363 式神 アデレード覚醒
月が昇る。
亮太と貴子、そして美耶と雅弓がララを『水先案内人』にして、
港の灯りを受けながら岬の先端を目指す。
美玖と亜美が岬の先端で、ライトを点滅させて居場所を伝えて来た。
「まるで、密輸の取引みたいだな?」
亮太が船を操りながら【探査】で周辺を探る。
不審な船舶はいない。
【渦】の位置は、渦を囲む様に複数のブイが浮かべて有って、
ライトの点滅と反射テープで良くわかる。
クルザーには【遮蔽】をかけているから周囲からは見えない。
レーダーでも、発見できていないだろう。
『ここで良いわ。私をここから出して手にとって』
ララが言う通りに【青真珠】を、ケースから出して準備をする。
念の為にダイビング用のスーツに着替えている。
渦で水着を剥ぎ取られたら亮太が困る。
「行くわよ」美耶が声をかける。
『任せて! アディのところに連れて行ってあげるわ。ロミオを連れて行った時の様に!』
「あなたが、ロミオを連れて行ったのね?」
『後にして、時間が無いわ。飛び込んで!』
「行くわよ!雅弓!」
「はい!」
渦が連れて行った先には空気が無かった。
海水で覆われていて、天井に接する様に白い箱状の小舟が浮かんでいた。
『壁に海水を抜く仕組みが埋め込んであるわ。
それに、【力】を込めてみて!』
言われた通りに水中ライトで壁を照らしてみると、酒を充す杯の様な物があって中に白い真珠が数個入っていた。
そこに、【奉石】を落としてみる。
白く輝くだす『白真珠』と『杯』
海水が引いていき、杯の後ろに空いた穴から空気が送り込まれてくる。
『換気の為に、しばらくはマスクは外さない方が良いわ』
美耶が念話で雅弓に指示を出す。
浮かんでいた小舟が、海水が引くに従って洞窟の台座に降りて来た。
中に誰かが、横たわっている姿が見える。
『アディ・・・・・私を、あの子の胸に置いて・・・・・』
雅弓が、周辺を調べている美耶に代わって小舟の蓋を開けた。
青い魚の下半身。
上半身は裸だ。
金のウエーブがかかった長い髪。
(絵本じゃ、貝のブラの水着着けていたのに・・・・・)
【女性用のマーメイドのTシャツ】を持って来ておいて良かった。
黒だから透けなくて済む。
『目を覚まして! アディ!』
裸の胸に置かれたララが、【念話】で呼びかける。
胸が上下を始めた。
「ララ! 【奉石】を出しておこうか?」
『お願い!眠りが深いわ! でも、覚醒に向かっている』
ララから指示された通りに、腰の部分と耳元に【奉石】を置いた。
【式】が美耶の肩に現れた。
紫色髪をした子狐
スミレの子供の頃によく似ている。
「美耶さん。どうですか?」
「貴子? 【アディ】に逢えたわ。ただ、なかなか起きてくれないわ」
「美耶さん。
【転移陣】を使って、そっちに行きたいのですが?」
「どうしたの?」
「海の中で、子供の鳴き声を聞いたと言いましたよね?
