712 間話 フィットネスクラブ4
「おはよう。トシちゃん!眠れた?」
「おはようございます。香織さん。今は、美帆です。
俊恵さんの意識を、抑えさせてもらいました」
「お気遣い、ありがとうございます」
「覚えがある様ですね?」
「えぇ、私も洋樹さんの事で悩んだ時に、泣き疲れて朝起きれなかった事があったんです。
そしたら、靜さんが代わってくれて」
「そうでしたか。
私も、このような事が出来るとは思ってもいませんでしたから。
何しろ、初めてなんです。
こうして、意識を持って私の言葉で話したのは。
そして、こうして俊恵さんの身体を使えるなんて・・・・・
俊恵さんが、青魔石を手にしていたからかしら?」
「えぇ、そう思います。
慣れれば、互いに励まし合いながらやれますから楽しいですね」
「その、俊恵さんはどう思うのでしょうか?
見て居るだけでしたが、同世代の男性を好きになった事が無いんです。
私の影響なんでしょうか?」
「それは、そうかもしれません。
でも、良いんじゃ無いですか?
奥様だった美帆さんにこういうのは今更ですが、
羽田さんは、真面目で包容力がある人です。
私は、彼女が羽田さんに轢かれたのは、ごく普通の事だと思っています」
「そうですか・・・・・
申し訳ないような、嬉しいような」
「あの、美帆さんの味付けで、炊き込みご飯作って貰えますか?」
「えぇ、良いですよ。
父が、東北育ちで祖母から教えて貰った、炊き込みご飯を教えてもらいました」
「材料は、こんなモノでどうですか?」
熊野から持ち込まれたキノコの類や、枝豆、・・・・・
「これは?えんどう豆?」
「碓氷えんどう豆と言うそうです。
これで、作った煮豆が美味しいそうなんで貰って来ました」
「香織さんも【収納】が、使えるんですね」
「えぇ、アーバイン人は使えるようになる人が多いようです。
それに、私と真弓に未彩さん、そして巴さんの収納が、一部ですが共有できて居るんです。
そしてそれは、夫である洋樹さんと繋がっています」
「それは、どんなに離れてもですか?」
「どこまでかわかりませんが、今、アフリカにいる彼とも、繋がっていますから地球上なら大丈夫なはずですよ」
「それはすごいですね。
でも、巴さん?
あぁ、そう言うわけですか?」
「あっ、秘密にしておいてください」
「解っています。巴様も、人になられたのは聞いています。
そうですか。それでは後五年も経てばですね」
「そうですね。東郷洋樹は、大きな家族を持つ事になります」
「アーバイン。
私も見ただけですが、良いところですね。
羽田の先代も移住されていて、成程なと思います」
「お会いになられたのですか?」
「いえ、未だ俊恵さんも、私の存在を知ったのはつい最近ですから」
「ほんと、その時出てきてくれれば良かったのに」
「あら起きた?」
「お腹すいたし、早く食事済ませた方がいい気がするの」
「なぜ?」
「インストラクターとの顔合わせ」
「あぁ、そうでした。
それじゃ急いで仕込むわ。もう暫く見て居るだけにしておいて。
きっと、覚えてよ!
