770 間話 門(マ)大人02
下流の街でも、被害が出始めていた。
道路崩壊現場で指揮を取る門。
山で土砂崩れが、発生した事を知っていた。
時間を考慮すると、あのバスは通過しているはず。
電話線が切れて研修所に繋がらないのは、この国ではよく有る事。
人的被害が無いなら後回し。
今は、この街の住民が、これから続く豪雨を逃れて逃げる為に、この道路を開通させないと・・・・
そこへ、夕方になって二人の若い軍人が息も絶え絶えにやって来た。
告げられる省都の大学の留学生と、山間部の村へ帰ろうとした親子がバスで取り残されている事実。
その数、運転手を入れて38人。
しかも、谷に流れ込んだ土砂で、天然のダムが2ヶ所に出来ていて決壊の恐れがある。
谷川を見に行った警官が、大声で叫びながら帰って来た。
「水が流れていない!
今流れているのは、この辺りに降った分だけだ!」
雨は降り続き道路の基礎は、山から流れてきた水で流されている。
排水溝が細すぎで、溢れかえった山からの水が道路を川にしていた。
排水溝に埋められたU字菅が、設計指示の半分しか無い。
門は決断する。
「そこの、ビルをこの法面に向けて倒壊させて土台にする!
居住者は20分で退去せよ!」
とんでも無い命令だ。
兵士の二人は、当然、反対の声が上がるかと思ったが住民達は頷く。
「どうせ、この交差点には土砂が流れ込んでくる。
街を守るなら、ビルの一つや二つ安いものだ!」
そんな声が上がる。
信じられない。
素早く電力線、水道、ガスが一帯で遮断された。
その事を周辺の町に伝える職員達。
予め決めてあったのか、作戦を伝える際にコードで伝えている。
結局、そのビルだけでは無く、周辺の住民が貴重品と思い出の品を持って街を離れる事にした。
妙に準備が良い。
まるで、もう前から決められていた様な行動。
「門大人。やっぱり、あなたって人は・・・・・」
苑の目に、涙が溢れていた。
住民達は門から聞かされて知っていた。
この一帯のビルは、オカラ工事で建てられて居る。
地震や山崩れが起きれば倒壊する。
逃げる準備だけは済ませておいてくれ。
倒壊したら、証拠を突き付けて賠償金をふんだくってやる。
その為に、中央に反対されても省の法律を変えて建設会社の資産を押さえてある。
救助活動の邪魔にならない様に、老人、子供は高台の離れた街に向かった。
下流の町にも、谷間のダムの事は伝えられて、河岸の住民が避難を開始した。
「それでは、ここは頼む」
門は夜間にもかかわらず、隣の谷間にある道路を使い、大回りをして山崩れ現場の上流に出る事にした。
「軍のジープは、心許無いだろう!
門大人!こいつを使いな!」
街の住民が、鍵を放り投げて来た。
自慢の車だ。
日本製のM自動車製 四輪駆動車。
「燃料は満タンだ。買ったばかりで、タイヤも新品。
少しなら医薬品も積んである」
「そんなんじゃダメだ。
乾いたタオルと着替え、女の子が多いんだろう」
「あぁ、30人位は若い女性だ!」
苑が答える。
「どうせ、持ち出せないんだ!店の物を持っていてくれ!」
「子供用の雨ガッパも、先にくれ!
オレ達が、後ろから軍用車で着いて行く!」
苑が、後方支援を請け負った。
どちらの道も、通った事がある。
車じゃ無くバイクだったが、初めてじゃ無いだけマシだ!
深夜になれば、雨の強さが増す。
「山奥の村も心配だ。
じゃあ、青年団も逃げる様に。
ダムは・・・・・・4時間後には決壊する。
避難を急げ!」
門は先に一人で真っ白な、パジェロで向かった。
残って、住民に指示を出す青年達。
門の事を1ミリも疑っていない。
「それ急げ!4時間しか無いぞ!
牛や馬、可愛いペットも連れて行け。
兼ねてから決めてある通りにすれば、元の生活に戻れる。
知っているよな!
