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いつかは訪れる最後の時  作者: Saka ジ
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487 それから3-03 砂浜

裂帛の声と樫の木同士が、ぶつかり合う音が砂浜に広がって行く。

知らない人が見たら思わず『110』したくなる様な激しい打ち込み合いをしているのは、長身で髪をキッチリと分けた青年と未だ幼さが残る少女であった。

青年もかなりの腕前なのだろうが、押しているのは少女の方だ。

とにかく早い。

上下左右から太刀を浴びせ続け、青年を防戦一方に押しこんでいる。

「フン!」「ハッ!」

一太刀受ける度に声を発し続けているのは青年の方だ、まさに息をもつかぬ剣戟の嵐だ。

「フッ!」「トゥー」「ィヤー!」

と本人達は真剣なのだろうが、文字に変化する身になって欲しいくらいの複雑な気合が交わされている。

男は割と大柄で180cm、昔風なら身の丈六寸というのだろうか?

飛び掛かって行く女剣士らしいポニテの少女、こちらも167cmと割と大柄ではある。

5尺5寸と言うのだろう。

だが身のこなしは素早く、男の剣に弾き飛ばされても砂を蹴ってまた向かって行く。

もうかれこれ30分は、剣を交えているのだろうか?

30分と馬鹿にしてはいけない。

一般的な竹刀の重量は450g程度。

まあそれに、試合の時は小手の重量も加わるが普通の素振りでも30分は辛い。

樫の木の木剣は割と重く軽い物でも1kg近くになる。

それを両手、片手で30分も降り続けるのだ。

互いに打ち込みも受ける。

下手に、受けたら手が痺れる。

打つ方も受ける方も技術を要する。

それが、木剣での立ち合いだ。

大の大人でも10分試合を続けるとかなり疲れる。

それを砂浜でやるのだ。

特に、この少女の能力の高さが尋常では無い事が解って貰えるだろうか?


「ぅおりゃ〜」青年が受けた剣戟を押しこんだ。

「グッ!」少女の体が吹っ飛ばされた。

少女は、すぐさま小さく体を回転させて衝撃をかわし剣を構え直した。

「良〜し。これまで〜」青年はのんびりと声をかけた。

「兄様! まだまだいけます」と、打ち込む少女の剣を捌きながら

「俺がダメなの。今から仕事だぁって! お前も、ひとっ風呂浴びて砂を落としな。

飯食って急いで学校に行かなきゃ、今日から定期考査じゃないのか?」

「あ〜! イッケ無い! 朝練なんてしてる場合じゃなかった!兄様、先にお風呂入るからね〜」

木刀と、脱いだ靴を拾って駆け出した。

「香織!木刀は持っていってやる。新人のお巡りさんに止められるぞ!」

「うん!わかった。ありがとう宜しくね!」

『手拭い』を胸元から取り出して砂の上に敷き、その上に木刀を丁寧に置いて、一礼をして駆け出す妹の後姿に呆れた視線をかけながら剣吾は砂を払って後ろの海を見た。

そこには、今日も噴煙をあげる火山の姿があった。

「今日も向こうは『ハイ』が降るなぁ〜」

恵みと試練を与えるその姿を見ながら、軽く筋肉をほぐし終えて自宅へと足を向けるのであった。


「行ってきま〜す!」

母親に作ってもらった弁当が入ったバッグを前カゴに放りこみ、左手に海を見ながら自転車で道を急ぐ。

この度、晴れて入学した女子剣道の有力校。 

京優学園から自宅に近い高校に進学したのだ。


参ったなぁ〜 

兄様が、朝練に出るの見て無意識に付いていっちゃった。

どんだけ『剣術馬鹿』なんだろう。

自分でも呆れしまう。

このままじゃ、彼氏なんてできないわ〜 

しかも、女子高だし家近いからバス停で出会いができる。

なんて事も有り得ない。


しかっし、兄様はカッコ良いよね。

まさに文武両道だし、友達にも『紹介して〜』って言われるけど、歳離れているし仕方ないよね。

どっかにいないかな〜兄様の若ッいの!


