015 砂糖
シューラとライラが菓子と茶の準備をする。
茶は聖地でもよく飲まれている爽やかな味がする薄緑の茶だ。
だが、菓子が違った。
昨日は甘葛の汁を使って麦の粉に混ぜて板のようにした物を焼いて木の実を砕いた物をまぶした物だったが、今日の菓子は甘さが違うし木の実を更に細かく砕いた物を入れて焼いた物と更にオレンジの皮を干して細かく刻んだ物が入っていた。
「甘葛の甘さと違う」
「どう? 美味しいでしょう? オレンジの皮は咳止めに甘葛の汁で煮出して使うから味は解ったわね。でも、甘さは違うでしょう? コレよ」
ライラが茶色い塊と青い草の茎を取り出した。
「コレは?」
「砂糖よ。コレも新村に逃げて来た人が持ち込んで言われる通りに、この茎を土に差して増やしていったの。
今では2箇所の新村で栽培していて、この村でも栽培し始めたわ。
ほら、この浜を上がった先に畑があったでしょう?そこで栽培しているわ。
やっと、根付いてくれたわ」
ライラがこの浜の様子を書いた板で畑の位置を指で示した。
「見慣れない物が育っているなとは思っていました。コレは?」
「ちょっと、待っててね」
とライラは皿の上で器用にナイフを使って茎の皮を剥いだ。
青臭い臭いが広がる。
だが皿に粘り気がある汁が滴り落ちる。
「指で掬って舐めてごらん」
言われる通りに指につけて舐めてみる。
「甘い!」
「コレを煮詰めたのがコッチの塊。少し削ってあげるわね」
やはり、ナイフを使って先ほどの茶色い塊を削ってイバに渡した。
独特の匂いがする。
さっきの菓子と同じ匂いだ。
舌に落とすとやはり、甘い!
シューラはライラが削った茎に齧り付いている。
「もう、シューラったら。子供達はシューラみたいに茎を分けてもらってナイフで皮をはいで齧り付いているわ。
ただ、繊維が硬いから唇や舌を切ることがあるから気をつけてね」
「子供達は大喜びですね」
「聖地に戻る時に分けてあげるからお土産にしなさい。みんな喜ぶわよ」
「厨房の女の子だけにあげちゃダメよ!」
「あらあら、もうやきもち? そう言えば厨房の女の子にモテているって、今の荷車の子が言っていたわね」
「ワッグの奴。どんだけ言いふらしていやがる」
「ちゃんと聖地に帰ったら私との『名変え』が決まった事を、みんなに話しなさいよ」
「イバちゃん。大変ね」
「さて、茶の時間は終わりだ。ライラ。悪いがお前も残ってこの地図を完成させるのに手伝ってくれ。
イバ、この魔墨を使え。先ずは【青魔墨】で陣を置く場所を書いていくぞ」
それから、新しく陣を置く場所を決めていく。
糸を使って一つの陣で囲える範囲を決めていき魔石の種類を決めていく。
「私の遮蔽は丘の高さから岩場まで『でこぼこ』とした形状を取らせて、偽装で周囲の木々や草の植生を写す様に読み取ります。
こうしておけば雨が降っても雪が周囲に降っても同じ様な景色が上からは見えます。
岬側の崖には馬鹿蔦を植えれば冬でも枯れませんし、遮蔽の上にかかりますからより見分けにくくなります」
それを今回は小さな陣で試して見せましょう。
イバは白石板を分けて貰い懐から出した墨と筆で正確に陣を描いていく。
その二つを繋ぐようにもう一つの陣を描く。
「それが知らせの陣か?」
「はい、ここには白魔石を今回は置きましょう。こちらの白魔石が受け取り側です」
遮蔽と偽装の陣を描き中間にもう一つの陣を描いた。
そしてもう一つ黄魔石を懐から取り出した。
「この黄魔石にはほとんど魔素が残っていません。しばらくしたら術を保てなくなります。魔石を調べていて解ったのですがその状態になったら魔石が一瞬光ります。それをこの知らせの陣が教えてくれます」
「それでは、浜にこの陣を持っていきますから上から見ていてください。この陣ならこの家位の広さを隠します」
階下に降りていくイバ。
それに当たり前の様な顔をしてついて行くシューラ。
複雑な思いでそれを見送る村長と、それを面白そうに見つめるライラがいた。
「それでは、起動させます」
ニ階の窓から村長達が見下ろしている。
少し離れた砂浜の上に陣を描いた白石板を置き、黄魔石を陣に置いたイバ。
イバとシューラの姿がかき消えた。
砂浜が有るだけだった。
「今は、砂浜の景色を拾って広げています」
イバの声だけが聞こえる。