年寄りと子供が先だ!
お前達も、荷物を積み込ませるから頼んだぞ!」
「あぁ、任せておけ!」
苑が答える。
荷物を運ぶ為の幌付きの、払下げされた軍用トラックに向かう。
妙に新しい。
新品に近い。
中央に敵対するフリをしながら、協力している権力者がいるという話は本当の様だ。
エンジンルームを覗き込みながら、董卓は苑に聞いてみる。
「なぁ、何であの人は『ダム決壊まで4時間』って言い切ったんだ?」
「なんだ、お前、門大人の話を知らないか?」
「あぁ、オレは南方の出だからな」
「オレは、この下流の村出身だ。もう、湿地しか残っていないがな。
あそこで、この街の人間が逃げるのを手伝っているのはオレの知り合いだ。
この一帯を任されていて、今回の事も彼が伝えたんだろう。
オレも門大人が、この地方を気にしていると聞いて、上官に休暇を願い出たんだ」
董卓は、知らないふりをしてみた。
「なんだって、省の役人か?」
「トップだよ!省の知事!」
「なんで、そんな人がこの雨の中!」
「きっと、又、予測したんだろうな。
ここで、災害が起きるってな!
有名だぜ。
地震が起きる3日前には、崩壊しそうな建屋から、立ち退かさせて避難所を準備する。
今回のような大雨も、最も危ない地点に現れて街を救う。
口の悪い奴は【疫病神】と言って立ち入れせなかった。
オレの村だ。流されたよ。
『門大人が、助けに来た』と信じた連中だけが生き残った。
厄介払いできたとか、疫病神がいなくなったと言っていた連中は全てを失ったよ。
軍に入って、上官に何故、門大人が危ない場所に現れるかを聞いたんだ。
上官が門大人の事を褒めていたからな。
あの人、自分の省だけでは無く、周辺の省の様子を見て回っているんだ。
だから、上流の省でオカラ工事が有れば、それが引き起こす災害を予め予測している。
工事を管理している役所に通達は入れるんだけど、懐が寒くなる事を嫌がる奴が多いからな。
工事のやり直しはされない。
壊れたら壊れたで、オカラ工事で丸儲けだ。
調べに来る中央の官吏なんて、最初っから袖の下を広げてやって来ていた。
だけど、この省だけはそうはいかない。
門大人が知事だからな」
「積み込み終了!気をつけて行け!
白いパジェロが、停まっていたら抜くんじゃ無いぞ!
必ず指示を仰げ!
任せたぞ!
次もすぐに追いかける!」
「あぁ、任せてくれ!」
「さっきの道路が、潰れたのも脆さを知っていたのか?」
「あぁ、あの道路だけじゃ無いさ。
周辺のビルだって、あの人が着任する前の建築物だ。
オレが産まれた頃には、もう建っていた。
すぐにオカラ工事と見抜いたんじゃ無いか?
だから、いつでも逃げ出す準備を済ませていた。
今回、倒したら鉄筋が殆ど入っていない事がバレるだろうな〜」
「なんで、そんな優秀な人が、こんな山奥に!」
「そう言うなよ。オレの産まれ故郷だぜ?
オレは、ここに帰るつもりでいるんだからな!
・・・・・・・実は、前は中央にいたんだが、命を狙われたらしい。
子供は居ないようだが、居たらあんな行動は取れないさ。
必ず人質にされる」
「怖いな・・・・・」
「お前も覚えがあるだろう?この国に、生きているんだから・・・・・」
「あぁ、下っ端にも悪い奴がヒルの様に吸い付くからな」
「だから、今、俺たちを送り出した青年団がついているんだ」
「彼らは?」
「門大人に、惹かれてついて来た者達。
中央の役所から、移って来た連中もいる。
日頃は、自分達の仕事をしているが、こんな雨の日なんかに門大人が動くと知ったら駆けつける。
オレも、除隊したら入ろうかと思っている。
オレは、流された村で家族が目の前で流された生き残りさ。
身寄りがなきゃ、軍に入るしか生きて行く方法がなかったからな」
「恨んじゃいないのか?」
「そうは思わないさ。
オレの幼馴染の家は、門大人を信じて皆生き残っている。
ウチの親父は見掛け倒しのアホだったから、逃げ出そうとしたお袋を留め置いた。
お袋は、目で逃げる様にオレに伝えて家の中に引き摺られていった。
幼馴染が抱きしめてくれなかったら、オレは死んでいたさ」
「もしかして、あのバスに乗ったのは・・・・・」
「あぁ、この山奥の村で看護師をしている。
だからオレは行くんだ。
秀麗の為にな」
「解った!オレも目を見開いて手助けするぜ!
