422 開拓団1-05 サイドル
翌日の仕事帰り。
アンジェスの部屋のドアをノックした。
覗き窓を覗く人の気配。
「やっと来てくれたわね!」
大きな声をあげて、久しぶりに会った女性がジェシカを抱きしめた。
「フロ・・・・・いいえ、ジェシカ!やっぱりジェーンと姉妹だったのね!」
「ごめんなさい!アンジェス!」
「良いの! このままじゃ、話も出来ないわ。さぁ、あがって、あがって!」
マルスもヨタヨタとしながら玄関に出てきた。
「もう外には、連れていけないわ。
このフロアも人が居なくなったから、この通路を使って散歩するのが精一杯よ。
獣医なんて居ないし、薬は貰っているけど、もう与えていないわ」
マルスを、撫でながら近況を話し合う。
姉は、結婚で引退したが自分達、姉妹が国家保安局員である事。
今は【ボーズ】と【薬物】の密売人を追っている事。
そして、今、その密売組織の証拠を掴む為に、ジェーンの夫がスペースドッグに向かっている事を伝えた。
「大変なのね。彼女、脚はだいじょうぶなの?」
ジェーンが、焼いてくれたクッキーを食べながら会話を続ける。
食糧は、近隣の家庭が家を出る時に譲ってくれていた。
マルスのドッグフードも同様だ。
彼らは・・・・・犬とは別れたらしい。
「幸い、このマンションは、水も出るしボーズも持っているわ。
他のマンションでは高層階に水が届かないと言って、下の空き家に移動した人も居るけど誰も咎めはしない。
死を、待つだけだからね」
「でも、マルスの為に残るの?」
「この子が、居なかったら私は死んでいたわ。
話したく無いから言わないけど、マルスは私の命の恩人よ」
そう言って、マルスの頭を撫でる。
それから、いろんな話をした。
学生時代の話、料理の話。
どんどん時が過ぎて行く。
「じゃあ、ジェーンによろしく。
旦那さんが、帰って来たら、ここでお食事をしましょう!
マルスを、置いていけないから!」
そう言って、別れた。
翌日も帰りに、ジムの近くで細々とパウンドケーキを焼いている老夫婦の元を訪れて食品と交換して貰った。
持って行ったのは、バッフィムの父親が親しくしていた農家の夫婦から分けて貰っていた小麦粉とバターにクルミ。
これで、又パウンドケーキが焼けると喜んでもらった。
アンジェスのマンションに寄って話をして、遅くはなったが姉の元に行って、その日は姉と眠った。
ちょっとした日課になりそうな、予感がしていた。
『二人目の姉が、出来たみたいね?』
そう言って、ジェーンも喜んでくれた。
それから、四日後。
「何ですって!義兄が事故で死んだ? どうして!」
「あぁ、俺たちにも、まだ一報しか入って来ていない。
なんでも、移動中の通路のエァーが抜けたそうだ」
「どうして!居住区画なんでしょ!」
「それが、倉庫区画から帰る際に輸送船の接舷区画を通ったそうだ。
気密服着用区間だと言うのに・・・・・」
「・・・・・他に、誰か居たんですか?」
「いや、一人だったそうだ」
「おかしい!捜査は常に複数であたるはずじゃ無いんですか!」
「・・・・・捜査は上が終了させた。事故で処理されている。
迷子になって気密区画を通る時に、誤ってエァーロックを解除したと報告されている」
「・・・・・遺体は?」
「外には、出ていなかったそうだ。CSCに入れて有る。冷凍モードだがな」
「返してください」
「あぁ、もちろん。そう伝えた。『宇宙葬』なんかにはしたく無い」
「でも、なんて姉さんに伝えれば良いの?」
「俺が、一緒に行く。俺の口から話すよ」
アレンの運転で、バッフィムとジェシカがジェーンの家に向かう。
何故か、ジェーンが玄関の前に立っていた。
玄関の壁に寄りかかって・・・・・
「姉さん・・・・・」
「局長にアレンまで、やっぱり、あの人に何かあったんですね?」
「姉さん・・・・・」
「ジェーン。中へ入ろうか」
「・・・・・死んだんですね?」
「どうして?」
「荷物を、整理していて、これを今朝見つけて・・・・・」
一枚の報告書の書き損じだった。
不慮の死、事故死で片づけられた、捜査員の事前の行動が記されていた。
どれもが、自分達のトップが何らかの動きをした後に、心臓発作や事故死をしている。
最後には多量の引火性の液体燃料を使った、放火による一家心中も報告されていた。
他国の捜査官にも、同じ様な事故が報告されている」
「局長!」
ジェシカが詰め寄る。
「いや、俺は受け取っていない。
受け取っていたら、行かせているものか!」
「前の局長に出した様です。日付が古い。
しかも、署名が無い。
文面から見て、ファッジェス?
