395 二人の赤児03 マリア
「さて、この【結界】を通してくれるかの?」
この子達の命を守る為には、外の世界に出るしか無い。
額真の母親は入れないだけで、攻撃は無かったと聞いている。
丁度、ビニールの壁がある様な感じで少し入れるが、そこからは進めなかったそうだ。
その時の、彼女の嘆きを想像すると堪らなかった。
【お山】に入った額真も、どうやっても【お山】からは出れなかった。
相当に、大きな【結界】を張った存在が居る。
【額真】が、それ程重要なのか?
巴は、彼の事を軽くみていたが額真を重要視する裏高野山を統べる存在を改めて知った。
と同時に、『無闇に【御堂】に人を連れてくるのは危険だ』と思い始めた。
例えば、
もう外での成長や、やるべき事は終わったと判断したら、そのまま閉じ込められるかも知れない。
それが例えば【脩】であったり、【朱雀】であれば・・・・・
巴の額に汗が滲む。
「巴様。行きますよ」
若菜が、男児を抱いて結界の外に、一歩足を踏み出した。
「大丈夫です。一光様が言われた様な事は起きていません」
額真を抱いて、外に出ようとした一光は弾かれたそうだ。
しかし、今日は一光にも額真にも連絡が取れないとは・・・・・
二人を、裏高野山でも探していた。
続いて、美耶が女児を抱いて足を踏み出す。
問題無く通れた。
息を吐く二人。
美玖も、通り抜けれた。
ポアーザも巴と抜け出た。
『今回は足止めを、されなかったか・・・・・』
『そうじゃの、これからは気をつけなければいかんな・・・・・』
『漏れておったか?』
ポアーザの二人が、自分が抱いた不安を読み取った事に気付いた
『済まんの。ワシらも、そこに考えが至らなかった』
『この裏高野山を統べる者は、何者なのでしょうか?』
『私らにも、見当がつかぬ』
「さて【アトリエ】に行こう。秋子とマリアに相談しよう」
色々考えたが、【アトリエ】が一番子供達を匿うのに安全だろうと、みんなで【転移】した。
杖は、飛びたがった様だが『薪に、されたいか?』と若菜が、キレ始めたので大人しくなった。
今日は、早番だったマリアも秋子の家に帰って来ている。
幼くしてアンナを産んだマリア。
その年齢は、知られたら後ろに手が回る。
当時の王家が、必死に隠したのも無理はない。
戸籍上では32歳にしているが、それでも若い。
若菜と秋子が、タカさんの元を訪ねて事情を説明し、しばらくマリアを休ませる事を了承させた。
「痛いなぁ〜
だが、子供の為なら仕方ない。なんとかする。
それに、『託児所』を作ろうという話も有るんだ。
急いで案を練り上げるよ。
保安設備の事もある。
自然災害も、考えなきゃならん。
ここと、アトリエは『避難所指定』を受けているから、そこも考えないとな。
避難者を装った人間が緊急事態に侵入をはかる。有り得なくはない」
「解りました。夫に伝えます」
そう言って、施設を出ようとした時に事務所の電話が鳴る。
一光と額真が吉野の山中の廃寺で見つかったそうだ。
『二人とも気を失っていて、まだ意識がハッキリしていないが無事』との報告を裏高野から受けた。
裏高野山を統べる者がやった事だろうが、取り敢えず安心した。
萩月に連絡したら出た若い男性が、ここの電話番号を教えてくれたそうだ。
『サンゲね』
一瞬で【式】を方々に飛ばした様だ。
事務所の隅に、小さな影があったが若菜が見つけるとすぐに消えた。
秋子と二人で帰る中で、秋子が
「ところで、信長様に【名付け】を任せている間は何て呼ぶ?」
「それは、【源ちゃんに月ちゃん】じゃ無いでしょうか?」
「いや、男の子は『一矢三郎』なんだろう?」
「あぁ、そうですね?
