274 畜産大学
キャンプ場は、連日大騒ぎで併設された牧場で牛や馬そして、山羊や羊、鶏の世話をする。
この作業には、大輝と涼子と美玖と亜美の姉妹が参加していた。
和也も牛乳の成分が季節により変化する話、そして自家製のバターやチーズの製法を学ぶ為に早起きしてやって来た。
大輝と涼子は、丘の同じ集落の出身。
幼い頃から仲が良く、将来は自分達で牧場を持つ事を考えて暮らしていた。
大輝は釧路に畜産系の大学がある事を聞き、そこの卒業生である羽田の門人に涼子と一緒に休日ではあるが連れて行ってもらった。
ここの高校と大学の畜産部に入学すると全寮制になる。
「交代で、学内で飼っている家畜やその他の動物、牧羊犬それに猫の世話をする必要があるからね。
ほら、連休だと言うのに、当番にあたった不運な子達がいるよ」
「先輩! 不運なんて言わないで下さいよ! 牧場を経営し出したら、それこそ休みなしなんです。いつ何があるかわからないですからね!」
「そうだな、現に私も休みらしい休みは、今年は今日が初めてかな?」
「貴重な休日を潰させて、すみません」
「イヤイヤ、畜産に興味を持ってくれる事は有り難いよ。今、日本では畜産は大変なんだ」
「そうなんですか?」
「うちは、ある意味、観光農場だからやっていけているけど、専業の牧場は年々上がる飼料価格が、出荷製品との収入と合わなくなって来ているからね。どこも苦しいよ」
大輝は、それからも経営や畜舎の構造について質問をし学生生活にも立ち入った話をした。
牧羊犬の中でも人懐こいのが数頭いて涼子に付き纏う。
「猫も多いですね?」
「捨てに来る人もいてね。増えすぎない様にするのが大変なのよ。
飼料庫や畜舎に出るネズミ退治には欠かせない存在なんだけどね。
人を警戒する猫もいて、冬でも寮に入ってこない。
畜舎のボイラーや機械に何匹かで、へばりついて暖を取っているよ。
ネズミだけでなく、鶏を狙う狐にも猫は向かっていくからね。
犬が追い払ってくれるけど、中には頭が良い狐がいるけど猫はそこを待ち構えている。
少なくともハスキーよりは賢い!」
此処には、犬ゾリの部が有ってそこに何頭かハスキーが飼われている。
これも、学内に捨てられていたり首輪を外されて迷っていた犬もいた。
涼子は寮生に、この大学で見掛けられる野生動物の事を聞いて関心を持っていた。
モモンガが冬眠に使う木のウロ、冬でも走り回るウサギ、そして、それを追いかける狐の足跡の事。
寮にも、空いている教室にも連れて行って貰い、当番の学生の為に開いている食堂で、お昼にピザとカレーをご馳走になってお腹がパンパンになってしまった。
しっかり勧誘されてパンフレットを持たされ帰る事になる。
帰りの車中でも、色々と釧路での生活を聴く大輝。
その横顔を見ながら涼子は、『大輝は、ここの大学に進んで北海道で暮らすつもりだな〜』と思った。
キャンプ場に帰ると、置いてきぼりを食らった三人がやって来た。
何せデッカい箱を持って、大輝達が帰って来たのだ。
しかも、カレーの匂いをさせて。
「俺も、行けば良かった〜」
「仕方無いだろう、トラックしか空いてなかったんだから」
「で、どうだった? 京優学園とは違った?」
「あぁ、全くの別物だよ。敷地が広いし、寮も敷地の中で畜舎に近いから匂いもするけど慣れちゃうね」
「犬と猫が、いっぱいいたよ!」
京優学園にも何匹かの猫が住み着いていて、特に【オタケばあちゃん】は20歳は超えていそうだとの話がある。
子供が、独立したOGが在籍していた頃からいたらしい。
暖かい日には、良く校門の塀の上から登校して来る学生を眺めている。
始業時間前になると姿を消すから、彼女が塀の上で背伸びをしだしたら登校して来ている学生達が駆け足になる。
他の猫達は【智美】には近寄って来ないが、オタケばあちゃんだけは塀の上から智美を見下ろしていて、睨み返しても知らんぷりをして見せる。
『なかなか、肝が据わった猫だの?【猫又】になりかけてはおらんか?』
智美は、常々そう思っている。
『それなら、それで良い』
オヤツの時間になり、高校と大学で作ったチーズとベーコンを使ってキャンプ場の焼き釜でピザを焼いて食べた。
大輝と涼子は大学でピザも食べて来ているが、更に追加されたベーコンとバジルの香りに当てられて手が伸びてしまう。
「アレ、このトマトソース・・・・・和也が作ったの?」
「えへへ! ピザを焼く為の焼き釜が有るって聞いていたからね」
「美味しい!」
「えっ何これ! チーズだけ乗せてそれに蜂蜜を塗って食べるの?美味しいね!」
「赤ちゃんには、蜂蜜あげちゃダメよ!」
ヨーグルトも自家製で、道内の協賛スーパーで販売をしたりしている。
それからも、周辺の湖へ行ったり『私も、大学を見てみたい』と言うルース達の要望で再度、畜産大学へ訪問したりして過ごした。
