170 やっちゃった
ここは、館林家の書斎。
友嗣と若菜は、今日も二人で調べ物と、日本語とアーバインの言葉の辞書を作っている。
ひと段落して、お茶にする。
「友嗣さん。サランさんにバレてしまいましたよ」
「エッ!何が?」
「蒼さんの事です。彼女の気持ち知っているんでしょ?」
「・・・・・知ってはいるけど、何もしないつもりだよ。この世界ではアーバインとは違って複数の女性との『名変え』結婚は出来ないんだろう? 私は、そうであれば若菜さんが良い」
「そう言って頂けると、解っていても嬉しいです。でも、もし、蒼さんがアーバインに移り住んだらどうしますか?」
「・・・・・若菜さん。脅かさないでよ」
「それを、サランさんが考えたんですよ」
「そうか・・・・・もう成り行きに任せるしか無いよ」
「でも、それは残酷じゃ無いですか?」
「では結論を出せと?」
友嗣は少し意固地になってしまっていた。
「はぁ〜、旦那様が魅力的なのは嬉しいし自慢したいけど、やはり、術者の性なんでしょうね。その能力に更なる希望を望むのは。・・・・・聞いた事がります。『生物は滅亡方向に進み出すと雌の数が増えて、優秀なオスだけが生き残って、多くの雌との間に子供を作る』って、アーバインも間違いなくその方向みたいですね。陰陽師もそうなのかも知れませんね〜?」
聖地で撮られた写真を見る限り、女性の比率が高い。
写真をスキャナで取り込んで、戸籍作りを木場さんがやり始めていた。
自宅には近所の子供達が遊びに来るので、館林の敷地の一角に、木場専用の小窓が一つついただけの『プレハブ』が建てられて、木場が最新のパソコンやスキャナを持ち込んでいた。
ネガは、友嗣が【保護の術】をかけておいたので変色やカビが生える事はない。
しかし、コダック社が開発したと言うデジタル技術が、身近に欲しいと木場は手を尽くしている。
「でも、私の子は男の子が多いよ?」
「数が少ないです。それに、私と友嗣さんの間に産まれるのは女の子って白美が言っていました。巴様が言っているそうです。・・・・・何だか嫌だな。男の子が授かりやすい食事療法をやってみようかな?」
「そんな事はしなくって良いよ。健康な子供が授かれば良いさ。それとも、男の子が産まれるまで何人も子供作る?」
そう言って、友嗣は若菜を膝に抱いてキスをした。
若菜が友嗣を貪る様に唇を動かして、友嗣の手が若菜の胸に添えられる。
このまま〜
「コホン! 私の存在をお忘れ無く」
白美が現れた。
「どうして、すぐに出てくるの〜」
「巴様が、止める様に仰いますので仕方なく」
「巴様!」
「仕方なかろう萩月の儀式まで純潔を守らないといけないからな」白美の胸から巴様の声がする。
「それは、そうですが〜」
「俺、道場で汗を流してくるわ!」
気まずくなって、友嗣は萩月の自室に転移した。
道着に着替えて道場に向かう。
道場では桜が、合気の有段者から指導を受けその傍らには、栗林の姿があった。
「オッス!」
「何だ珍しいなぁ〜、栗林が他の指導を受けるなんて?」
「いや、面白いと言うか眼からウロコなんだよ。合気の流れに古武道に似た動きがあって、捌きが合気の方が合理的なんだよ。今、教えてもらっているのがそうだな、例えば、桜さんを後ろに庇って敵陣を抜ける為の動きなんだが・・・・・」
「おゝい、ちょっと手伝ってくれ〜」
こうして栗林が、六人ほどの門人を縦に二人づつ立たせて、桜を後ろに庇った栗林を襲わせた。
あくまで栗林を倒し、桜を攫う動きだ。
「桜さん!私の後ろを、ついて来てください」
「はい!」
(おや?)
門人達が、左右前方から手を伸ばして来る、
それを栗林は、一度受け止めて、横方向へ飛ばして行く。
次はローキックが飛んで来るが、これも栗林は避けると言うより払う感じで相手の体制を崩し、突きを入れて横に投げ飛ばす。
あくまで、背後には投げない。
これを見た、最後の二人は一人目が『突き』で栗林を牽制し、もう一人が背後に回り込む動きをして、桜を捕らえに行った。
栗林は、突きを体を捻りながら避けて、空気投の要領で背後に回り込んだ、門人に向かって投げ飛ばして、桜を背後から横抱きにして走り抜けた。
「テメ〜!クリ! それが狙いか!」
「コイツ、本気で俺を跳ね飛ばしやがった!」
「そりゃそうだろう。守るべき人を攫われそうになったんだ必死で守るさ。どこか痛めませんでしたか?桜さん」
「いえ、私はどこも・・・・・栗林さん。下ろしていただけますか?」
桜が、しっかりと顔をあげたまま、栗林におろしてくれと頼んだ。
その両手は栗林から離れる事なく、しっかりと首にまわっている。
(桜さん!首に手を回したまま下ろされたら!)