「では、海に近づきます」
白石板の裏に手を入れて海へと向かう二人。
上からは何の変化が無い。
ところが海に砂浜が円状に突出して行く。
それが半円になった時に今度は砂浜側に半円の海が現れた。
「戻りますね。今度は上から何か投げて見てください」
海が消え又砂浜の風景になった。
「どうぞ!」イバの声に
タルムが先ほどシューラがかじっていた茎を放り投げた。
茎は砂の上に落ちた。
どう見ても本来の砂浜までの高さではない。
「誰か自信があるなら飛び降りて見てくれませんか?」
「人が乗っても大丈夫なのか?」
「大丈夫です。狭い分、強度は本番用に上げてますから、この村の全員が乗っても支えられます」
「なら!」と、タルムが飛び降りた。
「トン!」軽い音がしてタルムがニ階の窓から体ひとつ分下の砂地に降り立つ。
「今、身体ふたつ分の高さの場所に遮蔽を展開しています。
高さはある程度変えれますがこれ以上高くすると強度が下がりますし範囲が狭くなります。風の行き来も必要ですからね」
下から見上げるとタルムの姿が見える。
陽の光もほんの僅か暗くなる程度だ。
「上手く知らせ石を組み合わせすれば偽装の陣の稼働と再稼働を切り替えできると思っています。そうすれば陽の光も変わりません。ただ、遮蔽だけがあって上からは丸見えですがね」
いつに間にかシューラが二階から飛び降りてきた。
イバの横から離れ二階に駆け上がったようだ。
『やっぱりな。とんだお転婆な嫁さんだ!』
「良いでしょ!でも、本当にこの【遮蔽】強いわね」
「【遮蔽の陣】に【保護の術】を重ねがけしているのだよ。器用な奴だな」村長が説明する。
「どうしたら、銀の鳥から飛んでくる火の矢を防げるかを考えただけです。ただ、この遮蔽では炎の熱までは防げません」
「おや? 知らせ石が光ったぞ」村長の手の中の石が光っている。
「皆、陣が切れます!【偽装】を先に切りますから【遮蔽】の端から飛び降りて下さい」
「エッ! イバ!助けて!」
「えぇい! ほらここだ。ここに飛び降り〜 イッテテ! なんで俺に向かって飛び降りる!」
「だって、イバが受け止めてくれると思ったのに!」
真っ直ぐ勢いを殺す事なくイバに向かって飛び降りてきたシューラに、砂地に転がされたイバは跨った姿のシューラに文句を言われた。
「もう、尻に敷かれていやがる」
きっちりと飛び降りてきたタルムに笑われてイバも大声で笑った。
「ホント!ウチの嫁はお転婆で困ったもんだ。アハハ〜!」
「良かったわね。シューラがあんなにはしゃいでいるのは初めてよ。サトリの能力者だから余計に周囲に気を遣って生きていたのに、イバの前では普通の女の子だわ」
「楽しみだったんだろうな。アイツの事はちょくちょくゲーリンが知らせて来てくれていたからどうしても手紙を読むと姿を想像してしまう。それを読み取って待ち焦がれていたんだろうな」
「貴方も嬉しそうね」
「もう、4、5日したら全て話すがイバの父親は私の師匠になるはずだったんだ。その夢はかなわなかったが今度は私がイバの師匠になる。イヤ、あの研究熱心なところや思慮深さは学ばなければな」
「孫が楽しみね」
「あぁ、だがこれから忙しくなる。嫌な予感は外れて欲しいが、今度ばかりは間違いない」
「丘のお姉さんからもそう便りが来ているわ。だから、姉さん達も、もう準備を始めたわ。馬もどうしようかしら?」
「奴らは人は襲っても鳥獣には手を出さない。
移動に使ったら自然な隠れ屋を作ってやって放牧するするしかないだろうな」
「解ったわ。そう手紙に書いて送るわ」
「上質の塩を送ってやれ。ワシらもサイスが滅んで見よう見まねでやった塩田だったからな。姉達も驚くだろう」
「塩も考えないとね」
「あぁ、だが策は有る。イバとルクマにやらせる。本当にイバが居て助かった」
「私も、あの子が息子になってくれて良かったと思っているわ」
「ワシが鍛えるから、母親役は任せたぞ」
「さて、今夜はご馳走しなくちゃね。腕がなるわ」
「酒も頼むぞ」
「本当にそれだけは忘れないんだから」
「ワシの数少ない楽しみのひとつだ」
「解ったわ。でも、あんまりイバは強くないみたいだから無理強いしちゃダメよ」
「解った。解った」
二階へ戻って地図に書き込みをする若者達に目を細めていた。