「あぁ、頼む!結構路肩が流されている。
荷物も有るから、スピードは出せないが大事な荷物だ。
命に変えても届けるぞ!」
「阿呆!死んでどうする!」
「そうだな!」
雨は止まずに降り注いだ。
「どうだ?」
「まだ、上流。
でも、バスの中に強い念を持った女性が居るわ」
「へぇ〜、アンが感心する程と言うなら何百年ぶりだ?」
「そうね。もう少し近づいたら話しかけてみる」
「ハイデマン!路肩の監視! 頼むぞ!」
「あぁ、任せておけ!」
「久しぶりだな、三人が一斉に外に出るなんて!」
「そうね。
戦時中に塹壕を抜けた時、以来じゃ無い?」
「あれは、キツかった。今でも、匂いが鼻の奥に残っている」
「そうね。あの時は、兵士だけでは無く多くの人民が巻き添えになったからね」
「戦争の形態が変わったからな。
軍と軍の戦いが、人民を巻き込んでの陣取り合戦。
壊滅戦に変わったからな」
「これは、地球人の闘い方なのかしら?」
「どうだろう?
民族とか宗教のせいだと思う。
支配者、戦士、民衆が居たら、戦って死ぬのは支配者と戦士だけで、勝者が豊かな生活を維持する為には民衆は生き残らせておくほうが有利な気がするんだ」
「そうだったわね。前は、戦争は軍だけが場所を決めてやっていたわね?」
「それに追加で、イデオロギー!」
「支配者の考え方か・・・・・・
こんな話も久しぶりだな」
「っと! 停まって! この向こうよ!」
車を停めて、山の斜面をアスアッドの姿で駆け上がる。
尾根から見下ろすと、トンネルの真上だった。
『来たわよ!』
『誰? 私はここよ!』
『解っている!皆無事?』
『二人、軍人さんが助けを呼びに、下流の村に向かったわ。バスの中の人達は無事。
子供が二人。皆、濡れもせずに居るけど空腹だけは仕方ないわ。
今さっき、持っていた飴玉を渡したばかり。
私も、【収納】にあった分は出してしまった』
『【収納】使いか!地球に来て初めて会うな!』
『えっ!あっ、しまった!つい、気が緩んだ』
『気にしないで、私も使える。私は門。この省の役人だ』
『門? 門大人? でも、この念話は女性・・・・地球に来て・・・・あなた、何者?』
『賢い娘だ。ふ〜ん 大陸名 江 灯、日本名 城山 灯』
『・・・・・強力なサトリのようね?』
『そうか、萩月ではサトリというのか!』
『もう、次から次へと!人の考えの先を読むのは悪い癖よ!』
『ごめん、ごめん。なるほど、コレは困ったね。上流側から助け出すしか無いな!』
『えっ!ここに来ているの?』
『あぁ、運転手にライトを点灯させてくれ! 光が漏れるか確認をしたい!』
「運転手さん!ヘッドライトをハイビームで照らして!早く!」
「あぁ、解った!」
(さっきから、この娘・・・・変だが、この娘が言う事は正しい。
この娘が、アクセルを踏ませなかったら土砂に埋まっていた)
『よし、斜面沿いに灯が漏れた。成程、排水溝か・・・・・ここから助け出す!』
『そう!では!』
『待て待て! 迎えの車を着けないといかんだろうが! トンネルの中は安全だ。もうしばらく待ってくれ!』
『ごめんなさい!』
『バスの網棚に、乾パンと飲み物を送る。それを、ゆっくり食べるんだ。
毛布も送るから子供に使ってくれ。他にも送りたいが疑われる。
我慢してくれ』
『ありがとうございます』
『そうか、私に興味が出たか? 秘書官として残ってくれるか?』
『随分と露骨な、青田刈りですね?』
『会ってみたらわかるさ。それから、後50分で轟音が響いてくる。
地面が揺れるだろう。
谷間の土砂ダムが決壊する音だ。心配するな!
