426 開拓団1-09 存在意義
サイドルとジェーンの自宅に二人が収められた【CSC】が帰ってきた。
待っていてくれたのだろう。
想像しなかったほどに、多くの人が訪れていた。
ボーズのお陰で冷凍装置が働いている。
しばらく外で最後の別れをしてもらう。
アンジェスとマルスには中に入って貰った。
気苦労をさせすぎた。
今は外で保安局員が対応している。
何度か訪れていてお茶の場所がわかっているので、バッフィムが三人分のお茶を持って来た。
「あっ!済みません。ボス」
「良いんだ。アンジェスも済まなかった」
「友人の為です。
これ位はやってあげないと。
あら! 美味しい。
バッフィムさん。お茶が、お上手なんですね?」
「亡くなった姉の為に、淹れていましたからね」
「お姉さん?」
「・・・・・今日は、身の上話を聞いて貰えますか?」
アンジェスが頷く。
アレンもバッフィムの家庭については余り聞いていない。
しかも、姉が亡くなっているなんて知らなかった。
「姉は、産まれながらに心臓が悪くって、移民団の選考に入れませんでした。
両親は、私の権限が有りますから選考されていましたが、姉が自死しようとした際に姉の目の前で書類とカードを焼き捨てて一緒に【あの薬】で旅立ちました。
ロイと母は、幼い頃に将来を誓い合っていたそうです。
そう言う意味では、彼は私のもう一人の父親ですよ。
姉と母を助ける為に、不器用ながら働き、足掻いた父でした。
だから、私は二人の父を誇りに思っています」
ソファーに座ったバッフィムに、マルスが近づいてその膝の上に頭をのせた。
アンジェスから見たら少し乱暴なようだが、バッフィムがマルスの胸や顎の下をくすぐる。
「実は、ロイの友人から両親が犬を預かっていて、マルスみたいな犬だったんですよ。
賢くてまだ若い犬でしたが、両親が逝く時に同じ薬とお菓子を与えて旅立たせました。
解っていたんでしょうね。両親の指を舐めて、お菓子を食べて味わってから薬を飲み込みました。
その映像が残って居たんですよ」
アンジェスは、いつも持ち歩いている一錠の薬を取り出した。
「これですね?」
「はい。
ロイが、その知人と一緒に開発した薬で、すぐに眠くなり全身の感覚が無くなるそうです。
痛みも無く生命活動を終わらせる。
でも、ロイは後悔しています」
アンジェスは、薬を犬のマークが付いたケースに仕舞い込んでバッグに戻した。
「先を聴きますか?」
「あっ済みません。話の腰を折ってしまって。よければ聞かせてください」
「映像を撮っていたんですよ。
遺書がわりで事件では無い証明だったんでしょう。
その後、三人で食事を摂って、姉が母と並んで食器を鼻歌を歌いながら洗っているんですよ。
その間に、父が準備をしたんでしょうね。
三人の寝室のベッドをくっつけて姉に白いドレスを着させて、三人で横になって昔話をしていました。
それから意を決したんでしょうね。映像が天井を向きました。
私に電話を入れて『一緒に死ぬ事にした』と連絡してきました。
声が入っているんですよ。
俺の止める声も入っていました。
あんな声だったんだ・・・・・」
「自宅に着いた時には、廊下で犬が亡くなっていて、
部屋に入ったら三人で笑顔で眠っていました。
父は私の大学の表彰メダルを握り、テーブルには、私が結婚したら渡すように遺品を残していました。
ロイを呼んで死亡診断書を書いて貰いました。
ロイも辛かったでしょう。
かつて妻にと考えていた女性に旅立たれたんですから・・・・・
その後、遺言に従って火をつけました。
もう、亡くなっても火葬や墓へ収める事はできない状況ですからね。
消防隊も警察も来ませんでした。
あちらこちらで、同じ様な火災は起きていますからね」
「そうですね」
アンジェスは、聞いて良かったと思った。
そこへ、事件現場からジャガーがやって来た。
「ボス!良いですか?」
「あぁ、彼女だったら聞いて貰っても構わない」
「それでは、いや〜ダメですわ!
【遺留品】で犯人に繋がりそうな物は残っていませんでした。
プロですね。
指紋どころか、髪の毛一本すら残っていない。
足跡と撃たれた爺さんの銃傷の角度から身長はやや低め160cm位で右利き、タバコを吸う事くらいしか解っていません」
「タバコか? 【次男】の様だな?」
「わざわざ、出張って居たんでしょうが、保安局員を狙っての犯行ならもう少し人を置くでしょう?」
「となると・・・・・次の罠への誘導のためか?」
「それか、ワザと見せつけたんじゃ無いですか?
お前達は足元に物を置かれても気が付かないマヌケだとね?」
「有りえるな。次男はそう言う性格だ」
「あの〜」
「あぁ、【次男】と言うのは、私たちが追っている密売人の三兄弟の事です。
三男はサイドルが射殺しましたが、この次男だけは正体が掴めなくって、しかも三男のデータは消されて居ます」
「それって・・・・・」
「えぇ、ウチの上も真っ黒って事です」
「危険ですよね?」
「解って居ます。
でも、なんとかしないと今度の移民団に、コイツら大手を振って乗り込んで、新しい星でもボーズを使って下級軍人や一般市民を縛るでしょうね。
しかも、薬物にも手を染めて居ます。
もう、コロニー艦に運び込まれています」
「それでは、皆さんの身が危険では?」
「危険でも誰かが、この事を知って戦うしか無いんです。でないと、皆奴隷です」
アンジェスは、ここに居る者達が何故必死に密売人を追うのかが解った。
他の者は、移住さえすれば命は助かると思っているのだろうが、その船に巣食う害虫のせいで未来がとんでもない程に危険だと思い知った。
「今までに出て行った移民団にも乗船しているんでしょうか?」
「多かれ少なかれ居ると思います。
残念ながら、ルベルの船団は技術力は高く移民成功率は高いでしょうが、軍部の権力が強すぎます。
その中で【民政】が作れるのかは甚だ疑問です。
ですから、そう言った軍部に取り入って一般市民との間で、その利を得ようとする連中を潰して来ました。
この、アレンも眠って居るサイドルも、ジェーン、ジェシカ、ジャガーも、皆んなそう言う奴らを多く手にかけています。
だから、家族とは縁を切って最後に乗り込みます。
運が良ければ、向こうでも家族になれるかもしれません。
中には一生の別れとして、先に出て行った移民団に乗船させた部下もいます。
もう、移住先が別の星ですから二度と会えません。
ですが、私たちはコロニー艦に危険な薬物とそれを取り扱う悪党が居るなら死ぬ訳にはいかないんです。
この事を知って居る人間がいなければいけない。
ロイが手を回して、安全に潜り込む手立てを考えてくれています。
アンジェス。今なら貴女も乗り込めます」
バッフィムがアンジェスの目を見据えていた。




