296 キッチンカー
朱雀と恋歌は、波と風が穏やかな瀬戸内でヨットの練習を続けた。
お昼には、光一と碧、純一と亜美、咲耶、メルカが新幹線と車で到着し、亮太と貴子までやって来た。
交代で久しぶりのヨットを楽しむ。
古池夫妻がクルザーを回して来て、貴子と亮太を乗せてゆっくり進む。
貴子が船酔いするかと心配したが、亮太につかまって、みんなの練習を見守っていた。
今は、無理だけど絶対に私もやると言い出した。
「だって、海だよ! 海の上を風と、お話ししながら進むんだよ!」
珍しく強い口調で亮太に、詰め寄った。
そんな二人を見ながら、古池夫妻が肩を寄せ合う。
「ほんと、夫婦ね」
「そうだね、もう何十年も連れ添っているみたいだね」
今日は、初日という事で早めに浜に戻して休ませた。
やはり、少し無理をした様で、休憩室のソファーで亮太に膝枕されて毛布をかけ眠る貴子。
その長い髪を、優しくタオルで拭く亮太。
その様子を見た美弥が、イリスの袖を引っ張る。
「イリス!私もイリスに甘えたい!」
「う〜ん。僕としては、先に美弥の膝枕を味わいたい」
「・・・・・イリスのエッチ!」
美弥が、真っ赤になって飛び出した。
「ギブアンドテイクだろうに・・・・・亮太さんは膝枕して・・・・・無いな。
あの人は、貴子さんを守る事が一番の幸せなんだ」
いや、実は足が痺れているんだが、必死で我慢をしている亮太だった。
夕刻が近づき、和也がさて定番のカレーにするかと準備を始めようとしていた。
ここは周囲にフェンスも有るし、自動ゲートと係員がいて関係者以外は入れない。
そこに、ワゴン車が入って来た。
ボディには、海賊の姿をしたオヤジの顔。
「マジ?」
「ヨウ! 元気みたいだな!葉山で生徒に振舞う予定だった【ハンバーガー】と【ホットドック】を食べてくれ!」
そう言うとキッチンカーを展開した。
「先輩!【移動販売許可】取っちゃったんですか!」
「あぁ、昨日、此処の島で【営業許可】も取った。
こうして車があがったから、食品の在庫を【転移陣】で、この車両で受け取って調理する。
まぁ、食ってみろ!」
強面オヤジが、調理を開始する。
胡散臭そうな目で見る美弥。
手際がいい。
和也は、パテの返し方や仕込みの手際の良さを見て確信した。
「修造さん! 浜のヨット教室でやってましたね?」
と、修造の自信の根拠を言い当てた。
「あぁ、最初は、桜の苗床を作る作業の際に、何か暖かい物をと出していたら好評でな!
まぁ食ってくれ!葉山にも同じキッチンカーを用意した!
まぁ、あそこは食堂も有るし、コンドミニアムのレストランもあるからな。
いらないって言ったらそれまでなんだが、一度やってみたかったんだ!
葉山で、【本日開店】の予定だったが、風雨で教室が休講でな。
子供が、いないんじゃ出せないからな。
まぁ、食ってみろ!」
和也は見抜いていた、『コイツは、美味い!』
言われるままに、口をつけた。
このオヤジ! 職業選択を絶対間違っている!
