175 フライト
「それでは、どうしましょうか? 早速、【陣】を探しますか?」
友嗣が進み出る。
「それには及ばんよ。【真力】が無ければ【陣】は動かない。それよりも、友嗣君。巴様の言われた三箇所の目星は付いているのかな?」
「はい。館林の庭から【魔素】を送りまして、所在は掴めています」
「京の陣は、萩月の庭に浮き出た陣の事だろう。アレはどうした?」
「転送、転移の紋様を抜き取って置きました。これで、転送、転移陣としては使えませんし、再稼働も容易です。アトリエで使っています【陣】と干渉しない様に先に抜いて置きました。済みません。相談も無しにやってしまいました」
「なるほどな。私も不在が多かったからな。済まなかった。あの【陣】が不安だったから助かるよ」
「友嗣が見つけている【三箇所の陣】の破壊は春までに行えば良かろう、私が知っている陣と思われる場所は、もう押さえて裏高野で身張って有る」
「残りは白山の麓の【泉】の場所か?」
「常義様。それについては、ご報告したい事があります」
「九鬼。そうだったな。場所は特定できたか?」
「はい。その所在については、おおよその場所は掴めています。そこで、お願いが有ります」
「言ってみなさい」
「はい。青山家の一族の者が無手の古武道の道場を、この泉の麓に開いております。これを長谷山と私で相談しまして、この道場に『栗林 誠』を置く事をお許しください」
九鬼の傍らに、長谷山が並び立ち頭を共に下げる。
「確かに泉の守り人がいるな。しかし、彼は剣の使い手・・・・・なるほど、共に成長させるか! 良かろう『栗林 誠』を、加賀に置く。門下生も付けて出せ。萩月の道場からも出す」
コレには『栗林 仁』が驚いた。
まさか兄が無手。
しかも柔術の青山で修行を積む。
兄貴も強くなる!
そう思うと、ゾクゾクして来た。
更に追い打ちがかかる。
「そのうちにウチからも、還俗させておこうかの。山にだけ置いて置く訳にはいかない。力を誇示するわけでは無いが出来る事をする」
くっそ! アイツらか!
アイツら、まだ隠し玉持っていそうだったし、棒術や棍まで使ってくる。
俺もヤリテ〜!
ギラギラと目を輝かせ始めた栗林仁を横目で見て、ニヤリと笑う一光は、続けて新婚の二人に告げる。
「そのうちに常義と友嗣、そして若菜にも逢わせたい人が居る。その時は山に来てもらう。良いな!」
「どなたです?」
「思いもつかない人達だ。手土産を忘れずに頼むぞ。何かと、我儘な方達だからな」
「手土産? 我儘? お坊様ですのに?」
「イヤイヤ、坊主では無い。それに、坊主も我儘だぞ。なぁ、晴美さん」
「わかっておりますよ。今日は源蔵さんのお部屋に用意してあります。皆様で源蔵さんに婚儀の事お伝えください。私は茜様と両角様と、一緒に時恵様の思い出話をして朝を迎えます。萩月の食堂は、もう任せて有りますから、明日は昼まで眠ります。若菜さん達を見送る為にね。長谷山さん!明日は運転手でしょう?お酒は控えて寝て下さいね」
「わかっています。24年前もそうでしたから」
「・・・・・お父様。24年前。巴様は何を御告げになられたのです」
「・・・・・萩も白美もいない。あの鏡から光の珠だけが出て来ただけだった。時恵に耳打ちする様に小声でお伝えになった。『お前たちの娘が、萩月を救う鍵になる。少ない余生だ。常義を愛して、愛し尽くせ』私にも伝わった。そして『幸あれ』とだけ言って消えていかれた。一光様にはお伝えにならなかった。私は時恵の寿命が、短い事を知らされた訳だが、時恵が二人だけの秘密にしてくれと言ってな。兄にも打ちあけれずに居たんだよ」
「ごめんなさい。思い出させてしまって」
「良いさ。これも、時恵との人生のひとつだから、お前には知って置いて欲しい事だ。さて、今日はもう休みなさい。明日の夕刻には伊丹空港から丘珠空港行きに乗る。友嗣君は飛行機は初めてだろう? 昨夜は二人で、この上を飛んでいた様だがね?」
