756 間話 アクション・スタート15
ドームが完全封鎖された。
もう、何人も立ち入る事を許されない。
近づくと問答無用で、衛星軌道上の衛星からレーザー光線で焼かれる。
最後の三隻が旅立つ。
二隻が移民用のコロニー艦。
もう一艦は、地上との行き来に使ったシャトルと機材を積み込んで自動追尾してくる輸送艦だ。
従って前回までと違って、ほぼ同時に出発する。
「本当に、一切合切、持っていくんだな?」
「あぁ、こう言っては何だが、この大陸で残っているのは、親父たちの島に残した兵装と通信用のボーズだ。
後は、飛行距離が短いシャトル。
警備ロボットと志願兵に守られたドーム。
それ以外の土地に住む者達は、昔の生活で余生を過ごす」
「その日が来るのは、どれくらいだ?」
「トウラの寿命か? 40年有るかどうかだな。
この艦隊が、ルコに到着して数年後だろう。
月面基地が動いている間は、次元通信でタイムロス無しで映像も含めて送信される。
私達は、トウラの最後をルコで見るかもしれない。
もう外惑星が軌道を外れているから、次第にトウラにも影響が出る。
灼熱か極寒か、それとも隕石群に飲まれるか・・・・・
全ての生物を、それこそトウラそのものを何処かへ運びたい位だよ」
「隕石群を、どうにかできなかったのかな?」
「8世の時に、隕石群を見つけて何度も検討したらしい。
9世の代にボーズが偶然加工されて、一気に科学技術が花咲いた。
それまでも宇宙には出ていたんだが、数人を送り出すだけで大変な事だった。
ボーズの更なる大型化で地表と月面基地の往復が楽になった。
そして、太陽光溶鉱炉。
これを使ったボーズの加工。
巨大ボーズは、次元航法を産み出した。
生き延びられる。
新たな星を探す毎日。
次々に月面基地から飛び出していく無人探査船。
ルコの発見。
50年・・・・・
巨大なコロニー艦の設計と建造そして挫折。
再度、作り上げてこうして私たちを待つ」
アスアッドは随分と、このルコへの移住計画とその歴史に詳しい。
本当は、推進者として働きたかったのだろうが、敢えてその憎まれ役を引き受けた。
ハイデマンは、懐から管理局から受け取ったメッセージに目を通す。
「先に出た娘達は、元気だそうだ。
順調で、僅か一月半で物資補給ポイントに到達する。
最初の艦は、一年以上かかったからな。
航路上の障害物が、コロニー艦の推進ガスで弾き飛ばされて、綺麗になっているのが理由かもしれないな。
やはり速くなっている」
コピー人格とはいえアスアッドは、娘のメイが載っているコロニー艦が順調な様でホッとしている。
(もしもの事があったら、アンの転移能力で探し回るかもしれないな・・・・多分、俺もそうだろうが・・・)
(大丈夫よ。エリアちゃんが乗り込んだんでしょう? なら、問題ないわ!)
(なぜ? なぜ、そう言い切れる?)
(気付いていないの? 予知能力よ。特に家族に対しての。
お兄さんを止めたんでしょう?おかしいと思わない?
あの子は、東大陸のコロニー艦に対して何も知らない筈よ。
それなのに、『死んじゃう!』って止めたのよ。
貴方を置いてコロニー艦に載ったのも、貴方が無事にコロニー艦に乗船できると知っていたから。
それに、そこに、逢うべき人が居ると知っていたからじゃない?
エリアの胸の鱗。深い海の様な紺色だったでしょう?
それに、金の縁取りも大きく無かった?)
(あぁ、そう思った。両親もそう言っていた)
(それは、王族でも優れた能力を持つ者の印、貴方も軽い予知は持っていたでしょう?)
