729 結婚式そして結婚式 99 後始末 01
ちょっと、長いエピソードになりました。
20240929 タイトル修正します。
世界各国は、赤道付近で発生した【紫の霧】の衛星映像に釘付けになった。
すぐさま、現地から発生した事象が報告されて・・・・・通信が途絶えた。
電力喪失。
電子機器の停止。
交通網の遮断。
人体への影響は、頭痛と倦怠感、鬱状態。
人によって様々と、世界各国の政府にもたらされる。
大気圏外のはずなのに、人工衛星との通信も途絶える。
米国やヨーロッパ各国に日本には、萩月とキッシンから瞬時に、
『停電と電気製品の動作不良の発生』が伝えられて対応を開始。
国連を通じて諸外国にも、停電についての対応を取るようにと警告が通達されていた。
だが、それを誰が信じるだろうか?
事前に、異常が発生すると知らされた時に何を求める?
その情報の確らしさに評価を出す?
情報源の信頼性も重要。
重要な事・・・・・
【原因】
原因を説明してもらえれば、その起こる事象が想像出来る。
被害を避ける為には、原因に被害予測を重ね合わせて対応する。
今回は、その事象をもたらす原因が知らされていない。
従って、今回の情報の信頼性は半分も勝ち取れなかった。
【原因不明】
この一言は、この情報の価値を下げてしまった。
だが、キッシンとルベル達は逆に、この情報を【恐怖】と捉えた。
萩月からの情報は【真実】
だがそこに【原因不明】の一言が付くと、
その情報は【最大級の脅威】に格上げされる。
『対抗が、出来ていない』
『こちらの指示への対処だけを願う』
現役を引退しても、キッシン、ルベル。
彼等が率いる組織は、絶大な影響力を保っていた。
そこに、英国王室。
世界中に散らばる新たな世代の萩月が居る。
ヨーロッパ各国は、多くの原子力発電所を停止して火力、水力、太陽光にシフトしている事になっている。
だが、実際はフランスなどの原発稼働国から電力を買っている。
その電力供給先のドイツを始めとした各国へ、フランスは『計画停電を開始する』と通達して、すぐさま電力供給を絞り出した。
諸外国は、慌てて電力供給再開を要求した。
しかし、フランスを始めとする原発稼働国は、粛々と停止に向かって対応を開始し始める。
外部電源が無くなるとの情報で、バッテリーがあればと漫然と構えていた電力会社は、
『電子機器、電気で稼働する設備が、通信も含めて全て止まる』
との追加情報に対応を苦慮していた。
忍び寄る紫の霧
どう対応するか?
対応が解らない。
そこに届けられる日本の【オールディズ】の対応事例。
水力発電用のダムから、高低差を利用した水車を使った冷却水の循環。
『原子炉冷却用、燃料棒保管プールへの冷却水供給モーターも止まる』
関係者なら逃げ出したくなる様な事象への対応。
原子力発電所には、全ての電源が止まっても、バルブ操作と冷却水の熱対流による冷却措置が取れるようになっているが、それは最悪の方法だ。
冷却水を回す為のポンプは、出来れば止めたく無い。
だから、運転停止中の原発であっても冷却用のポンプは回っている。
燃料棒の冷却用プールもポンプは停められない。
一歩間違えば、圧力容器内の圧力蒸気を逃す為の弁を開く事になる。
そして、それが繰り返されたら・・・・・
だが各地の原子力発電所には引退した技術者が、
『日本の友人から聞いた』
と多く駆けつけていて、手にした図面をもとに対応を素早く開始。
それこそ国境を超え、既存の施設を利用して冷却水を送る。
アルプスの山脈をぶち抜くトンネル内に溢れる水も、利用できると排水管を一気に繋いでいく、
水源を抱いた山々のある国々は幸いだった。
問題は、砂漠地帯の原子力発電所。
海外からの購入品。
営業運転中の、海沿いに新たに建設された原子力発電所。
受注企業が、資材や建設技術者を全て派遣してきた。
自国の労働者は、基礎工事や付帯道路の現場工事。
それも、開発途上国からの出稼ぎ労働者が下請けに雇われていた。
自国国民で関わったのは、一部の検査官と試運転から制御室に入った電力会社の職員。
中でも制御室の室長は、米国の電力会社に勤めていたのを
『母国の発展の為』
と説得して入社させたばかりだった。
室長は、勤務に就くなり様々なマニュアルを再確認。
自国の言語で書かれては居るが、元となったマニュアルは英文。
実情と色々食い違ったり、言い回しがおかしい。
このままでは到底。
自国の職員には理解出来ない。
原子炉建屋の配管やバルブ、ポンプ。
それらを見て回って、メンテナンス・マニュアルを再作成し、緊急対応マニュアルも再作成している。
「どうして、引き抜いてくれるなら、入札から立ち合わせてくれなかったんだ!」
そう思わずにはいられなかった。
様々な点で問題が存在した。
配管の裏。
直視できない位置に、重要な圧力ゲージが存在する。
緊急遮断用の手動バルブが、空気圧で開閉するバルブの影に隠れている。
配管図はあっているのだが、レイアウトが管理者の視線に合っていない。
メンテナンス頻度が高い部品を外す為に、他のメンテンス不要なパーツを外さないといけない。
現在、交代でやってきているメーカーの社員と、次回のメンテンスに合わせて改修、交換するスケジュールの打ち合わせ最中に連絡が入った。
『全電源が失われ、冷却水を送る為のポンプさえ停止する恐れがある。
メーカーの担当者と共に対応してくれ!
