549 何でも屋 2-26 ミサの告白
ミサが、嗚咽をあげだしたので、洋樹は映像を停めミサを抱きしめて飴を含ませた。
今回は、兆候もなく落ち着いて来た。
初動が大事か。
これからは、常に横に居てもらうか。
「空人?」
「えぇ、祖母と母が住んでいた聖地で、ルベルはそう呼ばれていました。
スインがいた聖地でも、そう呼ばれていて驚きました」
【黒鳥】や【銀の鳥】が同じ呼び名なのは、理解できますけど」
「ルースでは何と?」
「侵略者か、ルベルです。
ルース様の、お母様が敵の指揮官に『サトリ』の力で問いかけられたそうです。
『お前は誰だ』と
それに相手が『ルベルのブラド』と答えたそうです.
しかし、ルース様は、この記憶を消されていました」
「何故」
「お母様は、お亡くなりになっていますので、ライラ様の推測ですが、
『ルース様の復讐心を抑える為』だそうです」
「復讐心に支配され続けるのを恐れた訳か。大した方だ」
「えぇ、ですが祖母には先程の映像で出て来た噂も伝わって来たそうです」
『空人を、呼んだのはファルバンのサトリ』
『黒鳥と銀の鳥を使って、領主の街を滅ぼさせた』
『妻を領主の座から引き摺り下ろし、父親を殺されているから無理も無いが、巻き添えを食った連中は哀れなもんだ』
『アレのファルバンは館の屋上に、【空人】を導く為の灯台を作ったそうだ』
『自分達だけ【始まりの聖地】に逃げ込んで他の街や聖地を攻撃させる。
そんな約束をしたが、どちらかが裏切ってファルバンは全員殺された』
「そんな!」
「噂が、そんな噂を!」
「祖母は、否定したそうです。
ですが、その噂の出元はファルバンの証を持った男。
その男は聖地の人々の魔道具を修理し、魔素を入れてあげたり、食料を収納に入れて運んできました。
黒鳥が飛び回る中、危険を顧みずに自分達を助けてくれる。
こうして聖地の人の信頼を勝ち得え、祖母に取り入ろうとしましたが祖母も母も嫌っていた。
『奴は、ファルバンであって、ファルバンでない!【影】だ。
影はどこまで行っても影だが、アイツは、それ以下だ』と。
でも、祖母は聖地の外で亡くなっていました。
そして、私の母を無理やり発情させて母を身籠らせた。
その男が、私の父親です」
「ミサ!おいで」
又、抱きしめてやって落ち着かせる。
「ヒロ。私、この事初めて話した。
これが、お母さんから託された記憶。
だから、聞かれても父親の事は知らないと言い続けて来た。
他のサトリの診察を断ったのも、私が、こうして産まれてきた事を知られたくなかった。
本当は、皆んなにも知られたくなかった。
私、自分が生きていて良いかわからない!」
余りにも、酷い話だった。
何て事しやがるんだ!
洋樹は、確信していた。
ミサに魔石を埋め込んだのは、このクズ男だ。
許せない。
「洋樹さん。
一服しませんか?