(そうか・・・・・それは良かった)
今回、サポートユニットが持ち込んだ重要な情報が、管理センターの職員に開示された。
ドラーザ専用一番艦とも言える超大型艦。
その事故調査記録だ。
生き残ったファスラーザの乗組員の話と船内の記録映像。
ドラウド12世を隊長とした調査隊が、ルコの月面基地に係留されたコロニー艦の内外を調査した報告書だ。
空気が抜けてしまったコロニー艦。
月の重力で床に積み重なった遺体は、表面上は腐敗する事なく残されていた。
だが、解剖をした医師によると、内臓の一部が大変な事になっているらしい。
だから、触るなと言明された。
と記録にある。
明らかにされる事実。
外宇宙に、出るまでは大きな問題は無かった。
次元航法も最初の数回は予定通り、短い期間で様子を見ながら実施した。
今までのコロニー艦の記録と照らし合わせても、遜色がない工程を消化した。
胸を撫で下ろす技術者達。
次々に予定行程を消化し進み続ける1番艦。
半分の行程を進んだところで、弱い重力での生活に不満を持つ貴族達が、コロニー艦の重力増加を要求。
運航管理者と技術者は、まだ余裕があると擬似重力を生み出す為の艦の回転数をあげてしまう。
ただ、カップで茶が飲みたいと言うだけの要求。
カプセルの風呂では無く、バスに入りたいという要求。
それでも、設計強度上は大丈夫なはずだった。
だが、何度目かの次元航法の終了時、宇宙空間へ戻る際に大きな衝撃が発生した。
回転数の影響を調べる為に再度、艦の回転数を下げる。
それでも、衝撃は発生した。
船外活動の危険を冒して、調査をするが原因が分からない。
無理も無い。
内部の骨格構造に歪みが生じていた。
回転数を下げて、速度だけ上げてルコに急ぐ。
前に進む事にした。
この頃から、ドラーザの貴族の中から異常行動を示す者が現れ始めていた。
制御薬が効かなくなっていた。
元々、制御薬は貴族、王族の様なドラーザの、本能が強い者には利きづらい。
今回、貴族の一人がファスタバに手をかけてしまった。
些細な事だった。
食事が気に入らなかった。
宇宙食に飽きてしまったのだ。
その鬱憤を晴らす為に手を挙げた。
竜人化したまま・・・・・頬が裂けて血が滴る。
狭い、空間。
酸素濃度を保つ為に換気速度が速く、血の匂いは広がってしまった。
血の狂乱が始まった。
ファスタバだけでは無く、竜人化していない子供にも手が伸びる。
子供を守る為に、次々と竜人化が広がる。
殺戮が始まった。
中心軸の回転影響をキャンセルした操縦室、管理室ではすぐさま対応を検討を開始。
だが、数が多い。
居住スペースの、居室のほとんどから助けを求める声が響く。
部屋をロックする乗組員。
「ひどい状態だった様だな」
「竜人の姿をとれないドラーザの子供は食われた。
ドラーザが狂ったんだ」
「王太子は、良く殺されずに済んだな」
「完全に一人で引きこもっていた様だ。
友人すら中に入れていない。
泣き叫びながら日々を過ごしたようだ。
ファスラーザ達が彼と同じ様に、居室に閉じ籠った生存者を助けようと、食事と飲料水を搬送チューブを使って送り続けて、汚物を回収するチューブが無かったら、もっと悲惨な死を迎えただろう。
だけど、不幸はこれだけで終わらなかった。
遂に骨格構造が破綻した。
巨大な開閉扉が歪んだ。
一瞬にして漏れ出る空気。
コロニー艦の居住区の空気が漏れる。
これで、中央の艦橋で隔離されていたファスラーザの乗務員以外は全員死亡した。
その乗員達も、必死に艦を労わりながら航行を続ける。
死から逃れる為には、ルコに行くしかない。
そうして、ドラウド12世の指示に従い、アンの船が残された宇宙空間で西大陸のコロニー艦を待つ事にしたんだ」
「大丈夫か?」
「あぁ、今話しているのはサポートユニットが持って来たドラウド先王とアンの調査報告データだ」
関係者だけに公開したが、ハイデマンは青ざめていたそうだ」
「そうか、もう無理をさせるな」
「いや!この馬鹿には話しておかないとな!
いいか!ドラーザだった者の制御薬の服用を必ず行えよ!
目を光らせろ!
自分自身にもな!」
「解っている。俺も、女房子供に逢いたいからな。
家族が乗ったコロニーから定時連絡が入った。
順調で計算じゃ32年で到着だそうだ」
「後20年か・・・・・子供はどっちも成人だな」
「それを言うな!
