526 何でも屋 2-03 陣和紙
「現場への導入通路は、この位置からになる」
五兵衛は、【陣】が描かれた和紙を取り出して地面に広げた。
円形の陣の形に切り取られていて『マンホールの蓋』の様だった。
そして、懐から出した水筒から水をかけて岩盤の上に貼り付けた。
「裏高野山の本堂下から持って来た水ですか?」
「残念!
水筒に入れていたから、やっぱりそう思ったね?
ここの地下に流れている、ただの地下水。
法力を含んだ水でやって見たけど、効果は変わらなかったよ。
だって、法力の効果があったのは和紙を強化するだけだよ。
使うのは萩月の術だから、効果あるわけないじゃん」
(なんかムカつく)
「こうするのさ」
五兵衛は、しゃがみ込み、地面と陣に触れて胸に抱いた青魔石と月夜石を同時に起動させる。
ボコッという音と同時に、3メートルの円形にくり抜かれた岩が地面から5センチ程浮き上がった。
和紙を、片付ける五兵衛。
「さぁ、これを抜いて!」
「抜くって?」
「練習用に1メートル位の円柱で切り取って有るから抜き取って退けておく。
コイツは、今ある設備の埋め戻しや他の建材に使うから壊さないでね。
もしかして、これも習っていない?」
「済みません。どうやるんですか?」
「やり方は何通りかあるけど、もし、この岩の先端にフックを付けたり、ロープを全体にかけたりしても、これから、どんどん掘っていくとさ〜深くなっていくから掴めないよね?」
「えぇ、そうですね (何だかなぁ〜)」
「隙間だって開いていないから、やる方法は下から押し上げるしか無いんだよ。現に、今こうして浮き上がっているね?」
「まぁ、そうですね」
「大サービスだ。深くなればなるほど、持ち上げるには圧力とその岩を持ち上げる何かの体積分が必要になる。
油を使ってピストンを組み立てるのが普通だが、魔素と真力を使ってやれば、こういうこともできる」
五兵衛は、岩と切り抜いた穴の表面に真力を塗る様に回して、その隙間に魔素を流し込んで押し込む様な仕草をした。
一瞬で、黒光りした岩の円柱が宙に浮かび、五兵衛は、それを緩やかに横に退けた。
「もちろん横に動かす時には【障壁】まぁ、この頃は【盾】ともいう様だけど、それを使って円柱を支えて置いて魔素を減らして抜くだけだ。
最初は、空気穴用の1メートルの円柱でやってご覧。
コッチは、ただただ真っ直ぐ垂直に抜いていく。
【浮遊】は出来るかい?」
「・・・・・」
「そうか〜 だいぶ覚える事が多いね。
深くなるとロープを伝って降りていくより便利だよ。
では、今日は【穴抜き】だ」
『なぁ! なんか腹立つだろう?』
『えぇ、信長様。よくキレませんでしたね?』
『ワシは、ミツに相手をさせて、出ていかないようにした!』
『でしょうね。光秀さんも耐えましたね』
『ワシらが用がある時だけ、呼ぶ様にしたからな!あの、静でもキレておった!』
『早く、光秀さんを探して相手をさせてくださいよ〜』
「洋樹君! 残念ながら、君は、この後私に道場でもしごかれるんだ!逃げられはしないよ〜中の人も宜しくね〜さあ、最初は、これを使いな!【陣和紙】と私は呼んでいる。【常白陣紙】でも良いんだけどね〜」
『なんか!破り捨てたいです!』
『今夜は、晩飯は寿司で! ワシは自宅で酒を呑む!入れ替われ!』
洋樹は、1メートルの円が描かれた【陣和紙】を受け取って、同じ様に水を撒き膝をついて五兵衛から手渡された青魔石と月夜石を同時に起動させて見た。
「クッ!コレは!」
グン!と身体の魔素が抜けていく。
慌てて、魔素を注ぎ込んだら岩が割れた。
陣和紙は、それでも張り付いたままびくともしていない。
「へぇ〜。 大したもんだよ。
綺麗には抜けなかったが、周囲に飛び散らない様にしている。
真力の、扱いが足りないね。
でも、時間もない事だしドンドンやって!
身体で覚える!
真力は便利だよ。魔素の荒々しさを導いてくれるから」
それは、理解できた。
陣に沿って真力が先に走る。
そして魔素を受け止めて岩に染み込ませる。
そんな感覚があった。
そして内側に魔素が向かった時に、制御ができなくなって砕いてしまった。
「ふふふ、成る程。この陣に深さの設定まで入れてあって、そこから内側に魔素を滑り込ませるのは己の技量か?」
色々と、洋樹の口調がおかしい。
「もう一度やるぞ! あぁ!」
知らない人が見たら怖くなる。
一人でブツブツ会話をしている。
いつもは出てこない信長が、出て来ている。
困難な事に出会うとこうだ。
楽しくて仕方が無い。
「良い眼をしている。
そして、一回やっただけで、陣の働きと仕組みを見破るとは・・・・・」
五兵衛は、笑うしかなかった。
「うん? 平坦になって居ない。そうか、先に表面を平坦にしていないと歪になって砕け散るのか!
