405 竜の血脈11 カミラ
竜の血脈の章が少しだけかみます。
『アドリア海は汚れている』
そう聞いて、脩は愕然とした。
アドリア海の【マナ】を止めたのは海の汚染だ。
元々、アドリア海は豊かな海であったが、人々が生活するのに合わせて、多くの生活排水や油分を流して汚染した。
人間には影響ない程度であっても、海で生活する生き物には大打撃を与える。
しかも、アドリア海は行き止まりの海。
イタリアとトルコに挟まれた海では、これまでも多くのイルカが死んでいた。
【マナ】は海の生物から与えられる【思い】を元にしている。
だから、人に安寧をもたらす【法力】がアドリア海ではマナの代わりになり得た。
【海の浄化】
とんでもない事だった。
いくつか案は有るが、どれもが困難。
それで、アドリア海に面した一角。
あの岬を丸ごと九鬼が購入し、その清浄化の取り組みを試している。
【遮蔽の魔道具】で外からの海水の流入を防ぎ、マナを与える【海の泡】を渦を通して岬に集める。
法力を宿した奉石に寄り添う【海の泡】
光り輝きやがて、砂の中に潜って行く。
こうして、マナが海の泡の中に蓄えられる。
海のマナは解った。
だが、イギリスは地中だ。
やはり、あの石碑を解読するしかない。
純一達は、日夜この難問に取り組んでいる。
「イングランドやアイルランド、ウェールズ、ノルウェー、にデンマーク、フランスは元よりスペイン、ポルトガルいろんな資料を見ていますが、似通った文字がありません。
【句読点】にあたる文字も皆目見当がつかない」
もちろん、似ていると思ったアーバインの古代遺跡の文字とも違っていた。
純一達は、お手上げ状態だった。
今日も、脩と共にメルカのマンションで、久しぶりの日本食を食べながら黒ビールで今日の苦労を宥め合う。
日本食と言っても【カツ丼】。
前に日本に帰った際に、和也に衣まで付けてもらって【収納】に入れて来た最後のやつだ。
薩摩黒豚の肉で、禁輸品にあたるが摘発出来ないから仕方がない。
インスタントの出汁を使った卵とじの作り方は、和也から聞いて上手くなっている。
ほっぺに、ご飯粒を付けたエリファーナもデュランと一緒にテーブルに陣取ってスプーンで食べていた。
食後の『玄米茶』が美味しい。
退位して一線を離れても、何かと忙しいエリファーナ。
デュランと一緒に転移で帰って来た脩を焚き付けて、妹のマンションに遊びに来ていた。
丼物は、エリファーナの好物のひとつだ。
前にお忍びで行った『お茶の水の定食屋』で食してから大好物になった。
定食屋も息子に代替わりしているが、木場 直が学生時代からなじみにしている。
「何が違うのだろう?それに、あの石碑。
16世紀にマナが止められたとしたら、やはり、【自動水栓】なんだろうな」
「それを、マナを使って止めてしまった」
「やはり、その言葉は【ア・グラン】なのだろうか?