うちに来て喜んで食べてくれた味だから」
「うん。ありがとう」
昨夜は、心の中で慰めあって眠った。
でも、美帆の心は寝ていないだろう。
毅だけでは無いのだ。
二人の子供も戦場に向かっているのだ。
先方に航空戦力が無いので、上空からの偵察と支援になるのだろうが、
それでも、民間機の九鬼に対して携行ミサイルを撃ってくる様な連中だ。
派手な黄色の機体に撃ってくるのだ。
ゲリラでもやらない行動だ。
正直、この行動が無かったら九鬼が動いて居ないし、世界各地に散らばった室の目にかかることは無かった。
大沢だけは、表のカメラマンの取材を通じて調査をしていて、その報告に帰ったところをすぐに折り返すことになった。
こんな経緯があったのだが、俊恵も聴いていなかった。
早く、俊恵を日常の生活に戻してやりたい。
そう、萩月の面々の考えだ。
その中には、アフリカでの出来事を知っていた父、武彦もいた。
香織が知ったのもドルフィンの操船を学ぶ為に、熊野で過ごしていた最中に、収納の共有化で巴が荷物のやり取りをしたからだ。
でなければ、洋樹と真弓がそんな戦場にいるとは考えもしなかった。
香織から現地の説明を聞きながら調理を続ける。
出されたサーモンが脂が乗っている。
そのままでは、脂がキツくなるのでごく弱めな火加減でオーブンで油を抜くようにした。
魔石を使ったオーブンで、白魔石でクリーニングが出来る優れ物だ。
俊恵も新居を持ったら欲しいと思った。
お吸い物や簡単な惣菜をテキパキと仕上げていく。
炊き込みご飯が炊き上がって準備ができた時に、明菜が起きて来た。
「おはようございます。明菜ちゃん!」
「アレ? トシちゃん?じゃない」
「ウフフ。聡い娘ね。
俊恵さんの中に居る羽田美帆といいます」
「わぁ〜やっとお会いできました。
いつお目覚めになるかな?って思っていました」
「あらあら。やはり洋樹さんと未彩さんのお子さんね」
「はい。お父さんや香織お母さん真弓お母さんと同じ感じがしていたんで。そうかな?と思っていました。
明菜です。
よろしくお願いします」
「明菜ちゃん。又、大きくなったわね。
もう5歳と言って良いわね」
「少しゆっくりになって欲しいんですけどね」
家族と離れて巴が預かる事に、一抹の不安がある香織が心配した。
「良いわね。やっぱり女の子は!
今度は、女の子が欲しいわ。
さぁ、顔を洗ってらっしゃい。お母さんも起こしてね」
美帆は、心から女の子を欲した。
なんだか、男の子が欲しい時は奥で受け止めるとか聞いた事があるから・・・・・
明菜は、トイレの様子を見ながら、一人一人起こして行った。
「賢いわね」
トイレが、二部屋作ってあったのは有難い。
ドレッサー用の洗面台も二箇所。
もう、一人入れる部屋もある。
ここを、客間かトレーニングルームにしようかと思っていたが、ここを転移陣の部屋にしようと相談している。
朝食を取っていたら、マンションの共同玄関のインターホンが鳴る。
明菜が出て挨拶している。
なんか、聴いた声だな。
「インストラクターの佐々木です!
おはようございます!
おはようございます!」
男女の声?
「えっ!」
俊恵は聞き覚えの有る声に慌てて、インターホンの映像を見た。
「俊恵さん!トレーニングしてる?」
「も、もしかして七恵さん?」
「そう! 旧姓 五木 七恵!
旦那の幸三ちゃんと、橋本のインストラクターに就任しました〜!」
「ゲェ!いつ結婚したの?」
「えへへ、まぁ、中に入れて!恥ずかしい話をしちゃうよ!」
「早く!早く開けて!中に入れて!」
マンション区画の、オートロックを開けて中に入れた。
明菜が、心配そうに座り込んだ俊恵の背中をさする。
心なしか震えている。
「誰なの?」
「綴さんのメイド軍団の一人よ。
室の訓練に参加して室の一族を泣かせた人。
なんで、よりによって!」
今度は、玄関がノックされた。
このふざけたノックの仕方。
間違いない。
ドアを開けると本当に居た。
「七恵だ・・・・・・・」
佐々木幸三が横で笑っている。
「コイツ!」
中に迎え入れると、七恵が素早い動きで明菜を捕捉した。
「キャ〜可愛い!
噂には聴いていたけど、明菜ちゃんね!
私! 七恵。
うちの子にならない?」
余りの素早さに誰もが対応できなかった。
いや、一人だけ。
香織が収納から出した黒い木刀を七恵の首にかけていたが、後ろ手でにした苦無で香織の木刀を自らの首に押し付けて動きを止めていた。
「で、出来る」
「でしょう?この人。この動きで、室の一族の動きを止めたの。
一対一では、ほぼ無敵ね」
「ううん、お父様は無理だったわよ。
室で先陣に立った、うちの旦那は抜けても、武彦さんには敵わなかったわ!
香織さん。納めてもらえる。
良い動きよ」
「木刀だからと見切って、自ら首筋を晒して押し込みますか?