落ち着きましょう。
みんな、ココアにしましょう。
落ち着きますよ」
「ココアかぁ〜。いつ飲んだか覚えていないくらい前に飲んだな」
「美味しく淹れますよ。
甘かったら、口直しにビターチョコを添えておきます。
溶かしても良いですし、食べても良いですよ」
「よく知っているな?」
「京都で、老舗の喫茶店で技を盗み見しました」
「「「えっ!」」」
「それが、バレてチョコの話まで教えて頂きました。
他の面白い話や、お茶の淹れ方も教えてもらいました」
「「「!」」」
絶句するしか無かった。
手伝おうかと言ったが、『ミサの、そばにいてやってくれ』と言われた。
確かに自慢できるココアだ。
ダマも茶漉しをつかってちゃんと取って、ミルクの加減も最高だった。
「これなら、東京だって、お店開けそう」
「ありがとう。
でも、ココアだけじゃ、お店は出来ないわ」
ミサは二杯目をお代わりして、ビターチョコを齧っていた。
「みんなで、行こうか?」
「残念ながら、お店は閉じられてしまいました。ですが息子さんは【メルル】にいらっしゃいます」
「なんだい?メルルって?」
「これも萩月のやっている、お店です。
【天空のテラス メルル】
北山の山々を眺めることができる。カフェですね。
軽いコース料理も出しますよ」
「ハァ 萩月。凄すぎだろう」
「門人に、優秀な方が多いですからね。
そんな方を放って置くわけにはいきませんから」
「又、行く処ができたな。
さて落ち着いたか? 続き行けるか?」
「見る」
映像を再開したが、その後、少年少女は出て来なかった。
「何故?」
ミサは訝しんだが、他の三人には推測がついた。
(この子達が出てくるのは、本編終了後だ)
画面が変わった。
赤い太陽。
だが、禍々しい色に見える。
巨大なドームに囲まれた区画以外には、緑も水も無く大地は赤錆色だった。
(なんだここは)
テロップとナレーションが入る。
バッフィムだ。
淡々と、ここがルベルで有り、その中央都市で有ると説明が入る。
彼の落ち着いた話方は、成る程、ナレーターに向いている。
「日本でも、食っていけるな」
「あぁ、私の、お気に入りの声優さんになりそうだ」
北欧系の顔立ち。
中年になったが鍛えられた筋肉。
182センチ。
髪は金色がかったブラウン。
誰が観ても俳優だ。
それでいて、流暢に日本語を話し、日本文化に精通している。
コンナを指導する木場圭一と仲が良く、大の京都好きだ。
地下鉄がドームの間を結んでいる様だが、閑散としてエレベーターは止まっていた。
改札も動いているか怪しい。
モデルの様な長い黒髪の女性が、階段を一気に駆け上がって来る。
「やっぱり。
ジェシカさん。妊娠や仕事で手合わせする事が無かった。
私が避けていたのもあるけど『武闘家』よ。
無手の武闘家。
参ったわ」
ジェシカが、事務所に入ろうとして脚を停める。
なんでもない光景。
年配の男性が、重そうに幾つもの箱を台車に移している。
頼まれた荷物を、搬入しに来たのだろう。
ただ、納品先のショッピングモールが、廃墟でなければ誰も咎めはしない。
「お手伝いしましょうか?」
慌てる男。
ジェシカが、襟裏のバッジを見せた。
男は荷物の中の箱を、ジェシカに投げつけその隙に建屋に逃げ込んだ。
逃げる男にジェシカが警告する。
通信機を、使っているのだろう。
耳元につけた小さなスピーカーから聞こえる『ジェシカ!』の声。
長い階段を、駆け上がり銃を構える。
「ルベルにも銃があったんだ。何口径かな?」
男が角を曲がりドアを開けた。
一発!
悲鳴すら聞こえなかった。
そして足音、操作音
「散弾銃か!」
ジェシカが、手すりを飛び越えて階下に身を躍らしながら敵を見る。
散弾銃を捨てる男。
「何!」
スローに切り替えて説明する。
「散弾銃は弾にも寄るが、下にいる相手には絶対的な威力があるんだ。それを捨てた!」
((私達の夫は、ミリオタだったんだ〜))
自動的に速度が戻り、画面が切り替わり破壊された入口から走って来る女性。
黒髪で見事な、プロポーション。
「ジェシカ?」
「でも、ジェシカは真下だ!」
音の臨場感がすごいと思っていたが、背後の位置から聞き覚えが有る音がする。
オイルライターの、フリントを回す音。
オイルの燃える匂いさえして来そうだ。
画面が切り替わり、男が片方の手に持った瓶に火を付けた。
火炎瓶!
手すりをかすめて落ちていく炎。
男は、その後を見ずに踵を返した。
入口から男達が入って来る。
先頭はアレン!