ポアーザの話を信じるならば、古代文明の言葉は共通なのかも知れない」
「でも、アンが、もたれかかっているあの石碑の文字はアーバインの文字とは違っているわ」
「脩さん。もしマナを使って、他の言葉を言ったらどうなるんですかね?」
「合っているかどうかは、確約できないが何も起こらないはずだ」
「ですよね。魔道具の中にもそういった物が多いですしね」
「アドリア海の岬の浄化は進んでいるが、まだ、十分なマナが集まらない。
カミラの探索も併せてやっているけど、見つからない。
アドリア海を出ているとしか思えないけど、どこへ行った?」
「寒いのが苦手なのよね?」
エリファーナが、お茶のお代わりを貰いながら脩に確認する。
「地中海沿岸部だと思うんだが、人魚の話が残るエーゲ海も空振りだ」
「地中海を出たの?」
「それも、難しい。
スエズ運河を抜けても、紅海は無理とアディも言っている。
人の姿を保つにしてもマナが少ない状況じゃ、そこまでの時間は作れない」
「【立浪幸子】が優秀だったのね」
「我が、【法力】を取り込めれば良いのだがな」
「仕方無いさ。
ところで、前から聞きたかったんだが、デュラン。
アンタの仲間は、どうなっている?」
息を呑むエリファーナ。
「まだ見つかっていないが、死に絶えてはいない。
亮太が探してくれている【竜の血脈】沿いに眠っているはずだ」
「そうか、それならば安心した。だが、亮太が『深い』と言っていたな・・・・・」
「前は、地下水の様に地上に噴き上がっていたんだ」
「やはり、あの石碑が鍵だな。
アドリア海のマナの復活を待つしかない」
エリファーナとデュランを【転移】で送って行って、メルカのマンションを純一と二人で後にする。
ホテルは、何時ものホテルだ。
「こういうのは、久しぶりだね」
「あぁ、メルカのマンションでは無く、こっちにいるとはな」
後をつけて来る足音がする。
「軽いね? ハイヒール?」
「女性だな」
「霊波は?」
「知らない霊波だ。だけど、近い人は知っている」
「やっぱり? アディ?」
試しに、脩は
『カミラか?』
と【念話】を送ってみた。
『あはは、バレちゃった?』
【念話】が帰って来た。
ホテルの前で待っていると、黒いコートに身を包んだ赤髪の女性が現れた。
「良く解ったな?」
「探してくれていたんだってね?」
「あぁ、どこに・・・・・」
脩は、寒そうにしている彼女を見かねて
「上に行こう。話が済んだら部屋もある。
お前さえ良ければ、泊まり続けて良いぞ」
「聞いた通りね。優しい人なんだ。
でも、契約者じゃ無いから無理みたいね」
そう言って、訳ありげにウィンクを飛ばして来た。
ホテルの部屋に入ると、アディと別れてからの話になった。
飲み物は何が良いと聞くと、白ワインか水で良いと答えたのでイタリア産の白ワインをディキャンターで出した。
「ううん。良いワインね。
部屋に戻る時に、一本もらって行くわ」
スッキリとした性格の女性の様だ。
アドリア海を出て、閉鎖されていない海に出る事にしたが、彼女は一か八かの賭けに出た。
スエズを抜けて紅海からインド洋に出る。
その気になったのは、難破船の下で見つけたマナの塊。
前から、なにかを感じていたのだが動かすことができずにいた。
それが、戦争のせいで難破船が破壊されて、岩陰に残されていたマナを見つけた。
アディの元へ帰ろうとしたが、戦争が激化して海が汚染されていく。
意を決してアディから、アドリア海から離れることにした。
大好きな海だったのに・・・・・
人間が、つくづく嫌になる。
スエズを抜けるには、人化して船に乗る事が安全だが、人の前に出る気が無くなっていた。
必死に船腹にしがみついて紅海に入り、インド洋を目指した。
そして、モルジブにたどり着いた時には【マナ】は底をつきかけていた。
珊瑚礁の島々。
他の島から離れた無人島の海中に細長い洞窟を、やっとの思いで見つけて眠りについた。
眠りさえすれば、時間はかかるがマナが溜まる。
とにかく眠り続けた。
その、カミラを起こす者がいた。
懐かしい、【海の泡】だった。
何重にもマナに、よく似た何かの力を重ねて身を守っていた。
そして、聞くアディの事を。
日本から来た陰陽師と言う人々が、この【法力】を使ってアディの眠りを覚まして、ロミオも救い出してくれた事。
ララは陰陽師と一緒に日本に渡り、成長を再開しているはず。
アディは人化を保つ事ができる様になって、ロミオと契約者との儀式の為にフランスにいる事。
パリに居るはずだが、寒いから地中海側に移ったかもしれない。
そして、アドリア海を再生する為に、アディが眠って居たあの岬で色々と試している事。
何より、その中でも一番能力が高い【脩】と言う、青年がカミラを探している事を告げた。
海の泡は脩の霊波を記憶して居て、法力と一緒にカミラに渡して消えていった。
「ありがとう」
こうして、カミラは洞窟を抜けて海中で集めた真珠を売ってロンドンに来たと言う訳だ。
アドリア海に行かなかったのは脩に興味があったから。
契約者だったら子供を産んでも良いと思って居た。