すみま・・・・・いや、聴くとまたあの皮肉が帰ってくる。
そうか、水だ。
水は平行を出す為だ!
水面に従って陣を押し込む。
そうだ、そして表面だけ剥ぎ取る。
こうか?
よし良くやった!
あぁ、そうか水の働きを意識するんだ。
陣の淵に従って真力を描いて、掘り下げる。
底に着いたら水準を合わせて、水面をつなぐ様に魔素を侵入させて、広げる!」
ボコ!
「うん。出来た。
三寸くらいか?
あぁ、次は五寸を狙おう。
・・・・・・よし、でも、頭を突っ込む様にすると気持ち悪いぞ。
どうする? この陣を広げたまま底に降ろせれば良いんじゃな。
そうだが?
回せ!
回転させれば、この陣和紙は、畳まれる事なく降りていく。
それは出来るだろう?
先に水を張って見よ。
この深さになれば、水の深さ分だけ抜けるそんな気がする。
それじゃ、3寸(9cm)注いでみるぞ」
陣を回しながら下ろして、それでどうする陣に手が届かない。
「壁に手を当てて、陣和紙に魔素をぶつけて見るか?
覗き込んではやるなよ!
円柱が飛び出して来て、頭を持っていかれるぞ!」
穴の淵に左手を添えて、右手を穴の上で振り下ろした。
ドン!ドン!
天井に、岩の円柱がぶつかった。
「あはは!抜けた!
じゃが、濡れるぞ!
今どれくらいだ?
1メートル越えたくらいだ。
1メートル水を入れて見るか?」
「何を馬鹿な事をやっているんですか?」
「先端を切り離す事は、出来たんですよね?」
「あぁ、そうじゃが?」
「信長様が、前に出ているんですね?
もう、はしゃぎすぎです。
上に飛ばさなくって良いんです。
抜くんです。
先端を切り取ったら、ゆっくりと魔素を注ぎ込めば上がって来ます。
少しくらい離れていても魔素を飛ばす様にするんですよ。
水を陣に注ぎ込む様にイメージしてみて下さい。
それに、抜き終わったら魔素と真力を回収できます」
「回収?」
「何の為に、魔石と月夜石を持っているんですか?
持ち上げて横に動かした後に、浮遊に使っている魔素と真力を魔石と月夜石に吸収させて下ろしてください。
そうすれば、繰り返し魔素と真力を魔石と月夜石から補えます。
馬鹿げた魔素量持っているから出来るんですが、これからは、こうして、魔石、月夜石を上手に使ってください」
「お昼を持ってきました。
皆さん食事にしましょう!」
「アレ? イバさん!」
「よお!お疲れ様」
「所長! ありがとうございます!」
『五兵衛の奴 言葉遣いが変わりよった』
「所長自ら、私たちの昼食を届けていただけるとは!ありかとうございます」
「東郷さんのおじいさんが届けてくれと言ってね。
所員分以上に頂いた。
そちらの方々もどうぞ、余って居ますから食べて下さい」
「あぁ、それは、ありがとうございます。
今、東郷さんとおっしゃられましたが『東郷食堂』のことですか?」
朝から話した職人ではなく、後で次の材料と一緒に転移して来た中年男性が声をかけて来た。
「ええ、そうですよ。また、再開されますよ。
この洋樹君の為にね!」
「あぁ、やっぱり。春日さんの娘さんに似ているなとは思って居たんですよ。
私たち、平素は建築、土木工事をやって居ますが、船大工です」
「それじゃ、九鬼先生の造船所で働いてらっしゃるんですか?」
「えぇ、三上と申します」
「そうでしたか!母を、ご存知ですか?」
「ご存知も、何も幼友達ですよ。
良く、チャンバラでしばかれましたけどね?」
「それはどうもすみません」
「いいえ、和也さんと婚約が決まって悔しかったんですよ。
ヤキモチです。
私も候補者でしたから。
それで、努力して成人して九鬼先生の誘いで、日本やアメリカのハンドメイドの木工工房や船大工の技術を学ばせて頂きました。
手に技術を得て、今こうして木に触れて暮らして居ます。
洋樹さんがお住まいになる家は、兼ねてから第二世代の家族が住む家のモデルケースにすると言われて設計から施工まで私が手がけました。
なんでも言ってください。
要望や改善事項。お願いします」
「解りました。ただ、今回の事件のせいで、私はまだあの家に入った事があるだけです。住む様になったらご協力させて下さい」
「さて挨拶は、そこまでだ。
今日は、魚を使ったお弁当だそうだ。
数は充分足りそうだな。
味噌汁もついている」
こんな風に、仕事が進む。
夕方には、言われた通り入院患者の転移を手伝う。
軽くということです【流】の無手の手解きを受ける。
無手になるとミサの独壇場で、投げ続けられた。
楽しそうに組んで来るミサ。
香織と同じ眼をしている。
そして、近付くと良い匂いがする。
この様子は『魔石板』に記録されて、予定外の訪問を終えた剣吾と律子が持ち帰った。




