369 家族 貴子と亮太
貴子と亮太の話です。
やっと、結婚です。
婚約者の五十嵐亮太は、貴子の進学に合わせて岩屋学園の三年に転入。
医進・特進コースでは無いので、授業については全く問題はなかった。
朝早くに岩屋神社までランニングに出て、【転移陣】を使い用意されている貴子との新居に出る。
そこから錦江湾に沿って東へ走る。
浜に降りると『通話の魔道具』で話した通り、貴子が浜の階段に座って待っていてくれた。
「おはよう!亮太さん」
「おはよう!貴子」
朝の挨拶だけ交わして、亮太は貴子が持って来た竹刀を振る。
貴子も、薙刀と弓を扱うが、この朝のひと時は亮太の姿だけを見ている。
アラームが鳴って、浮いた汗を貴子から差し出されたタオルで拭いて、いつもの様に階段で貴子が作ってきた朝食用のお弁当を食べる。
そして、軽く貴子を抱きしめて貴子の下宿先まで送って帰って行く。
雨の日は浜には出ずに貴子の下宿先で、話をしながら二人で朝食を取る。
鹿児島の気候の方が合うのか、今までの様に体調を崩す事は無くなった。
鹿児島に引っ越して来て、もうすぐ三ヶ月。
たった三ヶ月の下宿生活だったが、貴子は楽しかった。
もうじき、長谷山が準備してくれているマンションに引っ越しをする。
七月七日。
西郷貴子は、五十嵐貴子になる。
今通っている女子校の、理事は長谷山の一族だ。
つまり萩月の一門。
貴子の事は入学前から調整済みで、新たにクラスメイトになった人達には入学時から結婚する事を伝えてあった。
当然、大騒ぎになるが、小さい頃に身体が弱くって何時も支えてくれた人の側で暮らしたいから、と言って涙を誘ってしまった。
当然、式や披露宴の話が飛び出してくる。
学生の身だから派手には出来ないから、岩屋神社で身内だけで式を挙げて城山のホテルで簡単な披露宴にする。
筈だった。
城山のホテルに勤める天文館の写真屋の娘が貴子の可憐な姿を見て
『写真は、サービスするからモデルになって!』
とお願いしてくる。
まぁ、実は仕込み。
貴子に、気遣いさせない為に沙羅達が仕込んでおいた。
どんどん進む、貴子の結婚式の準備。
城山のホテルでは、両角の理容学校がホテルの理容部門を取り込む。
東京の【Kai】から、店長自ら乗り込んできた。
五十嵐香澄
亮太の姉。
出てこない訳がない。
今では、日本一予約が取れないヘアデザイナーが、両角の理容部門とタッグを組んで、この幼い花嫁を磨き上げる。
亮太もエステに通わされ、遂には六月一日、天文館のアーケード街の写真館の店先に、誰が見ても幼い二人の結婚式用の写真が飾られる。
サイズも全紙(約45cm✖️55cm)というサイズで、なかなか見ないサイズ
立ち止まり、思わず見蕩れる若いカップル
「可愛いわね!」
「あぁ、こんなに可愛い子がいるんだ」
「う〜ん 女としては、その発言は許せないけど認めるわ。16歳?
でも、なんと言うかなこの新婦役の子。
決意を感じるわ。色気もある」
立ち止まって、写真を眺めるカップルに気付いて、通りかかった人達も店先を覗く。
「おや? どうしました?」
「ほう、これは又、可愛い新郎新婦だ」
「ねぇ、チョット覗いてみましょうよ」
「そうだな、未だ映画の時間まで間があるし参考になるな!」
「ごめんください!」
「結婚式の写真の事で、相談したいんですが・・・・・」
こうして、写真館で、他の衣装で撮った写真を見せてもらうカップルが増えた。
写真館を出る際には城山のホテルに、あの【Kai 】が提携している美容室があり、
結婚式までのエステプランが組み込まれている事を記したパンフレットを余分にもらって帰る。
中には、自宅に電話を入れて両親と結婚前の姉を連れて、すぐに予約に入らせる妹までいる。
【Kai】の予約なんて、すぐに埋まるに決まっている。
今まで、城山のホテルは敷居が高くって、地元の者は利用することが少なかったが、
今回、両角と手を組んだ披露宴の内容は、十分に価値があると若いカップルに瞬く間に広がった。
週ごとに、かけ替わる写真。
特に絹のベールに俯き加減の貴子の写真は、その写真をカメラに収める者も出て大騒ぎになった。
当然、地元の放送局が取材に訪れる。
が、写真館も城山のホテルも取材には応じなかった。
「ねぇ、西郷さん」
声をかけて来たクラスメイト。
「天文館通りの写真屋さんの【モデル】って貴女よね?」
流石に、こう騒ぎになるとバレてしまう。
「うん、格安で城山のホテルを使わせて貰うからバイトね」
「やっぱりよね〜
入学式の後に話を学年主任から聞いていたけど、本当だったんだ!」
「お陰で、みんなを招待できるよ」
「えぇ!それって披露宴に私達も!」
「そう、ダメかなぁ〜?」
「ダメじゃ無いけどさ〜」
「あぁ、ご祝儀はいらないよ。私達の故郷じゃ、【ご祝儀】なんて受け取らないんだ。
こちらから、『食事に来て!お祝いして』って招待するんだよ?」
たちまち大騒ぎになる。
中学生から、あがったばっかりの少女が結婚をする。
それだけでも驚きなのに、その披露宴に招待される。
「だから、もう一回言っておくよ。【ご祝儀】はいらない。
結婚式の後も、仲良くしてくれればそれで良いよ!」
いやも応もなかった。
『制服で来て』
と、注文をつける貴子。
「後さ、西郷さんの肌って元から綺麗だったし、白いけど何かやっている?
