570 何でも屋 2-47 ホットケーキ
光が収まって、香織と真弓は『日本に帰って来たんだな』とホッとすると同時に寂しくなる。
朝早い時間だが、受け入れ準備が進められていた。
送って来るのはゴミだ。
こちらから送った食品のプラスチックゴミや、缶詰め瓶の類だ。
先に、これらを処分しなければどうにもならない。
ファルトンの処理システムを参考にして、再処理設備の検証をしている。
目をひかない様に釧路での実証設備がその受け入れ口になっている。
担当の人々が、アーバインへ送る為の補給物資の準備をしている。
今頃、釧路の駐屯地や羽田家、そして白山の陣ではコンテナの準備に大変だろう。
「この数日の事が、夢みたいだね。香織」
「うん」
「お帰りなさいませ」
メガネをかけた、スーツ姿の女性が出迎えた。
(あぁ、この人。アーバインに向かう時にも案内してくれた人だ)
真弓は気がついた、
良い声だ。
朝靄の中、社務所に案内された。
早い時間だというのに岩屋神社の社務所では、
香織の両親と兄、剣吾が待っていた。
そして、五十嵐亮太と娘律子も居る。
更に真吾までいる。
「「「「「お帰り!」」」」」
「もしかして?」
「あぁ、結婚式の打ち合わせだ。
元々、この日に打ち合わせをしようと相談していた。
そしたら、娘二人が帰って来るから丁度良い。
そう思ってな。昨日から温泉に泊まっていた。
亮太!紹介しておこう。
私達の娘になる颯 真弓さんだ」
家族になるとは言われていた。
だが、本当に本人の口から【娘】と言われるとは思っていなかった。
真弓は、声が出せないでいた。
肩に手を当てて香織が促す。
「さあ、挨拶しようね。真弓」
「済みません。気が動転しました。
颯 真弓です。よろしくお願いします」
「あぁ、君の事は女帝から聴いている。
うん!良い女性だ。五十嵐亮太だ。
鹿児島市で、バイク屋をやっている」
「岩屋真吾です。父を手伝ってバイク屋をやっています。
(あれ?五十嵐さん、じゃ無かったけ?)
まぁ、バイク好きが嵩じてチームを持っているがね」
「知っています。父の書斎に、あぁ、養子に迎えてくれた【颯 次郎】の書斎に、昔の義父が書いた記事に載っていますし、今、掲載している旅行記の資料にも、お名前が書かれていました」
「あぁ、だからか!【颯】の名に聞き覚えがあった。
バイクでの旅行記や、レースの観戦記事を書く作家さんだね?」
「はい!父をご存知だったんですか!」
「初めてお会いしたのは、マン島レースの際にレースコースの、下見の時から見に来てくれていたよ。
学生時代に溜め込んだバイト代を使って、一人でテントを張って見に来ていたんだ。
トイレに行っている間に、テントやシュラフを盗まれてね。
警察に囲まれていたのを助けたんだ。
バイクの整備用に使っている倉庫の二階のソファで過ごして貰ったよ」
「えぇ、その話を何度も聞いています。
随分と助かったし、その時のレースの準備に追われる皆さんの姿を、文章に落として発表したのがレース雑誌に取り上げて貰ったのが、作家デビューのキッカケになった。と言っています。
西郷香織さんと縁ができて、両親と鹿児島に伺うつもりでしたが、その前にアーバインに行く事になりました」
「数年前には、鉄道の旅で西大山駅からスタートした颯さんと、鹿児島市内で食事をしたよ。
そうか!次郎さんの娘さんか?
お元気か?」
「えぇ、私は養女です。それでも養父は、本当の両親の様に可愛がって貰っています。
萩月様からいろんな場所を紹介して貰って、旅行記を書いています。
膝を痛めてバイクには乗れないと、諦めていたのを治して頂いて、今リハビリしながら近所を走っています。
トライクスになりましたけど」
「良いじゃ無いか! 自分に合ったバイクに乗る。
私も近場のちょい乗りには、トライクスを使っているよ」
「自宅は、神田だよね? 父さん。カードの申請をしておこう」
「そうか、筑波のレースか!
その時に、パドックに招待するよ。君も来るかい?」
「良いんですか! 是非!お願いします。香織も、おいでよ!」
「良いわ。良いわよね!お父さん!」
「試験が終わった後だからな。良いだろう。
ナオちゃん達が心配していたぞ!
『腹ボテになって帰って来るんじゃなかろうか?』ってな。
色々と、大変だったみたいだな。
映像は見た。
準備をしなくてはな」
それから義姉になる律子が、真弓に抱きついてきた。
「嬉しい!
家族が増える。
五十嵐律子よ!
剣吾さんと、もうすぐ式を挙げるわ。
宜しく!
良い胸ね!」
背中から胸、そしてまた背後に手が回り、お尻も触って来た。
「あぁ、やっぱり!」
「えぇ!何を!」
「律子お姉さんは、人の身体を触りまわるのが好きなのよ。
みんな被害者よ。
でも、その事で、その人の身体の調子をみる」
「うん!健康、健康!
