473 開拓団2-30 オイルライター
雪が舞う日々が減り、春の訪れが感じられる頃、隣の開拓団の団長が何人かの部下を連れてやって来た。
追い出される事は無くなったが、新たな牛舎や豚舎そして人員の増加で、忙しくなりそうだと愚痴をこぼしに来た。
彼らは新たに宿舎を与えられて更に奥に行き、使っている宿舎やサイロ倉庫は軍が使うと言っていた。
(ドンゴ達が使う)
サイロの上には、アンテナを着けてドローンや無人攻撃機の誘導施設にする。
ただ無人攻撃機は軍の施設からの借用で無線で誘導して操作をすると言っている。
(なんとか、直接運用は抑え込んだか)
隣とは言っても6キロ離れているので、覗かれることはないがドローンが頻繁に来る事は想像に硬い。
周辺の牧草地の監視帰路にあたると言い張れば良い。
少年兵の話も出た。
『アイツら本当に気味が悪い。12歳くらいからだけど、男の子も女の子も笑わない。食事の際も黙々と食事を終わらせて同時に立ち上がる。
簡易宿舎が予定地に置かれたが、空気銃の音がして嫌になる。
自分達の宿舎が近いから、ライフルでも使われたら流れ弾が心配だ』
彼らは、一旦荷物をまとめてセントラルの向こうの農園の手伝いに入った。
と、同時に遠くから工事の音がし始めた。
どんな設備ができるやら。
こんな、物を作っていたのか?
『黒い情報取集車』トラクターよりデカい。
日本で言うバスほどだ。
コイツは不味いな。
恐らく、盗聴器不要だろう。
オマケに黒いボデイの嫌なやつが現れた。
【ロボット軍用犬】
「とことん、やる気なんだな?」
ライフルでも倒すことは困難だ。
あの、ボーズを覆っているメッキが使われている。
重量も、300kgを超えている。
そのくせ、時速50kmくらいの速度が保てるし、ジャンプ力もかなりあるはずだ。
こんなのに、追われたらぶつかられただけで背骨が折れる。
「余程、嫌われているんだなアレン」
イバが相手の執念に呆れている。
もう、狂気だ。
「みたいですね」
そして、その日がやってきた。
ワグルが、東方侵攻に同行することになって、一時的にドンゴ達が開拓団を管理する。
ペニーが、集合場所の宮殿までワグルを送る際にワグルがイバに連絡を入れてきた。
「済まんな。無人攻撃機が2機。軍との共用だが使用許可が出た。
整備は、うちが担当するがドンゴの手先のやつが整備に残った。
発進を遅らせる様にするが、なんとか耐えてくれ。
私達の、現地到着は10日後だ。
こんな遠征無駄なのに、次男が張り切っている。
何か、多くの人間が居る兆候を見つけた様だが、何かやったな?」
「まぁ、食事に合わせて煙を出したら、人が居ると思ってくれるだろう?
動き回って良いから、少し派手に音も出している。
手品を使っただけだよ」
「悪いやつだな。お陰で俺は腰の痛みを我慢しなきゃならん」
「帰ってきたら、良い寝具を送るよ」
「ワインもつけろ」
「【日本酒】は、いらないか?」
「よし、それで手を打とう」
「それと朗報が、ひとつだけある。
明後日から『日向ぼっこ』に艦隊が動く。
いよいよ、中型艦のボーズがバッテリーになってしまった。
もう廃棄しかない。
一般市民の覚醒も再開された。
宿舎の建設は軍が帰ってからだ。
もういよいよ、やる事が後手後手だ。
良いか!ドンゴの手下は全員始末しろ!
