028 塩の村
獣人の三人は、川の上流へワザと音を立てながら登って行く。
対岸の草が揺れて相手がついてくるのがわかる。
そろそろ頃合いだ。
これ以上は焦れて突っ込んでくる。
三人は川から離れて丘を登る道に入って行った。
川向こうの連中は当てが外れてまだ動きを決められていない。
獣人の三人が姿を消して、やっと来た道を下っていく。
「これで半分は、引き離せていただろう。」
馬を離れた場所に繋ぎ一人を置いて、丘の中腹に身体を伏せて様子を見ていた。
下流の方で動きが見える。
一度川を越えて真っ直ぐ草原を突っ切りる様にして走る二人。
かなりの速さだ。
だが途中の大きな岩陰についた時に彼らは伏せる。
だが、彼らの前を草原が同じ速度で倒されていく。
「やったな!」
ゲーリンが使ったのは魔道具で、とにかく真っ直ぐ進む土人形だ。
聖地の長が得意とする土の術と傀儡の術を仕込んだ土人形が、魔素が尽きるまで走り続ける。
追いかける領主の私兵達。
最後のチンピラがゲーリン達が潜む岩から離れた後に、二人は川へ戻り下って行く。
海沿いの道からアレの街に戻るのだ。
川を下りながらゲーリンが軽く手を挙げた。
こちらが見ている事に気付いているのだ。
「喰えない人だ。・・・・・ご武運を! 引き上げるぞ!」
三人の獣人達は丘へ上がり領主の街から逃げてくる金物屋と護衛の三人を待つ事にした。
明日になるかも知れないが野宿には慣れている。
『これも、ゲーリンさんの計画通りだな』
ゲーリン達は川下に向かう。
途中、追手が川へ近付いたが、川岸の土手に張り付いて気配を消した。
夕闇が迫ると追手の気配が消えたが、高い位置から探しているようで焚き火がいくつか見えた。
「しつこいですね。」
ゲーリン達は川に流れ込んでくる小川の土手の部分に取り付いて、【収納】から替えの衣服を出して身体を拭いた。
赤魔石の魔道具で暖を取り、固いパンと干し肉を齧って腹を宥めた。
この辺りの事は熟知している。
この先、川幅が広くなる。
その先、サイスの塩田の周囲では満潮時には身の丈二人分の深さになる。
もうしばらく川の中を行くが、塩田の脇に生えたガマのせいで街道からは川の中を進む二人の姿は見えずらい。
ここでもう一芝居打つ事にした。
満潮になる頃には村の者が、塩田の取水板を開けにくる。
その前に今まで着ていた服をボロボロにしてサイスの浜にうち捨てる。
で、前に目をつけていた網小屋に忍び込んで追手を撒くつもりだ。
今は満潮から干潮に向かっているから、明日の早朝がまた満潮だ。
川の中央の中洲の端を歩いて足跡を残さないようにする。
水の中を歩くと体力を消耗する。
河口に出たら裸になって上着を収納に戻してサイスの村の沖へ泳いで行き手にしていた衣服をバラバラに海に浮かべる。
今から満潮になるから浜に打ち上げられるか、村人が見つけるだろう。
二人は河口を渡り網小屋の前を通り過ぎ、浜から四つん這いになって後向きで足跡を消しながら草むらへ辿り着いた。
草むらの縁を踏んで足跡を消しながら小屋に入る。
うまい具合に奥に戸のついた物置きが有った。
戸の前に網が入った籠がもたれ掛かるようにして戸を絞めた。
幸い海からの風もあり、僅かに残った足跡は消えるだろう。
もう一枚上着を出して重ね着をして交代で寝る。
昼になると粗暴な声と怯えた声がする。
領主の私兵がサイスの村人を脅しているのだろう。
衣服が見つかったから溺れたか、何処かに匿われていると探しているんだろう。
網小屋の戸が開けられた。
ドタドタと足音をたてて入ってきて網籠を蹴飛ばす音もする。
物置きの戸も開けられたが一瞥しただけで出て行った。
風と波の音が戻って来た気配を探るが周囲には誰もいない。
「やはり術の事を知らない素人だな。」
「ウチの警護隊なら何も無いところでも、槍を突き出しますからね。」
二人は一瞥しただけの兵の目の前にいたのだった。
【隠形の魔道具】
暫くの間だけだが術者と術者が触れる物の姿を隠す。
私兵の目の前に立ったのはゲーリンの足が触れている板場が消えて砂地が見えて居るのでそれを隠す為だ。
メイルはゲーリンに背負われていた。
もし、術が解けたら笑い出すような光景だったろう。
メイルが持つナイフは私兵の首元に触れそうな位置に有ったのだが・・・・・
夜になり周囲から気配が消えた。
海に出て用を済ます。
「さて、どうやって街に入るかな。」
「間違い無く街道と途中の茶店、そして街の門には領主の兵がいますね。」
「こっちは代官の警備兵。向こうは私兵と言えど領主の兵だからな。追い立てる訳にはいかないからな。」
「そうですね。【サイス】の街ですから男の脚なら半日も有れば【アレ】の街ですがね。」
「サイスか〜サイス・・・・・」
「塩田の村ですよ。塩の村」
「おい! メイル。明日は何日だ?」
「いきなりですね。え〜と、明日は月替わりの1日ですよ」
「そうだよな!間違っていないよな!」
「何ですか?いきなり」
「外に灯りが漏れない様にして探すんだ。」
「何をですか?」
「この辺の食いっぱぐれが身につける様な服と腰巻、それに脚絆と顔を隠すための手拭いか何かとサンダルだ。」
「えぇ〜」
「朝、見た記憶が・・・・・ほら、ここのカゴに有ったぞ。良かった!身体がデカいやつが浜にもいるんだ!助かった。洗濯するのを忘れて放り込んでいたんだな。手拭いも脚絆も有るぞ。あとはサンダルだがこっちはヒモが切れているが縄でなんとかなる。早く済ませて寝てしまおう。明日は日の出前に出るぞ」
「これ着るんですか? クッサ〜!ゲホゲホっ!」
「髪も乱しておかないとな。砂をつけて擦る!大丈夫だ。臭いで死ぬ事は無い!それにな鼻は慣れてくると臭いを感じなくなるんだ。これで、明日の夕刻には街に戻れる」
「私は死ねるかも知れません」
「つべこべ言うな!そりゃ、手伝ってやろう!」
「ゲーリン様、私は独身ですがそういう趣味は有りません! キャ〜!」




