158 アトリエ
そのまま、萩月家の食堂で門人達と昼食を摂る。
今日は『唐揚げ』だ。
揚げ物と言う調理法に馴染みが無かった、友嗣にとっては大好物のひとつだ。
友嗣の為にヒジキと厚揚げの煮物、それに餡をかけた温かい豆腐が添えられていた。
桜にも同じ物が供されるが、桜はお腹がいっぱいになって友嗣に唐揚げを食べてもらった。
(箸使いが綺麗・・・・・)
桜が、見合いの席で失望するのが箸使いだ。
祖父母は、食事のマナーにうるさく子供の頃は泣いていた。
だが今となっては解る。
箸を正しく使い食事に礼を尽くす。
それが、作品に出てくる。
僧出身の日本画家は多くいるが、そうした方と食事を摂ると良く分かる。
描き入れる線一本の意味を考えて有り、その思いが違うのだ。
口の中に食べ物を残しているうちは他の物に箸をつけない。
よく噛み、味を楽しんで、初めてその身に収め、そして改めて椀を取り、箸を運ぶ。
そう言いながら、桜も『丼もの』は掻き込む事を良しとしている。
でも、『海鮮丼』は苦手だ。
魚の匂いが混ざってしまい、折角の魚が持つ、それぞれの味が楽しめない。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
この萩月の門人でも箸使いが上手いのは、友嗣と先程話していた栗林と言う青年だった。
もう一度、魔墨を試させてもらう事にした。
白石板を、一枚出して貰い黄色と青の魔墨で線と円、点、そして三角に四角を書く。
描き終わると魔墨が光り乾燥する。
良い画材だ。発色も良い。
この墨ならば日本画家だけでは無く、多くの芸術家が小切手を切るだろう。
筆は三本で良いだろう。
しかし、これを15枚とは?
ふと気になって子供の教育用の陣を描いた物を見せて貰った。
確かに同じ紋様だ・・・・・これは?
もしかして、板に穴を開けてその上から墨を塗って作成し、線を補修している?
聞いてみるとそのとおりだった。
ただ、こちらに薄い金属に複雑な紋様を抜き取れる技術者を知らないと言った。
いつまで必要と聞いたら、今日の夕方と言う。
慌てて茜に木場を呼んでもらい、桜が知っている現代美術 【青山ヒカル】のアトリエに行く事にした。
彼は、レーザーを使い金属の板に微細な穴、線を開けて、裏から光を当ててそれを映し出す作品で売り出そうとしていた。
友嗣には余計な事を話さない様に頼み、桜が運転する軽自動車で北山の山村に向かう。
彼は、この山村の廃校を借りて作品を作っていた。
スキャナで読み込めば、原版を作ってくれるだろう。
木場もこの技術を知ってはいたが、手描きでないとダメなのだと言う思い込みがあった。
電話をかけていたので、出迎えに出て来てくれて青山と名乗った青年は、桜が手渡したトレーシングペーパーを眺めながら
「随分と込み入っているね。これをコイツに印刷するのか? φ330ミリ。相手はアルミ・・・・・では垂れてしまうな。チタンになるから、時間がかかる。二枚合わせて二時間、いや三時間ってところかな?」
と直ぐに作業の見積もりをした。
「えぇ、お願いするわ。お礼はそちらの木場さんと交渉して頂戴。それで、この事は内密にして、原版もデータもレーザーを当てた後のボードも回収させて、写真も撮らないで。素直に言うと危険よ。国家機密なんてもんじゃ無いわ」
「解った。桜ちゃんがそんな眼をして言うのならそうするよ。それに、そこの、この仕事の依頼者が怖いからね」
友嗣の方を見てそう言った。
「木場さんだっけ? この電話番号にかけてみてよ。僕の事を保証してくれるから」
渡されたメモを見て木場が問い返した。
「九鬼の縁者か?」