向こうに着いたら、いきなり孫を抱かされる」
「俺も、そうかもな」
「ドラウド14世は両手に花か!」
「まぁ、ほとんど同時に着くわけだ。月面基地で婿をシゴいてやろう」
「うわ〜、嫌な義父だなぁ〜」
今ここにいるハイデマンの身体には、サポートユニットに記録されているアンとアスアッドの人格が形成されている。
人工心臓を胸に入れた本物のアスアッドは、王城で残された者達とドームの方向を見ているだろう。
コロニー艦に旅立つシャトルの出発を見送る為だ。
ドーム内に、シャトルへの搭乗を促す自動音声が流れる。
この基地には、今まで基地の責任者を務めた者達が残っているだけだ。
彼らも後任を指名して出発すれば良かったのだが、敢えてトウラに残る事を選んだ。
その中の数人はハイデマンの母の学友で、この最後のシャトルを見送ったら、武装されたエァーカーでハイデマンの両親の島に渡る。
先に残ると決めた家族は行っている。
「お世話になりました」
「あぁ、ハイデマン!ルコを頼むよ。
記録や映像は、最後の時まで記録して送る」
「お願いします。
【寮監】が宇宙空間から見た映像をくれるでしょうが貴重な資料です。
よろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ」
「しかし、君の父親 バルクがドラーザで、エルベ王の子孫とは思わなかった。
学園の花と言われたエイラが、数々の貴族からのプロポーズを袖にしたのが、幼馴染のファスラーザと結婚すると言い出した時には驚いた」
「コイツなんて、卒業の時には誘拐しようと相談して来た」
「そんな話、聞いた事ありませんよ」
「だろうな。良いだろう。
俺たちの昔話を、書いて送信してやる。
研究所でやった、馬鹿な失敗やバルクの浮気の話もなっ!」
「浮気! 父さんが浮気していたんですか?」
「この際だ!島に着いたら、あの後どうなったか聞かないとな!
ハンデマン!
もしかしたら、ファスラーザの義理の兄か姉が、ルコで会いにくるかもしれないぞ!」
「えっ!そこまでの仲の女性が居たんですか!」
「あぁ、それも飛びっきりの美人。
エイラが学園にいた時には、もう研究所で働いていて、お前の爺様に連れられて来ていたバルクと仲がよかったぞ!」
「バルクは、成人していたからな」
「もしかしたら、もしかするぞ」
「そんな暴露話するなら、もっと早くにしてくださいよ!」
「あはは、ついな。
思い出すと泣きたくなるんだよ。
この星が、歴史が無くなると思うとな」
「そうですね」
「アンとしての意見が欲しい」
「何でしょうか?」
「私たちは、正しいのかね?」
「・・・・・種を残す。それは正しい行いです。
ですが、必ず犠牲を伴います。
今回は、私のドラゴニアもトウラも、移住する先に人類が居ませんでしたが、これからは移住する環境に知的生命体、人類がいる事もあるかも知れません。
それらを、宇宙を行く科学技術がある私たちが殲滅して移住する。
そんな事は、やってはいけないと思います」
「なるほどな・・・・
今回は、同族の犠牲はあるが種は残せた。
だが、次は解らない。
難しいな」
「ルコでは、もう探査船を出しています」
「気が早いな!」
「同じ事を考えている星があるかも知れません。
夫は、ドラウド12世は、そう言っていました」
「つかぬ事を聞くが許してくれ。
君のドラゴニアでの夫はどうした?」
「私は、未婚でした」
「でも子供が・・・・・そうか!」
「えぇ、人工授精です。
宇宙開発の実験中に事故死した、婚約者が残した精子を使って妊娠しました」
「そこまで・・・・・」
「もう、ドラゴニアには時間がありませんでした。
コールドスリーブを頼りに、多くの宇宙船が宇宙に飛び出しましたが、寮監の話では全て失敗しています」
「そうでしたか・・・・・・」
「私は帝国の王であり技術者であった母が、私を無理矢理にカプセルに入れ、最後の宇宙船に乗せたんです。
おそらく、母の元に【寮監】が現れて、そうしろと言ったんでしょうね・・・・・」
「女王の名は?」
「ルトラ・デミーナ
ここにいたら、目を輝かせていたでしょう」
「そうか、もし魂の生まれ変わりがあるのなら、彼女と結婚したいもんだ」
「おいおい、じゃあ、エイラの生まれ変わりは俺が頂く!」
「ちょっと待ってください。母は生きています!」
「あはは、じゃあな!時間だ。
アーロン!最終の便の責任者。任せたぞ!」
「はい所長」
「アスアッドが、皆さんが落ち着かれた頃に島に行くそうです」
「そうか・・・・・」
「ある意味で、アスアッドの建国の立役者のドラウドとミダイの墓に挨拶しに行くそうです」
数ヶ月後、アスアッドが数名の仲間を伴って島に渡ると老人達が、ハイデマンとアーロン達の艦隊が、一回目の次元航行を終えた事を伝えてくれた。
そして、恋物語の主役の前でそれを報告する。
「ドラウド様、ミダイ様。
あなた達の子供は、この海を越えて宇宙に飛び出しました。
見送ってください。
そして、見守ってください」
墓石に絡みついた紅カズラが、手を振る様に揺れている。




