187 潜伏
伊丹空港で長谷山と栗林の出迎えを受けて京都に帰り、館林の屋敷の新居に荷物を置いた。
来週から航空会社の門人達が、休みの度に萩月の道場に通う事になっている。
どこかのお偉いさんが動いたのだろう、地上職員も伊丹空港での安全講習に託けて、京都の宿箱施設に宿泊している。
「随分と門人が居たんですね」
「積極的に教育を進めた結果だよ。医療、流通、教育、防衛、先端技術、電力、通信、農水産業、そういった国の中枢をなす分野に進む様に援助して居る。まだ、一条、室の糸がついているかも知れませんから、しばらくは護身術程度しか指導していない。しかし、まさかアトリエの体育館を使わせるなんて思いませんでしたよ」
今回の道場での講習会を、取り仕切る両角寿美が友嗣に応える。
実は萩月の屋敷に入れるのは数が多いので、あの廃校の設備を使わせてもらっている。
街にとっても願ったり叶ったり。
「月夜石を掘りますか?」
今は魔石を再加工して送って来てもらっているが、やはり象徴としての勾玉に加工された月夜石は別格だった。
・若菜が身につけた三重の輪を使った腕輪。
・萩の耳飾り
・白美の首飾り
・常義の扇の留飾り
・茜の勾玉
似た様な物なら長谷山が預かって来た『奉石』が付いた扇
萩月一門としての象徴。
やはり一門の証として所持させる事にした。
勿論、館林家に伝わっている【陣】を組み込んで渡す事になる。
体育館の改修工事が終わり。
アトリエの裏山の中腹に社を建てる為の申請を出した。
蒼の私有地で祭神は『稲荷』
こじんまりとした祠と祭殿を持つ社で文化庁にも登録した。
宮司は『岩屋友嗣』。
その彼を長谷山の家系で支える。
竣工まではまだ時間がある。
【式】による監視が付き、測量の様子を見守っていた。
一般企業の職員ではなく航空会社の職員御用達の看板は、温泉施設のネーミングアップに貢献した。
設備の改修工事も、各航空会社からポンと支払われる。
何せ北海道の丘珠空港でガスを使ったテロ未遂事件が起きたのだ。
身体に影響は無かったが、衣服についた臭いは凄まじく屋外階段を使って犯人を護送するのも大変だった。
持っていたパスポートから大陸の者だとわかったし、すぐに大陸の大使館から即時釈放の申立てがされている。
大気中のガスがサンプリングされたが何も検出されなかった。
だが、なぜか彼らの身体から臭いが抜けない。
取調室に大使館職員を入れて話をさせ、二人は符牒も交えて釈明していたが大使館職員が根をあげた。
「臭いでしょう? あんなのを空港でばら撒かれたらパニックですよ? どこから持ち込んだ・・・・・」
「違う!そんな物を我が国では開発などしない! 化学兵器禁止条約を締結しようと言う動きがあるのに、おかしいじゃ無いか?嵌められたんだ! 丘珠には自衛隊もいるじゃ無いか!」
「あれ? 今のは不味いですよ? 確たる証拠もなく我が国の防衛機関に対して化学兵器の開発を行なっているだなんて発言を、大使館職員がされたとすると国際問題ですよ?」
「済まない。訂正しよう。だが、彼らがやったと言う物証は無いのだから、今は一刻も早く彼らの釈放をお願いする」
大使館員はこれからは、個人としての意見だと言って取調官と同意して話し出す。
「しかし、あの匂いはなんだね? 二人とも気が狂いそうだと言っている」
「それが、不思議なんですよ。あの様に服も着替えさせて何度も風呂に入れている。温泉じゃ無いですけど、こっちも堪らないんで掛け流しで洗い流させているんです。衣類も彼らが脱いでしばらくすると臭いが消える。ですが、翌朝彼らが起床するとあの臭いが再びしだす。私達も空気を背後から送風してもらって話していますよ。この寒い中、温風用の灯油代もバカにならない費用ですよ。請求して良いですか?」
「知らんよ!」
「それじゃ、外で取り調べしましょう。寒いでしょうね〜こっちは交代で対応しますが、向こうは交代できませんからね」
「解った! 認めよう。彼らは我が国の職員だ! 北海道への新規航空路線を調査に来ていた。だが、あの臭いの元はわからない。病気かもしれん。我が国で特別機を手配するから釈放してくれ!人道的配慮を望む!」
「解りました。ついでと言っては何ですが、不法滞在とか色々とやらかしてくれたお国の方々が、道内で一斉に検挙されているんです。ご存知ですよね? このところ本国や道内からの電話が増えた様ですからね」
「盗聴しているのか?」
「いえ、電話回線の交換機基地のリレー端子の動きが悪くなって調べたら、おたくの回線の異常増加が原因でしたから電電公社さんも大変なんですよ。電話代が今月からあがりますからね」
「(くそ!コイツ、ネチネチと・・・・・) 解った。配慮する。148人だったか?」
「よくご存知ですね。でも先程ススキノでの一斉検挙で二十人ほどあがりましたので中型機の手配を願いします。十日ほど取り調べに頂きます。又、増えると思いますので出来れば、道内以外でも自主退去を指導して貰えませんか?」
道内に居た『道士』の連中は、思わぬテロ行為のオマケで帰国させられた。
余波は全国に伝わり芋づる式に捕まり、国外退去処分を喰らう。
萩月の屋敷近くのクリーニングチェーン店の夫婦も、いつの間にか居なくなって本部の人間が来て大騒ぎだった。
全国で同様の事が起こっているらしい。
萩月一門が、一条との決別を決心したのは明白であった。
萩月め!
堂々と喧嘩を売りに来ている。
当然、奴の娘の披露宴への出席は【絶縁状】を付けて、使いに持たせキャンセルした。
これ以上のさらばせては置けない。
『一条 譲』は人払いをして数カ所に電話をする。
これで、どう転んでもどちらかの厄介払いが出来る。
萩月一門と一条家をぶつける。
恐らく一条は終わる事になるが、本家が出て来てくれるだろう。
『ほう? いよいよその手を使うのか?』
「はい。私でこの家の存在意義を終わらせます。どうせ、繋がっている家々の奴等などゴミでしか有りません。輪道にこの身もお預けします」
『萩月の狐に会ったそうだが、狐が良くその【呪核】を見逃したな』
「気付いているのでしょうが、解放してしまった場合の危険性を考えたのでは?」
『・・・・・なるほど、陰陽師は【呪核】を知らぬからな。で、誰を『依代』に使う』
「一条豊とその僕を使います。奴等には、この時の為に呪核を入れて有ります」
『一条家独自の『呪核隠し』、幼児の時に腎臓に忍びこませる。恐ろしい事じゃの。それでは、早速引き取りにワシらが行くぞ。仕上がりは一年は欲しいのだが?』
「それで構いません。これで、来年の年末から年明けにかけて京の都は血に染まります。『百鬼夜行』の再現ですな」
明かりを消した室内で、一条譲の枯れた笑い声が響いた。
急に消えた【式】の様子を見に来た、白美でも侵入出来ないほどの結界が一条家に張られていた。
だが、翌朝その結界が消えた時には一条本家から人影が全て無くなっていた。




