518 何でも屋 1-11 仕込み
八人のチンピラの事はファビオにも、事務所から連絡が入り、すぐさま拘束する事が伝えられた。
だが、大食堂前の広場には多くの人が集まっている。
それで、ファビオは料理長に裏口からの入場に切り替えて貰い広場側は閉鎖した。
十兵衛から
火炎放射器の事。
そして全員が魔道具工房で働いており、そこそこの魔道具を作った実績がある事を伝えた。
試作中に止められた中には、使い捨ての火器魔道具が有るし、火炎放射器を作るくらいだ。
ちょっとした軍隊組織になる。
素手でもリーダーと、その手下の数人は慎一の道場でも指折りの腕前だと伝えてあった。
それでも、ファビオと洋樹には撤退はさせない。
サランがファビオに命令する。
「出来るだけ殺すな」
事務所の前では、
ミレイが、護衛を連れて大食堂前に向かおうとしている。
もちろんミサもかなり怒っている。
あの熊獣人達は知らないが、『何でも屋』とミレイが率いる検察組織の合同訓練施設は一般には知られていない。
転移陣の奥のエリアにあって、そこでは、亜美や慎二達が教官を勤めている。
イバも感覚を保つために、ここでの鍛錬は欠かさない。
対して一般の指導は、慎一と萩月一門の門下生が勤めていて、さっきのチンピラの内数人はここに通っていた。
どだい無理な話だ。
ファビオやダンテ達は、ドンゴ達と実戦を済ませている。
防御に徹させていたが相手の銃弾や、無人攻撃機からの攻撃が、その身を掠めた事もある。
なんと言っても人の死を、その目で見て来ている。
更に陰陽師だけではなく、ダルトンやジャガーにルベルの軍隊の格闘術を仕込まれている。
慎一らが教える『護身術』と違いすぎる。
ミサは、その道場にルベルの連中が教官として現れた時は辞めようと思ったが、アレンの流れる様な体術を目にして、せめてこの男の程度にならないとと思い返してアレンの手解きを受けている。
流れる様にかわす。
【萩月】、【流】とも違う。
まだ成人前で、慎一の道場から志願して『何でも屋』に入る事を望んだミサは、アレンとの立ち合いで組ませてももらえずに一方的に投げられ続けた。
これが、半年前まで脚を無くしていた男の動きとは思えなかった。
熊獣人の男も慎一と戦っても、五分以上の戦いをする。
もちろん慎一は、相手を再起不能にする恐れが有るし、余計な術を覚えられない様に全力は出さない。
それでも最初からパワー全開状態の奴には道場内では歯が立たない。
下手したら道場を倒壊させかねないから、手加減して負けてやっている。
今思えば、それが良くなかった。
「『バーサーカーモード』というのかな?
普通は、勝負がついたら矛を収めるのが筋なんだがそれが無いんだ。
だから、周囲を巻き込まない様にしていた』
後に慎一が、後悔を吐露した。
【殺して置くべきだった】
現に勝ち抜き戦では、熊獣人が手下の犬獣人と決勝戦を戦ったほどだ。
ここまでの強さならば、通常は【師範代】にあがるのだろうが、素行の悪さからなれなかった。
少年期には魔石の扱いが上手く、創芸師としても大成できそうなので創芸師に弟子入りさせられて居た。
その時にルベルの空気銃や、スタンガン、手榴弾を見てしまった。
腕は良い。
着眼点や他に素材を生かす技術も持っていた。
地球の情報を取り入れて、小型のスピーカーや音楽を再生させる魔道具も作り上げた。
周囲は、彼の事をもてはやす。
それで多くのポイントを受け取り天狗になった。
ポイントは金だ。
弟弟子を使って、更に若者向けに魔道具を作り出す。
いくつかは当局から差し止められた物も出た。
先の小型のスピーカーが大音量仕様になる。
突然破裂音をあげ続け、燃え上がるピン。
etc。
当然、師匠は怒る。
聖地の平穏を乱すな!
だが彼にはポイントがあった。
すぐに袂を分ち、この工房を開いた。
誰にでも起こる若気の至り。
地球からもたらされたビデオが良く無い。
大人達は様々な理由をつけて、指導をしなかった。
いや、関わり合いになる事を拒否した。
あの暴れっぷり。
面倒を避けた。
彼らが作る魔道具は、若者の目を引いた。
聖地の中でも、じわりじわりと広がって浜やウルマでも広まった。
楽団や声楽隊が居なくても音楽を聴ける。
日本で流行っている音楽も広まった。
電子機器の使用が制限されているので、彼らが作る簡単な構造の魔道具は、ポイントを多く持っていない若者には好評だった。
又、大人にも隠秘な女性の姿を形取った傀儡を取り付けたベッドサイドライト等も好評だった。
微妙な線引きを攻めてくる。
動物をあしらったバッグ等も、【収納】が使えない人には受けた。
同じ素材でも要望に応じて作り上げて渡す。
保育園に通う子供に持たせる親も居た。
そこそこの市民権を得た連中だった。
ポイントを、直接渡すと目をつけられる。
そこで、物品を指定して物々交換。
魔石を仕入れるには用途を聞かれるが、自宅での学習用と答えれば良かった。
酒の類も15歳を越えれば、量を監視されるが呑まない連中は、主に酒との交換で危ない魔道具を手に入れた。
同年代の聖地の若者との接触が薄く、相手も『何でも屋』に配属されている事を知っているので、そういった情報はミサ、ファビオ、ジェッダは知らなかった。
何せ【収納】が有る。
ここに隠されたら、摘発は難しい。
これを無理に開かせる方法はただ一つ。
『Vの部屋送り』
【ベスダミオ】
あの悪辣兄弟が、一生をかけて取り組んだ悪魔の魔道具を仕掛けた小部屋。
相手は直ぐに苦しみがり、臭いから逃れようと、息をしまいと暴れる。
身体に残る魔素を使い【収納】が解けて、隠した物がぶち撒けられる。
今では、【陣】を利用して簡易的に拘束して、その足元に【Vの小瓶】を転移させることも出来るが
解除した後が大変なので瓶を見せるだけで事は済んでいた。
誰もあんな惨めな姿にはなりたく無い。
熊獣人のブレスレットが、『チン!』と音を立てた。
「アニキ!」
「フン! あぁ、向こうもやる気なんだろうさ」
工房の中に入った奴らが居る。
手が回っているわけか!
彼らの前方にはファビオと白いジャージ姿のヒョロい男が二人いた。
「やる気みたいだな!」
周囲に他の『何でも屋』が居ない事を訝しんだが、どうせガサ入れに向かっている事は予測していた。
自分達の周囲に、あの検察の猫獣人の色気ババアが手下を派遣している事は勘付いていた。
いざという時の手は打って有る。
先ずは、それを起動させるか!
ホールの中に足を踏み込む前に、立ち止まって広く散開させた。
コイツら、訓練してやがる。
ファビオは、その動きから相手がただのチンピラでない事を嗅ぎ取った。