トンネル出口は塞がれない様に土砂を移している。
バスの中は安全だ・・・・うん?』
「あれ、ここに段ボールなんてあったっけ?」
「ヘッドライトを着けたから見えたんだろう?何が入っている?」
「あぁ、乾パンにジュースだ!」
「それを、分けて食べましょう!」
「ヘッドライトは消して、室内灯をつけてください!又、ヘッドライトをつける事になります」
「エンジンを、かけてみようか?」
運転手が、キーに手を伸ばす。
「アレ? キーはどこだ?」
『それはやめた方がいい。少し燃料漏れの匂いがする。
さっき後ろに回って、トンネルの外に流れるようにしておいたから、
火に撒かれることは無いと思うが、ジャリを積んでおこう」
『燃料漏れ! 門さん!どうすればいい?』
『・・・・・・・・』
『ダメか!山頂側を回ってくるつもりね!』
「いっそのこと、抜いてしまおうか?」
「何の事だ?」
(アレ、今誰かが、燃料が漏れていると言った?)
「いや、燃料が漏れている匂いがしたんだ。危ないから先に燃料は抜いておこうかと思う」
「そうだな、どうせ動かないんなら、炎がトンネル内に押し寄せる方が危険だ。
手伝ってくれ!運転手さんも済まないが、どこから燃料を抜く方が良いかおしえてくれ!」
男達は夜の雨の中、裸になって外に出た。
雨が強く燃料はみるみる、谷底へ流されていった。
「ヤバかった! エンジンをかけていたら火に包まれていた!」
帰って来た運転手が身震いする。
雨に濡れたせいだけでは無い様だ。
帰ってきて、男達は濡れた身体を拭き身支度を整えた。
長旅に備えていたから、着替えやお土産の衣服が役に立った。
荷物室から取り出した、あの苑という軍人さんの、お土産のお菓子は美味しくいただいた。
「さぁ、お母さんも。もう大丈夫ですよ。朝が来るまでには助けが来ます。
谷間から豪音がするかもしれないけど、ここは安全だからね!」
「アカリちゃん!どうして解るの?」
「アレ知らないの? 灯の予感は当たるのよ! だから、大丈夫!」
日本から、一緒に留学している娘がフォローしてくれた。
彼女も民間人の大陸と日本人の親を持つ。
「えへへ、そうね〜子供の頃から変な子と言われたけど、良く当たるわね!」
「まるで、この省の知事になられた門大人のようですね?」
運転手が、門の事を話し出す。
「やっぱりそうなの?門大人って!噂には聞いたけど?」
「えぇ、この省の前に中央にいらっしゃった時からだそうですが、特に四年前に、この一帯を襲った豪雨の際に多くの人々を避難させて、お救いになりました。
でも中には『疫病神は、門大人だ』と言って村に入れずに、避難しなかった集落が出ました。
でも結局流されてしまって・・・・・このバスを降りて下流の街に助けを求めた一人は、その時の生き残りです。
私は、彼に気付きましたが、彼は忘れていのでしょう。
この奥に村があるのですが、そこで健康管理をしてくれている秀麗さんの思い人です。
きっと、心配して村に向かっていらっしゃったのでしょう」
そうか、でもコレで解る。
本当に、門大人が【疫病神】でないなら、この山の上の村には何も起こらない。
【疫病神】では無いが、人外ではある、
そんな気がする。私が知って居るあの美しいおじ様の様な・・・・
でも、どちらかが災いに巻き込まれたら・・・・・
お願い、どちらも助かって!