「電話番号を見ただけで相手が判るだなんて流石、萩月家の重鎮だね。母に聞いた通りだ。桜さんと知り合ったのは偶然だけどね。じゃあ、準備するから見てみる?」
「あぁ、是非見せて欲しい」
友嗣が初めて口をきいた。
「木場さん。電話じゃなく【式】使うでしょう? 黄魔石を渡します。九鬼さん、だけではなく羽田さんと、常義さん、そして若菜にも送って欲しい。遅くなりそうだからね。連絡先残さずに消えたら心配するといけないから」
「でも大丈夫ですか? 遅くなると帰り道は真っ暗ですよ?」
「嘘はついているが、信頼は出来る。彼では無く彼女だって事以外はね」
「アレ? 気付いちゃった? 覗いた? 秘密だったのに?」
「エッ!女性なの?」
「心外だな〜桜さん。そりゃ、女性らしい体つきじゃ無いし身長も高いし声も若干低いからね。でも、女性と気付いてくれて嬉しいよ。レーザーなんてやっているから理系男子で通るからね」
「チタンとやらで加工するらしいけど、信用出来そうだしチタンで作った後にコイツで頼む」
そう言って、胸の前から銀色の金属板を取り出して手渡した。
「【ヘルファ】と言う金属だ」
「ふーん。チタンと同じくらいの硬さと重さだね。特性は解らないってことかな? 随分と硬いな、曲がらない」
「解ってもらって助かるよ」
「この加工はどうやって? プレスでは無いな。熱延なら筋が出る。なんだろう?厚みは8mmってところかな?厚みのバラツキも無い」
「もう一枚渡そう」
又、友嗣が胸からヘルファの板を取り出した。
そして、
「見ててくれ、面白いから」
と言って、【魔素】を注ぎ込んだ。
手渡された新たなヘルファは、少しばかり金色を帯びている。
「おや? 随分と柔らかくなっている」
両端を掴んで軽く曲げていた。
「こりゃ、全部終わるのには半日、いや一日かかる。どうします?」
「ヘルファでの加工は、明日以降で構いませんよ」
「テストピースが有れば頂きたい。苦労する予感がするからね」
そこへ、木場が帰ってきた。返事も受け取ってきた様だ。
「まさか、九鬼の先代の【隠し子】が、ここに居るとは思いもしなかった」
「【隠し子】は酷いな。母が正妻さんを守る為に家を出て行っただけだよ。どうせ、調べがいくはずだから任せるけど青山は母の姓で、今はこの近くでのんびり暮らしているよ。僕も時々食事をしに行くけどね。
じゃあ、先にチタンでやってみるよ。その前にスキャナで読み込むから待っていてね。その間に装置を説明しておくよ」
蒼の作品の制作工程はこうだ。
レーザーを照射するステージに作品となる薄い金属板を乗せて、スキャナから読み込んだデータを使ってレーザーを照射。金属を蒸発させながら加工をして、更に立体加工を自分の手でハンマーを使ったりプレス機で行ったりしている。
レーザー照射機は、なかなか個人で買えるモノでは無いが退職金代わりに貰った物だ。
排ガスの設備も揃えて、環境問題対策も済んでいる。
問題は音がする事だと笑っていた。
「それじゃ、簡単な【陣】を張っておくよ。これは礼の一つだ」
と言って胸から片手大の【白石板】を取り出して桜に渡した。
「エッ?」
「やってみなきゃダメでしょ」
そう言って友嗣は【赤魔墨】と筆を渡して黒石板に【遮音】の陣を映し出した。
「やってみてください」
「・・・・・はい。やってみます」
「見ていて良いかな?」
「是非、見ていて下さい。きっと必要になります」
「・・・・・そうですね」
それから数分で陣を書き上げた桜。
友嗣が軽く術を作動させると、聞こえていた風の音が消えた。
「朝言った様に効果の調整は魔石からの線で調整します。魔石を植え込む加工をやってみますか
【青山 蒼】さん?」




