488 それから3-04 入道雲
定期考査の一日目。
香織が昼前に自宅に帰ると梓月 七緒が玄関を開けてくれた。
「ただいま!」
「おかえりなさい。試験はどうだった?」
「満点とはいかなくても、赤点では無いから大丈夫!」
「そんな事じゃ〜教員になれないよ?」
「そうね〜」
七緒は、狐巫女だったが妖狐の力を失って人となり看護師として、西郷病院に勤務している。
彼女が、玄関を開けたと言う事は母の美玖は出かけている。
今は、看護師だった事を忘れて郷土料理研究家として、県内だけではなく九州内で料理教室に講師として呼ばれる。
「今日は、出かけるって聞いてないけどな?」
間違って持っていった『お弁当箱』を出しながら聞いてみた。
多いが食べれない量では無い。
いやむしろちょうど良い。
七緒と食事を取りながら話を聞く。
父卓也は診察室の近くで、他の看護師や研修医と食事を取る。
「萩月神社に、行かれました」
「へぇ〜」
「麗子さんが、お婿さんを迎えるそうです」
「えっ!」
「そうです。真吾様です」
「やっぱりそうなるか〜、チャラ男も年貢の納め時か〜」
両親と共に【アーバイン】からの転移者。
そのリーダー岩屋 脩と桜の、ひとり娘【麗子】
と言っても脩には、他にも娘三人、男児一人が居るが海外で暮らしている。
しかも、その母親達は人では無い。
アトランティスに住んだ海の妖精の末裔カミラ、イギリスの竜女アン
カミラの双子の娘はイタリアでカミラと住み、アンの男女の子供は英国王室が育ている。
最初、その話を聞き沖縄のホテルで会った時には信じられなかった。
普通の人間としか見えなかった。
でも、萩月が隠し持っている特殊潜航艇【ドルフィン】を使わずに、結構深い海まで平気で泳ぐ彼と彼女らに驚いた。
海の妖精が人魚だから理解はできるけど、
『竜は、呼吸が必要無いから海の中でも平気だよ!』
と【念話】を送ってこられた時には納得するしかなかった。
アーバインだけでは無く、地球での特別な存在との子孫が生まれて行く。
お父さんは、
『アーバインの獣人の存在も、こうして広がっていったのかもしれない』と言っていた。
ともあれ、あのチャラ男が身を固めると言う事で発表も兼ねて、又全国から子供達がやってくる事になる。
となると、又あの『東郷洋樹』もやって来るか?
少しは真面目に鍛錬するようになって、どの大会でも実力を出さずに上位四人以内を続けている。
三年前だっけ?
札幌で朝霧師匠の最後のご指導の際に、『手加減無し』と言われたんで【示現】を使って吹っ飛ばした。
言いすぎたから謝っておくか?
『弱い男は嫌い!』なんて言っちゃったからね〜
でも、それから頑張っているみたい。
うん、感心感心。
でも、待てよ?
麗子さんと真吾さんが結婚して、真吾さんの妹の律子さんがうちの兄貴と結婚したら、私、麗子さんと律子さんが義姉? ブルブル!
律子は、兎も角として麗子さんは勘弁して欲しい。
あの、女帝の孫だよ! 桜さんの娘だよ。
あ〜何となく真吾さんが【チャラ男】になった理由が解る。
「そんな事考えていたら、沙耶さんがお見えですよ?」
「またまた、ナナちゃん! 脅かさないで!」
「脅かして無いわよ。【女帝参上!】これで良い?」
「わぁ! 沙羅さん!ど、どうしたんですか? あっ!それより麗子さんの、ご婚約おめでとうございます。
「ありがとう。でも今更だしね。正式発表は今、桜が打ち合わせしているから任せて逃げ出して来ちゃった」
「本当にフリーダムですね〜 どうしたんです?」
堅っ苦しい話が嫌いなのは有名だが、巻き込まれるのは困り物だ。
「頼まれ物よ。立花さんに釧路から【とうもろこし】よ。
美玖も貰って来ているからね。ちょっと行ってくる」
「あっ!それなら私が、いきましょうか?」
七緒がコッソリ手をあげる。
今、立花家には立花裕樹の長男太陽が住んでいる。
就職先を祖父母の鹿児島にして『農業試験場』で働いている。
その太陽と、七緒がいい感じなのだ。
「まだ、お昼よ。帰って来てないわよ?」
「あの、鍵を預かっていますので・・・・・
今、ご両親はご不在ですから・・・・・私が下処理と良ければ、お料理を・・・・・」
「ダメだよ! ナナちゃん!
午後の患者さんが入ってくるよ〜」
食事を済ませて卓也が、午後の診察の準備に入った。
「あっ!」
慌てて食事を再開する。
何とも可愛い【梓月七緒】
沙羅に麦茶を出した。
「又、夏が来るわね」
「そうですね」
「でも、この夏は『特別な夏』になるわ」
「どうしたんですか?」
「・・・・・そうね。あなたには、言っておこうかしら。
あなた達の世代からアーバインへ行ってもらう事になるわ。
これから、次々にね」
「それって・・・・・」
「そう、反攻の準備に入るわ。
彼らが入植して12年。遂にコロニー艦が外宇宙に向かって発進したわ。
もしかしたら、罠かもしれないけど準備するには遅くはないわ」
沙羅さんは、窓の外の入道雲を指差しながらこう言った。
「お待たせ!あなた達の力と覚悟。見せて貰うわ」
香織は『武者震い』って奴をしてしまった。
「それでは、私は、いつ行くんですか?準備しなくっちゃ!」
「香織ちゃんは、高校に進んだばかりよ!まだ早い」
「それじゃ、誰ですか?
瞳さんも警察庁に入るし、渚さんはオーストラリアの大学だし、男性も兄は、まだ医師になったばかり・・・・・
戦闘力が有るのは、春日慧一さん?
まさか、洋樹さん?
でも、彼は高校三年ですよ?
確か、アメリカの大学に留学するんじゃ無かったですか?」
「詳しいわね?」
「えぇ、ナナちゃんが、桃ちゃんから教えて貰っていますから。
彼が、寮を引き払って自宅に帰って来た荷物の中に・・・・・・『私の特大の写真が何枚も有る』って聞いたから・・・・・・」
「嫌い?」
「嫌いじゃないです!
仲間だし・・・・・もう一度、会ってみたいって思っているし、謝っても置かないとって思うから・・・・・
何、言わせているんですか!
沙羅さん!」
「彼よ」
「エッ!」
「脩以上の大容量の【収納】持ち、優れた剣技、バリエーション豊かな術の数々。
それに、JAXAの青木さんが欲しがる教養の高さ。
脳筋じゃないからね。加工技術もいける。
何よりあの笑顔よ。まぁ、助平顔って話もあるけどね」
香織は、胸の奥が疼くのがわかった。