「萩達に、聞いたの?」
「いや、自分の住まいから夜遊びに出る娘を、放っておけるほど寛容じゃ無いからね。慌てて【式】を飛ばして後を追っただけさ。お前が、空の上を歩き出した時に、友嗣君がら目配せされて式は返したけどね」
「お父さん。私も源蔵さんのお部屋でお話を聞かせて頂けますか?」
「それなら、ばあや。私も母の事を聴かせてください 私達はもう今日は移動だけですから」
こうして、新郎新婦はそれぞれの最後の独身の朝を、一門の先人達と刻を過ごした。
翌日、準備を済ませて皆に見送られて、予め揃えて置いた婚姻届を京都市役所に提出する。
すぐ様、受理手続きが済んで、担当の女性が頭を下げて
「若菜様、おめでとうございます。友嗣様、どうぞ末永くお嬢様をお願いします。岩屋友嗣様、若菜様 末永くお幸せに!」
と言って来た。
車に戻ると
「やはり早かったですね。でなかったら京都の役所は時間がかかりますから、羽田の手回しが効いています。此処には首都圏の大学を出て、移り住んでいる門人が多く居ますから」
羽田達も、京都に門人を多く送り込んでいる。
若菜も具体的な数を知らなかったので、門人の数を聞いてみると、良く分からないとの答えが返って来た。
いつの間にか音信不通となった者も多く、今、慌てて門人帳を照査しているらしい。
萩月でも、この状態だ。
他家は有力な家名でも残って居ないと笑っている。
「ふう。早く高速道を見限って正解でしたね。着きましたよ。友嗣さん。若菜さんも起きて。チケットはこれです。
札幌丘珠空港に着いたら、羽田の門下生が出迎えてくれます。女性ですぐにわかります。彼女が車でホテルまでお送りしますし、今夜はホテルのレストランで食事をしてください。お疲れでしょう」
「あぁ、長谷山さんも気をつけて帰って下さい。清水さん。済みません。荷物運びさせちゃって」
「良いんですよ。若菜社長の為ですから、帰りは私が運転して長谷山さんには休んで頂きます」
若菜の会社で働いている経理の清水さんも館林家の門人だ。
元は宮大工だったが肺を患い、外での仕事が辛くなっていた。
一時は退職を考えていたが友嗣が調べ物に疲れた際に、日本での風習や神仏の話をしてくれていた。
友嗣がコッソリと、白魔石を使って彼の肺を治療してやって退職を、思い止まる程に体調が戻って来ている。
若菜は、知らないふりをし続けている友嗣に、心から感謝をしていた。
「飛行機ですか・・・・・これが・・・・・」
友嗣は窓の外で彼らの搭乗を待つ、飛行機なる物体を眺めていた。
車でも動くのが不思議なのに・・・・・
自分が、乗物と言える物に乗ったのは馬車と小舟程度しか無かった事に、今気がついた。
常義の記憶で、追体験しているだけで有った。
「大丈夫ですよ。怖かったら寝て下さいね。アイマスク買って来ていますから」
若菜に手を握られてオズオズと、機内に乗り込む。
翼の少し前方の窓際に並んだ席。
「若菜様! おめでとうございます。(両角の門人一同からのお祝いです。)」
こうスチュワーデスの一人が小さな花束と、チョコレートの小箱を席に着いた若菜に手渡した。
こうなると周辺から「おめでとう」「おめでとうございます!」の声がかけられて、注目を浴びて寝るどころでは無かった。
しっかり、若菜が友嗣の腕を取り胸に花束を抱え込んで、二時間余りの空の旅が終わった。
最後に出るように言われていて、席を立つと機長と副操縦士迄が出て来て頭を下げる。
彼らは九鬼の一門で、今回のメンバーが帰りも担当する。
(此処まで徹底しているのは? 何かあった?)
「詳しくはお迎えに参っています羽田の手の物に聞いて下さい。私達もお互いに気を遣っていますが、帰りの便も私達がご一緒します。サトリの術で私達が操られていないかの調べをお願いします」
スチュワーデス: 当時1990年前後の女性CAのことですね。