最終日、朝霧ひとみやポラリスのオーナーの家族も、今夜は客を入れない様にしていて泊まりに来た。
ジンギスカンと、和也達が振る舞う『薩摩酒寿司』や『さつま揚げ』、『カツオのハラガワ』、そに他の郷土料理が供された。
今夜はオーナー家族も、ここに泊まる。
下戸のオーナーも顔を真っ赤にしながら、酒寿司に舌鼓を打っていた。
「しかし、鰹節を作る為に取り除いた腹の部分を一夜干しにしただけなのに美味いね。
歯ごたえがぷりぷりしている」
「少し味醂を使ったタレに漬けた物もありますよ」
「それも、もらおうか!」
羽田毅も家族を連れて来ていて、朝霧一家もアーバインの子供達と仲良く食事をしている。
ポラリスのオーナーにはアーバインの事は話してある。
驚きはしたが、
「子供の頃、そんな話を聞いた事がある、そう思っただけかもしれないけど・・・・・」
そう言いながら夜空を見上げた。
「聖地との時差も縮まっていて今頃、青木は敵の動きを観測しているだろう。
シューラが付き添いをしてくれているから安心だ」
ルースがポラリスのオーナーに、アーバインのワインを差し出した。
「そうなんですね。
星を見る為だけに、異世界に行ったのか・・・・・わかるなぁ〜その気持ち。
私は妻の実家に結婚の承諾を貰いに来た時に、この夜空を見て、いつかは移住すると決めたんですよ。
埼玉の実家では街の明かりで、見る事が出来た星の方が少なかった。
この地に立って星を見上げた時に羨ましかった。
地球が与えてくれる多くの事を、享受できていない様な気がして。
でも贅沢なんですね。
なんの心配も無く、こうして夜空を見上げられるのは・・・・・
大輝くん、涼子さん。僕たちは歓迎するよ。
ぜひ、ここに住んでみてくれ。
君たちが、厳しい北海道の畜産を変えてくれるかもしれないね。
おっと、湿っぽくなった!
それで、なんですか?
この、塩ダレは!
この前、朝霧さんが出したスパイシーなタレにも驚きましたけど、この塩ダレ!
しかも、それに【追いハーブ】! どうしたら、こんな味思いつけるんですか?」
「この、【追いハーブ】を考えたのはこの子だよ。東條和也 向こうじゃ、ロキ。
さっきの【酒寿司】や【さつま揚げ】も、この子の仕込みさ」
「このハーブ。肉には合うんですが火加減が強すぎると、エグみが出るんで、ほうじ茶の作り方を真似て先に軽く火を通して粉にしてみました。肉につけて食べてみたら美味しかったから、こうして塩ダレに合わせる事を試してみました。
アーバインのハーブなんで、苗は渡せないんですが火を通した物は後でお分けします。
タレに使う塩も、リンゴのチップを使ってスモークして使ってもらいました」
「いい舌をしているね。私のタレはどうだい?」
「少し耳を、貸して貰えます?」
和也は、自分で解析した朝霧ひとみのタレのレシピと、その仕込み方を告げてみた。
目を見張るひとみ。
「大体会っているね。多分実際作ったら差が出るだろうが、あんたならより美味くなりそうだ。
こりゃ、負けられ無いね。ミアラ!」
「でしょう? この子が仕込んでいったソースは美味しかったでしょう?」
「なんだい!あのソースも、この子かい! 串揚げにピッタリで、流石ミアラだ!と思った。
・・・・・和也!良いだろういつでもおいで。
新しい物、古くから伝わる物、札幌で料理の研究を続けている連中に紹介しよう!」
「あの〜朝霧さん。良かったら、僕の婚約者も連れて来て良いですか?
朝霧さんの信奉者になっていて・・・・・」
「春日尚美です。よろしくお願いします」
「あぁ、あんたかい。長谷山の道場で、私らのじゃれあいを飽きずに眺めて居てくれたね。
アンタなら大歓迎だよ。うちの美咲よりも素直で筋が良さそうだ!」
「ちょっと、師匠!
又、そうやって弟子を増やすんですから〜
私は、御室美咲!
まあ、この前、グラススキーを教えたからね。覚えてくれているだろうけど?」
「えぇ、良い反応されていたから、無手の方かなと思っていました。
朝霧さんの、お弟子さんだったんですか!」
「そう、琴音もそうだよ。後、友嗣さんもそうかな?」
「あの人、反則ですからね?」
「そうだよ、でも、この琴音が使う武器も反則だよ。
私なんか、やっとヘルファ使った抜刀用の刀と鞘が、あがってきたばかりなのに、琴音ったら左右の扇で【鎌鼬】と【無限】出し分けれるんだよ!
私もそんなチート武器が欲しいよ!」
「何言っているんだい!このバカ弟子は!
琴音は、あの扇の特性を使いこなして、二つの相反する技を使いこなしているんじゃ無いかい!
誰にでもできるこっちゃ無いよ」
「扇の特性?」
「琴音! 論より証拠だ! コイツで見せてあげな!」
美咲と一緒に子供達にグラススキーを教えてくれた、御室琴音が朝霧ひとみの声に応じて前へ出てきた。
さっきまで、周囲の大人達とおちゃらけていた姿とは打って変わって背筋を伸ばし前に進み出てきた。