写真の髪型も綺麗だし?」
「城山のホテルの美容部門が変わったの。
両角さんが、手を貸してエステもやっているわ。
髪も、そこでやってくれている」
「・・・・・チョット待って!」
慌てて席のカバンから、貴子がモデルと気付いたパンフレットを持って来た。
姉が持って帰って来たのを、黙って持ち出して来ていた。
初めて見る貴子の写真。
亮太と撮ってもらった最初の物だ。
「うわ〜可愛い!」
「綺麗!」
「カメラマンの腕と修正の威力よ!」
「そんな事ないよ!」
「良いなぁ〜」
「やっぱり!【五十嵐香澄】に、その髪! やってもらったの?」
「そうだよ、昨日もやって写真撮って貰った。これ、」
鞄から封筒に入った数枚の写真を取り出す貴子。
そこには髪をサイドアップにした髪をまとめて、白いドレス姿の貴子が写っていた。
「なんって事を・・・・・」
崩れ落ちる級友
「「「「どうしたの?」」」」
「あんた達、東京青山の【Kai】って聞いた事無い?」
「あぁ、確か日本で一番予約が取れないヘア・・・・・サロ・・・・・」
「「「「「「えぇ!」」」」」
首を捻る貴子に対して、ひとり、又ひとりと膝をつく。
「あんた、翌日には、その貴重な髪を下ろして学校に来たの?」
「そうだよ? だってこの方が楽だもの!」
「あんたねぇ〜、彼女の予約を取る為に、お見合いや結婚式を調整する人もいるのよ!」
「それを、あっさり崩すなんて〜 姉が聞いたら失神するわ」
「へぇ〜お姉さんって、そんな凄い人になっていたんだ!」
「お姉さん?」
「うん!五十嵐香澄。私の婚約者【五十嵐亮太】さんのお姉さん」
何人かが、失神した。
同じ頃、亮太も岩屋学園で周りから問い詰められていた。
「マジなん! アレお前?」
「本当に、結婚するの?」
「出来ちゃった?」
「そんな訳ないだろう? もしそうだったら、お互いに学校辞めているよ」
「婚約してたのか?」
「あぁ、確か5歳の頃かな?」
「はぁ〜 そんなの『おままごと』の話じゃない?」
「いや、俺は、もうその時から決めていたんだ!貴子と一生を添い遂げるってな」
「それにしても、早すぎないか?」
「その頃、彼女身体が弱くって明日をも知れない状態だったんだ。だから、【名変え】が出来る歳になったら、一緒になろうって約束したんだ」
「名変え?」
「あぁ、結婚の事だよ。ほら、結婚したら苗字が変わるだろう?」
(アーバインじゃ、苗字が無かったから、名が変わったんだけどな)
「でも、可愛いよなぁ〜 同じ歳?」
「いや、二つ下。七月に16歳になる。だから結婚式は7月11日。
岩屋神社で式あげて、城山のホテルで披露宴だから、みんな来てよ」
「16歳! そりゃ、今なら16で結婚できるけど、披露宴に出て良いのか?」
「えぇ!良いの?」
「ただし、【ご祝儀】はいらない。その為にモデルのバイトやったんだから、制服で手ブラでバスに乗って」
「マジ! 俺行く!城山のホテルなんて一生に一度行けるかだぜ!」
「そうなの?」
「お前!アソコはバカ高いって有名だぞ!」
「まぁ、そうかも知れないね。でも、長谷山さんも他にホテル展開しているから少しは安くなっているよ。
両角さんも、姉貴も協力しているし」
「そういや、ヘアサロンに勤めている兄貴が、『城山のホテルの理容部門が変わった。転職したい』って言ってたな?」
「俺の髪は、そこでやってもらっているよ。
とは言ってもガキの頃から、俺らの髪切るの姉貴が担当だったからな」
「へぇ姉さんって、ヘアスタイリストなんだ!」
そこで数少ないが、リケジョのクラスメイト達が突っ込んできた!
