339 秘密 ヒースロー
月日は進む。
JAXAから報告があるとブレインに就いて貰った【梓】が、JAXAを辞めて梓の秘書に転職した青木を伴って萩月常義を訪ねて来ている。
未だJAXAでやり残した事もあり東京で住み、二足の草鞋状態だが、いずれはJAXAの顧問も辞める。
萩の案内で館林の屋敷に移り、アトリエで話を聞くために【転移】した。
急ぐ事では無いとの事で、長谷山ら萩月一門の到着を待つ迄温泉に入る。
少々ぬるめで、長湯をしてしまうが良いお湯だ。
退職前から、梓には多くのメーカーの顧問や研究所の所長への就任の打診が来ているが、断り続けていて先方が勝手に条件を釣り上げて来ている。
萩月の[ブレイン]として残りの生涯を過ごすつもりだから断っているだけなのだが、先方が条件を吊り上げてでも彼を欲するのは?
その理由を聞かれると
梓は『謝罪会見のうまさかな?』
と笑ってごまかした。
実は、梓が豊かな経験と応用力で数々の特許を持っており、誰もが何としてでも欲しい人材であった。
だが、
『もう肩書付きの生活はゴメンだ』
これからは陰陽師の術を、調べてみようと思う。
【陣】という紋様に【真力】という、何のエネルギーなのか分からないが身体で回して術を産み出す。
本人達にも、何故できるかわからない。
だが、事象・結果がある限り、そのプロセスは存在する。
これ程、自分の好奇心を掻き立てるものはない。
彼らがもたらす新たな知識は、梓が知らない世界だっただけに更に意欲を掻き立てる。
もう、娘達に帰宅は譲る手筈をして萩月のマンションに一部屋分けて貰っている。
ここなら、『京優学園』に隣接している。
帰りには『京優学園』に寄って、『おたけ婆さん』に会ってみようと楽しみにしている。
自宅の猫は、白魔石を中に入れた専用のクッションのおかげで具合も良く、
きっと『おたけ婆さん』の仲間になってくれるだろう。
夕食時には皆集まり、温泉施設の座敷で宴を囲む。
食事を終えて、膳を引いてもらい主題の『艦隊』の話をする。
常義が梓に問いかける。
「それでどうなんだ? 地球に向かっている艦隊の動きは?」
「それが、彼等、本当に光速を超えています」
「それを実証する何かが得られた?」
「えぇ、光速を超えている間は、その姿を映像としてとらえることはできません。
ですから、今捉えている映像は彼らの過去の映像です。こちらになります」
梓が出したのは、初めて青木がオーストラリアで捉えた映像。
南十字星のα星の光の中にいた。
「それが、現在ではこうなっています」
今、南極からのデータではα星を背景にして前面に、艦隊が広がっている。
「これは、こちらに向かって進んできているのだな?」
「【天測】を利用した『目眩し』のおかげで、南十字星のアルファの前面に出た彼等の姿は、光学的に地球から観測できていません。
ですが、その位置とコロニー艦の大きさの変化量から、光速を超えていると思われます。
そして、映像を修正したのが、この写真です」
艦隊の配置が変わっているが、α星の光の中にも、α星の前面にも艦隊の映像が見てとれる。
「同じ艦隊の過去の映像が、先に進んだ艦隊の影響で消えていたのが現れているのです。
これから、この現象が増えていけば、どんどんコチラに進行して来ている証になります。
大体、光の速度以下で進行して来るのが三ヶ月、その後しばらくして再度映像が重なるのが一月後です。
その間に5光年ほど前面に来ています。
青木が観測から導き出して、彼らがこの太陽系の外周にあたる冥王星、海王星の引力圏へ到達する予測をしたのですが、当初の予想よりも早いのです。
当初は50年以上100年未満と予測したのですが、30年未満で太陽系の冥王星、海王星に到達します。
青木も私達も、フィン君の計算でも、そう予測を修正しました。
そこからは、流石に光速を超えた航行はできませんから・・・・・・」
「アーバインへの、到着とそう変わりがないか?」
「えぇ、ただ彼らの艦隊はアーバインへ接近してきている連中とは違い、無茶はできないでしょうから先になることはありません」
「30年。そうなると、人類への警告の準備にかかる事になるな?」」
「そうなります」長谷山が答える。
「・・・・・・友嗣達を出すか?」
「他に適任者がいません」羽田も同意する。
「本当は、この地球の事に、引き摺り込むはずではなかったのだが・・・・・・仕方あるまい」
「私共が至らず、申し訳ありません」長谷山が頭を下げる。
「なんの、あやつが【王の資質】を持っておるだけだ、今は彼に日本の王の【代行】をしてもらおう。