帰蝶様も安心して!
良い子宮をしている。赤ちゃん産めるわよ!」
「本当か!」
「えっ!今、帰蝶って!」
「そう、この人は、人ならざる者の存在も見抜く。
私の中の【靜】も知っていたけど黙っていたの。
寝ているだけだからってさ」
「洋樹さんの中の人は見抜かれて、それもあって東郷の家を出たわ。
萩月の門人にもいる様だけど、お姉さんは触れてから、その憑いている人を見抜くの。
その正体までもね。
正体まで見抜けるのは、律子姉さんだけ。
そうよね?」
「だから、麗子の中が【出雲阿国】だとも見抜いた」
「えっ!なんと言いました?」
「あ!そうだ言っていなかった?」
「聞いてないわよ!」
「阿国は、気紛れで出てこないの。
今までも出てきたのは、ほんの数回。
【神楽殿】で他の巫女とは違う舞を舞ってみせているわ。
悪戯好きになったのは、間違いなく帰蝶様の影響ね」
「くっ! 否定できない! で、その麗子って?」
「後ろ、後ろ!」
「えっ!」
そこには、スーツ姿で社務所に入ってきたメガネ姿の女性がいた。
(ルースの聖地に向かう時、案内してくれた人じゃ無かったけ?)
「萩月の門人の、事務員じゃ無かったの?」
「事務を、手伝っているわ。
巫女の指導もするけどね。
【岩屋麗子】
沙羅お婆ちゃんの孫よ。
お見知り置きを!
帰蝶ちゃん!」
「あはは、あはは!」
帰蝶は、もう笑うしか無かった。
あの、阿国が、こうも変わるとは思わなかった。
麗子は、元は『深窓の麗人』と言われるほどった。
フランスへ留学していた。
で、浮気症の真吾と、この度結婚することにして、
巫女さんなのに、面倒くさがって入籍だけ先に済ませている。
「だって、あの衣装重すぎるんだよ!
肩が凝るわ。
メルカさんだって、簡単にパーティだけだし、
イリス達に至っては、入籍した事も知らせなかった。
良いじゃない!
アーバインには、結婚式はないわよ!
そこの、子女だから良いでしょう?
それに、式なんかあげたら真吾の昔の女から何を贈られるか分かったもんじゃないわ!」
真吾さん。散々に言われている。
なんとも、自由人に染まっていた。
桜は、もう説得する気にもなれず、放置している。
脩も本人が良いならと、あえて口出ししていない。
「あはは、私もそうしようかな〜」
面倒くさがり屋の真弓が、真剣に考え出した。
「せめて、お茶の水のウェディングチャペルで、お父さん達に花嫁姿見せてあげようよ〜」
香織が、真弓の弱いところせめて納得させた。
とりあえず、岩屋学園に挨拶に行って証拠写真を偽造しておく。
その為に、朝早くから【陣】を使った。
写真は、亮太おじさんがやってくれて、口裏合わせも済ませた。
その日は、ホテルでは無く香織の自宅に泊まる。
自宅でお昼を済ませて、七緒が使っていた部屋に荷物を広げてお土産の仕分けをする。
「ナオ達には、ムクのジャムを渡すか〜」
ご丁寧にも、偽装用のラベルまで用意してある。
「こりゃ又、いっぱい持たされたね〜
百個は、あるんじゃない?」
「真弓の分は、宅急便で送るわ。
真弓の女子寮用には、岩屋学園製のラベルを張っておこう。
私は、コッチのアメリカ産のラベル張る」
「そっか〜確かに!香織手伝って!」
それからチマチマとラベル貼りに勤しんだ。
あぁ、日本なんだね。
あまりテレビを見ない真弓でも天気予報は見る。
明日は、長崎に寄って、洋樹に頼まれた中国人の黄さんをお見舞いして、
博多で一泊して真弓と香織は東京まで帰る。
交換学生の体裁を取っているから、三日ほど真弓の学園に顔を出す事になった。
延長された交換学生の信憑性をあげる為だ。
仕方がない。
でも良い機会だ。
ジュピターと真弓の両親に会っておこう。
季節柄の台風で空路は荒れそうだ。
ジュピターと国分寺に寄り、羽田家から城山のホテルへ転移する。
お昼を済ませてナオに連絡を入れると、何人もの友達が駆けつけた。
そして驚く。
「香織。なんてアンタ綺麗に、大人になったの?」
「大人の階段を登ったの?」
「イヤイヤ、一線越えるわけにはいかないよ!」
「じゃあ、一線手前はあった訳ね?」
「クッ!っ、誘導尋問!」
「それにそちらは、インターハイ決勝の相手。颯さんよね?」
「颯 真弓です。
岩屋学園で、しばらくお世話になっていて、香織さんもアメリカからの帰りに、岩屋学園の関係者に挨拶に来られて、そこで意気投合して、今夜お世話になる事になりました。
明日から又香織さんを交換学生として、ウチの高校に三日間ほど来ていただきます」
