424 開拓団1-07 ジェシカの部屋
ジェシカとジェーンは、すぐに駆けつけたロイの緊急処置を受け先導をつけて、ロイが勤めていた病院に担ぎ込まれた。
今、救急救命医療が出来るのは、この病院だけだ。
ジェシカ自慢の黒髪は切られて、右の額から目尻にかけての火傷で済んでいる。
両足の一部も火傷を負っている。
右耳は少し除去する事になった。
だが、ジェーンがジェシカの意識を奪った、お陰で暴れなかった事がジェシカを助けた。
ジェーンの意識は戻らず、死亡が確認された。
満足そうな顔をして亡くなっていた。
ロイは、バッフィムを呼んで相談する。
「このまま意識を戻さずに【CSC】に入らせる。そのまま治療を続けて皮膚の再生まで持っていって【CS】に移行させる。私が責任を持って彼女を守る。
だから、任せてくれ」
「・・・・・守る?」
バッフィムは、その言葉に引っ掛かったが受け入れるしかなかった。
意識を取り戻させて、治療を続けるならば【CSS】が別になる。
ロイは、それを心配していた。
「ロイ? 何か有るのか?心配事が?」
「ジェシカは、女性だからな。
治療が終わって【CSS】が別だと、危険だという事だ」
「・・・・・まぁ良いだろう。CS中でも傷は大丈夫か?」
「CSCの中にいる方が、火傷の為には良いくらいだ。
空気感染や無意識に傷口を触ることも無い。
増殖させた皮膚を移植して、眠り続けさせておけばある程度は治る。
【CS】に完全移行するまでは、長いからな。
その後、覚醒したら人工筋肉と皮膚を使って形成手術を受ければ良い」
「ロイ。今回の移民団に腕の良い皮膚整形が出来る医師のあては有るのか?」
「厳しい所をついて来るな。【カーマス】という医者が居る。
ここの医師だ。
俺の事は知っている。
話しておくからCSSを出たら、行くように何か残しておいてくれ」
「お前が言ってやれば良いじゃ無いか?」
「あぁ、そうだな。
それに、今、CSに入れないと姉の後を追いかねない」
「アレンから聞いたのか?」
「あぁ、バッフィム。犯人の目星は?」
「思い当たる奴なら、星の数ほどいる。だが、今回は、どうなのか解らない」
「どうして?」
「俺たちが向かっていた倉庫に、罠が仕掛けられていた。
俺たちの代わりに、中に入った所管の若い連中と、拘束用アンドロイドが吹き飛ばされて骨も残っていない」
「誰が、お前達を送り込んだんだ?」
「1番上さ。保安局長官」
「それって・・・・・」
「あぁ、ジェーンの夫サイドルを指名してまで、スペースドッグに向かわせたのも奴だ」
「そうか・・・・・
ジェーンの身体は、ここの技師が写真を元に修復する。
顔は焼けていなかったのが、せめてもの幸いだ。
サイドルと、一緒に逝かせてやってくれ」
「あぁ、そうするよ」
「アレン」
「ボス!」
「どうだ?」
「火傷の治療は終わって、臀部の皮膚を移植用に剥いだそうです。
右耳と右目の瞼の形成手術は、まだ先になります」
「そうか・・・・・」
「担当医は カーマスさんです。
こちらの事情は、ロイから先程聞いたそうですが?」
「ロイの奴もう手配済みか? お前には言っていないようだな。
カーマスって医者は信用できそうだ。
アレン悪いが、ジェシカとジェーンの家に行って荷物をまとめて置いてくれ」
「それは?」
「ジェシカを、ここでコールドスリーブカプセル(CSC)に入れる。
そのままコロニー艦に向かって、用意しているコールドスリーブシステム(CSS)の区画にジェシカを置く。
その方が、安全だそうだ」
「ロイの提案ですか?」
「あぁ、もしCSに入るのが俺たちと別になったら他の区画に入れられる。
治療が終わって、人工皮膚で昔の顔に戻ったジェシカは危険だ。
それは、ジェシカを一番知っている、お前なら解るだろう?」
「・・・・・解りました」
「それなら、ジェーンの家の鍵を」
「ジェシカの部屋の鍵は?」
「まだ、返していなかったんですよ」
「そうか。和解する前に、こんな事になるなんてな」
「俺が悪いんですよ」
「済まない。ジェシカとお前が、そんな関係に有るとは知らなかった」
「良いんです。俺が、あの女の色香に迷ったのは真実ですから」
アレンはジェシカの病室を、もう一度見て病院を後にした。
ジェシカの部屋。
もう、どれ位この部屋に入っていないんだろう。
自分が残していた衣類や靴が綺麗に纏めてある。
丁寧に畳まれたシャツ。下着までも畳まれていた。
送り返すつもりだったのか、配達用の箱が置いてあったが伝票に名前も書かれていなかった。
もう、こういった配達を受けてくれるところも無くなっていた。
コロニー艦に持ち込める物には制限が多く、この部屋に残す物の方が多いだろうが・・・・・
話してあっておけば良かったな。
そう思いながら、彼女の部屋に入った。
きっちりと整頓された部屋。