彼を支える四人の妻の働きもあっての事だ、特に沙羅には女帝としての品格すらある。
朱雀を、その立場に押し上げる事も考えてアーバインで『王の教育』をする。
信長殿の時代ならまだ良かったものを、今の日本では、まだ彼には複雑すぎる。
早速だが、英国に向かおう」
こうして、萩月常義は友嗣と梓、青木、長谷山、羽田、両角
そして、合わせたい人がいると言って、巴様の同行をお願いした。
専用機で英国へ向かう。
使う機材は【ガルフストリーム】
海外の財閥が、購入契約をしていたのだが、納品寸前でキャンセルを言ってきた。
この情報を両角が入手して、九鬼修造に購入させる。
勿論、違約金を引かせて更に交渉を詰めた。
両角寿美の得意分野に九鬼修造が横にいる。
相手にとっては脅威だろう。
だが、ちゃんと飴玉は与えておく。
もう一機の、調達計画を告げておく。
日本に運び鹿児島空港を使って内装と、ペインティングも九鬼が受け持った。
修造がマークを決めとうとしたが、瀬戸内のヨット教室の人魚に決まる。
操縦を担当するのは、羽田と九鬼の一門の者だ。
機体も、九鬼が海運会社の所有にしている。
更に対外的な運用も考えると機材とパイロットがいる。
特に海外の関連企業を監督する『九鬼友恵』が使う機体が欲しい。
キャパシティは要らない。
軽快な動きをする物が欲しい。
しかも、友恵は『自分で操縦したい』と、アメリカで航空学校に進む事も考え出している。
だが当面は専属パイロットを付ける。
朝霧 宙が適任だろう。
もう、退官に向けて手続きを進めている。
御室美咲も、機種訓練に向けて米国にいる。
友恵も、両角の会社で資材調達部の青年と交際をしだして修造が泣いた。
九鬼と室には、やってもらう事が有る。
立浪 晶にも手伝って貰っている。
それだけではない、沙羅や脩達にもやってもらう計画がある。
その為に、いくつか仕込みが必要だ。
芽を摘んでおく事も有る。
コレからは総力戦。
相手は【世界】だ。
英国に着くと一行を載せたまま専用機は、直接格納庫に向かった。
日本から移動して来た機体は目につきやすい。
今までも、この格納庫に直ぐに入れて入国手続きをした上で、
王室から差し向けた車で宮殿に入っていた。
実際常義が、放った【式】によって海外のエージェントらしき人員が、
望遠レンズで狙っているのは見てとれた。
これを妨害する気はない。
情報の飴玉は、少しは与えてやらないと余計に探られる。
各国の諜報機関が動いている、
仕方無いだろう。
監視衛星の目に映らない謎の飛行物体が到着したのだ。
航空レーダーとトランスポンダは流石に作動しているが、
その姿を追う衛星の映像ではボヤけて見える。
中心部にいる訳でもなく、実際の位置が確定できない。
手に入れたい。
監視衛星の目を避けて、その存在を隠せる技術。
再三、工作員や現地協力者を使って周囲を探らせても入手できない情報の数々。
『タネも仕掛けも無い』なんて事は、この世には有り得ない。
それが何なのか、見出す必要がある。
彼ら、【陰陽師 萩月一門】
彼らが動いたのは解っている。
そして、ここ英国に来た場合の行き先は『バッキンガム』
そう、英国国王の宮殿だ。
格納庫からの出口は三箇所。
いずれも監視している。
以前は、到着後すぐに係官達がやって来て、
格納庫から数台の車で周辺を固められて宮殿へ向かっていた。
しかし、今回は係官がやって来ない。
訝しんでいると、本局から無線が入る。
『監視衛星から、格納庫全体が見えなくなった。
まだ高温であるはずのジェットエンジンの赤外線すら、映し出されていない』
傍らの相棒に確認すると『物音』も拾えていない。
コックピットには、パイロットにCAも残っているはず、いやそもそも誰も出て来ていない。
それどころかテープを聞き直させてみても、格納庫に入った時点で物音が消えている。
まるで、そこが違う空間になった様だ。
慌てて、もっと近くでこの目でみようと飛び出したら、
同じ様に、何人もの顔馴染みになってしまった他国のエージェントと鉢合わせた。
もう互いに、探り合っている場合じゃない。
「物音がしなくなった!」
「あぁ、赤外線カメラにも反応しない。
ジェットエンジンの熱くらいは拾うだろう!」
「誰か出入りしたか?」
「いや確認できていない。どのドアも締まったままだ」
「地下道でも有るのか?」
「いや、そんな情報は来ていない。
前に忍び込んだエージェントも、そんなものは無いと言っている。
この格納庫には何時も眼を付けている。
工事なんて、見逃すわけないぞ!」
「じゃあ、奴等は格納庫の中にいて息を顰めているのか?
