101 仮面夫婦
性的描写が有ります。
確かに瀬になって、向こう側への距離が近くなっている場所が有った。
そして、向こう岸には高い崖がある。
【遠見】を効かせてみると、対岸の高い岩の上に、白い服を伏せている獣人がいる。
(寒いだろうな)
ミオラは、こちらを見張っている男の雰囲気を覚えた。
「ほらこれを使え」
女に指し示されたのは、まだ十分使える小舟だった。
櫓も付いている。
「いいのかこんな良い物を」
「あぁ、どうせこの島から出ていく事は無い、好きにしてくれ。潮にのるから櫓は舵の役割しかできないから流されるなよ」
「なら、この舟の礼だ。」
そういって懐から【赤魔石】をわたす。
結構な大玉だ。
「オイオイ、良いのか?」
「あぁ、これがあれば少しは【暖】を取りやすくなるだろう」
悪辣兄弟が、こさえた赤い魔石の粒を寄せ固めた物だ。
次第に放出効果が落ちてくる。
ミオラの嫌がらせだ。
気づいた時には遅すぎる!
「行ったな」
「潮の流れがありますから早いですよ。追いかけるのは無理です。沖に出たところで大波喰らわせてやりますか?」
「辞めておけ、先の二人と同じ事をして生き残られたら面倒だ。しかし、とんだ失態だよ。アメの連中は・・・・・奴隷として扱われていたのはもう、知られて居るだろう。その事を知らずにミオラを行かせたのは新しい当主様のとんだ失敗だが。・・・・・どうせ助け出すのは無理だからな」
「どう出ますかね?」
「『放っとく。』 そう思っている。【黒と銀の鳥】がいつくるかわからない状況で、この島程度なら放置するのが一番賢い」
「ファルバンの当主としては、どう出ますかね?」
「暗殺を考えるだろうが、こちらの当主様は出てこない。暗殺なんてできゃしないさ」
正しくは居ない。
空の神輿を担いで、ここまで来たのだ。
ミオラに告げたメトルの指令なんて物は存在しない。
『首魁は私だよミオラ。ミオラ。私はアンタが嫌いじゃないよ。似て居るからね』
『誰が一番豊かになるんだろうね。誰が一番多くの人間を屈服させるのかな? それは、【魔素の泉】を牛耳る事ができた者さ。私は一度止めてみたいんだよ。この世界の【魔素】の流れをね』
女の名は【シャンタ・ルクル】死んだ筈のカラザの妻だ。
二人の間など、とっくに昔に破綻していた。
いや、皆無だ。
作り上げた物が無いのなら【破綻】とも言わない。
全く無かった。
男女の関係など持ってもいない。
初めての夜の屈辱。
夫は寝屋に来ようともしなかった。
可愛がっていた猫獣人の青年のヤキモチに彼女を捨てたのだ。
しかし、彼女は怒らなかった。
好きにさせる事にした。
その方が、彼女の夢を叶えるのには都合が良い。
シャンタが、この島の秘密を知ったのは幼い頃だ。
祖父の部屋。
祖父は、地下遺跡から掘り出した品々の蒐集家だった。
皆が魔道具に飛びつく中。
術師でも、なんでもない祖父は自分でも扱える物。
装飾品や美術品を集める事に、資財を費やしていた。
その中にシャンタが一番好きになった物があった。
人の丈ほどある斜めになった軸を中心にクルクルと回る大きな球だった。
大人二人がかりで、やっと持ち上がる重さをした薄汚れた球。
彼女は自ら、それを綺麗にした。
脚立を使い軸と球、そしてそれを支える台座と全てを綺麗にした。
浮かび上がる美しい青と茶色の模様。
古代文字が浮かび上がる。
所々に記して有る点を指すと、それに繋がった赤い点と筋がしめされる。
毎日の様に、あちらこちらの点を押してみる。
一つの点から伸びていくのは一つのときも有れば二つ、三つのときも有った。
そのうち、気づいて来た。
これって、この世界を表している?
海は青く塗られ、平野や山は高くなれば濃い茶色を示す。
小高い丘の上にあり周囲を山に囲まれた【マビア】、青い海に面した【シーグス】、広い平野と台地の【アレ】、丘と海に向かう平地の境に有る【聖地】
【アレ】から峠を越えて海に向かえば【ジューア】・・・・・ 知っている街や村が繋がっていく。
そして街や村でも、無い所にも赤い点は有る。
どこを押しても、辿っていけば軸が刺さった大きな赤い円に繋がる。
【マピア】は【シーグス】、【アレ】、【領主の街】、【ジューア)と繋がって、やはり軸に向かう。
【アレ】から【サイス】には細い筋が走る。
ここは【アレ】、近くにもう一つあるのね・・・・・避難所かしら?。
これは【シーグス】も ・・・・・避難所? サイスにも小さな点が有る。
毎日点を押して北の島と思える大きな円に繋がる線を探して遊ぶ。
年頃になり、縁談が進み彼女はファルバンの一門のカラザ・ルクルに輿入れする事になった。
山の中の街。
途中の【シーグス】なら良かったのに・・・・・
彼女は【泉の球】と名付けた球でこの街を指してみる。
赤い筋は自分の故郷【マビア】、【シーグス】、【アレ】、【嫌いな街】、【ジューア】へと繋がり軸へ向かう。
しばらく後に迎えた【名替えの夜】。
その夜、夫は寝屋に来なかった。
夫からの提案を受け入れて、表面上は仲の良い夫婦を演じ夜は別室で過ごす。
この島へ来ようと思ったのは【泉の球】の始まりの場所を知る為。
夫が主で有る領主の怒りを買い、これ幸いと若い男を呼び込んで自宅に閉じこもる様になった、
あの日、夫を捨て【ウルマ】に向かった。
ついて来たのは、『収納持ちの執事』とメイドと護衛の数人。
領主の腰巾着になっている術師の連中と折り合いが悪く、しかも夫を見捨てる気になっていた術師も多くいた。
その者達は先に【ウルマ】に入らせて街を掌握させている。
どうせ、三カ所の泉を押さえれば、相手は何もできない。
執事とメイドは幼い頃から自分に付き【泉の球】の秘密を知っていた。
執事が彼女の望みを叶えるために【ウルマ】に来て調べている。
『お嬢様、この軸が刺さって居るのは【ウルマ】の島でした。島の形が一緒ですしこの三つの点は【ウルマ】、【アメ】、【プオ】の避難所と聖地の泉でした。お嬢様の見立ては間違いありません。』
『それじゃ、この真ん中のこの世界全ての泉を繋いでいるのは?』
『麦畑の地下遺跡では無いでしょうか? しかし、何も無かった様ですが・・・・・』
執事が帰って来た数日後、私は【ジューア】から船に乗った。
あの男が若い男と過ごしている街が焼けたと聞いたのは船に乗る直前だった。
そう言われれば、峠の向こうに煙が見える。
それからは振り返る事なく船を【ウルマ】に向かわせた。
私は地下遺跡に潜る日々を過ごしている。




