186 てんとう虫
襲撃に気付いたのは、友嗣と若菜と重鎮達に朝霧親子、それに御室美咲とその部下だけだった。
後は友嗣の『遮蔽』の効果で気付けなかった。
中には気付いた者も居た様だが、羽田に目配せをされてそのまま食事と馬鹿騒ぎを続けていた。
周囲に混乱を広げない為だった。
しかし、偵察に来ただけの彼らの背後から襲撃を仕掛けて駐屯地に特攻をかけさせた存在。
ジャスミンの眼にかかることなく接近して、見えない風の砲撃を加えて来た。
車内の誰もが、着弾まで気づかなかった。
更に車体を、破壊する事なく包み込む様にして押し出したそうだ。
その距離三キロ余り。
その間、車体のコントロールも効かず浮いた状態で移動させられている。
停止したのが友嗣が張った『遮蔽』の前に急いで隊員が張った『遮蔽』に衝突する直前だった。
羽田が出した答えは、大陸から終われたもう一つの道士の存在。
そう言う一団がいると戦時中に羽田の父が現地で聞いて来ている。
彼らは地に潜っている。
ペンションのオーナーは結局、週に2本までの制限で定期購入する事で決着した。
たぶん、客に出したら商売繁盛間違いなしだ。
自宅消費に回すだろう。
自家製だれの、ゴールはこの味だ!
そして、この味を抜いてやる!オーナーが熱く燃える。
休暇を得た隊員達がペンション近くに新設されたキャンプ場で、オーナーから出される試作のタレでジンギスカンを食べながら、アーチェリーやクロスカントリーで汗を流す様になった。
新人教育や家族の為の教育場も兼ねている。
近くの摩周湖、阿寒湖、知床の見張りを兼ねているのは当然だった。
急にジンギスカン大会に誘われたのは、近くの牧場に『道士』が現れて新婚旅行をしているカップルに声掛けしている事を【鳥の式】が伝えて来たからだ。
幸か不幸か岩屋夫婦以外に宿泊予約が無かったので、昼から臨時休業にして、猫たちはオーナーのキャンピングカーに乗ってこの駐屯地にいる。
オーナーは実は呑めない体質で、肉や野菜よりもタレを舐め続けていた。
その代わり奥様は、酒豪の隊員たちと飲み比べを敢行!・・・・・ドクターストップ! 発動!
自衛隊員を守る為に、寿美と魔女に諭されて切り上げペンションに帰って満足して眠った。
友嗣達も『御室美咲』に送られ少し遅れて帰ったが、鍵を預かっていて直接部屋に戻った。
床暖房のお陰で室内は暖かく、【式】達の監視のせいで安全は確保されていた。
ベッドに横になって『念話』で、起こった事を伝える。
輪道の連中が、やっている事はあまりにも酷い。
香港の子供を使った事は【呪符】を起動させる為の言葉が、大陸の言葉だからなのだろうが、神戸にいると言うのが若菜にとっては不安で仕方がない。
あそこには大陸だけでは無く、大陸を脱出した国の方々もいる。
最低でも、神戸に居るジェイの連中は排除すべきだろう。
このペンションは、海からは遠いので静かだが、『遠見の陣』で見てみると多くの警察車両が海岸線を捜索している。
海中にも、潜水士が潜って捜索を続けている。
銃器それも自動小銃が使われたので、自衛隊にも問い合わせが来ているが、使われたのがAKなので(友嗣が回収できなかった空弾倉から解った)スグに誤解は解けた。
駐屯地に、接近した車の痕跡は美咲達が消して置いた。
友嗣には、彼らの遺体は残っていない事は解っていた。
二人の身体自体が燃え上がったのだ。
まるで、その命を使って光を放つ蝋燭の様に。
その夜は、ただ抱き合って眠るだけだった。
翌朝、お土産にオーナー手作りのタレを頂いて、又、来る事を約束した。
オーナーの家族と猫達の見送りを受けてペンションを出る。
今日は夜と打って変わっての晴天だが、道路は凍結していてパジェロで助かった。
昨日の現場は、今日も封鎖されている。
東京からも【内調】を始めとして調査団と報道陣が、大挙して続々と到着する様だが釧路空港に降りる。
昨日の雪と工事で、駐屯地にはヘリの離着陸ができない。
一条篤はまだ気を失っている。
いや、失わせている。
