216 ハつ鏡の陣 1
この章と次章『八つ鏡の陣 2』にはグロテスクな表現が有ります。
218 好々爺に進んで貰っても話はつながります。
ルクアは一行を連れて、京都西山に周囲を塀に囲わせた個人墓所、先代館林源蔵の墓所を訪ねていた。
先日、場所を常義に聞いて高く盛られていた土を、土の術で退けて墓の全容を露わにしておいた。
【陣】が無数に貼られ、それを偽装した【遮蔽】で覆っている。
更に塀には土地を清浄にする為の高野山の護符さえ貼られている。
中央には、直径三メートル程の八方の形に切り揃えられた御影石に刻まれた【陣】が鎮座していた。
紋様は、土の中に埋もれていたにも関わらず白い線を保ち、その中央に丸い球が埋められている。
そこには、明らかに陰陽師の【封印の刻印】がされている。
そして、球の下から明らかに【真力】がその封印を守っていた。
白美の胸許から声が聴こえる。
「【綾】のゆかりの者か?」
「はい。『館林源蔵』と『立浪 月様』の命をかけての術。務めさせて頂きました」
「月・・・・・そうか、禁呪か?」
「・・・・・」
「しかし、【八つ鏡の陣】は帝にしか許されない筈・・・・・いつの世の帝が用意された物か?」
戦後間も無い暑い夏の日。
京都東山の病院の一室。
「館林源蔵様。
萩月八家の長として『立浪 月』が、お願いに参りました。
【八つ鏡の陣】をご存じですか?」
七条では無く、『萩月八家筆頭 立浪 月』と名乗るこの娘。
「えぇ、知ってはおります。
謀略により命を落とす事になった帝の怨念を治める為に用いられる【禁呪の陣】に御座います」
「実は西山に、使われぬまま存在する【八つ鏡の陣】を見つけました。立浪の書の中に残されておりました」
夏なのに冷たい風が舞う。
俄かに雲が湧き立ち、雷すら聴こえて来る。
「古の帝の寵愛を受ける筈だった、姫の為に作られた物です。幸い一命を得られまして、御長寿で天命を全うされました。こうして、【八つ鏡の陣】は使われる事なく埋められておりました」
雷が聴こえて来る。
「しかし、それは表向きの事。全ては当時の帝と萩月の当主が一条家が使う【呪核】の姿を知り、それを滅する方法を探す為に作った【生きた呪核を育てる子宮】とする為の術式に使う為の物です」
喘ぐ様に、言葉を続ける月。
「おふたりはお知りになった。いずれは、この世界を滅ぼす一条の【呪核】
ご存じでしょう?
恐らく、そこにお持ちの書。
『炎蛇の理』に書かれているでしょう。
ですが、それは一条の当主以外が、その身の腎臓で育てた場合です」
「一条の当主が、その身で育てる【呪核】の場所は『心の臓』
そして、それは【炎の竜】と成ります。そして炎の竜となった一条家当主は京都の街を焼き、日本だけではなく世界を焼き尽くすでしょう。彼にとっては全てが不要な物。破壊こそが全てなのですから。
この、残された【禁呪】の存在を知り我が身を使い【呪糸蟲】を取り込み、その【呪糸蟲】を【呪核】に育てあげている存在に源蔵様になって頂きたいのです」
真っ直ぐと源蔵の眼を覗き込み、その残された命を測る様に見つめて来ている。
常義を愛している筈の月が、その身をかけて『一条 譲』の野望を砕き、萩月一門を守ろうとする。
その計略を明かした。
そして、昨夜、戒め(いましめ)を破り一条 譲と夜を共にしたと言う。
もう、引き返せない。
月の決心が、その目に見えた。
「未だ、【呪糸蟲】は我が身を食い破るまでには至っていません。
書によれば、この眼に赤い筋が出始めたらその時です。
穢れた私の身ですが、お抱き下さいませ。
そして、これが術の鍵となる薬です。
心の臓と息は続きますが、心は心の臓に移ります。
あの『一条 譲』と『その子 豊』が、炎の竜となってこの世を焼き尽くすのは三十年を超えた頃でしょう。