この段落の付け方。
ニ年前に辞めていった奴の癖ですよ。
事故も去年より前です。今のトップの数代前ですよ」
今は、トップがコロコロ変わる。
移民船団に乗り込む為のポスト作りの為だ。
アレンが、冷静に報告書を見た
最後の事件の頃は、アレンは他の奴と組んでいた。
思い当たる。
色々な不可解な事柄。
自宅が燃えて、一家心中したのは彼だった。
報告では、家族の中に移住の選考から漏れた子が居たから・・・・・
だけど、そんな事は一度も聞いた事が無かった。
第一、そんな事があれば、ツテがないか足掻くだろう。
しかし、すぐに記録は全て抹消された。
だが、今の長官の先代は『ハンコ押し』の渾名が付くほどの無能。
今の、長官はその時の次官。
確か、その前も次官・・・・・
「今の長官は、私達と同じ移民船に乗りますよね?」
「あぁ、最終だからな」
「ならば、間違い無く今度の事件の裏には、今追っている【長男と次男】、そして【保安局長官】がいます。
政府関係者か軍属の、洗い出しをしたいのですが!
特に、今度の長官の就任時に登録された奴らが怪しい」
「スペースドッグの資材部なんて、最高の隠れ蓑か?」
「そうですね」
「この家にも、保安係を・・・・・ダメだ。
誰を信用して、良いか解らん。
とりあえず、ジェーンをサイドルが帰って来るまで誰かに預けたい。
ここは、アレンとダルトンに調べてもらう。
車も調べてくれ!
ジェシカ! 車の中でジェーンと静かにしておいてくれ。
自宅は、盗聴器を仕掛けられているかもしれない」
「それは無いわ!」
ジェーンが断言する。
「私は家を空けなかったし、彼が盗聴器は毎週調べていた。
今までに発見されたのは、転居して来た時だけよ」
「クソ! 情報が筒抜けだ!
ジェシカ、ジェーン 荷物を纏めて、しばらく自宅を空けてくれ!
サイドルが残した証拠品を探しに悪党の手下が来る。
悪いが、先にうちのチームで捜索をかける。
協力してくれ」
すぐに、チームで家宅捜査が行われた。
物々しく、到着する保安局の車。
自宅だけでは無く庭や周囲の家まで『空き家』を含めて調査した。
自宅以外の空き家で足跡が見つかったが『物取り』の様だった。
捜査車両は使わずに、ジェシカの車でアンジェスのマンションに匿わられた。
「流石だな。熱の移動を検知するセンサーが仕込んである」
アレンは初めて、ジェーンの家の寝室に入った。
「サイドルは、軍の諜報機関にいた。
上官を殴って辞めた。
その上官がウチのボスが学生時代に大嫌いな奴だったんで、すぐに引っ張って来た。
放っておいたらどうなるか解らんからな」
「オイオイ、良いのか? そんな事話して」
「あぁ、ボスは正義感が強い奴が好きなんだ。だから、こんな物まで残していやがった!」
ダルトンが何かを見つけた。
「なんだい?」
「見取り図だ」
「どこなんだ? どっかの工場か?」
「解らん! 写真が有る。
・・・・・ アレン。
この前タレコミ屋が、工業専門学校がどうとかって言っていたよな?」
「・・・・・えぇ」
「あぁ、コイツは、その工業専門学校だ。
ここに、校章が描かれたクレーンがぶら下がって居る」
「そんな前から!俺たち、まだ産まれていない頃の話だぜ!」
「だが、長官達は、ここを学生時代の思い出の場にしていた様だ」
そこには、何人かの保安局長官の写真と、次官の学生時代の写真が見つかった。
「まさか!」
そこには、ジェシカとジェーンの父親も写っていた。
工業専門学校時代の写真を見せてもらった事がある。
「誰だ?」
「ジェシカとジェーンの父親だ」
アレンは、一番端の背の高い男性を指差した。
「アレンしっかりしろ!