それに、首には金剛かけているじゃ無いですか!」
「解った?だって、木刀でも当たったら痛いでしょ?」
香織が木刀を収めると、七恵も苦無を仕舞った。
「えぇ! 本物の忍者なの!」
ミキが、驚く。
「颯 真弓さんも忍者なの?」
ナオも、確か昨夜真弓は陰陽師の女当主と聞いていた。
「違うわ。忍者の棟梁は畷さん」
俊恵が、ナオとミキを紹介している。
「それよりも、鍛錬したらあの動きができるの?」
ミキがトレースしてみる。
左手で明菜を抱き込みながら、相手の剣を自分の体で押さえ込む。
間違いなく、護衛の動き。
七恵は、その動きの中に、僅かに動かした左膝の動きを見切ってその動きまでトレースしていたミキに感心していた。
「俊恵さんより、できる様になれたのに・・・・・
伊賀に産まれていたら、間違いなくウチのメイド軍団に入っていたわ。
今からでも、いいところに行きそうね」
「え!なんで!」
「気づかない様じゃまだまだね!」
驚愕する俊恵を無視する七恵。
「あら?良い匂い!炊き込みご飯!」
「未だあるから食べてください」
「あら、冷たい言い方ね? 俊恵ちゃん。
やっぱり、奄美大島の事も根に持っている?」
「くっ!」
そうなのだ。室と伊賀、共同訓練で奄美大島に行って、室はゲリラ戦でやられまくった。
お互いに知らない土地という事で当日に移動して、即、模擬戦をしたのだが、ことごとく罠にかかり罠を破壊された室だった。
「法力さえあれば、伊賀はやれるわよ」
咲の得意げな顔が、目に焼き付いている。
しっかりと佐々木夫婦は、お代わりをしてあらかた平らげて
「では、午後から二階で」
と言って消えた。
今度、四階に引っ越してくるそうだ。
まさか、羽田 毅が準備したのが、五木七恵とは思わなかった。
佐々木め〜!
もう尻に敷かれやがって!
というか、毅さん!
なんで、相談してくれないの!
「クシュ!」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、すまん。
急にクシャミがが出そうになった」
「気をつけてください。変な虫がウヨウヨしていますから油断できません」
「そうだな。で、どうだ?」
「えぇ、動きは変わりませんね。
まさか昆虫を、こんな風に使うとは
でも羽田さんの式は、Gじゃ無いですか?」
「あぁ、アレは元々姿が無いんだ」
「えっ?」
「霧みたいな粒の集合体でな。術者に合わせて姿を変える」
「そんな形が決まっていない式なんですか!
でもなんで、Gなんですか?」
「俺が苦手でね」
「はい?」
「親父から引き継いだ時。蛇の姿だったんだ。
親父は、蛇が苦手で蛟と名付けていたんだ。
でも、俺は蛇類は平気なんだよ。
可愛くもある。
だから、使役出来ないんだ」
「はぁ?〜」
「そういう訳さ。
彼らは、こっちの感情を感じて動くからさ。
要は、俺と遊んでいるんだよ。
術師の苦手な姿になって見せて、
『ほれほれ!ツエ〜だろう!』ってな!」
「はは・・・・」
「まぁ、明日の朝になったら拝ませてやるさ。
とにかく、相手の昆虫の式がいる範囲を出しておけ。
木の上も注意しろ!
明日は、包み込んで一気に殲滅する。
可哀想だが、遺伝子操作をかけているから放っては置けない。
死体の一欠片でも残っていたら、それを食した動物がどうなるかわからんし、
スコールで流れてもいかん。
作戦開始したら午前中に、焼き尽くし、洗浄までし尽くす。
土中の奴等も見逃すなよ!
その為にTSTまで、米軍の輸送機使って沖に待機させているんだ」
「はい!」
怒って居るだろうな〜
黙って、アフリカに来ちまったからな。
一番怖いのは俊恵になるか?
まさか式神が、俊恵の姿にはならないだろうな?
兎に角、さっさと終わらせて、会いにいかないとな。
インストラクターの指導者には、綴 咲からの推薦もあって有能な夫婦を付けた。
喜んでくれるだろう。
にやけた姿。
しっかりと記録に取られていた。