物音を立てないなんて、できっこないんだ。
周囲を、水の壁で覆うでもしているのか?」
呆れた事に日本『内調』のエージェントもいる。
「何か知っていないのか?」
「知っていたら、こんな間抜け面下げて立ち話しなんてしていないさ。
彼等の事は、日本国政府も掴んでいないんだ。
実際、パスポートを無効にしようとも考えている。
だが、日本にはスパイを取り締まる事はできないからな。
どっちにしろ、証拠がない」
「あの格納庫は、英国であっても治外法権になる。
彼等が、あそこから出て入国しない限り英国政府にも手が出させない。
そう言えばジョンブルは?」
「いるよ!」
「お前達も、何も伝えられていないのか?」
「あぁ、我が女王陛下の考えだろうが、わからない事が多すぎる」
「仕方無い」
「動きがあるまで動けないのはお互い様だ。お互い妨害は、しないでおこう」
仕掛けた盗聴器やカメラの類は、全て取り外されていた。
しかも、発信機はコチラの事務所のポストに放り込まれている。
取り付けた工作員が、『二度とゴメンだ。アソコには入りたくない』と拒絶する。
『仕掛けを取り付けている時に、その指先を見られている気がして気味が悪い』
こうして、午前10時から茶を飲みながら情報を交わす。
掴んでいる情報を擦り合わせたが、どこも一緒だ。
ターゲットの写真は、ほぼ揃っている。
生年月日も身長体重もだ。
血液型も、長年かかって幾つかのサンプルが手に入った。
ところが、あの女帝[岩屋沙羅]がプロフィールを公開した。
何の為に苦労をしたのだ。
しかも、集めた資料にフェイクを仕込まれていた。
更に、萩月から一門の情報が出る。
萩月が、会社組織を立ち上げた。
その規模に驚いた。
元々、萩月は教育や出版、不動産まで手がけていたが、九鬼、羽田、両角、室、長谷山、全ての事業が統合された。
ちょっとしたグループ企業に変貌した。
日本国内だけではなく、国外にも展開している部門がある。
しかも、顧客がとんでもない。
今、国を挙げて調査中だ。
組織の各部門の代表の情報が記されている。
おまけに、その会社の設立と慰労を兼ねて、全国から社員とその家族を招いて旅行をやりやがった。
新たに立てた石垣島のホテルと、
昨年、改装を終えたクルーズ船を宿泊場所として提供した。
嘉手納基地から出した偵察機には、明らかにコチラを意識して手を振って見せていた。
夜間で航空灯も消しているのに、小さな子供の中には指鉄砲で狙っている子供もいた。
ご丁寧に、各国の諜報機関に資料を送りつけてきた。
知られているはずも無い日本国内の『萩月担当』のアジトにも届いた。
巻末に、『手を出したら、それ相応の報復行動がされる』とでもとれる文章が記されている。
実際に、大陸から来た諜報部員は彼等を拉致しようとしたが、ほとんど使い物にならなくなっていた。
最悪なのが、周期的に身体から異臭がする【術】をかけられた奴。
大陸には同じ様な【術】を使う連中がいるらしく、
これは【術】だと見抜いたが、止める手立ては解らないと言った。
実際には、一年ほどで消えている筈だが、
どうしても彼等の姿を見ると、あの臭いを思い出して避けてしまう。
彼等は地方の港湾都市で、荷揚げの監督官としてクレーンの中で一人仕事を続けているそうだ。
琵琶湖や深泥池で泳いだ奴もいる。
中には一糸纏わぬ姿で、水草に絡まれて危うく一命を落とすところだった女の工作員もいる。
今では米国では、萩月絡みの任務に充てられたら、先に観光旅行を済ませて任務に就く。
