411 竜の血脈17 後始末
デュランの隠し部屋から、手記が見つかる。
どうやら、死ぬ気でいた様だ。
次第に、狂気に蝕まれて行く自らの感情。
アンの母親と、マーフェンの塔で争ったのは死期を迎えた父親だった。
彼も魔と妖精の狭間で苦しみ、微かな希望に賭けて息子を出さなかったのだろう。
この時期であれば、デュランは清浄なマナに僅かな間であれば触れることができた筈だ。
だが、マナ不足を補う為に多くの同胞が眠る北の鉱山から離れた、南の鉱山の奥深くで、ただ一人眠らされていた。
だが、結果的に言えばマーフェンの塔の、マナの出口を開けても出てくるのは【混ぜ物のマナ】
狂気は進み妖精は助からなかった。
竜が滅び、イギリスの妖精も全滅しただろう。
だが、そうはならなかった。
父親は狂った同胞を『竜の血脈』に縛り付け、外に出さない様にした。
【マナの止め石】を壊すことが出来る息子も呼ばずに、竜と相打ちの様になったところを、メアリーにトドメを刺された。
メアリーは、その際に教会から残されていた『清浄なマナ』と『聖剣』を無断で持ち出し、これを使って大地の妖精を焼き殺した。
当然、罪を問われ死刑になった。
傍目から見れば、外国から来てイングランドの女王の座に居座った女が、ただひとり残った『大地の妖精』をマナで誘い出し、何かしらの毒物 (口伝では【魔女の薬】)を使い焼いて、【聖剣】を使って止めを刺した様にしか見えなかった。
教会も議会も、メアリーを処刑する事にした。
メアリーは、笑っていたそうだ。
そして、処刑の際にはマーフェンの塔の方向を見て頭を下げたと言う。
それから、200年後。
南の坑道から、薄汚れた青年が這い出て来た。
【デュラン・ファルセット】である。
200年振りに現れた大地の精霊。
彼は、密かに宮殿内部に匿わられた。
そして、父親が残した書物を読み術を復興させて行く。
彼ら妖精が使う文字は人には読めず、いくつか人が読める形で残されている物は少ない。
それでも、デュランは宮殿を守る為の植物。
特に蔦を使った【防御】を完成させた。
模擬訓練で間諜を使った侵入や、百人規模の攻撃を塞ぎ切り、実弾や火を使った攻撃も再生能力が高い蔦を使って焼夷弾を包み込み、土中に引き摺り込ませて対応した。
父親の遺した書には案はあったが『再生能力』が欠けていた。
それをデュランは、自ら品種改良で生み出していた。
余りの再生能力の高さで制御ができるまではと、グリーンランドの氷河の奥底に眠らされたほどである。
『それを使ってマーフェンの塔を攻略すれば良かった』と後日思ったらしいが行方不明のままらしい。
だが、本当に取り出す気でいたのか?
又、脩の仕事が増えた。
代は変わり英国が、ドイツからの侵略を受けてしまう。
デュランは、彼らの狙いの一つが自分に有ると知っていた。
あの蔦の品種改良の情報が漏れている。
だから、王室をアイルランドに避難させて自分は宮殿に残り防御に徹した。
幸い、戦禍が宮殿には届かなかったが、マーフェンの塔に張られた【結界】の強さに安堵もしたし憎みもした。
目の前で、はしゃぐ幼いエリファーナを食い散らしたい。
そう思い、何度も自分の腕に噛み付いた。
新月の日は、特に苦しかった様だ。
聖なる力【マナ】に対しての対抗力があがり【魔】への渇望も高まる。
更に言えば【自滅】を望む感情も湧く。
様々に揺れ動く感情を晴らす為に、ひとり塔に登りマナによる攻撃に身を晒しながら石碑に触れた。
この時間だけは、ただ、【マナ】に耐えれば良い。
口からは伝記を言い聞かせる様に父親が残した歴史と葛藤を、自分の代での苦しみ、エリファーナへの想いをぶちまけていれば朝が来た。
新月の恩恵が無くなり弾き出されながら【アン】を見る。
『又、大きくなったな』
軍用毛布を置いていたのだが、いつの間にか自分で掛けている。
だが、食事を置いていても手付かずだった。
何処までも、強情な種族の娘だ。
常義が英国に訪れた時には、警戒すると共に『エリファーナを連れ去って欲しい』と心から願った。
エリファーナが居なければ新月の夜に、この身を使って【マナの止め石】を破壊する事が出来る。
或いは【自滅】出来る。
心底そう思った。
大地を、イギリスを守る妖精で有るとの矜持が残っていた。
思えば、この時が妖精としての最後の日々だったのだろう。
それからは、様々な場所を回って【汚れたマナ】を集めた。
封印し、凍らせておけば良い。
最後に【竜の血脈】に眠る【大地の精霊達】に、【穢れたマナ】を与えれば、この英国は手に入る。
人が良いエリファーナ。
全く疑う事を知らぬ。
そして、家庭を築き代を継いだ。
夫を無くし、職務をひとりで受けて身を粉にして『笑顔』を『怒り』を表した。
強い女王となった。
だが、デュランは知っていた。
常義と居たかった。
その彼が、陰陽師として現れた。
巨大な力。
前に出れば足が震える。
全身を隠すローブに衣装を変えた。
巴は、ひたすら怖かった。
この時ばかりは、満月の日で日中だった事を心から感謝した。
震えるだけでよかった・・・・・誰に感謝したのだろう?
日本に渡り聖職者の一光と会った時は辛かった。
長旅を理由に引き込んで貴重なマナに口をつけて回復した。
世界を回る旅。
その間に知った『萩月と一条との戦い』
あぁ、彼らの存在を知っていれば【呪核】を分けて貰えていれば・・・・・
自分が、引きこもっていた事を後悔した。
『あの時、日本にデュランが居なくて幸いだったな』
常義は身震いした。
「もしかしたら、ワザと石碑を壊せない様にして、アンを眠らせ続けたのかもしれませんね。
もし、他に精霊が現れてもデュランは、『マーフェンの塔』の前に立ち塞がっていたと思います」
脩が回想する。
「そうじゃろうな」
祖父も、そう思った。
事実、僅かに穢れたマナを与えられて、あの穴の狂った妖精は目を覚ました。
『そこに、精製したマナを注ぐつもりじゃなかったのか』と思わせる様に 【瓶】が残っていた。
或いは自決用。
イリスの傀儡が握り込んだ【奉石】が砕いたのは【精製されたマナの瓶】
合わさった結果・・・・・
誰も、デュランの考えは分からなかった。
「今後、どうなるんですかね?」
脩がエリファーナに聞く。
「狂った妖精は解放して、土に返してあげるしかないわ。
狂った妖精の存在が、新たな妖精の生誕を邪魔しているから」
「それって、」
「そう。みんないなくなれば、新たに妖精は産まれるはずよ。
その存在を信じてくれる人を増やしてあげればね。
後は、森や泉・・・・・大地を、清浄にしてあげればね」
驚きは続く。
アディが出産した。
男女の双子。
海の妖精に『男児』が産まれた。
『竜の血脈』の章完結です。
一話挟んで、次に移ります。