「え〜そんな〜。折角、婚約者との甘い生活を聞き出してやろうと思っていたのに!」
「残念でした!一緒に居ましたけど彼が忙しくって、一緒に過ごす事はあまり無かったわ。
岩屋神社の岩屋沙羅さんの娘さんが嫁いだ家でしばらく過ごしただけよ」
「もう働いているの?」
「海外の企業と契約して、忙しいわ。
今は、土木工事の現場だし、その前は紛争地帯で救護活動していたわ」
「紛争地帯って!」
「アンタ!平気なの?」
「信じているもの!平気!」
「でも、助けた女性と懇ろにってよく聞くよ?」
「それでも良いよ!家族になれれば!」
「はぁ〜真弓ちゃん。なんとか言ってやってよ〜」
「私も剣道で彼を知っている。彼なら信用おける。
だから、例え私が彼とそんな関係になっても、みんな纏めて幸せにしてくれる。そんな男だ」
「はぁ〜どんな最強スペックなんだよ〜」
「あそうそう、お土産があるんだ。先に送っておいたから。はい!」
山の様に、積まれたクランベリージャムが渡された。
「今日いない人の分は、学校に行く時に持って行くわ」
「コレは! 以前、お茶に添えられていたジャム!」
「そう、あの時はスコーンで食べたよね?」
「そうそう、美味しかったんだよ!コレ!」
「こんなに、いただいて良いの?」
「こっちこそ、ひと瓶だけで申し訳ない。
ハンドメイドで、何かあったら私に教えて」
「アメリカに、連絡なんて入れれる訳がないじゃない!」
「あ〜もう!指を突っ込んで食べたいくらいよ!」
「みんなで八人か〜
ホットケーキ焼こうか? 手伝って!」
「「「「「「うん!」」」」」
「何すれば良い!」
「ホットプレートを、そこのテーブルに2台置いて!
コンセントは、それぞれ別の場所から取って!」
『本当、世話好きなんだよな〜【ホットケーキ】懐かしいね。帰蝶』
『あの時か・・・・・』
『そう、千葉の家で粉を見つけて、卵と牛乳を買って来て作って食べたよな』
『忘れはしない』
『私も、泣きながら食べたホットケーキは無かったからな』
『でも、互いに母親が作ってくれた最後のオヤツがホットケーキだった』
『今日は、泣かずに頂こうか?』
『そうじゃな』
「真弓さ〜ん! 悪い! 私のバッグに使いかけのジャムの大瓶があるの!それ持って来て!」
「あぁ、わかった」
ワイワイと騒ぎながら、七人の女性がボールに粉を計り入れて、卵を割り入れホットケーキ作りを始めた。
『本当は、10人なんだけどね?』
『楽しいよ! 私達も』
『寮の食堂でも、やってみるか?』
『良いね。料理の腕もあげよう。帰蝶』
『その方が、真弓の為になろう』
『帰蝶。お願いがあるんだ』
『私に、お願いと言われても、私には何も出来ないぞ』
『ううん! 私が死ぬまで一緒に居て!』
『・・・・・・それは、どうなるかわからん。それに、面倒じゃないか?』
『それは無い。前に言った【御堂の主】に会ったら、必ずお願いして!真弓と一緒に【輪廻の輪】に乗ると!』
『・・・・・・あぁ、良かろう。
私も、この一つの人生を生き抜いてみたい。願ってみよう』
「真弓ちゃ〜ん!」
「あぁ、すぐ戻る!」
『私だけじゃ無い。香織も洋樹もミサも、みんなそう思っている』
『そうであろうな、では早く行ってやれ!焼けた様じゃ』
『約束だ!』
今夜も、二人抱き合って眠る。
『いつまで、こうして居られるのかのう?』
『真弓様に、【いつまでも一緒に居て!】とお願いされましたか?』
『靜!お主もか?』
『はい』
『【御堂の主】 今宵は、まだ満月も超えて居ない。
あと二週間か?』
『私たちは、どうなんでしょうか? 御堂に入りますか?』
『弾かれる方が有難い』
『もし入れたら、出れなくなりそうで怖いです』
『私も、そう思う』
『殿は、今頃ミサさんと・・・・・・』
『まぁ、仕方あるまい。
それに、最中は繋がらない様にしているから、洋樹とミサの睦あいじゃ。
もう、殿との繋がりが忘れられないか?』
『・・・・・・はい』
『わたしも、あそこまで激しく求められた事は無かった。
いつも、冷静にお抱きになった。
妻とのひと時でも、大名で有る事が棄てられない。
大名とは、そういうものかも知れない』
『そうですね。ですが、その頸城から外されて、男として我らを求められた』
『もう恋しくて、辛いが、その思いはこの二人も一緒だ。
久秀、光秀、謙信、そして、竜馬様を探そう』
『明日は、長崎ですか。長崎は竜馬様と縁が深い地。
何か、手掛かりが得られるかも知れませんね』




