240 工場長
岩屋神社の竣工式を間近に控え、内装と周辺の整備を行なっている。
特に人の目に触れさせない秘匿部分は、既に工事を終えている。
特に舞台の様な大きさの【月夜石の有るドーム】には何重にも【遮蔽】をかけて【偽装】もかけてある。
陰陽道の【結界】も巴様と月夜石のお陰で強力な物が張られて【祠】からは入れない。
社務所の奥に源蔵が設置した、【波打つ扉】から出入りをする。
いよいよ、今日から【転移陣】を稼働させる為に、巨大な【月夜石】の舞台の表面に【青魔墨】を厚く伸ばして【陣】を描いていく。
【転移陣】の紋様の正しさを知る為にこの、月夜石の中央から何度も鈴を使って行き来をさせた。
【転移陣】が正しく作動した時には鈴が鳴り響く。
その音を聞くたびに安心した。
更に生き物を何度も行き来させる。
やはり、ポアーザになった二人ががやりたがり、遂に根負けして里帰りを兼ねて行ってもらう事にしたのだが、さっさと帰って来てしまった。
ちょっとした親子喧嘩をダイアとの間でしたそうだ。
ポアーザがゴツゴツぶつかり合う姿を想像したが、そう言った事は無く口喧嘩程度だったそうだ。
これほどの大きさだ。
印刷と言うわけにはいかない。
手書きで仕上げていく。
友嗣が再度、月夜石の中に水分が吸収されていないかを確かめて【魔絹布】で覆って保護をかける。
その上から桜をトップにした陰陽師が、【聖地への陣】を【青魔墨】で厚く重ねて書き上げていく。
ひとつひとつの紋様を確認し、桜自らが筆を入れて了解が得られ、友嗣が【魔絹布】で覆い【保護】の術をかける。
これを、八層繰り返す。
桜が最後に【接合】をかけていく。
八層の陣が重ねられて、その威力を増す。
桜達の【陣】も素晴らしいが、この【接合】の技術は誰も追いつけない。
どうしても【接合】をかける際には、上下の【陣】の重なりがズレるものだが桜にはそれが無い。
日本とアーバインに、この技術を受け継ぐ人材を育てないととつくづくそう思う。
第一回目の荷物は、こちらから、トビウオの干物と焼酎、米が送られた。
やはり、米は日本の米が収量も多く優れていた。
土作りもしないとな。
浜の新村出身者を米や麦の農業従事者として日本に迎え入れたい。
そんな事を考えていると手紙と、ポラロイド写真を添えたいくつかの手紙、そして聖地のワインが届いた。
予定では明日から神社の内装に使う板が、ウルマの製材所からの転送を聖地で受けて送られてくる。
それを、こちらで神殿や社務所の内装に使う。
伊東武敏と館林の宮大工らが、ウルマに滞在して加工について指導をしている。
若菜が、こちらから送った荷物の前で、サランとルナに挟まれて笑っている。
若菜の具合は木場や産科医の診断でも、順調だと書いてきていた。
異常分娩が心配された獣人達も、ひとりは早産が避けられずに『帝王切開』を受けて出産したが術後の回復も順調だと、これもまたポラロイド写真に三人の子供を抱えた両親が笑顔で写っている。
彼女が、アーバインで帝王切開で出産した初めての女性となった。
ルナの添書きで、これで命を落とす母親と子供を減らせるとの喜びのメッセージが書かれていて、リーファとミアラに伝えて欲しいと写真を追加して送ってきた。
木場から追伸で、JAXAを動かしたいから九鬼修造に話をしてくれと言って来た。
ルナとサランに協調させて【天測】をさせて見たところ、外宇宙と思われる位置で不穏な動きが有るそうだ。
ただ、これ以上は二人には無理はさせたく無い。
九鬼修造に木場から聞いた内容で話すと、木場の考えが解った九鬼修造が明後日、鹿児島空港に荷物を持って三人で向かうと言って来た。
翌朝になって、羽田も来ると連絡が入ったが、彼は【転送陣】で朝から来る事になった。
もう、修造からパソコンの製品の型式を告げられて、すぐに納品させバックアップも購入して明日送ると言う。
相変わらずフットワークが軽い。
その頃、九鬼修造は門人を連れて所沢の天体望遠鏡のメーカーに脅しをかけていた。
自分が持参した天体望遠鏡に自動追尾装置を、今夕まで取り付けておけ!