「うめ〜!何ですか? このハンバーガー!」
「企業秘密に決まっているだろう!」
ポテトも揚がる。
「ポテトは釧路の農園と契約栽培で入れて貰っている。フライドポテト用のやつだ」
「ヨット教室の生徒は、タダなんですか?」
「あぁ、当面はな。海を好きになってくれるだけで嬉しんだ」
他の子供達も食べ始める。
ハンバーガーとポテトそして、温めておいて軽く焼いたソーセージを、千切りキャベツを詰めたパンに挟んだだけのホットドッグ。
「はぁ〜大学の学園祭で、売上一位の座を上げ続けた腕は鈍っていませんね」
「九鬼さんて、ほんと・・・・・不思議よね」
付き合いが長い古池夫妻が、修造の才能を再確認した。
「しかし、ハンバーガー用のパテとソーセージですか・・・・・ ボアの肉だと、こんなに味が濃く感じる。
でも、ヤバくないですか?」
「大丈夫。だから外で売らないんだ。販売許可取っているのは保健所対策だ。
経費は、学生への給食で処理してある。
そこいらは、洋志にぶん投げている」
またしても、巴様がやって来た。
そして、二人で笑い合う。
『このハンバーガーとホットドッグ! キッチンカーでやってみたらどうだ? 瀬戸内のヨット教室周辺に食べ物屋が無かった事も、潰れた原因のひとつだから週に何回か出してみては?』
と、提案したのは巴様。
二人で、ビールを飲みながらポテトとソーセージをつまみ出した。
最後は、和也が作った。
翌日は、おでんを温めて食べる。
しっかり出汁が効いた関西風おでん。
いわゆる『関東炊き』だ。
海賊キッチンの、優しいお出汁。
尚美と貴子が、とても気に入りいつまでも、ハフハフ言いながら食べていた。
最終日には、朝から幾つものダッチオーブンが置かれた。
これ、多すぎだろう?
人数分を、遥かに越えている。
今日も、興味津々なのは美弥と恋歌。
海には出ずに、海賊オヤジの手伝いをする。
調理場に、首を落とし内蔵を抜かれた鶏が並ぶ。
ニンニクやセロリ、玉ねぎのみじん切りを炒めた中に処理をしたレバーが入る。
鼻歌混じりに、レバーと野菜を炒めていくオヤジ。
得意料理のひとつ『スタッフドチキン』
並べたダッチオーブンを温めて、炒めたレバー炒めを腹の部分に詰め込んだ。
鶏の表面に、自分で調合したスパイスと岩塩を擦りこみ、ダッチオーブンに入れて周囲に丸のままの人参やジャガイモ、玉ねぎ、そしてニンニクもアルミホイルに包んで入れて行く。
分厚いフタをして、この上にも火がついた炭を置いたら後は、炭を追加してやるだけ。
「ヨシ!後は弱火にして、蒸していくだけだ!」
今日は、友嗣が、その四人の妻と小さい子供を乗せて『キャンピングカー』でやってきた。
この大きさの、キャンピングカーは目を引く。
整備された道路しか行けないという、日本では不向きの仕様だ。
実際、海岸への道は【遮蔽】で車を囲み飛び出した木々や草を弾いているから、無傷でここに入って来れた。
まぁ、萩月でキャンピングカーの為に、中型や大型免許を取る一般人は、友嗣と海賊オヤジくらいだ。
車内に入った古池一家は、もう呆れるしか無かった。
「もう、家じゃ無いですか?」
「キッチンスペースが人数に合って居ないし、あくまでキャンプ場でベースとして使う設定だからな。岩屋の子沢山だとこうするしか無い。参考にしたのも米国の子沢山家庭の物だ。摩周湖に、ほぼ同じ物が有るから中型免許取ったら借りれるが、まぁ、レンタカーで良いか?」
「ですよね〜 」
「でも、この車には【陣】と【魔石を利用した魔道具】が有るから風呂やベッドは問題ないのさ。
しかも、その気になったら『無給油』でいける。物を動かすと言った運動系の魔道具が無かったんだが、電力に変換出来た。電気自動車だな。
まぁ、【魔石】の交換がいるがな。
今日は、プライベートなスペースだから、外部からダミーの電源ケーブルも無しだ」
「ウチのクルザーも、【魔石仕様】に変えたいね」
発電機の細かな振動が苦手な、美弥と弥生が頷き合う。
「そこは、俺と源蔵に交渉だな」
「私が、やってもいいですよ」
さっきから、車内を見てウズウズした青山 碧が手をあげた。
「私達だろう?」
亮太とイリスも手をあげる。
「ふむ、設計図と仕様書、そして作業工程書に材料リストあげて来い。
亮太は手を出すな!特にイリスに任せてみろ。
後で、このクルザーの資料を送る。着手はそれからだ」
「ご飯できたわよ〜」
スタッフドチキンの焼け具合を確認した四人の妻が、子供たちに食器を準備させる。
「こりゃ美味そうだ!」
「美味いんだよ!」
「じゃあ、食事にしよう」
その夜は子供達の歓声が、浜に広がり楽しい夜になった




