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いつかは訪れる最後の時  作者: Saka ジ
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486 それから3-02 大人に

父の背中を見たかったのかもしれない。

だけど、それをする事なく逃げ出した。

小さな頃の夢はなんだった?


だが、こうして知り合った人の背中を見ることも楽しい。

元は、料理の受け渡しに使っていたカウンターを、食事をしながらでもお客さんの動向が見える様に従業員用のカウンターを設けた。

だけど、今はママだけがここを使っていた。

従業員とはいえ、食事を目の前にした時はお客様だ。

今は、休憩時間を設けて『賄い』は、従業員用に作った休憩場所でテーブルで寛いでもらっている。

だから、この席は洋樹の専用席になった。


色々と解ってくる。

厨房での作業や、その技術。

時間が合えば、『仕込み』から見せてもらう。

野菜の見分け方から、香辛料の保管方法や湿度管理の仕方。


休みの日に、店で使う牛刀の柄の交換にも、川越の鍛治師の元まで連れて行ってもらった。

なんでも、祖父の代からの馴染で長く勤めて独立の為に、ジュピターから独立していく従業員には一式揃えて渡しているそうだ。

透さんは、個人用として左利き用の物も持っているが、『今使っているのは祖父が使っていた物で、中々仕舞い込めない。仕舞ってしまったら、化けて出て来そうだ』と笑っていた。


透さんは、元々は左利きで右利きに矯正している事。

予約や馴染み客の記念日には、サプライズで色んな果物が飾り付けられたパフェを出す。

その時には、研いで研いで使い込んだ薄いペティナイフを左手に持ち替えて技を見せる。

料理人としては、当たり前の技術だが、透さんは『遊びで独学』と言ってきた。

父親譲りの技術も有るが、パフェ好きの女の子を射止めるために腕を磨いたそうだ。

そんな、話をしたりして過ごす。

店を後にする際には学園で気づかれぬ様に【洗浄】をかけて帰る様にしている。

良い匂いをさせて帰ったら、同室の子にお腹を空かせてしまう。


洋樹が通う間にも、何人かの料理人がやってくる。

その殆どが、多摩地区にある羽田と両角が開いている専門学校の調理学校出身者。

短い間だが実地講習を兼ねて腕を磨く。


こうして、剣道部の部活があがった後や、土日に裏口から入って目で学び続けて来た。

そんなある日突然、北海道の土産を手にして帰って来た洋樹が、スタッフになりたいと言って来た。

高校一年の夏だ。

こうなるとアルバイトだ。

木場が、予め学園側と調整していた事もあってすんなりと許可が出た。

両親も、色んなところから話も聞いていたし、洋樹が授業中の間に何度か訪れていた。

雅樹も、口に合うらしく恵梨と一緒に連れて来て貰っている。


出勤日初日。

朝早くから、裏の潜戸の中に置かれている掃除道具を手に周辺の店の前も含めて履き清め始めた。

洋樹は、知っている。

この後、悠子さんが出て来て朝日に向かって手を合わせる事を。

曇っていても雨が降っていても、彼女には陽の光が透けて見えるそうだ。

「おはよう。洋樹!」

「『気配探知』ですか?」

「まぁね。【月夜石】を貰ってから力は、戻って来ているんだよ。

でも、正規の門人には戻る気はないよ。

隠し事が多すぎる。恋愛や結婚すら縛られるからね」

「そうなんですよね」

「好きな娘が出来たのかい?」

「・・・・・・好きというより、憧れですね。

負けたんですよ。

剣道で、術師としての技を出しても負けたんです。

でも、負けても悔しいとか惨めだとかいう気持ちは湧かなかった。

あぁ、自分の相手ができる人がいる。

そう思ったから、やってみたい事の一つ。

『料理の道もやってみよう』と思って、こうして働いてみようと思いました」

「随分と素直に話したね?」

「何で、でしょうね?『隠さなくて良いから』なんでしょうね。

学校でもやはり、能力を隠す必要があるから、仲間は出来ても親友にはなれないんですよ。

だけど、こうして秘密を話せる人ができた。

僕が家を出たのは、秘密の中に居るのが辛かったからかもしれません」

朝日が上がって来た。

「さあ、今日一日を素直に過ごそうか!」

両手を、朝日に合わせて拝んでみた。

「素直にか・・・・・・」



他のアルバイトと同様に、最初はホールと調理場の手伝いからだ。

だが直ぐに手順を覚える。

全ての工程を目に焼き付けている。

その彼が戸惑う事などあろうか?


そうして、すぐに二年が過ぎた。

洋樹が、初めてこの店に入った時に落胆させた調理人は、申し分無い腕になっていて近々独立する。

実家の、千葉の大学通りに店を準備中だ。

その彼の、後釜には長谷山が開いた学校から紹介された女性が入っている。


高校三年の夏休み直前の都大会。

ここ数年、決勝で負けている相手に準決勝であたり、借りを返した。

瞬時に圧倒して見せた。

極め付けは先行して胴を抜いた後の二本目。

【トンボ】の構えから、相手の頭上に振り織した面一本。

相手は呆気に取られたのか、その竹刀は上りもし無かった。

控室に戻って、やっと話をした。

「やっぱり、実力を隠していやがったな?」

「済まない。色々と事情があってな」

「あぁ、話せる様になったら話してくれ。俺は、大学に進むがその後は決まっていない。おススメは有るか?」

「金沢の【流】なんてどうだ? 俺もご無沙汰しているけど、今なら行く気になっているよ」

「知り合いか? アソコに行くと人生を捨てる気にさせる鬼がいると聞いた」

「道場主が、お袋の親友だ。俺はガキの頃、彼女とお袋の無手での戦いを見て逃げ出した」

「お前、本当に国分寺の『アドリア』の息子なのか? でも、東郷って言ったら・・・・・・『国分寺の夜叉』の息子か?」

「何だいそれ? まぁ、亜美さんが『黒百合姫』なんて言われているんだから、お袋の、その二つ名は納得だが・・・・・・」

「どおりでな! 彼女も表には出てこないで自衛官や警察官の指導を専門にしているからな。この後はどうすんだ?俺としては優勝して欲しんだが?」

「優勝はするつもりだ。だが、関東大会は棄権する」

「どうするんだ?」

「遊ぶ! 6歳から今まで野郎の中で生活して来たんだ!もう良いだろう? お前も、後輩ちゃんの彼女が居るんだし、俺も、やっと青春が迎えられる。全国なんて行っていたら夏休みが終わってしまう」

「んな! あはは! 真弓のこと知っていたか!そりゃ、大事な事だな。解ったお前の分まで、関東大会と全国制覇目指すぜ!」


進学先も、海外に決めているので大学関係者からの勧誘は無くなった。

武田 豪と咲耶が、NYの大学への進学を強引に決めて来た。

入学は来年の秋になる。

元々、大学進学に必要な履修科目は高校三年の一学期で終わらせる高校なので、単位や出席日数は充分だ。二学期も数日出席すれば良い。

実質、卒業した状態なのだ。


寮の私物は、今日自宅に送った。

明日からは自宅からバイト先に通って、10日程したら引き継ぎを終えて晴れて夏休みだ。


やっと掴んだ自由だ。

遊んでみたいし、大人にもなりたい。


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