自宅でも仕事をする事も多かった。
リビングで電話が鳴る。
出てみると聞いた事がある女性の声
先方から聞いて来た。
「どなたですか?」
「ジェシカの同僚のアレンと申します」
「あっ、聞いています。
ジェシカさんが愛している方ですね。
良かった! 仲直りできたんだ!」
「いや、あの・・・・」
言葉に詰まるアレン。
「ジェシカがジェーンと、一緒に今日食事に来てくれる筈だったんですが、ジェーンに連絡が取れなくって、もしかしたら、そちらに二人で居るのかなと思って連絡を差し上げました」
「あの・・・・・」
「あっ、済みません。アンジェスと言います」
「アンジェスさん。ありがとうございます。
サイドルの事故の際には、ジェシカとジェーンの事を匿っていただきました。
感謝しております。
それで、ですね・・・・・」
アレンは又、言葉に詰まってしまう。
涙が滲み出てくる。
「アレンさん?」
「すみません。ジェーンは、サイドルの元へ旅立ちました」
「えっ!・・・・・ジェーンが・・・・・何故?」
「事件に巻き込まれまして、ジェシカを助ける為に自分が【盾】になりました」
「どうして! ジェシカは!ジェシカは!」
「ジェシカも、ヤケ、いや傷を負っていますが、治療の為に、CSCに入れて、このままコロニー艦に運びます」
「なんて、事・・・・・」
「済みません。私達が居ながら・・・・・」
「・・・・・アレンさん。あなたはジェシカに、ついて行くんですよね?」
「えぇ、同じコロニー艦のCSS に収容されます」
「解りました。
彼女が書きあげていた、持って行く物のリストがここにあります。
それと、ジェーンの部屋に行ったら、サイドルのCSCに『ロケット』が掛かっています。
それを、ジェシカに渡してください。
中に、ジェーンとサイドルの写真が入っています。
サイドルの、お母さんの形見の品だそうです」
アンジェスは、時間が無い事に気がついた。
「アレンさん。私、ジェーンの家の鍵を預かっています。
私は、今からジェーンの自宅に行って、ジェシカさんに持って行って欲しい物をまとめておきます。
今、そこの端末にジェシカさんのメモを送信しました。
それを、元に荷物をまとめてください。
そして、彼女のあなたへの思いもわかってください。
では、私はジェシカの家に行きます。
・・・・・お願いですから、サイドルとジェーンを同じCSCに・・・・・二人を入れてあげてください。
お願いします。お願いですから・・・・・」
アンジェスの泣き声が切れて
ジェシカが残したメモが吐き出された。
アンジェスは、しばらくマルスに抱きついて泣いたが涙を拭って車に向かう。
マルスは、置いて行こうとしたが玄関のドアに前足を差し込んでアンジェスにドアを閉めさせない。
「仕方無いわね。私を今日も守ってくれるのね?」
少女の頃、アンジェスはスクールバスから降りて自宅に向かっていた時に誘拐されそうになった。
怖くて声も出なかった。
多くの家が空き家になり人影が少なくなった高級住宅街。
引き摺られて車に押し込まれそうになった時に、屋敷から飛び出して来て助けてくれた。
マルス。
マルスの額には、ナイフで斬られた傷が有る。
それ以来、男性に腕を見せられると怖くて仕方が無い。
だから、女性専用で女性スタッフだけの、あのフィットネスジムに通った。
ジェーンとは、そこで会った。
仲が良い友達になれたが、結婚すると言う事で距離が空いた。
すると、同じフィットネスジムの職員に、彼女によく似た女性に会って思わず声をかけた。
違うのに気付いて慌てて謝ったが、彼女は『先輩に、そっくりだと言われます』と笑って許してくれた。
それが、サリア。
ジェシカの偽名だった。
彼女とも仲が良くなり、食事に招いたりもした。
先輩の女性が同じ職場の男性と結婚して、自分も同じ職場の男性に惹かれていると打ち明けられてしまった。
男性との交際の経験がないと言うと謝ってくれた。
でも、ジェーンの夫のサイドルは怖く無かった。
アレンという人も、サイドルをジェーンの家に迎え入れた際に上司の方と一緒にいた男性だろう。
ジェシカを、気遣う姿が優しかった。
誰が、見てもお似合いの二人だった。
なんで、この人達が・・・・・
涙で運転を誤りそうになったが、人気の無い道路をジェシカの家に急いだ。
アレンはやっとメモに目を通す。
両親が残した指輪とメモリーステック、お気に入りのコーヒーカップ、ベルトが三本、・・・・アレンへのプレゼント・・・
「ジェシカ・・・・・」
机の上には、持っていくつもりの物が入った旅行鞄が置いてあった。
メモに無いのは、お気に入りのコーヒーカップだけだった。
お揃いのカップの箱。
台所に行くとすぐに見つかった。
他に無いか?
目に止まる。
変装用のブロンドのヘァーウイッグ。
持って行こう。
何かの役に立つかもしれない。