今その声が、亮太さんにも聴こえているんです。
『アディのところに行って!』と言っているんです」
「亮太さんには船に残ってもらうのですが、もう渦が弱いので、
そこには辿り着けないから脱出用の陣を使って、そちらに行きたいのです」
「(何か貴子と関係があるのかしら?)・・・・・そうね。手伝って。
空気の入れ替えをしているから、マスクを装着して来てね。
海水は抜けたから普段着で大丈夫よ。
亮太に【奉石】を預けておいたから、それを受け取って」
「亮太!」
「はい!」
「貴子の事は、守るから心配しないで、脩と美玖と亜美に【式】を飛ばして!」
「解りました。周辺には異常有りません。
貴子の事。お願いします」
「じゃあ、行ってくるね! 亮太くん」
貴子が亮太の頬に、キスをして【陣】を起動した。
その間も、海からは子供の声が聞こえる。
『アディを、助けてあげて!』
「大丈夫よ。私がここに来たのも【アディ】が呼んだのでしょうね」
「・・・・・ 貴子」
「大丈夫よ。亮太くん!行ってきます」
「貴子さん!」
簡易型の転送陣が輝き、貴子が現れた。
雅弓が出迎えて、手を取って歩くのを支える。
「海の底だったせいか、床が滑るんですよ」
「ありがとう。流石、忍びの娘ね」
「えへへ、足腰とバランス感覚は良いですからね。
こちらが、【アディ】です」
「【青真珠】の光が、少し弱くなっている」
「ララ、後は任せてララも本来の姿に戻りなさい」
『でも・・・・・』
「大丈夫よ。【奉石】は預かってきているから、貴方の姉妹、兄弟からも、お願いされて来たのよ。私に任せて!」
『・・・・・お願いします。やはり、貴女には聴こえたのですね?』
「私だけじゃ無いわ。船の上でも亮太さんにも聴こえたわ」
[赤い鳥の式】が現れた、亜美の式だ。
この頃、この式の形を取ることが増えた。
「貴子! 大丈夫? 亮太から洞窟に転移したって聞いたわ」
「えぇ、今からアディの【覚醒】を手伝うわ」
「そう、それなら良かった。
海の上に無数の光が、渦と岬の周辺に集まって来ているの!」
「ララ!」
「亮太さんが持っている【奉石】に引き寄せられているんです。
私と同じ様に、力を失って小さな泡になって浮かんでいるだけですから・・・・・」
「【法力】を与えて良いの?」
「えぇ、お願いします!
多くの者の姿は変わりませんが、身体を守ることができる様になりますから、
後何年かかるか解りませんが海の中で成長することができます。
時々、渦に【奉石】を入れてくれませんか?」
「良いわ。
私は、あなたを信じる! 亮太さん!」
「あぁ、解った!今から手元に有る【奉石】を投げ入れてみる。
頭ぶつけんなよ!」
ひとつ、またひとつと放り込む。
「又、そうやって周囲に気を遣わないんだから!」
脩が【転移】でクルザーに乗り込んできた。
両手をあげて岬の先端まで【遮蔽】で上空からの監視の目を遮った。
「イタリアにも空軍があるんだ!
レーダーには映らなくっても、上空から民間航空機からこの光が見えたら確認に来るぞ!」
「あ〜悪い!つい、やっちまった」
「本当に、貴子の頼みなら考えなしでやってしまうんだからな。亮太は!」
年齢はひとつ下だが、リーダーとしての自覚が育っている。
しばらく様子を見ていると渦の周囲の光が大きくなって、次々に海に沈んで行く。
貴子がララに聞いてみると、
『これで、海の底で人目につくことなく成長を続けれる。
そのうちに何年か過ぎたら方々の海に散っていき、そこで起きた事を伝えて来てくれる。
人の悪事も、海への冒涜も・・・・・
手伝ってくれる?
アディの仲間を探すから!』
「あなたも、アディと一緒なのね?」
『成長すれば、アディと同じ人魚になるわ。
でも、もう少し時間がかかる。
その間、匿ってくれる? 暖かい海が希望だけど?』
「解ったわ。でも先にアディを起こしましょう」
貴子は、脩と亮太に『コチラには来るな!』と念押しした。
目が覚めるまで、半裸の方が身体の異常を見つけやすい。
雅弓がララを掌に乗せて、美耶が正面からアディの様子を見る。
眠っている。
だが、その眠りは深く、美耶の【心理探査】でも届かない。
「ライラ母さんでも難しいわね。
何度も、何度も自分で術をかけ直している。
頼むわ。貴子」
貴子が、アディの手を握り締めてアディの心に呼びかける。
「アディ。私は貴子。ううん、幸子でもあるわ。
もしかして、貴女は私を知っている?