親父さんならジェシカが学校に、あがる頃に亡くなって居る」
「・・・・・あぁ、確か、住宅の設計技士だった筈だ」
「なら、親父さんはシロだな。
ここに写っている連中は皆、電気工学と機械系の学生だ。
誰かと仲が良かっただけなんだろうな」
「どうして、そんな事が解る」
「噂は有ったんだ。だから調べている。
襟章が、学科を表している。
なんで、こんな写真を・・・・・繋がっているんだな。
コイツらが、三兄弟と・・・・・」
「まさか、サイドルは・・・・・」
「偶然に決まっているだろう?
実はアイツを引っ張って来たのは、この俺だ。
知っての通り俺も軍出身でサイドルと同じで軍の連中とソリが合わなかった。
まだ、主任だったボスに話したら、すぐに連れて来いって当時の局長室にねじ込みに行ったんだ。
もしかしたら、アルバム位なら見たかもしれないがアイツがウチに来たのは五年前。
三兄弟に目をつけて追いかけ回し出したのは、ボスがお前と組ませてからだ。
何かがあって軍にいた時から調べていたんだ。
軍に納品される【ボーズ】に紛い物が増えた事を。
コイツらが手を貸したんじゃないか?
長男の過去を調べていたよな?
その線をあたるぞ」
四日後、サイドルが【CSC】に入ったまま自宅に帰って来た。
泣き崩れるジェーンと、それを支えるジェシカとアンジェス。
チームが捜索を済ませたせいか、怪しい連中はいない。
又、アンジェスの自宅に尾行に注意しながら送って行く。
解剖や捜査は、何も無かったそうだ。
死体になっていたのをそのまま、CSCに放り込んだらしい。
自宅で検死をロイがやったが、抵抗した跡も薬物も検出されなかった。
「どうも腑に落ちん。通路で、死んでいたと言う話だよな?」
「あぁ、何も無い通路。写真で見る限りそうだ。
有るのは、次の通路に出る為の、スイッチとインカムのジャックだけだ。
このスイッチの挙動が、おかしかった事になっている」
「衣服は、このままか?」
「あぁ、通常の捜査時に着るジャケットだけで、スペースドッグで銃を撃つわけにいかんから丸腰。
持っていたのは、カメラとベルトのバッグに入ったインカムだけだ」
「なら、この両手の指の鬱血は?」
「何かを強く掴んでいた! 手で握っていたんじゃない!
・・・・・箱だ!箱の縁に両手をかけて居たんだ。
亡くなる前に箱の縁に手をかけたんだ!指先だけに力が入ったせいだ」
「倉庫で、空気を抜かれた・・・・・」
「恐らくな。一瞬だ。酸欠になったら意識が無くなるのは。息を止めてなんてできる訳がない。
解剖しても解らないだろうな。この指先が・・・・・教えてくれたよ」
「・・・・・殺された」
「検死医じゃ無いから、証拠にはならんがね」
「ここだけの、秘密にしておいてください」
「あぁ、そうする」
葬儀は自宅で、友人だった花屋の夫婦がツテを頼って花を集めて来てくれた。
工業専門学校への立ち入り捜査は、ガタガタ言われたが承認された。
次官の奴が、とやかく言って来たが最後の捜査になると無理矢理承認させた。
怪しいのは、この実習用の工場。
ここなら、閉校後に資材を搬出する業者を装えば言い訳は立つ。
調べてみたら、何故かここだけ水道が動いているし高圧電気も生きている。
設備の一覧を確認してみると工業専門学校には場違いな設備が有る。
まるで、精錬、焼成工場だ。
水の消費量も半端無い。
地上にあるボーズでは、高電流の工作機械は動かせない。
電気も消費されていて、支払いは軍のダミー会社がやっていた。
だが、今は発電所も軍の管理下に入り『使いたい奴は使え』の状態で、ボーズが入手出来ない連中には有難い状態だ。
高電圧の電線から自宅に引き込んで、変圧、整流させて使うが感電事故が起きても無視されている。
そう言った情報が各所とも外部からの違法アクセスを防ぐ為の人員が、スペースドッグに移った今ザルに等しい。
財務部や文部局も侵入し放題だ。
軍だけは硬い。
ジャガーが、アクセスを仕掛けて様々な情報を手に入れていた。
「うっひゃー、もう気づきやがった。軍だけはまだ元気だ」
「もうじきに落ちるさ」
「もう、時間が無い。今回の作戦が終了したら皆でコロニー艦に移動だ」
バッフィムが宣言した。