でも、サブちゃんって、マイク持ってコブシを効かせて歌い出しそうですよ?」
「じゃあ、四郎で【ヨッちゃん】にしておこう」
「そうですね。【ヨッちゃん】。それで、仮に呼んであげましょう」
少しばかり、持ち帰りの『お惣菜』を宿泊施設の食堂で買って秋山家に急ぐ。
「この頃は、どうなんですか?」
「工作員かい?」
若菜が、影護衛の気配が、少し動いたので聞いてみた。
「【G 】の関係者らしき姿があった事も有るが、それも、しばらくの間だけだったよ」
「それを聞いて、安心しました。
あの子たちの前で、争う事は見せたくないですからね」
マリアは、子供の世話が上手かった。
何故か同時にオシッコをして、同じ時に泣き出す二人を世話をする。
時には、泣かせたままにするが、それは、肺を鍛えるからと放っておく事もあった。
「私が育った孤児院では、こうしていたんです。
手が回らなかった事を誤魔化したせいかしれませんが、皆貧しくても健康でしたね」
孤児院を視察に来た王が、泣き出した赤ん坊を上手にあやして笑顔にしたマリアを見染めたそうだ。
なんでも、王が幼少の頃に好きで将来を誓い合った娘に【生写し】らしい。
「でも、王様を責めないで下さい。
私が、寂しくて王様に甘えにいったせいですから。
それに、男女の関係が、どういう事かも知っていました。
時々、施設にも怪しい人がやって来て、施設の女性と部屋に篭っていましたから」
若菜たちも、その施設が【G】の人身売買の拠点になっていた事を知っていた。
その中から、王室の侍女見習いに上がれた。
それは、早々ない事だ。
「それに、王様の手がついた事で、他の男を客にしなくて良くなりましたから」
だが、アンナを攫われ、今度は自分が狙われる。
『アンナを取り返したい』
『客を取らされたく無い』
そう思って、すぐに修道院を逃げ出した。
強い女性である。
地方の農家や商店で働き情報を得る。
アンナの能力については知っていたから、殺される事はないと確信していた。
だから、それを使いそうな連中、特に商人を見張った。
それに、王から聞いた【ドウグル】の名前。
いつも、帰って来て着替えを手伝う時に、彼の名前を出して悪態を吐いていた。
「ワシの国政は『イギリスやフランスに【媚び】を売るだけだ』と嘲笑してくる。
だが己は、影で外国勢力。
しかも悪事に加担している奴らと組んでいる。
しかし、明白な事実はあるが証拠が隠されている。
しかも、取り締まる側が奴に協力している節がある」
そう、ベッドの中で腕枕をしながら話してくれた。
自分に、よく似た将来を誓い合った貴族の娘。
その娘とは結ばれなかったのは何故か。
アンナは口に出さなかったが、王は自ら辛い過去を話し出した。
その一家が乗った船が、戦時中に敷設された機雷に接触して沈没した。
先の大戦中に大きな運河と、大型貨物船や軍艦を係留管理できる良港を持つ、この国は敵国に数多くの機雷を敷設された。
年に数回、機雷が発見される事は有り、それを運河を管理する水上警察や海軍が掃海作業をしていた。
その矢先で起きた事故。
それに、操船者が不明だった。
乗船していたボートも所有者不明。
水上警察は、登録を忘れたのだろうと片付けた。
『王との婚姻を妨害する為の工作』だった事も拭い切れない。
一家は自宅でガスにより眠らされ、ボートに積み込見込まれた。
ボートは、スクリューに巻きつけた機雷で爆破されていた。
この事件に加担した元水上警察長官達とドウグルの手下には、ハグレの狼達と『鬼ごっこ』をやってもらった。
王の墓前には報告済みだ。
王妃となったのは、亡くなった娘の従姉妹にあたる。
貴族ではあったが【爵位】が落ちる。
彼女の一家も狙われた形跡があったが、フランスとの関係が強く【G】も手が出せなかった。
こうして、失意を抱えて王は婚姻を結んだ。
そうして産まれたベルトーナ。
だが、彼女を出産して次は王子をと望まれた女王が死去。
王は、又、失意の淵に立たされた。
王は女王の死後、周囲が再婚を進めて来たが、それを拒絶していた。
もう、愛する者を奪われたく無い。
王は、王女の死に不審を抱いていた。
だが、この死には【G】が噛んだ形跡は無かった。
そんな中で、マリアに出逢った。
今となっては、その出逢いがどの様なものだったかはわからないが、偶然としても驚きだっただろう。
それほど似ていたかと調べたが、まさに【生写し】だった。
捨て子だったという事、『出自を調べるか?』
と聞いたが断って来た。
「今は、『アンナの母である』その事実だけあれば良い」
強い女性だ。