ロミオも待っているわ。大きくなって悪い事もした。
でも、この街の市長を目指して勉強を始めるそうよ。
そばで見てあげて。
それに、海の子供達は貴女の身体に染み渡っている【法力】を受け取って眠りについたわ。
もう、『お腹が空いた』って泣く声がしなくなった。
良かった・・・・・お腹が空くのは辛いからね・・・・・」
「うん? 反応が有る」
美耶が気付く。
「・・・・・空腹を抑える為に、【自己暗示】を何度もかけたのじゃ無いの?」
貴子が気付く。
「貴子さん!指先と服を、彼女の鼻先に近づけて!
【アヒージョの移り香】を嗅がせてみて!」
雅弓が、貴子に声をかける。
『嗅覚』は、寝ていても自分の身を守る為に働いている筈。
それに彼女は【転移陣】を使って、ここに直接転移して来ている。
食事の際のワンピのままだ!
「・・・・・うぅん、ロミオ、今日は【アヒージョ】なの? ララも喜ぶわ!」
「アディ!」
雅弓の掌に、小さな人魚が座っていた。
雅弓が親指を立ててやると、それにしがみついて身体を起こす。
「ララ。おはよう。今日はアヒージョみたいよ・・・・・
アレ? 貴方達は誰?
私の手を握っているのは【幸子】みたいだけど、そんなはずは無いわ。
人はそんなに長く生きていられない。
それに『あの人』は私に別れを告げに来た」
「人魚の眠り姫を起こしたのは、ニンニクとオリーブオイルの香りか・・・・・この国らしいわね」
美耶が、アディから離れてため息をつく。
「アディ!この人達が私達を助けてくれたの! 別の世界から来た友人よ!」
「ごめん!ララ、後で聞くわ。悪いけどお腹が空いて堪らないの。貴女が作ったの?そのアヒージョ?」
「私の夫が作ったわ。ララに聞いていたから追加で作って有るけど、ここで食べる? それとも、海の上の船で食べる? その前に、コレを着てくれない? なかなか、刺激的よ?」
貴子がアディに、眉から受け取ったTシャツを差し出した。
「あら? マーメイド? 【カミラ】に似ているわね?
気に入ったわ。カミラが見たら大喜びよ」
「彼女は?」
「・・・・・食事をしながら話しましょう。長い話よ。
外の景色を見たいから船に招待してくれると嬉しいわ」
「では、行きましょう。折角の新しい衣装が濡れたら台無しよ。
でも、陸上は歩けるの? 抱いていく事もできるけど?」
「ちょっと待ってね。【変化】で人の足になれるけど、久しぶりで上手くできるかしら・・・・・」
「ちょっと待って! 下半身も裸になっちゃう?」
「当たり前でしょ!」
「そこは、【式神】とは違うんだ!」
「式神? まぁ、後で聞くわ。お腹空き過ぎて倒れそう!」
「仕方ないわね。医療用ガウンを置いておくわ。スリッパも有るわ」
「そんな物まで!」
雅弓が驚いた。
彼女も【収納】を使えるが、自分の衣服と恋歌の分しか入れていない。
「仕事の都合よ。私の収納には『苦無』や『煙幕弾』は入っていないわ」
「それも、そうですね」
「どう?変化は上手くいけそう? と言うか貴女も【日本語】話せるの?」
「【立浪幸子】がサトリの力で教えてくれたわ。もう、随分前だけど。
私を起こしてくれた時に、心に響いていた声で思い出したわ」
「帰ったら、晶さんとお母さんに聞いてみます?」
雅弓が、ソックリな母と娘を思い出す。
「その前に【室 兼親さん】に聞いてみましょう。その方が詳しそうな気がする」
美耶が、人の脚に変わっていくアディの様子を見つめながら答えを返す。
「立浪幸子。やっと何か解るかもしれないわ。スミレちゃんは知っていたのかしら?」