色々と『ブラコン疑惑』? を考えながら学校に近づく。

正門前で待っていてくれた三人のクラスメイトと会う。

「香織〜おはよう!」

「ミキちゃん。トシ!おはよう。ナオちゃん? 大丈夫?スっごく眠そうだけど?」

「そりゃ、赤点回避の一夜漬けだよ。早く試験始まってくれなきゃ年号、ポロポロ消えていっちゃうよ〜とりあえずおはよう。今は話しかけないで〜」

「ところで、香織?」

「何?トシちゃん」

「アンタの前カゴのバックって、お弁当だよね?」

「そ〜だよ〜」

「今日は定期考査だから2時限で終わりだよ。部活も無いから、お弁当要らないよ?」

「はぁ〜!」

「オマケに、このお弁当。デカいわよ。包みは香織のだけど、大きさからお兄さんのじゃ無い?」

「わッ!本当だ!あ〜どうしよう。お母さん又、包み間違えたんだ。

兄貴 職場に向かっているよ。戻ったら遅刻確定だし」

「大丈夫じゃない? 又 病院の隣りの食堂のオバチャンが大サービスしてくれるし、お弁当は律子さんが『義母様の味を覚えなきゃ』って、美味しく頂いてくれるわよ」

「本当にブレないわね。香織のお兄さん追っかける為に、看護学校に行って、オマケに病院の採用面接も院長睨みつけて採用勝ち取ったらしいわね」

ミキが、お婆ちゃんの情報を教えてくれる。

「まぁ、アリャ私でも引いてるわ。【剣吾命】って彫物してあっても納得すわ。

しかも、剣吾さんにモーションかけた『お局さま看護士』を仕事のキレで圧倒して潰したみたい。

患者さんも味方に引き入れて、周りは結婚間近と思っているわよ」

「下手したら『義妹』にさせられる私の身になってよ〜 ミキ〜」

「ウッセイぞ、お前らオモロい話して。年号吹っ飛んじゃないか〜 

『夏休み補講』になったら責任取ってよ〜」

「「「ごめん。でもお断り!」」」「トシ〜ミキ〜 香織〜」

ここ、鹿児島の夏は暑い。


ドカ盛りの定食を、必死に掻きこむ剣吾を見ながら【五十嵐 律子】は可愛らしいお弁当に箸をすすめていた。

流石に、一緒に入っていた朱塗りの可愛い箸は使わずに定食屋の塗り箸では有るが。

「う〜ん。このきんぴらごぼう最高。卵焼きは割と甘めなのよね〜でも、私は、この味に合わせて作っているわ。兄貴が『どっかで食べた味なんだけど〜?』って悩んでいるわ。お父さん。 お摘みに自分でお母さんの味の卵焼き作っているわよ」

「そうなの? 貴子さんの玉焼き。ご飯がススムから好きだったけどなあ」

「解ったわ。明日『朝番』じゃないし、お弁当作ってきてあげるわ。

私の味もちゃ〜んと覚えてね」

「う〜ん。お袋になんて言おう」

「あら、私に作って貰うって言えば良いじゃない」

「もし、臍曲げたらどうすんだよ。しばらく作ってくんないぞ」

「その時は、私が作るわよ」

「勘弁してくれよ。まるで嫁、姑の闘いじゃないか!」

「貴方がそろそろ、ちゃ〜んと婚約者として紹介してくれれば済むことじゃない」

「完全に堀が埋まったな」

「でね、婚約者と言えばウチの兄貴が、やっと岩屋神社に挨拶に行くみたい」

「真吾がか? やっと目が覚めたか! どんだけガキの頃から奴の女癖の悪さに振り回されたか?」

「そんな『チャラい兄貴』見てたから私は、アンタに決めたんだけど」

「マジ? 又、逃げ出さなきゃ良いけどな」

「そんなの無理なのは、解っているでしょう? 今度は、友嗣さんも許すわけ無いし【女帝の怒り】耐え切れる?」

「解っているさ。あの二人が運命で結ばれているのは解っていたさ」


剣吾は、西郷家の長男として産まれ、大学卒業まで京都で京優学園の寄宿舎生活をした。

卒業後、父の口利きで市の地域医療センターで研修医として勤務。

もうじき研修期間が終わる。

父が不在の際は、通いの医師と一緒に西郷医院に入っているが、アーバインの方が落ち着いて、今日は西郷医院には父が詰めている。

京都では、『萩月道場』で伊東武敏から剣を学び、父や妹の様に示現では無く【捌き】に重きを置いた剣を求めている。

時折、訪ねて来る東郷尚美の変幻自在な太刀捌きも取り入れつつも、示現の力を籠めた一刀も使いこなす様になって来た。

『真剣にやれば【日本選手権】でも活躍出来るだろうに』との周囲の言葉には、医師の仕事が厳しいからと頭を下げていた。

専門は外科医であるが器用さをかわれて、他の医局の手術にも参加する。

顔立ちも整っておりマイクを握らせれば、後に続けない程の美声であった。


五十嵐律子は剣吾の二つ下。

元々、家族ぐるみで仲が良いが特に母の死後、急に荒れた真吾に代わり自分の事をを気遣い続けてくれた剣吾に惹かれるのは無理も無かった。

剣吾が、やはり医師の道を進むと決めた時に間違いなく、その横に立ち彼を支えると決めて看護大学を選択するのは必然だった。

そして、香りの友人達がお婆ちゃんコミュニティ情報で手に入れた情報の通り、剣吾と同じ職場に通い新人ながらも卓越した技術と洞察力で患者や医師からの信頼を勝ち得ていた。

ひとつには、記憶師としての能力と母、貴子から受け継いだ予知の力で未然に防げる病状の急変の兆候を見逃さずに命を救うべく手を尽くし、心を救うべく手を尽くす。

『人は輪廻の輪に載るためには、心をすり潰しすぎてはいけない。

浄化に長い時間がかかり、薄幸な人生になってしまう』

そう、母親が残してくれた。

だから、母はあの死を選択した。

予知で、自分の死を避けれた筈なのに・・・・・

又、夏か・・・・・貴子の命日がやって来る。

くしくも祇園祭の日だった。


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