017 魔墨
茶を飲んで少し気が晴れたタルムがイバに話しかける。
「イバ。この【魔墨】がどんな物か解るか?」
「色からしたら魔石みたいだけど、本当に魔石なのか?」
「あぁ、魔石だ。魔石を細かく砕いた物を油に溶かした物だ」
「聖地で聴いたんだが魔石は、身体に良くないと聞いた事が有る。酷い魔素酔いもするが何よりも身体に悪いと聞いた」
「本当のところは解っていないんだがな。村長が秘密の方法で魔石を粉にしている。【赤】、【黄】、【白】、【薄い黄】、もちろん青も有る。青は少ないがな。村長から言われているんだ。
これで、昨日の【陣】を書いてみろって。筆は新品の物を何本か用意してある。
丘の村で作っているんだ。全部お前にやるって言われている。
【魔墨】も作れるように教えてくれると言っていた。
ルクマにも教えてくれるらしい。魔道具作りには必要な技術だからな。」
「タルムは何か他に特性は見つかっていないのか?」
「プッ!」シューラが噴き出した。
シューラを睨みながらタルムが白状する。
「【浮遊】と【飛行】が出来るらしい。」
「・・・・・・又、よりにもよって、それかよ!」
「仕方ないだろう!ヨルムさんが教えてやるって飛んだ時に気を失ったんだ」
「それだけ〜?」
「あぁ、お漏らしもしたさ。仕方ないだろう。6歳だぜ!」
(だからあの時ヨルムさんがため息ついたのか・・・・・・)
「今なら大丈夫かもしれないさ。
俺も習うつもりだから、低いところから一緒にやっていこう。せっかく素質があるんだから勿体無い」
「・・・・・・イバが、そこまで言うんだったら頑張ってみるよ」
用意された【赤魔墨】に、自分が使っている太さに近い筆を浸けて【陣】を書いてみる。
少し粘り気が強い様だが、紋様を描くには問題なかった。
陣を描き上げた時に陣が赤く光り、乾燥して白石板にしっかりと定着した事がわかる。
直ぐにでも起動しそうだ。
全ての陣を描き上げた時に、イバは途轍もなく興奮していた。
「この【陣】自体がもう【魔素】を持っている。このままでも『発動』しそうだ」
「そうだろう。村長からの伝言だ。裏の丘で魔石を使わずに発動してみろとさ」
イバは白石板を持って村長の家を飛び出し、裏の丘に駆け上がる。
そして全ての【陣】を起動させた。
たちまち広がる『緑の天井』
魔石を使っていない為に、イバの体の中の魔素に従って術が広がって行く。
流石に岩場までは届かず丘の方も林までは届かない。
イバは懐から赤魔石を取り出した。
本番で使うはずだった赤魔石と同じ物だ。
ひと息吸って術を展開する。
先程と同じ長さと幅だ。
これなら幅を狭くしてやれば、丘の林と岩場を繋ぐことができる。
イバは何時もやる様に指先を使って線を描き変えてみた。
描き替えが出来た!
これならいける!
こうして林の方から扇の形に【遮蔽の術】の陣を書き換え、予定の区画を覆う為の枚数を割り出した。
12枚、少しずつ重ねて合わせて強度を上げれば14枚。
【遮蔽】、【偽装】、【知らせ】を、全て一枚の白石板に描き入れる事が出来る。
【遮蔽】と【偽装】の間に必要だった術を繋ぐ陣も不要だ。
お互いの陣の外側の線を【魔墨】で繋ぐだけで良い。
なによりも、どちらかの陣の中央に一つの魔石を置けば全てが起動した。
【魔墨】が【魔素】を伝達するのだ。
知らせ用の白魔石は対になる陣を刻むので必要だが、それも改善できそうだった。
魔素の消費量も少ない。
これなら青魔石を使えば10年は使える。
【遮蔽】だけなら20年だ。
イバは【魔墨】の効果に足が震えた。
「上手くいったみたいだな」
落ち着く事が出来て皆の元に帰る。
「あぁ、魔墨の効果がこんなにまで優れているとは思ってもみなかった」
「お前、気付いていないだろう。
この部屋の灯りは光魔墨を塗った白石板の裏に黄魔石を埋め込んだ物だったんだぜ?
この茶が入っている器も裏に赤魔墨で書いた【保温】の陣が書いてある」
この村や新村の日用品には、ほとんどその用途に合った陣が描かれている。
言わば全てが魔道具さ。
そう言われると随分と暮らしやすい部屋だった。
「それだけじゃないぜ。船にも陣が描かれている。この村の男はそんなに居ないのにあれだけの船団を出せるのも、
村長や俺たちの親父とルクマの力さ」
タルムが胸を張る。
「イバさんの術は確かに術は素晴らしいし、解析力も一級品だけど生活に即した術を知らないね。聖地で一緒に皆んなの生活を変えていこう」
ルクマに言われて、やっと気づいた。
「あぁ、目が覚めた。
聖地の術師で俺に敵う人が居なくなっていて、人の生活を支える事を忘れていた。
魔石に魔素を限界まで注ぎ込んで今、まで見たことが無いなんて言われて有頂天になっていたよ。ありがとう」
「あぁ、わかってくれれば良いさ。兄になってくれるんだから俺も嬉しいさ」
「聖地に行ったら厨房の女の子を紹介してもらいなさいな。イバの弟ならモテて当たり前だわよ」
「お姉さんみたいな、お転婆はゴメンだけどね」
「あのさ、聖地に住むみたいな話しているけど、やっぱりその話は本当なのか?」
「お父さんもそう言っているし、お母さんのお姉さん達もそう言っている。【予知】の能力者達なんだ。三人いるんだけど皆んな同じ意見だ」
「私もその意見に賛成するわ。残念だけど聖地で先ずは生き延びる事を考える。それがこの村と新村の総意よ。
今日お父さんが新村に行っているのは、今後それぞれの村をどうするかの下見よ。
丘の村からも馬に乗って叔母さんや旦那さんがやってくるわ。お母さんが手紙を出して獣人に預けていた」
「となると、子供は早い方がいいか?」
「そうね。聖地に行ったら子供が出来にくいから『名変え』をしたら直ぐに子作りね」
「俺たちもそうか?」
「イバ兄さん。今度帰る時に聖地に連れて行ってよ。決まったら、そのままここに連れてきて『名変え』をするよ。浜で子供が出来るまで暮らして聖地に入るから」
「俺はどうするかなぁ〜」
「タルム? 新村の娘はどうしたの? 遊んでポイしたわけじゃないわよね?」
「イヤ、あの娘とは何にも無かったぞ。誓っていうが何も無い」
「年頃の連中は焦った方がいいのか? 聖地では浜の村の娘と一緒になるのが夢なんだがな」
「あら、良かったわね。夢がかなって」
「まさか、浜に来たその日に嫁が決まるとは思っても見なかったがな。
これも縁というやつか・・・・・・」