連絡も出来なくなる。
交通も途絶える。
急げ!』
メーカーの彼らにも同様に、衛星電話で本国から連絡が入った様だ。
『原子炉の緊急停止!
他にも指示を出すから、それに従ってくれ!
でないと! 死ぬぞ!』
ロウは電話を他の社員に押し付けて、追加される指示を確認させた。
先ずは、先にやる事がある。
ロウは、この先人達が設計、建設したこの原発に、重大な欠陥がある事を認識していた。
シャリフが作成したメンテナンス計画書と改修要求は、その欠陥を見事に突いていた。
だからこそ、この緊急事態は二人であたらないと対応出来ない。
この切迫した感じ!
時間が無い!
ピリピリした感じが伝わってくる。
「原子炉を停止させますよ!シャリフ所長!」
ロウは、会議室を飛び出した。
シャリフは、先にインカムで話をしながら、制御棒を差し込んで原子炉を停止にかからせる。
が、直ぐには原子炉温度は下がらない。
蒸気の発生は、温度が下がらないかぎり止まらない。
シャリフは冷却用のプールに、外部からの水を供給して満水位まで到達させて、外部の冷却用の配管を冷やす為のプールも溢れさせて周辺温度を下げておく。
ポンプは停めるな!
『誰が、こんな指示を出したのか?』
現場駐在の発電所を建設した国の電力公社からの出向社員が頭をひねる。
まるで、外部からの水供給が止まると想定したような指示だ。
『特に冷却水の扱いが尋常じゃ無い』
背筋に冷たいものが走る。
シャリフが、電力公社からの出向社員に確認する。
やはり詳細は聞いていない。
緊急時の対応マニュアルを理解していない。
政府からの情報が改めて伝えられる。
シャリフの横には当然の様に、ロウが立ってそのモニタを見ている。
シャリフが小声で英語で通訳してくれる。
二人の額に汗が滲んできた。
モニタに映った【紫のシミ】が広がる地球。
政府高官の声だけが制御室に響き渡る。
「この紫の霧がやがて、この国にも到達する。
全ての電子機器、通信機器が機能停止になる。
冷却水ポンプも停止する。
車も動かなくなる。
神のご加護が・・・・・・」
映像が消えると同時に、それは始まった。
冷却水の循環ポンプの停止を知らせる警報音。
外部からの電源供給が遮断され、内部の発電機が稼働した。
だが、それに引き続いて鳴り響く警告音。
複数の警告が鳴り響く、慌てて外部に連絡を取り応援を求める。
繋がらない電話。
訓練とは違う!
次々に警告が鳴り響き、状況を報告する声が怒号になって制御室内に響き渡る。
何をすれば良いか!
施設を正常運転、停止させる事には慣れていても、こうも複数のアラームには対応が遅れる。
シャリフとロウが、バルブの一つ一つの位置を確認しながらバルブを開閉する。
対応順を間違うと、自ら首を絞めてしまう。
中には、祈りをあげ始めた現場責任者もいる。
手を組み、膝をついて頭を床に擦り付ける。
職務を、放棄して神に祈り始めた。
そして訪れる。
全ての機器が停止する。
警告音が止まり、祈りをあげていた男も暗闇の中で黙り込む。
窓のない部屋。
漆黒の闇。
聞こえるのは、配管の軋み音と建屋の唸る音。
慌てて制御司令室から逃げ出す者も居るが、暗闇の中ポケットに刺した懐中電灯も点灯しない。
「馬鹿な!なんで非常用の照明が点灯しない!」
副長のアミールが、ロウを睨み付け盗人呼ばわりして来た。
だが、今はそんな事に関わっている場合じゃない。
それに、その後付け工事は、この国の業者がやった事だ。
制御盤の表示も蓄光塗料を塗った針だけが見える。
床に張られたテープだけが自分の位置を教えてくれる。
所員のヘルメットのテープが、誰がどこにいるかを教えてくれる。
手探りで灯りを探す。
ライターは持ち込み禁止だし、喫煙は制限されている。
光を与えてくれたのは、机に放り込まれたままだった豆電球の懐中電灯。
「どうして!」
「外に出よう!」
「暗闇の中で、最後は迎えたくない!」
停める間も無く、ドアに急ぐ所員たち。
通常使う扉は電磁ロックが、解除されずに使えなかった。
非常用扉の三重ロックを開けて通路に出る。
原子炉格納容器は、まだ自然冷却装置の働きでまだ大丈夫だ。
しかし、原子炉に繋がる非常灯まで何で消えている?
