242 レンの姉
ホールは地下にある【転移陣】から、数段上の地上階にある。
「聖地内を行き来する【転移陣】では無く階段で行きたい」
と言う真奈美の願いを聞いて階段を上がるレン。
(仕方無いか!初めて来る場所だし、獣人も珍しいみたいだから。あの、木場とか言うおじさんもしばらく大変だったからな〜)
すれ違う人々や、手を振って来る子供達に手を振って挨拶をしている。
「こんにちは!」
だが、時差が発生している聖地では夕方になっている。
『こんにちは』と言うには微妙な時間。
でも・・・・・やはり、いい声をしている。
ちゃんと音が、潰れずに相手に伝わっている。
悔しいけど、この人も【歌姫】だ!
やがて、ホールに着いた。
「ここが、ホールになります」
「へ〜すごいね!3階席のテラスもあるんだ」
「実際は見えない位置に四階席があります。
そこが、音が一番届いて、良く聴こえるそうです」
「そうなんだ。ステージは、どこから上がるの?」
「こちらの階段からなら、観客席側からあがれます。舞台裏は【遮蔽】が掛かっています」
「じゃあ!行こう!」
真奈美が、レンの手を握って歩き出した。
一歩一歩が力強い!まるで、戦いに挑むように!
『エッ!何?』
慌てて、念話に切り替えた。
『何って? 一緒に歌うんだよ!』
『エッ、どうして?』
『私達が【歌姫】だからに、決まっているじゃ無い!』
『私、まだ人前で歌った事ない! 恥ずかしい! 怖い!』
『大丈夫! さあ、ステージに立ったよ! 私の両手を握って【魔素】を回して!』
ホールでは、いきなり現れた二人の少女に驚き、皆が注目した。
『エッ、恥ずかしいよう〜 怖いよ〜』
『【歌姫】は何をするのかな?』
『・・・・・歌を歌う』
『その歌声は、何をするのかな?』
『ルナ様は歌声で、人々に勇気と希望を与えて、安寧をもたらす』
『それじゃ、ルナ様はどんな気持ちで歌うのかな?』
『みんなに勇気と希望そして安寧が、もたらされますようにと願って歌う』
『確かにそうだけど、一番大切な事忘れているよ』
『大切な事?』
『ルナ様どんな、お顔で歌っている?』
『・・・・・笑顔で、その後は曲に合わせて表情と声の質を変えて、【劇】を作り出すように歌っている』
『良い表現ね。よく見ているわ。そうよ、私達は歌で『物語』を作り出して、人々の心の中に【劇場】を作り出すの』
『劇場・・・・・』
『そう、だから、物語に無い感情は捨てるの!さぁ物語を始めるわよ!』
二人の間を回り出す【魔素】と【真力】
二つの波が重なり合い、紡ぎ合いながら二人の身体を回る。
真奈美は右手を離して、左手にレンの右手を繋いだまま背筋を伸ばして客席を笑顔で見る。
釣られるようにレンも正面の客席を笑顔で見る。
そして、歌い出す『春の訪れを喜ぶ歌』
今まで、コッソリとルナの後について歌ってみたりしていた。
だから、ちゃんと歌詞は知っているけど、人前だと足がすくんで舌が動かなくなった。
でも、自分の右手から伝わってくるこの波が、心地よく喉を広げてくれる。
ちゃんと歌えている。
でも、もうすぐ今までだったら、高音域が出なくなるパートだ。
『大丈夫。息は続いているわ。逃げないで!ちゃんと前を向いて!』
歌い切る。
続けてやって来る、低音域!今度は息が漏れてしまう!
『大丈夫! 怖がらないで!喉を優しく広げてあげて!』
こうして、真奈美に支えられながら次々に歌を歌う。
テープで聞いた地球の歌も続けて歌う。
伴奏なんて誰もやっていないけど、頭の中に伴奏の音が聞こえて歌いやすい。
子供達が、ステージの前に集まって来た。
大人達も大勢の人々が顔を出して来ている。
でも、真奈美は笑顔を欠かさず、時には右手を振って歌い続ける。
アニメまで歌い出す。
『大丈夫、【歌姫】ならこうしていれば、自然に歌えるわ。ほら、手を振ってあげて左手のお客さまが喜ぶわ』
なんだか、楽しくなって来た。
『さぁ、フィナーレよ。さっき歌った曲よ。
歌えるわね?
手を離すわ。笑顔で締めくくるわよ!』
レンは真奈美と繋いだ手が離れたが、解ってしまった。
手を繋がなくても【歌姫】であれば歌い続けている限り繋がっていると。
歌い終わると、二人で両手を高くあげて手を振って挨拶をした。
真奈美の胸に飛び込むレン。
大人も子供も拍手をしてくれている。
中には涙を流している大人達もいた。
「ありがとうございます〜 明日も、この時間で、みんなで歌いましょう!」
「エッ、お姉さん!明日もやるの?」
ステージの前にいた男の子が、驚いた様に聞いてくる。
「そうよ! 私達は【歌姫】だから聴いてくれる人、歌を聴きたい人がいる限り歌うわ」
「・・・・・解りました。それじゃ、みなさん!おやすみなさい!明日も、この時間に来てくださいね!」
「エッ? おやすみなさい? まだ、お昼じゃ無いの?」
「地球とアーバインには時差が出るんです。今、アーバインは夜の七時過ぎですよ?,
「あ〜そうなんだ〜 それじゃ、みなさんおやすみなさい!」
こんな話をステージ上でやってしまうから、大笑いされた。
それでも、皆、拍手で送ってくれた。
喉が渇いて、サロンに向かう。
係の人が、冷たい水とリンゴの様な味のジュースをくれた。
元はシンと言う果物でリンゴそのものだ。
リンゴという名に変えたそうだ。
レンと色々話す。
貨幣やお札が無い事。
食事は必要になったら食べるし、ある程度は自由だ。
だけど、何もせずに食事が取れるわけでは無い。
数千人しかいないから、実際に働けない状態なのかはすぐにわかるし、働かなくては社会から取り残される。
とは言っても、心の問題で働けなくなる人もいるのは避けられない。
そこで、ルナ様達が心を癒す。
出来ることをやる。
それなので、同じ所で同じ仕事を続ける事が苦手な人は、季節ごとに聖地から浜へ浜からウルマへそして聖地へとグルグル回って、季節に合わせた仕事をする人も結構いるそうだ。
レンも『遠見の部屋』でルナについているが、この頃は【黒鳥】や【銀の鳥】が来ないし、空を行く船の動きも解って、今では聖地の周囲に異常が無いかを見るだけで、手持ち無沙汰になっていたそうだった。
「そうか〜本当に小さい頃から頑張って来ていたんだね?
日本に来る事になるって聴いている?」
「聴いています。遠見の部屋では、いらなくなったからと思っていた」
と少し涙ぐんで来た。
「レンは、眠るのはどうしているの?」
「一人部屋で、ハーモニカが吹ける【遮音】がかかっている部屋で寝泊まりしている」
「そうか〜ねぇ! どうせなら私と一緒に寝ようか? でも、レンはご飯食べたの?」
「ううん、まだ」
「そうか〜でも、もうすぐ八時だね。食事にしよう。
何が美味しいか教えてよ、それに寝る前に星を見ておきたいな〜後、お風呂かな。
一緒に入ろう!確か智美ちゃんがお風呂道具を持って来てくれていたし、じゃあ、食事に行こう!」
こうして、レンが本当に心を許せる【姉】を手に入れた。




