327 崩壊 8
術師の夫はフルク、妻はアニマ、娘はアニと名乗った。
術師だ。
恐らく本名は違うのだろう。
トルアは追われている身だったが、堂々と本名を名乗る。
「まぁ、俺は死んだ事になっているがな」
そう、トルアは死人で有った。
【銀の鳥】に【領主の街】が襲われる数日前から、彼は密かに峠を越えて港の街に入る手前の村で一軒の農家に滞在していた。
ここには、彼の妾である事を隠した女が両親と住んでいて産まれたばかりの娘がいた。
その【名付け】にやって来たのだ。
トルアには、訳あって妻にした女がいる。
今も【領主の街】の自分の屋敷に、領主の次男が訪ねて来ているだろう。
子供も居るが、そいつの子だ。
領主の息子が遊ぶ為の相手。
本妻との【名変え】が未だなのだが、先に妾を作ってトルアの妻という事にしてある。
その代わり、トルアはこうして隠れて外で本当の愛妻に逢える。
そして産まれたばかりの愛する娘。
【リリア】
妻の両親は、アレの街で借金をこさえて逃げて来ていた。
丘の村に金を渡して羊の世話をしてもらい、領主の街まで連れて来て肉屋に売る。
今までシーグスの肉屋と取引をしていたが、領主の紹介で『新しい品種の羊を扱って見ないか?』と声をかけられた。
なんでも、肉質が良く高値で売れると言われて、試食をしてみたが確かに美味い。
試食をさせている肉屋の店頭でも、たまにしか出ないからと言って金持ちが買い占めていく。
前金を渡す為に借金をして証文を渡し、羊を預かったという証文も貰った。
帰りに肉を分けて貰って、皆で食べてみても確かに美味かった。
こうして、金利を払い約束の日に【領主の街】に行くが、
いつまで経っても、羊を連れた牧童が丘から降りて来なかった。
やがて、街外れで牧童の姿を待つ夫婦に役人が告げる、
『その羊を、山賊に奪われてしまった。牧童も殺されて今、羊と山賊を追いかけている』
誰もが知っている。
山賊なんかじゃない。
領主の私兵だという事を。
だが、この夫婦は知らなかった。
金と店の権利と娘を、狙って仕掛けて来た汚い儲け話。
父親が、まんまと騙された。
父親はトルアの母の知り合いで、良く子供の頃に遊んだそうだ。
最後に故郷を見たいと、港町ジューアに逃げて来たのを、母親に言われて匿っているうちに恋仲になった。
本当は母の元で暮らさせたかったが、母の実家も術師の一派閥。
ここの領主の一族で有る【ファルバンの先代】の囲われ者。
目をつけられている。
そこで、トルアが取った領主の次男との取引き。
自分の妻として次男の妾の生活を保障し、自分は領主の父親が付け狙っていた女を囲う。
領主で有る長男には無論秘密だ。
トルアが金で、偽装結婚を請け負ったと思っている。
それに元領主は頭が痛い問題がある。
長男が、嫁に手を付けない。
毎夜、数人の男娼の元を渡り歩く、屋敷に引き摺り込む。
今更、長男の嫁を次男と婚姻させる事はできない。
最悪、次男の愛妾が産んだ男の子を、長男の子として発表する事を考えていた。
幸い長男の妻は、外に出る事は無くなった。
次男に本妻を入れて男子が産まれれば、どこかの時点で長男は廃嫡させる。
そんな事を考える毎日だった。
そして、トルアは深夜に街道を港に向かう馬車を見る。
術師のトルアは、馬車に中に誰が居るかが直ぐに解った。
【シャンタ】
領主の妻。
なぜ、こんな夜更けに馬車を走らせる?
馬車は港に向かう。
トルアは、人を出して馬車を追わせた。
翌朝、トルアは知る。
領主の街が、炎に包まれて焼けている事を。
シャンタがウルマ行きの船に、執事とメイドそして数多くの術師と乗り込んだ事。
トルアにとって、領主の街で生死がわからない妻と子が、どうであろうと知ったことではなかった。
逆に、これでこの村で【収納】に入れてある魔道具と金銀を使えば、
妻妻の両親に子供と生きていけるだろう。
そう思った。
だが、事態は予想外の展開を見せる。
数年後、ウルマの街をカラザ・ファルバンの名を名乗る男が支配した。
元々、寒い土地で人々は気にもしなかった。
領主が、力ずくで変わる事などよくある話。
ウルマは寒さに強い麦と、海岸に自生するムクの実とその葉で作った茶位しか、
人々の気を惹きつけるものが無かったし、それどころでは無かった。
船が【銀の鳥】に焼かれて、ウルマに渡ることができない。
渡る為には浅くなっていて潮が早い瀨を、小舟で渡るしかない。
ファルバンの名を騙る者が多く居て、ファルバン家が討伐の為に秘密部隊を出しているのは知っていた。
カラザ・ファルバンも討伐対象になるが、それが実はトルアではないかと噂されていた。
『トルアの姿を、街が焼け落ちる数日前から見ていない』
と行商人が話したのに尾鰭がついた。
更に、領主の街を滅ぼしたのもトルアの一味では無いかと噂が広がる。
術師の流れを汲む母の元にも、真偽の確認の為に役人が訪れる。
当然、この農家にも人が来る。
手配書に似た男が、領主の街が焼けた日の辺りから一緒に住んでいる。