友嗣が彼の記憶を再確認する為と、色々と彼の身体を調べておきたいので睡眠状態にしてある。
お陰でとんでも無い場所から『呪核』を取り出した。
真力の場所は、掴んでいない様だ。
釧路から丘珠に向かうコースを、昨日の事件を理由にして海岸沿いでは無く、摩周湖、阿寒湖上空を経由して知床半島から大雪そして丘珠へのルートを取らせる。
摩周湖と知床そして大雪で、友嗣が持つ青魔石に反応が出たが微々たる量だった。
現地調査は夏になる。
位置を確認して、釧路からの転移ができる様にした。
アトリエと釧路の間は【転移陣】を設定しておいたが、物資の移動を重ねて安全を確認してからだ。
朝霧との立ち合いは次回になったが、友嗣はそれでいいと思っている。
とても、剣だけでは太刀打ちできない。
丘珠空港で前回のクルーと会い、若菜と搭乗員の確認をする。
時間があれば、友嗣の魔素を回すトレーニングをするのだが、代わりに搭乗員全ての【白魔石】に【陣】を施した。
ジャスミンの心理攻撃を、参考に【対抗陣】を刻んだのだ。
相手の攻撃があれば対抗するし、熱を持って警告する。
嫌な予感がして御室と機長を連れて一緒に整備士の格好をして、使用機体の周囲と室内を調べる。
『虫』がいた。
翼の先端に、数匹のミミズの様な姿をしている。
こいつがどんな、働きをするかは判らないが無い方がマシだ。
(源蔵さんが残していた資料にあったが、本当に使う者がいるんだ)
館林源蔵が残した方法だと、始末に時間がかかる。
【遮蔽】を利用した駆除の方法を教える。
機内もやらなくてはいけないから、左右の手を機長と御室に取らせてゆっくりとやり方を教える。
若菜は乗務員と、一緒にボーディングブリッジからこの光景を見ている。
何をしているかの説明をしている。
これだけの大きさだ、まだ全体を包むのは無理だろうから片方の翼を覆う様に『遮蔽』を発動させる。
そして、そのままゆっくりと機体側から絞り上げていく。
【虫】が這い回るがそのまま先端側に絞り込む。
【滅】ふたりに渡しておいた館林の資料にあった【光滅】の陣を書き込んだ符を、もう片方の手の中で白魔石と共に握り込ませた。
僅かに翼の先端が光り【虫】が消える。
【光滅】を記した【符】も消えて白魔石だけが残る。
残りの各部分を、単独でやってもらう。
上手いものだ。
やはりこう言った【符】と【陣】を使った術の発動が、その身体に合っているのだろう。
キャビンの中や客室ギャレーは、若菜が乗務員の格好をして指導した。
本人も一度は着てみたかったと喜んでいる。
これから積み込まれる荷物と客については、虫の存在を感知したら発動する陣を機体搭乗口と荷物室において【知らせ石】を組み込んだ。
これで機長に伝わり、乗務員と機外にいる御室さんが対応できる。
友嗣は搭乗の様子を見ながら、周囲探索を御室にやらせてみる。
ここなら、空港設備も含めて広い範囲で探査できるだろう。
「二人ペアで、見送り用のデッキに居ますね」
「どうします?」
「今のままでは拘束できませんから、監視だけ付けます」
友嗣は相手の技量を測る為に、彼らに【虫】を飛ばしてみた。
冬のてんとう虫だ。
「虫使いなのに反応しませんね。ただの使いパシリでしょう。何かやりそうだったら、てんとう虫が臭い匂いを出します。」
若菜が、引き攣っている。
「ベスダミオですか?」
「薄くしていますよ?」
彼女は映像で見て、その効果を知っている。
「お見送りだけ、してくれませんかね〜」
「御室さん。対化学兵器仕様の防護服有りますか?」
「ククッ! やってくれませんかね〜 いい訓練になります」
美咲が悪い顔をして若菜の希望を打ち砕いた。
これは、嗾けるつもりの様だ。
「『遮蔽』をかけて接近してくださいね」
上空に消えていく機体を見送る黒服二人。
四人の警官と、化学防護服を用意した自衛隊員が隠れている。
「さて、実地訓練やってみよう!」
御室美咲は釧路で暴れられなかった分を、ここで取り返すつもりだった。