次に記憶が戻るのは、ラングレーの自分のディスク。
この前は、鹿の被り物をして帰って来た奴らもいた。
日本の修学旅行に混ざって堪能したらしい。
新しい日本観光として、グループで日本の修学旅行を模したツアーすら出て来た。
しかも、制服のコスプレ付き。
これに、職員の妻達が参加する。
中々、楽しかったと妻達がはしゃいでいた。
妻達は楽しかった様だが、夫としては笑えなかった。
奴らが乗って来た機体が、格納機に消えて2時間は経つ。
出入りがあったのは空港職員。
コイツは、同業者だと解っている。
出て来たが、両手を肩の上に広げて見せた。
『収穫無し・・・・・』
後は帰りの食材を入れたコンテナ。
とても人が入るサイズではない。
それに、モーター音が小さくなって出て来ている。
運び入れて重量が軽くなった証だ。
更に、4時間が経過した。
交代でトイレに立つと、大陸の同業者と一緒になった。
手を洗いながら目が合うと肩をすくめて見せた。
彼らからも、人の出入りは見れないという訳か・・・・・・
他のやつも、日本人と一緒になったが同じ反応だった。
あぁ、今日も空振りに終わりそうだ。
動きがあったのは夜22時を回った頃、機体が出てきた。
望遠で見るとわざとだろう、萩月常義の姿が見える。
そして、その娘婿の岩屋友嗣、長谷山も両角もいる。
両角寿美に至っては、こちらに手を振って来やがった!
畜生、もう一度、あの格納庫に地下道があるか調べる必要がある。
それに、監視衛星で赤外線カメラの映像が、
あの航空機が入った途端に熱源を探知できなくなる秘密も調べないと・・・・・・
又、空港清掃の職員を探さないとな。
どうせ、又売り込みに来るだろう。
何の収穫もなしに終わるのに・・・・・・
格納庫に入りエンジンが停止して扉が閉まった瞬間。
機体に取り付けられた魔道具が起動した。
これで、この格納庫から外に情報は得られない。
音も熱も【遮蔽】で外に出さない様にした。
【室】の護衛とパイロット達を機内に残してタラップを降りる。
英国側の使者が出迎えた。
挨拶は後だ。
常義と友嗣が【転移陣】を開く、宮殿内のホールに全員で転移する。
『ようこそいらっしゃいました』
黒いガウンを着た男が出迎えたが、彼は言葉を発しなかった。
常義達も黙ったままだ。
まだ、見られ、聴かれる可能性がある。
エスコートを受け、部屋に入る。
不躾な事はしまいと、友嗣は探りを入れないでおいたが、巴様が相手の正体を見抜いた。
『英国には、まだ存在が残っていたようじゃな?【萩月 巴】じゃ』
『そちらこそ、まさか【妖狐】に逢えるとは。
そちらの国では、こう呼ばれている。【妖精】』
『御伽噺の妖精とは、随分と姿が違うようじゃが?』
『女性が描かれることが多いからな。それに巴様と同じで姿を変えられる。
だが、今日はこの姿でいよう』
『まだ、【マナ】が見つからない?』
常義が、気になっていることを訪ねた。
『あぁ、陰陽師の復活に触発されたのか、一時期活発になったのだが、又、細い流れになった』
『手伝おうか?』
『そう言えば、そこの異界からの友人が『宝探し』の名人らしいな?
デュラン・ファルセットじゃ。デュランで良い』
『岩屋友嗣です』
『真の名は?』
『・・・・・・イバ・ファルバンです』
『ファルバン? 聞き覚えがあるな。後ほど結果は送ろう。
さて、来たようじゃ。ここに控えてくれ。
王女 エリファーナの登場だ』
検査待ちの間に、校正が進みました。
棚ぼたです。
新局面に入ります。