私達が炎の竜となって常義様に撃たれて死ぬ事で、この世を守るすべを見出すか、私どもの竜が二匹の竜のうちどちらかと燃え尽きても良いと思います」
「『空蝉の夢』を使ったのですね?」
「常義様との生活は、見えませなんだ」
「それで、その先を見て『一条 譲』いや【呪核】の企みを知った」
「その通りです」
「・・・・・解りました。どうせ、この身は学生に切り刻んで貰うつもりでした。
だが、友に任せましょう」
こうして、七日後、いくつかの書き置きを残して月と源蔵はその身を重ねた。
双子の姉妹として産まれた遥と月。
聡明な二人の少女を、見分けれる者は僅かで有った。
常義は、その中の数少ない男であった。
月と常義は一条に組みする事になってしまった七条の娘と萩月の次代当主。
同じ陰陽師ではありながら不仲な両家に挟まれながらも、もし、自分達が結ばれればと思い続けていた。
七条には伝わる『戒め』が有った。
一条に属してはいても、決して一条の者と『契り』を交わさない。
恐らく【呪糸蟲】の事を知っていた者が居たのだろう。
一条に属する者との婚姻は受け入れて来たが、一条当主とは契りを交わさない。
それを、事もあろうか月が破ってしまった。
相手は『一条 譲』
そして更に病床に在りながらも、その月を抱いたのが常義の友『館林源蔵』だった。
死の間際に、告げられた二人の覚悟。
月が立浪家に伝わる古文書から京都の西に隠された【八つ鏡の陣】
源蔵が知る【呪糸蟲】と【生かし育てる呪核】の禁呪
一度しか使え無い。
そして、今世最強と言われている『一条 譲』とその孫『一条 豊』
月は赤児の『豊』の眼を見て確信した。
【この二人で、日本は滅ぶ】
姉を【呪糸蟲の巣】としようと、狙う『一条 譲』
姉の心の隙を作る為に進められる、萩月常義と月の縁談。
側から見れば一条と萩月の関係を良好な物と変える、又と無い事の様に見える。
だが、全ては常義と月の仲を知った『一条 譲』が仕掛けた巧妙な罠だ。
月は豊を見たその夜。
命を削って未来を知る『空蝉の夢』を使った。
常義との生活は見えない。
すぐに気を取り直して、その先を見る。
成人し巨漢となった一条 豊。
眠りについている。
周囲に生贄を置いたまま。心の臓の部分が巨大に膨れ上がり鼓動を繰り返している。
そこで、限界が来た。
現実に引き戻された月は、傍らで眠る姉 『遥』の寝顔を見た。
一条家がある限り、立浪家の復興は儘ならない。
だから、月は姉のフリをして『一条 譲』に、身体を任せ【呪糸蟲】をその身に入れた。
次第に【呪糸蟲】が成長する。
【蟲】が騒ぐ。男を求めて・・・・・
常義には、自分が穢された事を手紙で告げておいた。
そして、兼ねてよりの計画に従い源蔵の病室に忍び込み【呪糸蟲】を感染した。
源蔵の腎臓で成長を開始する【呪糸蟲】
ある日、七条 月が源蔵の見舞いに訪れる。
しばらくして、源蔵は病床に木場の父 素晴と木場直を呼んだ。
時間を置いて源蔵の無二の友人 阿部が駆けつける。
『今日死ぬ』との電報を掴んでいた。
源蔵の病床には、その腰に抱きつく様にして眠る月の姿。
源蔵は彼女に触れさせない。
そして、三人に明かす。
『一条 譲』の狂気。
「このままでは、【呪糸蟲】は腎臓で石の様に擬態して成長を続ける。
だが、西山の地に私達の為の墓所を準備しておいた。
禁呪【八つ鏡の陣】
平安の時代の終わりに時の帝と萩月の当主が、準備された【一条家当主の呪核を育てる子宮】
ここに記された様に私と月の内臓を納めれば、生きて成長を開始する。
そうすれば、一条 譲と豊が持つ呪核と、ほぼ同じ物が得られる。
それを使い退治する方法を編み出して欲しい。
内臓を抜いた後の火葬も、この方法で行ってくれ。
月も、このまま生き永らえる訳にはいかない。
その身を持って封印となす。
すぐさま、私達を解剖しろ!