ここは、まだ工事がされていない。
やっとの思いで、外に出ると保安員達が途方に暮れていた。
「なんだ!この紫の霧は!」
「解りません!
とりあえず今、戦時対応用の防毒マスクを取りに行かせています」
見れば所員が猫車に、いくつもの箱を積み上げてやって来る。
「車をなぜ使わない!」
「ダメなんです。動かないんですよ。
車も電話も、無線も使えません。
原子炉は、大丈夫なんでしょうか?
車が使えませんから、逃げれませんよ。
連絡も取れてませんから、応援も来れません!」
フェンスの向こうでは、何台もの車が置き去りにされて、街へ走り去る人影が紫の霧に消えていった。
防毒マスクを配布して回る。
頭痛はしていたが、身体への影響はない。
ただ強烈に脱力感と不安が込み上げてくる。
次々に膝を突き、一斉に同じ方向に向かって祈りを捧げ始める所員たち。
祈りに加わっていないのは、この原発を売った海外の国からの派遣者とシャリフ。
車の前で悪態をついていた。
携帯電話も、やはり使えないようだ。
空を指差して叫んでいるから、衛星通信対応なのだろう。
それすら使えない。
駐車場に叩きつけている。
(壊したら本当に、使えなくなるだろうに・・・・・)
この四人が話している言葉はさっぱり解らない。
歩いて脱出する気だ。
守衛に食ってかかっているが、今この敷地の門扉は開かない。
非常事態を感知すると、二重三重にフェンスが締まる。
乗り越えようにも、先端には鉄条網が何段にも取り付けられている。
「開けろ!」
「開かない!」
警備員と言い争いになっていた。
警備員は軍隊あがり。
詰所から暴徒鎮圧用の散弾銃を持った所員がかけつけて、一発空に向けて発砲した。
対応に当たっている警備員の腰から鍵を取ろうとしたからだ。
怯む外国人。
守衛兼保安要員が、
「開かないんだ。全てが電子式だ。
解っているだろう?
この霧に包まれて以来、全ての機器が動かなくなった。
待つしかない」
流暢な英語で話をした。
相手をしていた四人は諦めて、彼らのデッカい車に戻っていった。
キャンピングカーになっていて、この国では忌避されている食事を摂る際に、この車の中でする。
彼等も、もう何度も来ているが、やはり、この国の食事はシャリフ同様に合わない様だ。
ドアと窓を開け放しして、ビールを飲み始めた。
彼らなりの最後の晩餐なのだろう。
万が一、冷却が自然循環だけでは収まらなかったら、原子炉の圧力を逃す為に弁が開く。
これはバネを利用した機械式だから、配管に取り付く必要が無いない。
手動でも開くが今更だ。
放射能物質を含んだ水蒸気だ。
外部からの冷却水が供給されてない今、屋内のタンク内の水だけが頼りだ。
それが無くなれば、原子炉から直接、放射性物質が出てくる。
原子炉の隔壁は格安の、この発電所は一層。
今は、最低二層が標準だが、もうこの状態になったら何層だろうと一緒だ。
シャリフ所長は、酒盛りを始めた連中に確認を取る。
相変わらず、匂いがキツい食い物を食う。
「ロウ!どれくらい持つ?」
「解らん」
「どうして? 設計者だろう?」
「設計通りなら、後70時間。
放射能を含んだ水蒸気は、2箇所の塔から放出される。
最初は、そう高くないが次第に放射線量は高くなる。
原子炉内の温度を確認しに行こうにも、非常灯すら点灯していない中を行ける訳がない。
行ったところで、何も出来ない。
温度が下がる方が先か、放射能が放出されるか・・・・・
最悪のメルトダウンが、避けられるかどうかは『神のみぞ知る』だ」
「建屋に入らないのか?」
「お前らだって入って居ないじゃないか?
何も出来ないのに、暗闇の中で死んでいくのはゴメンだ。
家族にも別れを告げられない。
最後の時が終わったら誰も、近寄りはしないだろう。
遺体が残って居たら黒い袋に詰められて、鉛の棺桶で運ばれるだけだ。
体を洗ってくれるかな?