階下では飛び込んできた女性が、ジェシカに飛びかかっていた。
洋樹は、映像を停止させた。
「ミサ!何か知っているか?」
「ジェシカさんには、お姉さんがいてそっくりで、お名前がジェーンだと」
「間違いない。妹を庇う為に身を挺した女性は姉のジェーンだ!」
広がる炎。
立ち上がる煙。
スプリンクラーが作動する。
アレンが、ジェーンの胸の下で意識を失っているジェシカを助け出した。
運ばれる二人。
画面が、ブラックアウトした。
そして、ジェシカが包帯に巻かれて、銀のマスクをつけて透明な円柱状のベッドで横たわる。
「このままCSに入る。ジェーンの葬儀には出られない」
壮絶すぎる。
「でも、お姉さんと一緒に棺の様な物に入っていた人は、テロップでジェーンさんの夫とだけあったわ。
なぜ亡くなっていたの!」
真弓が問う。
それに応えるようにテロップが流れる。
詳細は【ルベル崩壊編】だそうだ。
その後も、アンジェスの犬が死んだ場面やアレンの怪我のシーンが矢継ぎ早に進む。
「現在、作成中だって。
ジェーンさんの、存在を知らせておきたかったのね」
「あぁ、かなり重い内容だ。
でも人工冬眠(CS)が、おいそれと出来ない技術なのは判った。
200年間。
光速を超えた宇宙旅行を、ほぼ無人で行う技術。
そして、そこに関わるボーズの存在。
それを、めぐる裏組織・・・・・・・
バッフィム達は、間違いなく死線を越えてきた。
・・・・・・やっとアーバインの衛星軌道か」
「でも、同じ様に近くにいる船団があったわね。ワービルだっけ?」
「そんな名前よ」
「協力してる訳ないわね。ルベルしか聞かないし」
「あぁ、滅ぼした。それも皆殺しにした」
「どうして? 逃げた人もいるんじゃない?」
「香織。どこに逃げる?」
「他の星とか・・・・・あっ!」
「そう、生きていけるのは、ここだけなんだよ。
相手を叩いた方が勝ちだ。
逃げても、二回目はない。
宇宙で彷徨うだけだ」
「怖い。宇宙旅行って夢があったけど、何か起こったら死ぬのを覚悟する世界なんだ」
「これは、過酷よのう」
「残っても死、進んでも死」
「ましなのは、多くの者は眠ったままだったという事か?」
「それでも、死ぬ事。殺す事には変わりありませんよ」
「そうじゃの、バッフィムか。
多くの者の支えがあったとしても人望を集めておるな」
「会ってみませんと」
「そうだな」
「俺も壮行会で良く逃げて来れた、と思ったけど運なんかじゃなさそうだ。
何時だ?
15時半か!どうする?まだ見てみるか?」
「少し休みたい」
「私も、こう言った映像は初めてなんで、疲れました」
「返却期限! 明日の22時。まるでレンタル屋だな。
じゃあ、体軽く動かすか?」
ミサと真弓が同時に手を挙げた。
「なんだ? ミマユ?」
「何それ?」
「ミサと真弓は、こういう時は、大体考えている事は一緒。
お腹が空いたんだろう?」
「そう!チョコレートって、お腹空く!」
「特にビターだったからな。
そんじゃ、シュークリームはどうだ?」
「「シュークリーム?」」
「そう、シュークリーム」
「あっ、味が違うんですね!」
「はい、香織。正解!二個あげよう」
「えぇ〜ずるいよ〜」
「なんだか!常白さんぽい!」
「げっ! それはいかん。
あはは、次はそうだな。ミサと真弓の味だな」
「どうする?」
「一つずつ二個!」
「それだ!〜」
「ほんとお前ら、息ピッタシだな!
お茶を、手伝って来い。
シュークリームは準備しておく」
「「わ〜い!」」
「子供の様じゃな」
「甘えたかったんじゃないですか?」
「人は集まると、余所者には冷たいからな。
特に、問題を抱えていたら、お互いが反発する」
「そうですね」
「包んでやれ」
「あんな女性は、居なかったんですか?」
「・・・・・言わぬか?」
「今まで、秘密にしていたのなら、言わない方が良いんでしょう?
でも、ミサを見て話したくなった?」
「そうだな。お前達の歴史に残っておらぬ女だからな。
だが、長くなる。
そのうちに話してやるさ。
ワシの初恋。
悲しい女の話よ」