常義様に、術を取り仕切って頂く事になる。
お前たちの、作業の間に読んでもらってくれ」
慌てる木場親子と阿部。
だが、源蔵の様子がおかしい事に気がつく。
源蔵の腰の辺りにうつ伏せになっている、月の口元からも血が滲んでいる。
「あぁ、毒を呑んでいる。もう助からないよ。間も無く脳が死ぬ。彼女もだ・・・・・これで、【呪核】を活かしたまま成長させられる。そして、それを月さんが、その血を以て封印する。
月さんの予言では持って・・・・・30年。
たの・・・ん・・だ・・ぞ
・・・すま・・な・・あ・か・・ね」
源蔵の身体が月を庇うように、彼女に折り重なる。
息をし鼓動もある。だが、心が感じられない。
残された資料を読み解く三人。
命をかけた計画が、そこには記されている。
狂気にも似た五人の姿が浮かぶ。
当時の一条当主のしつこい迄の誘いを断る、帝の愛人。
家の格式の違いから夜伽はするが、子は産んではいけない。
彼女も陰陽師であり、一条家の当主の悪い噂は耳にしていた。
そして、意を決して『夢見』をする。
翌朝、青い顔で現れた愛人の姿を見て帝が問い詰める。
彼女は人を出して萩月当主を呼んでいた。
殿上にあがり人払いと結界の中で明かされる夢見の話。
こうして、愛人が毒を盛られたとの偽装をして進められた【八つ鏡の陣]そして、それを埋め時を待つ事にした。
それを知り一条当主の中に巣食う【呪核】の欲望を知った立浪 月と館林源蔵。
常義は、自分の身が穢されている事だけを月に告げられていた。
死ぬか?
そう思いあぐねていた矢先に、源蔵が瀕死だとの知らせが入る。
急ぎ、茜と共に木場が待つ病院へ急ぐ。
しかし、病室に源蔵の姿は無く案内されたのは解剖の為の部屋。
並べられている源蔵と月の身体。
どう言う事だ。
木場が差し出す数々の書き置きと、術を執り行う為の容器の数々そして何枚もの陣と符
真力が込められた月夜石。
茜が源蔵の心に繋ぎを取ろうとしたが、拒絶された。
常義も月から拒絶された。
心を心の臓に移す。
常義と茜を外に出し、進められる呪核の封印の儀式。
阿部が手順を読み上げ、木場親子が源蔵と月の身体を使って【陣】が描かれた白磁の壺に封印をする。
源蔵と月の身体を専用施設で荼毘にふし、その頭蓋骨で二重の封印をして最後に月夜石を置き蓋となる御影石の球を置いた。
当時の萩月当主が刻んだ【陣】が発動する。
白磁の壺越しに赤黒い球の【呪核】が鼓動を開始したのが透けて見える。
呼び入れられるふたり。
茜は頑として最後を、源蔵の最後の仕事を見届けたかった。
聴こえる。
茜に常義に、謝りを告げるふたり。
そして、呪核の鼓動が増して来る。
「急ぎませんと、ふたりの封印が破られます」
西山に向かい源蔵が残した、術式を組み立てて術を発動する。
別れの声が聴こえる。
「早く土で覆ってくれ!月は封印に力を使い切った。もう彼女は霊界に向かう!
早く封印を閉じろ!我らの思いを無駄にするな!」
常義が【八つ鏡の陣】を発動すると周囲から土が盛り上がり【陣】を隠した。
もう、源蔵の声は聴こえなくなった。