すぐには埋められずに、切り刻まれるんだろうな。
この打ち合わせが終わったら、首都に帰って明後日にはドバイ経由で帰国だったんだがな。
何か聞いているか?」
『緊急停止させろ!』
『通信は途絶する!』
『移動も出来ない!』
『神よ!お救いたまえ!』
「こう聞かされただけだ。
理由は、聞いて居ないが・・・・
お前たち、頭痛くないか?」
「痛いさ。気分だって落ち込んでいる。
それこそ、あの保安員に撃って欲しいくらいに!」
膝をついて祈り出した。
保安員たち。
マスクを外している。
他の所員もだ。
シャリフ所長もマスクを外した。
「俺にも、ひと缶くれ!」
差し出された銀色の缶ビール。
「なんだ、敵対しているんじゃないのか?」
「ここは母国じゃない。
それにホテルで仕入れてもらうには、コイツが一番売れている。
アメリカのもあるぜ!」
所長は、一本目を一気に飲み干した。
「御法度じゃ無いのか?」
「俺は、バドの国の生まれだ。
学んだのもアメリカの大学だ。
訳あって研究畑には行けず電力会社に入ったんだ。
信仰心は薄いよ。
生きて帰れたら辞表を出すさ。
あんたらも、そうするだろう?」
バドを開けて飲む。
「最後の酒は、コイツが良い」
軽い飲み心地。
スーパーボウルを見ながら友人の家で過ごした。
ポン!
と、言う音に続いて圧力を逃す音が聞こえる。
被曝量は、フイルム式のバッジを見てからになる。
「中に入れ」
車のドアを閉め切った。
「風速7メートル。
海に向かっているから、構内にはごく微量だ。拡散はしている。
まだ、大丈夫だ。
最初は、水蒸気だけだ。
フィルターがあるからな。
拡散しやすいから上空に巻き上げられている。
10分だけ我慢しろ。気分の問題だがな・・・・」
「あぁ、済まないな」
テーブルの上のナッツに手を伸ばす。
箸が使えないから皿に載ったピクルスは無理だ。
二本目のバドが渡された。
「暑いだろう?
エンジンが、掛からないから仕方がない。
電子制御機器が軒並みやられている。
この車も、さっきまで動いて居たからまだマシだ。
冷蔵庫が空になるまで、回復してくれたら良いんだが・・・・・」
「最後を迎えるのが、異国の男たちと酒盛りとは・・・・・・
まぁ、生きて帰れたとしてもクビはまちがいない。
アメリカ国籍も取っておいて良かった。
でなかったら、教義に逆らった罪で鞭打ちだ」
ドアを開けて外を見ても、紫の霧は漂って居た。
「夜は冷えるから、冷却水が冷えてくれる。それに期待するしかない」
「見に行かなくて良いのか?
「行ってもどうにもならない。
もうドアは、開けっぱなしだぞ・・・・・」
派遣されてきた社員は、もう度数が高い酒に切り替えている。
(どれだけ積んでいたんだ?)
フォークを貰い、キツイ匂いがする赤いピクルスも食べてみた。
「大学にもいたんだよ。君と同じ国の友人が、だから君らがやってきた時に、久しぶりだったよこの匂い。
この車で食べていたんだ」
「あぁ、中々慣れなくって済まないな」
「あぁ、こちらこそ距離をとってしまった。
悪かった。
原発の経験と海外での生活経験を買われて、ここの管理を任されたんだが、周りの職員の目がきつくてな」
夕暮れの中、まだ祈りをあげ続けている職員を睨んだ。
「君は良いのか?」
「両親も、神に対しての信仰心は薄いんだ。
色々あってアメリカに渡ったけど、神に祈りをあげても生活は苦しくなるばかりだった。
神は助けてくれないよ。君らは?」
「僕たちも死ぬ間際になってまで、神にすがる気はない。
自分を曝け出して飲んでいた方がいい。
もうじきかな? 二回目は・・・・・・」
「今回まではなんとか、なりそうだが保護服を着るかい?」
「いや、三回目は早くなるんだろう? そして、その後も・・・・」
「温度が、下がらないならな」
そんな話をしながら、微かに見える星を見ていた。
気温は下がり、タイヤに背をもたれ掛けて何本目かのビールに手を伸ばす。
「まだ、有るぜ!冷えているから助かる」
「撃たれて死ぬよりはマシかな?」
「放射線で身体中を焼かれたら、痛みは抑えられないからな。
恐怖心で、保安要員が引き金を引かなきゃ良いがな・・・・・
昔から、異教徒と戒律を破った人間は真っ先に殺される」
ここまで、放置するしかなかった原発は他には無かったが、電力を奪われてからの対応は全て人手になり、対応が遅れた所も出た。
放出される放射線物質。
大気に、海に放出される。
原発の停止手順は、こんなもんじゃ済みません。