頼んだぞ」
「やれやれ、余程、ドンゴに何か上に吹き込まれたな」
話を聞きながらバッフィムが、ワグルの苦労を想像する。
「そのドンゴが、港湾道路から裏の橋を使ってやって来るよ」
探知能力が上がったダンテが警告する。
運転手が、一旦橋の上で車を停めて橋の下を覗き込んだ。
例の仕掛けを確認したようだ。
ドンゴを、中には入れたく無い。
玄関の、ポーチに出て出迎える。
車が、デカくなっている。
ジープタイプで銃架付き、重機関銃の箱まである。
そして荷台に、二頭のロボット軍用犬が這いつくばっていた。
運転手が先に降りて、ドアを開けた。
前の軍服から変わって居る。
「これは、ドンゴさん。どうしたんですか?」
「いやな。今度、隣に引っ越してくることになった。
まだ、建屋の改装が済んでいないから、住まいはまだセントラルだが挨拶は先にしておきたい。
あがって良いかね?」
バッフィムは、ドンゴに玄関脇に置いたテーブルと椅子をすすめる。
運転手が文句を言おうとしたが、バッフィムが謝りながら灰皿を出す。
「ウチは誰もタバコを吸わないし、子供もいるんで、タバコを嗜まれる方にはここで、お願いしています。
お茶は、如何ですか?」
「あぁ、もらおう。君も車に戻り給え」
運転手が、戻って行く。
「さて、今日伺ったのには、理由がある。
君の素顔を見たい。それと、あの優秀な射撃手。
片足で在りながら、今度は、狼を殲滅させた功労者なんだろう?礼を言いたい」
「良いですよ。アレン!来てくれ」
ドンゴは、バッフィムが素直に、アレンを出して来るとは思っていなかった。
しかも、【アレン】と名前まで呼んだ。
動揺を抑える為に、ポケットからタバコを出した。
ジェシカが、肩を貸してアレンが姿を現した。
『間違いない。【保安局部員アレン】だ!』
横に肩を貸して居る女は、見覚えがある気もするが思い出せない。
ドンゴは、アレンに言葉を告げる。
「軍としての命令だ!アレン。素顔を見せろ!」
ゆっくりと、マスクを外すアレン。
「やっぱり!お前か!」
「久しぶりだな。ドンゴ!」
アレンは悪びれずに、言葉を返す。
ドンゴが、胸ポケットからライターを取り出して火をつける。
金属音に続いて、フリントが回転して特徴のある着火音がする。
ジェシカの肩が動く。
「へぇ〜変わった物を持っていますね」
横から、バッフィムに声をかけられて思わず答えてしまう。
「あぁ、珍しいだろう。大昔に流行ったらしい。オヤジの形見だ。
今では、この【火打ち石】を手に入れるのが一苦労だ。
だが、コイツじゃないと、火を付けた気になれない」
心が、落ち着いて来る。
「一度、貸してくれませんか?」
「あぁ、いいだろう。だけど、皇帝一家には内緒だぞ。取り上げられる」
バッフィムが、金属音を確かめる様に何度も蓋を開け閉めして、フリントを回転させて火を付ける。
そして、蓋を閉めて火を消す。
又、火を付ける。
火を、眺めるドンゴの視線。
「ありがとうございます」
火を消してドンゴにライターを返す。
「もう、触ることもできないでしょうね。貴重品には間違いない」
丁度、タバコがフィルターまで吸い終えた。
「俺も、満足だよ。旧友に逢えた。
心配していたんだ。事故に巻き込まれて足を切断したんだな。
だが命が、あった訳だ」
「あぁ、幸いにな。こうして、又逢えた。
ドンゴか?【ドライザ】じゃ無かったんだ」
「仕方無い。名前を使い分けるのは、お互い様だ。
俺も、【アレン】って本名は、割と前に知っていたんだがな。
呼べずにいた。
それではアレン。
又、会おう」
「あぁ、俺も会えてよかったぜ」
ドンゴが、引き上げて行く。
「そうそう、言い忘れた。
今度、昇進してね。司令部付きになった。
これで査察部と逆転だ。
ワグルに、命令出来る立場になる」
「それは、いつからの辞令ですか?」
「東方侵攻から、軍が奴隷を連れて来てからになる。
奴隷も俺の管轄だ。
従って、ルベル帝国民でも問題が有れば、奴隷に落とせる事になった。
気をつけてくれ。
身体が不自由でも奴隷にできるんだ」
薄気味の悪い視線を、アレンに注いでドンゴは去っていった。
「アイツだ」ジェシカが低い声で言う。
「あぁ、俺もそう確信した」
玄関先に居た、ダルトンとジャガーも出て来て間違いないと言い切った。
ジェーンを焼いたのも、工業専門学校で火炎瓶を投げたのも、恐らく三男の女を焼き殺したのもドンゴだ。
「有罪確定!」
ドンゴが、バッフィムがマスクを外していないのに、何も言わずに帰った事で、いかにアレンにしか興味が無かったと痛感した。
「俺も、それなりの【餌】だった筈なんだがな?」
ドンゴの金庫から見つかった書類には、バッフィムらの写真も有った。