しっかり栗林の首に抱きついていた桜は、身を屈めて畳の上に桜の両足を着けさせた、栗林の頬に唇を押し付けて、更に胸を押し付けることになった。
これには、門人達から悲鳴が上がる。
「「「「「桜さん!」」」」」
桜はうっとりとしたまま、まだ栗林の首に腕を回している。
「あの〜桜さん。大丈夫ですか?」
「はい。何処までもついて行きます」
桜は完全に栗林との【逃避行】を夢見ている。
これも、何かの能力の現れなんだろうか?
そこで、やっと桜が正気に戻り、真っ赤な顔になって栗林の自室に駆け戻って行った。
若菜に道場であった事を【念話】で話をして、桜の様子を見に行ってもらうことにした。
こちらでも、門人に散々言われていた栗林がやっと正気に戻った。
「どうしよう友嗣!俺!キスされた!ファーストキスだ! これ責任取んなきゃいけないよな。プロポーズってどうすれば良い!」
完全にテンパっている。
友嗣が、投げ飛ばす。
「イテ〜!いきなり何だよ!」
やっと元に戻った栗林の顔を見ると、確かに左の頬にピンク色のキスマークがついている。
(口紅は落として、道場に入ろうね〜桜さん)
収納から【黒石板】を出して立体的に栗林の姿をとっておく。
それを見た門人が、カメラを持って来て何枚も写真を撮った。
「何だよ!」
「ただの記念写真さ!結婚式にはスライドで出してやる」
鏡を突き付けてやる。
慌てて拭こうとした栗林に周囲から、
「え〜 消すんか?」
「酷いやつだな!クリの奴、彼女が付けてくれたキスマークを消そうとするなんて!」
「あぁ! 桜さん泣いちゃうなぁ〜」
栗林は、体育館座りで顔を埋めて下を向いた。
でも、その顔は嬉しそうにニヤけていた。
桜の部屋では、若菜が桜の肩を抱いていた。
桜が、やってしまった事は若菜にはわかる。サトリですから。
桜もしっかり覚えている。
ほとんど、夢うつつでやった事だが、【記憶師】の能力が思い出させてくれる。
桜は前に門人達と食事をした際に友嗣の所作に見惚れたが、その横で食事を取る栗林の所作も美しいのを見ていた。
その時から彼が、気にはなっていた。
だが、今日は栗林がやった自分を守り敵陣を駆け抜けるシチュエーション。
途中から完全に自分が、メルヘンの世界に入っていた事に気が付いた。
「もしかしたら、疑似的に未来予想ができるのが桜さんの能力?」
思い返すと、思い当たることが多い。
良いなと思った人や、紹介された人と付き合ってみたらどうなるかを想像すると、どう言う訳か未来が見えて来る。
今まで、破局を迎えるか、不満が残る未来しか見えたことしかない。
自分は、どれだけ高望みしているかと言われたが、一度見えてしまったイメージは覆せれない。
こうして、今まで交際を断って来た。
中には当時、三高(高収入、高学歴、高身長)の、顔立ちも家柄も良い男性との見合いが持ちかけられたが、とんでもない暴力を受ける未来が、見えてしまって頑として合う事を拒絶した。
仲立ちに立った伯母には、勿体ないと言われたが会う事さえ怖かった。
だがその彼が、婚約者に対しての暴力行為で怪我を負わせて逮捕されたニュースを見て皆が驚いていた。
こうして、今まで過ごして来た。
若菜には隠し事をして見てもしょうがないから、友嗣に対しても、やってみた事を告白した。
だが、何も映像が位浮かばない。
何時迄も、現実の世界に居るのだ。
そんな事は、今まで一度も無かった。
『異星の人だからかな?』と思ったそうだ。
だが今日は違った。
栗林の後を追って駆け出したら、自分が敵中から救い出されて彼の背を見ながら駆けていく姫のような映像が彼女を包んだ。
そして、最後に彼の求婚を喜んで受け入れる姿を、今日は自分が演じてしまっていた。
やっちゃった。




