723 結婚式そして結婚式 95ゲリラ16
洞窟内に設けた宿泊施設。
周辺から現地の住民を追い出した後に、本国から派遣された連中が組み立てたプレハブ。
洞窟内は、気温も低く壁から湧き出る水も充分に飲用に使えた。
タンクへ導いて、浄水器を付けているから心配は無い。
洞窟の奥から常に風が吹いているので、用をたしても気にならない。
しかし、今、洞窟内に風は吹かず、漂う、この紫色の煙の正体が呪素だと解っていても気にならない訳ではない。
一般人は憂鬱になったり、意欲を失い人によっては衰弱死するというのに、いつの間にか平気になり、遂には心地よさを感じる様になった。
琅は、それを思うと憂鬱になる。
もう、同じ空気を吸う事が出来なくなった・・・・
故郷の友人達。
だが、続いて思い出す。
好きになった娘の父から投げつけられた言葉。
「蛮族の子孫には、娘は触れさせん!」
蛮族・・・・聞いてはいた。
自分の先祖の墓が、村の共同墓地には無い事。
そして、その谷間に隠された墓に刻まれた二つの名前。
一つは正面に書かれ、もう一つは供物を置く為の石の台座に隠れていた。
【盧】蛮族である事を隠すための名。
【琅】夏一族に繋がる事を示す本当の名。
この村は元々、琅一族の土地。
それを奪われたのは・・・はるか昔。
祖母も母も、北の国から嫁に来ていた。
この、琅の一族を絶やす事がない様に。
誰も夏を名乗ったりしていない。
自分が夏王家に繋がる血筋と知った時。
母が言う。
「お前を蛮族と呼んだ男は、夏一族に使われていた羊の頭を落とす処刑人の子孫さ。
その蛮刀で、王城の王子と姫の首を刎ねた褒美がこの地だ。
お前が、あの娘を嫁にしたら、私がその孫を殺しただろう」
名前を【盧】から【琅】に戻し、その失われた歴史を知る為に道士となった。
そのお陰で村を後にし、大学へ進み【陣】を探す役目についた。
感情に流されなかった、祖父と父の願い。
今こうして、【夏】へ忠誠を誓う。
昨夜は、少し祝杯をあげて寝たせいで気にならなかったが、こうして起きてみると陣が発する光が眩しい。
「やはり、こちらの壁にも陣が浮かび上がってきていますね」
「あぁ、で、これはどうなんだ?」
「断言できませんが、日本で見つけた【乳の陣】だと思われます。
携帯電話が起動しませんので、映像照合は出来ませんが、何度も見ていましたから間違いないです」
「・・・・・・そうか、・・・遂に見つけたか!」
「はい、井戸の奥の物など比べ物になりません。
私たち、二人で手を繋いだ分よりもはるかに大きい」
「と言うことは、我が一族に伝わる【王の力】が手に入るか!」
「夏王!それでは、その御身に王の力を受けられるのですか?」
「あぁ、だが、先にコチラに力を注ぎ込む」
夏は、研究用の機材と言って持ち込ませた箱を指差した。
『まるで柩のようだ』
と散々文句を言われながらも、慎重に運び込ませていた。
ベルトを外し、かかっている緑に金の縁取りがある厚みがある緞子を剥ぎ取った。
鍵がついた柩だった。
「開けてみよ」
夏は、そう言って鍵を琅に手渡した。
大きな鍵。
箱の鍵穴よりも大きい。
「ですが・・・・・」
「良いから、差し込んでみよ!」
夏が、ニヤニヤしながら促した。
そう言われては、逆らえない。
恐る恐る、鍵穴に渡された鍵を押し込む。
ズルっ
「あぁ〜」
鍵が姿を変えて、自ら鍵穴に忍び込んでいく。
そして、鍵が開く音が洞窟内に響いた。
「言ったであろう?これが鍵だと!」
「な、何が、入っているのですか?」
あまりの重さに、これを運んだ者達の不平不満の声を思い出す。
「姫だよ!」
「姫? あぁ、もしや、それは蘭姫様!」
「やはり、知っておったか!」
「はい。16の歳。
蘭姫様は婚儀を迎える前日に、枯れ果てるようにして死した姫君。
亡くなった際のご様子は文に残っておりましたが、その遺体が残っていない事から
『紗の国への輿入れを嫌っての逃亡』
と言われて夏王朝を破滅に導いた・・・・」
「枯れ果てて眠ったのは事実じゃよ。
先程、言ったであろう?【王の力】を注ぎ込むと?」
「では、急死されたのは王の力を失われた為?」
「そうじゃ。蘭姫がその身体に竜を宿す。
その前に、地脈が枯れ果てたからな。
約定を守らなかったのは紗の国よ。
彼奴らは、竜の力を自らの物にせんと地脈を閉じた。
結果、蘭姫は竜を宿せずに、ここに眠っている」
「眠っている? 亡くなった訳ではないのですか?」
「あぁ、【乳の陣】が【王の力】をその身体に注ぎ込めば、【竜核】を持った蘭姫は目覚め竜をその身に宿す」
「それが、夏王朝の復活・・・・・」
「琅よ。お主は夏王朝に繋がる者の末裔。
鍵がお主に従い姿を変えて、姫の寝所の鍵を開けたのがその証。
姫を目覚めさせ、その身体に精を注ぎ込み竜を目覚めさせよ。
さすれば、お主が夏王となる。夏興と名乗るが良い」
「私が、夏を名乗る・・・・宜しいのですか?」
「他には誰もおらん。正統な後継者は興!お前だ!」
「有り難く夏 興を名乗ります!」
興は、棺の蓋に手をかけた。
だが開かない。
「興よ。焦るでない。
今は、蛹が蝶になるように竜となる。
今、蛹の姿を夫となる、お主には見せるわけにはいかん。
そうであろう?」
興の目から涙が溢れる。
「さて、では昨日の続きだ!」
夏は両手を隅々まで術符が重ねられた手袋に手を通した。
二人で脚立に立ち、大きい方の呪詛球を夏が持ち上げる。
「良いか?
