302 アンブレラ
「そろそろかな?」
チリの山中【天文台】建設予定地。
日本の国立天文台が、南半球の拠点としてチリを選び、幾つもの施設を計画している。
標高5,000メートル。
流石に風も強く、気温も低い、それよりも酸素が薄く身体を動かす事が辛い。
青木 忍と木場 昴は、数カ所の高度順応をしながら、岩屋親子の【転移】で、ここまでやって来た。
体力を消耗しなかったのは助かるが、やはり高所の酸素欠乏は辛い。
青木は、【収納】から出してもらって【遮蔽】の中で準備しておいた【遠見の陣】が、張り付けられている天体望遠鏡の対物レンズを南十字星に向ける。
ほぼ真上、しっかり見えている。
この直線上に目標の【フェアリング】が発見できるはずだ。
いた!
更に【遠見の陣】を重ねて、映像を拡大する。
間違いない。
予定通りだ。
もう一台の天体望遠鏡も、遠見と天測を合わせた魔道具を起動させる。
こちらでは、南十字星のα星が放つ光の中【奴らの姿】を捉える。
「よう、久しぶりだな!」
思わず、声が出てしまう。
昴が【天測】をかけ鮮明にした映像を【魔石板】に記録を開始する。
青木が、衛星電話でJAXAに連絡を入れる。
「作戦開始!」
ロケットの先端部分。
【フェアリング】
衛星が、納められている部分には【陣】が刻まれ、地上からの観測を妨害する為の光学的な妨害を行なっている。
だが、【遠見の陣】と昴が展開する【天測】を用いれば、支障なく映像が魔石板に映しだされ記録する。
フェアリングが、南十字星方向を向いている事を確認した。
脩が、魔素を利用した電話の仕組みと【陣】で、フェアリングを解放する。
宇宙空間に、ゆっくりと漂い出す人工衛星。
中央に杖の様な円筒形の衛星と、その周辺部の八方向に子衛星が配置される。
中央の杖が、南十字星のα星を指す。
八方向に展開した子衛星は、【魔絹糸】を引っ張って杖と互いの衛星から距離を取る様に離れて行く。
宇宙空間に広がる傘。
順調だ。
中央の【杖先端】に取り付けた【遠見の陣】を通じて、映像が送られてきた。
その映像に、昴が【天測】をかける。
「見えてますね」
「あぁ、真っ直ぐ、こちらに向かっている。放って置いたら数年後には、地球でも気付かれただろう」
「横に置いた、天体望遠鏡でも見えていますね」
「だけど、やはり宇宙空間にある分【アンブレラ】の方の映像が鮮明だな」
「それじゃ、【遮蔽】と【天測】を応用した妨害開始しますよ」
友嗣が遠く離れた【アンブレラ】の【陣】を起動させた。
「・・・・・うまく行きました。『アンブレラの主軸』も消せましたね」
「軸の先端の【遠見の陣】を通した映像からはよく見えるが、地上では見え無くなった」
衛星電話に、呼び出し音が鳴る。
「オーストラリアの電波望遠鏡でも、少しノイズが入ったが異常無しだ」
JAXAからの報告を青木が伝える。
「後は、予定通りフェアリングをアンブレラから逸らして、ゆっくりと地球方向に向かわせる。
地球からの観測の邪魔になってくれると良いがな」
周囲には、フェアリングの中に格納されていた事になっている衛星のダミーを撒いて置いた。
フェアリングの解放に使う火薬の爆発で、衛星が放出され軌道が変わったとJAXAが発表する事になる。
そのうち、ハンターの間で話題になるだろう、南十字星のαの方向を観測すると観測がしにくい。
姿を表すのは数十年待ってくれ。
出来れば、何処かに行ってくれ。
青木は【魔石板】の黒い点の塊を見ながら、そう心から念じた。
「そうか、やってくれたか!」
『【アンブレラ】展開成功。起動確認。目的達成。麓の街のホテルで休息中』
その連絡を受けて、ここ数日の苦労も吹き飛んだ。
【アンブレラ】
【スパイダー】と言う名称もあげられたが、【アンブレラ】に決まった。
そうか、奴等が地球を訪れるのは孫が成人を済ませて、ひ孫を持つかどうかの時なんだ。
その前に、アーバインで侵略が始まる。
その技術力が、垣間見えることだろう。
これで、JAXAにも、その姿は見ることができない。
電磁波でも観測できない。
だが、その接近は監視し続けなければならない。
南半球で他国の干渉を受けずに、【アンブレラ】からのデータを受け取れる場所。
チリでは、今後工事が本格化する。
他国の工作員が活動しやすくなる。
船舶を使うにしても、長期に渡る事になるので目を引いてしまう。
やはり、アソコになるのか?
南極大陸、昭和基地。
アンブレラからの魔素を使った映像情報が、魔石板に記録される。
それを持ち帰る。
通信用の衛星に、今開発中の通信用の魔道具を搭載して、日本でも受信できる様にするまで後5年をみている。
となると、それまで交代で観測にあたる事になる。
二人一組、10人必要だな。
長谷山と羽田、木場・・・・・岩屋から、そうアーバインからも人を出してもらうか?
昭和基地か・・・・・懐かしいな。
若い頃一年ほど所長の【梓】は昭和基地で過ごした。
過酷な環境の中に、みんなで創意工夫をして過ごした毎日。
今思えば、楽しかった。
青木と同じ歳だった頃か、女房と子供に寂しい思いをさせたものだ。
そういえば、もう随分長い事、青木と呑みに行っていないな。
青木が帰って来たら、久しぶりに飲みに行くか。
アイツの好きなモツ煮屋の店主が、寂しがっていたからな。