妙に金回りが良く収穫時期の前なのに、売り掛けもせずに現金で家具や馬に馬車まで買った。
そう密告されて巡回使がドアを叩く。
部屋の中には真新しい家具、農家の女には見えない幼い娘を抱いた若い女。
農夫には見えないその両親。
怪しむ巡回使。
トルアが応対に出て、アレの街で商売を領主の街との間でやっていたが、
領主の街が焼けてしまって、仕方無くここで暮らしていると説明した。
名を聞かれたが偽名を使って、その日は帰って貰った。。
だが、この村は危険だ。
この家に、金がある事を知っている。
今夜にでも襲って来かねない。
野党共も、こんな田舎の一軒家が狙いやすいに決まっている。
トルアは、家を捨てる事にした。
収納に入れれるだけ詰め込んで夜になって港に向かう。
長が知り合いだった聖地を目指そうと思ったが野党が多く、辿り着けないと判断して港に向かった。
面識があるシャンタを頼って、ウルマに渡ろう。
船が無い以上、大規模な軍は追ってこない。
大回りになるが、途中で船を探して陸伝いに行けば見つからない。
だが、この考えは失敗する。
妻の両親が、借金を踏み倒したと手配書が残っていた。
しかも、未だ金を持っていて農家を買い取った。
そんな噂が乗っかって懸賞金が出る。
後を追い出す賞金稼ぎ。
食い詰めた兵隊あがりや、夜盗までが情報を元に彼らの跡を追う。
【魔石】が入手できていないのが痛かった。
術師がいると解って崖の上から大岩を落とし、皆殺しを図る賞金稼ぎ。
死んでも貰うものはもらえるし、後腐れがない。
死人には口が無いから、持ち物を奪っても誰も被害を訴えない。
トルアを残して、皆、大岩で潰された。
【魔素】が有れば【盾】で大岩を弾き、【身体強化】で返り討ちにできた。
四人か・・・・・
「どこの野良術士だか知らないが、よくここまで逃げて来れたな。
【収納持ち】の様だが、【魔石】無しじゃ【収納】も開けられない様だな。
仕方無い【白魔石】を貸してやるから、【収納】の中の物全部出しちまいな。
しかし、鍛え方が足らないんだよ。
まぁ、俺らファルバンの術師に敵うわけもないがな」
「ファルバンだと!」
「あぁ、元は裏切り者探しで、彼方此方に行かされたもんだ〜
だけど、いつまで経っても旨味はない。
綺麗事言いながら命をかける、そんな生活に飽き飽きしたんだ」
「今は、誰を追っている?」
「誰だって良いだろう?」
「まぁ、まぁ、どうせ長くは無い。
娘と女房の遺体の横に寝かせてやるから、さっさと【収納】からお宝出してしまえ。
下手な真似したら、この母娘の首落として港町に晒してやろうか?」
「やめろ!」
「解ったら、それ【白魔石】だ」
トルアは男から【白魔石】を受け取るなり、逆の手で男の頭に触れた。
「おまッ!」
トルアの前にいた男が、剣を下ろして膝をつく。
「さぁ、アイツらに切りかかれ!力の限り剣を突き刺せ!」
トルアに近づいていた男は、クルリと身を翻すと、
後ろに立っていた三人に切り掛かった。
【魔素】を無くした野良術師に【白魔石】程度の魔素を渡しても、
剥き身の剣を構えたファルバンの術師に勝てる訳もないとたかを括っていた。
だがトルアは、相手の頭にさえ触れさえすれば僅かな【魔素】で相手を【人形】にできた。
左右の男は腹と脚を切られ、その場に倒れこんだ。
真ん中に立っていた、女の首に男の剣が刺さる。
「なッ!何をした!」
自分達を切った仲間だった男が、トルアが差し出した手に頭をつけて跪いている。
まるで、命令を待つ犬の様に。
「しがない野良術師がやる事だ。コイツは俺の【人形】になっている。
さて、今、追っているのは誰だ?」
「カラザ! カラザ・ファルバン!ウルマに居る」
「カラザ? そんな奴はいない。ウルマの前はどこにいた?」
「領主の妻【シャンタ】の執事に化けていた」
「確かに、アイツも術師だったが・・・・・馬鹿な奴らだ。
シャンタの芝居に、気づいていない様だな」
「し、芝居! 」
「あぁ、芝居さ。さて、誰に殺されたい?
ハラワタが出ていても剣を振るえるぞ、足が一本なくとも這って首を絞めれるぞ。
コイツは五体満足だ。誰が誰を殺す?」
「か、金がここに有る。女も持っている。金貨なら百枚は有る〜」
「今の世に金は、役に立たないじゃないか?
欲しいものは奪えば良い。残りの二人に命令だ!
互いに剣を使わずに殺し合え!」
五体満足な男に穴を掘らせ、両親と妻の墓を掘らせた。
妻の胸に、我が子を抱かせて土をかける。
後ろでは、三つの死体が並んでいた。
従順な人形は、膝をついて命令を待つ。
夜が来る、ファルバンの証と魔石を取り上げて、必要な物を【収納】に納めた。
命令を伝える。
「そのままでいろ!」
数日後、沖を行く漁師が壊れた馬車と三つの墓のそばに、女が一人、そして男が三人死んでいるのを見る。
女は首を剣で刺されて死に、男二人は首を絞めあって死んでいた。
最後の男は、膝をつき首を垂れたまま息絶えていた。
漁師は恐怖を覚えて現場を、そのままにして消えていった。