九鬼は子供時代から、このメーカーと馴染みがあって、九鬼修造が持ち込んだ天体望遠鏡も、ここで作らせた特別仕様の一品物だ。
精密機器運搬用のトラックで乗り付けている。
自動追尾には『緯度経度』のデータが必要だが、ステッピングモーターへの入力変更で対応できるようにしろと言い出した。
無茶な要求だったが、工場長が
「良いでしょう。ただし条件がある。ワシに、その時の連続写真を見せろ!
カメラは工場で選定する。市販じゃ超高感度に対応していても惑星探索には向かない奴が多い。
カメラメーカーからきたばかりの、専用のやつをつけてやる。
それが条件だ。
現像は・・・・・木場さん?
なら、信用しよう。
コイツも特注品だ!
印画紙や現像液その他諸々、奴なら解る。
だから、ネガを渡せとは言わない。俺にも一枚噛ませろ!」
「あぁ、わかった。噛むなら最後まで噛みついてくれ!そいつの方がありがたい。
社長済まないが、今日の納品に付き合って工場長には一緒に来てもらう。行き先は秘密だ」
工場長と修造の迫力に、社長は口を挟めなかった。
「それじゃ頼む。俺の社員を置いていく。納品場所は彼が知っている」
そして、社長の古城に向かって頭を下げた。
「社長! 値切るなんてしない。『言い値』をそこに書いてくれ。
うちの社員に渡せば良い。
良い仕事をしてくれるんだ。臨時ボーナスをのっけても良い。
済まないが、後を頼む」
こう言って白紙の小切手を渡して、次に向かった。
「さぁ、やるぞ!部品の加工精度を確認しろ!
今、使っている台座が、ダメそうだったら改造するなり新しくしても良い。
今、この世に居る【小惑星ハンター】の小僧どもが涎を垂らす一品にするぞ!
かかれ!」
工場長が社員に向かって発破をかける。
「こりゃ、一世一代の仕事になるな。ギリギリまで見て、金額を決めますか!
古城は白紙の小切手を金庫にしまいこんだ。
あの『木場』が手がける小惑星探査の写真が、どれ程の価値を持つかを知っていた。
小惑星を見つけては、発表の権利を国に譲って来た。
その彼が、永き眠りから覚めるんだ。
見せてもらおう! 未知を探し当てるその姿!」
JAXAの一室の研究室のドアを、九鬼修造が叩く。
中から眠そうな声が帰ってきた。
修造は昨夜の天候を思い出して、この部屋の主がどういう一日を過ごしたかを想像できた。
【青木 忍】
ここでは小惑星帯に存在する惑星の分類をメインにしている。
だか、彼の名声はそこには無い。
『小惑星ハンター』
それも、トップクラスで、いくつもの小惑星には彼が付けた名がついている。
それだけでは無い『彗星ハンター』でもある。
昨夜は晴天。
彼にとっては昼間の天気はどうでも良いが、夕方からの天候と湿度が問題で、ここから操る長野の天文台の望遠鏡が心配なだけだ。
九鬼修造は、彼には長野の天文台の天体望遠鏡の操作権利を与えているのだし、現地で暮らしても良いと許可を出しているのだが、それでは餓死してしまうので遠隔操作で捜索を続けている。
放っておけば風呂にも入らない。
特に『洗浄の白魔石』を知ってからは、ひどくなっていた。
「どうだ?」
「あれ、修造さん。お久しぶりですね。今日はどんな御用件ですか?」
「前にも話しただろう?アーバインの事」
「あー、この白魔石を持ってきてくれた兄弟の故郷ですよね。
それが、どうしました?」
「外宇宙からの、船団を捕まえてくれ」
青木の目が光る。
前から行ってみたいと思っていた。
「木場が、もう先乗りしていて【天測】を使っている」
「いつ出ます?」
「明日、朝の鹿児島行きの便で向かう」
「それじゃ、この長野の天文台の引き継ぎやって来ます。
【天測】以外の機材は?」
「俺の天体望遠鏡に自動追尾と、まだ発表されていない超高感度フィルム対応のカメラと印画紙を所沢で今準備させている。そいつは、直接【岩屋の転移陣】から俺らに先駆けて向こうに送る」
「木場さんが、いるんですよね?」
「あぁ、機材は持ち込んであるが、所沢の八木さんが追加で見繕って送ってくれる。彼も連れて行く」
「・・・・・解りました。お受けします。それでは、明日、羽田空港に0720で・・・・」
(コイツ、空港の時刻表が頭にに入ってやがる)
「あぁ、取り敢えず『休暇届』を出してくれ・・・・・」
「・・・・・すぐに『退職届』を書く事になりそうですね」
そういうと、青木は部下がいる食堂に向かって部屋を出ていった。




