体が明らかになる。
(ちょっと演出が過ぎますよ。女帝・・・・)
コンナが呆れる。
「これは!」
「コロニー艦で使っていたコールドスリープカプセル(CSC)か?」
「近くで見せてもらえるか?」
「えぇ、どうぞ。使用された現品です。洗浄、殺菌は済ませてあります。手で触れてもらっても結構です」
コンナの許可が出て、一斉にCSCに群がる参加者。
「成程・・・・・この両足首と左手首、腹部に胸部そしてヘッドギアにセンサが取り付けられているのか・・・・」
「ヘッドギアは、結構分厚いな?」
「ファルトン人と地球人の、脳の構造や仕組みについては違いは無いのかね?」
「えぇ、私もメモリに入れて来た論文や資料を地球の脳医学者と見比べたり私自身、メンバーの協力を得て調べていますが違いはありません」
「これをどう使うんだ?」
「カウンター製剤と治癒師、心理師の協力を得て、対象者をこのCSCに寝かせます。そして、このセンサ類を装着させて、このヘッドギアで『洗脳』します」
「洗脳!」
「そんな事、やれる訳が無い!」
「ルベルでも重篤な麻薬常習者には、この方法で治療をしたのです。その時は、2日ほどレム睡眠状態に入ってもらいましたがね」
バッフィムが懐かしむ様にCSCに触れる。
「実は、アーバインでもファルトンと接触する前に麻薬中毒にして人を操っていた集団がいました。その治療に治癒師と心理師があたったのですが、フラッシュバックが生じるので完全に断ち切るまで数年かかったのです」
「洗脳は・・・・フラッシュバックが起きないのか?」
「数万件の症例で数十件ほど見られました。だが、この治療の研究もカウンター製剤の治療も打ち切られた。その必要は無いと判断されたのです。
もう、ファルトンには時間が無くなっていた。
上層部の決定理由は『どうせ、死ぬ』でした。
だが、上層部の目論みは選定から漏れた人々を麻薬漬けにして、思考を削ぎ、反乱を防ぎ、選ばれた者達がファルトンを安全に脱出させる意図があったと思われます」
コンナが唇を噛み締める。
その、選ばれた一人として、ここに生き延びている。
「まさか、政府の上層部が麻薬の流通を見逃していた?」
「それどころか、流通させた?」
「・・・・・これは、あくまで売人が残した日記から得られた情報です」
ドンゴの金庫から発見された日記。
その日記には、しっかりと関わった軍関係者との取引の内容が残されていた。
自分達が、捕まらない。或いは捕まっても釈放される理由。
保安局の情報が筒抜けになった理由がそこには記されていた。
だが、この日記の存在は闇に葬られた。
もう、ドンゴも死に国も消え失せた。
ただ、事実だけが残された。
「我が国で蔓延している【F】には、治癒師、心理士も手を焼いている。皮膚からも吸収されるからなぁ。洗浄を掛けて対処しているが、治癒師も心理師も素手で肌に触れる方が効果的なんだが、服を脱がせるのも身体を洗うのも一苦労だ。
それなのに彼らの術、カウンター製剤も【F】には効果が薄い。重篤化するスピードが早い事も一因だ。
今、【F】に対しては洗脳が有効な治療法だ」
「【F】を含む合成麻薬のほとんどは、大陸での密造だと言われているが・・・・・」
「間達も手を焼いているそうだ。押収時に防護服と特殊車両がいる。何も知らずに工場に踏み込んだ後に隊員が痙攣を起こして倒れた。急性中毒だな。日本で呪糸蟲寄生患者対策に使った車両を参考にして対応を開始したが、捜査情報が漏れて逃げられている」
「大陸と我々の国との国境沿いに行き来しているからな。いつ、新たな脅威として国内で蔓延するか恐れているよ。政治的な魂胆と金になるから米国を狙っているのだろうが、いずれにしろ経済を圧迫する事には間違いない」
「こう言ってはなんだが麻薬患者は、彼らが支払ったクスリ代の数倍の負担を国家にもたらしている。大陸の様に処罰を厳しくする方がいいとさえ思ってしまう。つまり命を取り上げる訳だ」
「金の為なら隣人でも薬漬けにする。金、そのものが最悪の麻薬なのかもしれないな?」
「一番根底に横たわる麻薬か・・・・」
「地道に、潰していくしかない」
「大陸での捜査には、道士と陰陽師も手を貸す事になった。CCF加盟国にも捜査員として派遣しよう」
「それは、助かる」
「北の大陸のCCFへの関与。そして、米国内でのあの連中とのつながり。旗本が言う様にイチジョウが残存しているとすれば、そして、万が一我が国に潜伏しているとすれば・・・・もう、放置は出来ないな」
CSCに取り憑いて、碧とバッフィムにCSCの素材について質問する科学者と、コンナに洗脳とカウンター薬の詳細を聞く医学者達を見ながらキッシンは憂鬱だった。