「チョット待って!」
「五十嵐君って『京優学園』からの転入よね?」
「そうだよ、実は医進・特進コースの『西郷卓也』の妹が婚約者なんだ」
「へぇ〜そう」
「・・・・・と言う事は
あなたのその髪を、あのすぐに髪をわしゃわしゃにする『西郷卓也』の髪をセットしているのは【五十嵐香澄】
じゃ無いわよね!」
「いや、姉貴がやってくれているよ。香澄姉さん」
「はぁ〜五十嵐君! いや五十嵐様 私も、もう泊まりで城山のホテルに滞在するから、どこかで、お姉さんの時間を空けて貰えない? 私の髪をなんとかして〜」
確かに、彼女の髪はクセ毛で大変そうだった。
「まぁ、ひとりくらいならなんとかなるかな。
その前に、僕にやらせてみてよ。
見よう見まねなんだけど、姉貴の前準備で髪を捌くの、
僕がやっていたからさ道具が・・・・・はい、有った。
ここに座って、向こうを向いて」
カバンから、自分用の理容セットを取り出す。
もちろん出したのは【収納】から、この頃は【収納】の位置を左手首にしている。
「えっ!こう?」
「姉さんから分けて貰った、スプレーリンスで髪を柔らかくして・・・・・・大丈夫?痛くない?」
「ううん、いつもだったら絡んじゃって涙なんだけど、ちっとも絡まないわ」
「髪を柔らかくしようとリンスを残し過ぎだよ。
市販のリンスは香料なんかで、逆に髪がくっつくよ!
ちゃんと洗い流してね。
明日、シャンプーとリンス分けてあげるよ」
十数分後、お昼休みが終わる頃
クラスメイトの少女の髪は、クセ毛を活かした可愛らしい姿になって、彼女を引き立てていた。
「えぇ! 篠原!」
「「「「カスミちゃん!」」」」
皆が見違える!
「そ、そんなに変わった?」
ボサボサの髪に悩んでいた少女が、ここまで美しく髪型ひとつで変わる。
慌ててトイレに向かい、そこに映る姿を見てカスミと呼ばれた少女は目を疑った。
写真部の部室に急ぐ、そこにいてカメラを片付けようとしていた部員に、
午後の授業が始まるチャイムが鳴るまで写真を撮らせ続けた。
『フィルム代は払うし、【焼きそばパン】 一週間奢るから!』
商談成立。
写真部員もまさか、篠原カスミだと気付いていなかったが、こうも変わるのかと驚いていた。
放課後、篠原カスミと五十嵐亮太を他のクラスや学年から来た女子が取り囲む。
山の中で『ヘヤーサロン』なんてない環境。
髪を纏めたかったら、バスを使って1時間は行く羽目になる。
それが校内一クセ毛で有名だった『篠原』の髪を纏め切った黄金の右手がここにある。
後は押して知るべし、人数制限をして貰って髪を纏め続けた。
翌朝、学校であった事を話す亮太。
「そうね〜確かに萩月神社の周辺って何にも無いからね〜
有るのはお土産屋さんと、食事処?
地元の人向けなのは昔の万屋さんが、やり出したスーパーと床屋さん。
後は小児科内科の、お爺ちゃん先生の病院か〜
でも、そうだったね。
私、お布団の中ばっかりだったから寝返りで、髪が痛んで良く櫛が通らなかった。
それを亮太は、痛く無い様に一本一本解かして櫛を通してくれた」
「俺には姉貴みたいに、創芸師の素質なかったからな。
それくらいしか、貴子にしてやれなかったし・・・・・・」
「それでもね! ありがとうございます。
でも良いなぁ クラスメイトか〜
なってみたかったね!クラスメイト!
きっと、私亮太ばっかり見ていて先生から怒られてばっかりだっただろうな〜」
「それは、俺も同じだ。さぁ、ご飯にしようか!」
後、何回この【朝デート】出来るかな?
もう六月も終わる。
晴れると良いな。
結婚式。