今日は、何が有ってもこの呪詛球をねじ込み、この陣を発動させるのじゃ。
さすれば、正面の【乳の陣】が蘭姫の身体に力を与える。
そう母が赤子に乳を与えるようにな。
さすれば、蘭姫は目覚めその身に竜を宿す。
蘭姫を抱き、興!お前が精を与えよ。
さすれば、お主に竜の力が宿り王となる。
ワシは、もう枯れ果てたからな。
思う存分、精を注ぎ込め!」
昨日、空いた穴が空いたままで、そこから紫の霧が溢れている。
「さてやるぞ!」
「はい!」
夏の腰と肩を抑え押し込む興。
彼にも、この先で起きている振動が伝わってくる。
陣が震え悲鳴まで聞こえてくる。
あがらう陣。
だが、更に押し込む。
背後から光が迫ってくる。
間違いない。
あの乳の陣
背後が暖かくなる。
あぁ、力が湧く。
夏も同じなのだろう、今日は手袋から血が迸ることは無かった。
グイグイと入っていく。
まるで吸い込むように。
「ふははは!」
夏の笑い声が響く。
遂に陣が働き始めた!
「友嗣さん。これは?」
突然!それは現れた。
紫の噴気をあげる大地の割れ目。
それを覆う巨大な透明の檻。
大地が揺らぎ激しく振動した。
だが、不思議な事に揺れるのは透明な檻とその周辺だけ。
「ほら、姿を現した」
予測していたのであろうか、渦巻く紫色の霧が、雲となり形を作り出していく。
「やはりそうか!」
洋樹も、時々そんな物が見えている気がしていた。
竜。
黄金の目をした紫の竜が、多くの稲光りを纏いながら姿を現した。
長谷山と室武彦そして真弓が見上げる中、空中に浮かんだ陣に変化が生じていた。
空中から雷の様な音が降り注いで来る。
紫の煙とも霧とも言えない物が降りてきた。
「一条 豊の竜よりは小さいな」
「そうなんですか?」
洋樹には、押し込んだ壁の中で暴れ回る竜はデカく見えた。
何せ体高が200メートルは有る。
頭の先から尾の先までなら4、500メートルだ。
「大きさじゃ無いんだ。
中に蓄えた呪素の量だよ。
身体つきは、こっちがデカイが、結局は溜め込んでいた呪素をそこいら中にばら撒いて、通信障害や不安を煽ったそれだけさ。
こんな、場所に地脈の出口がなかったらこれだけの呪素を撒き散らしたんだ。
更に呪素を吸い込めただろう。
ところが、ご覧の通り人の姿なんかどこにも無い。
それどころか、海に流れる風に乗って拡散していく。
人の呪素が溜まり新たな呪詛球を生み出す事を願ったんだろうが、もう新たな呪素が供給されないから消えていくだけだよ。
元々が、霧の様な粒の集まりだからスッカスカだ。
人の身体に呪素を取り込んで、竜となった譲や豊の半分にも及ばない。
手を出さなくても、この盾を破る事ができない。
地脈を使って地震を起こしていた様だけど、もうこの程度の盾でも砕けない」
ケイランドの首都を脱出していた九鬼友恵と翠の部隊。
羽田の部隊も国境が山崩れで塞がれて、隣国からの侵攻の恐れが無くなったので友恵らに合流しようと向かって来ている。
翠がこさえた呪素を防ぐ陣で、生き残った人々を収容している。
地震は起きなかったが、翠が術の発動を感知した。
「決着がつきそうですね。
昨日と同じ術が発動していますが、ご覧の通り地震は起きていません。
紫の霧も消えていくばかりですよ。
陽の光には勝てないようです」
「そうね。白魔石を使った治療と救出部隊の準備をしましょう。
後は、二人に任せておけばいい」




