幼馴染に捨てられた俺は、学園一の美少女に告られたんだが……
「ねえ、私と別れてくれない?」
それはあまりにも突然の失恋だった。
確かに最近、彼女の様子が変だとは感じていた。
作り笑顔のような、愛想笑いのような、嘘で塗り固められた表情で接されているようで心がざわついていた。
でもまさか、凛に別れを切り出されるとは思いもしていなかった。
「ま、待って! 俺、何かしたかな!? 悪いところがあったらすぐに直すから! ごめん! 俺が悪かった」
必死に捻り出した声は、媚びるような懇願だった。
実際、何が悪かったなんて思い至らない。
だからこそきっと、理由はハッキリしていた。
「なんか、冷めちゃったんだよね。蓮と一緒にいても、もう何も感じなくなっちゃったっていうか。友達としてはいいんだけど、彼氏としてはつまんないんだよね。それに私、他に好きな人できたし」
俺は何も悪くない。ただ、緩やかに衰退しただけ。
だから改善のしようがなく、自然に消滅するのは時間の問題だった。
いや、そんなわけがない。
そう自分に言い聞かせると、凛を説得しようと決意する。
「俺はやっぱりお前と別れたくなんか――」
「あのさ、この際だからハッキリ言うけど迷惑なんだよね。幼馴染ってだけで変な噂流れるし、お遊びで付き合っては見たけど、優しい以外に取り柄なんてないし。もう明日から話しかけないでね」
言うだけ言って、足早に凛は去っていった。
待って。その言葉は声にならなかった。
伸ばした手は虚しく空を掴み、指先は冷たく凍っていた。
「そもそも、私と蓮じゃ釣り合わなかったのよ」
最後に、そんなに冷たい言葉を残した。
~~~
俺と凛は保育園からの幼馴染で、去年俺の方から告白して両思いであったことが判明したのだ。
それから交際を始め、順調に仲を発展させていた。
キスは済ませた。身体の関係はなかった。でもそれは本気だったからだ。
俺は高校生活だけのお遊び交際などではなく、本気で結婚だって考えていた。
実際、その気持ちは凜に伝えていた。
凛も恥ずかしそうにしながらその気持ちに答えてくれた。
それなのに……こんなのあんまりだ。
結局、最初から本気だったのは俺だけで、凜は遊びだったのだ。
「お前、そろそろ泣きやめよ。流石に俺もむかついてきたぞ」
「じゃあお前がどっか行けばいいだろ」
「ここは俺ん家だって言ってんだよ!? お前マジで何時まで居座る気なんだ!?」
俺はその日、学校から逃げるように親友の家に転がり込んだ。
そしてワンワンと何時間にも渡って泣き喚いた。
「お前にはもっといい女いるだろ。実際、お前のこと好きな女子だって――」
「凛より好きになれる女の子なんているわけないだろうが!」
「だあ! 面倒くせえ! 慰めてほしいのかそうじゃねえのかどっちなんだよ!」
俺は誰かにそばにいて欲しかった。
黙って携帯でも弄っててくれればそれでよかったのだ。
こいつ、何だかんだ面倒見いいかな。
「俺にとって凛はすべてだったんだよ。物心ついたときからずっとあいつのことが好きだった。今だってそれは変わんねえんだよ」
「……にしても、凛ちゃんがお前を振るなんてな。あんなにラブラブだったってのに」
俺はよく凛に鈍感だと怒られていた。
なんで俺はいつも、あいつの気持ちを分かってやれないのだろうか。
……こんなんだから、振られたのかな。
~~~
次の日、学校に行くとすぐに破局の噂は広がっていた。
自分で言うのも何だが、俺たちはクラスの壁を越えて有名な美男美女カップルで、常に周りから羨望と嫉妬の目にさらされる理想のカップルだった。
『蓮くんと凛ちゃん別れたんだって』
『嘘! じゃあ、今がチャンスってこと!?』
『やめときなよ。あんたじゃ蓮くんの心は射止められないって』
『まあそうだよね。高嶺の花ってやつ?』
結局一夜中泣いて一睡も出来なかった俺は、机に突っ伏していた。
凛は登校していたが、挨拶しようとする俺を無視して足早に自分の席に座ってしまった。
やっぱり、なんで振られたか分かるまでは話しかけるのはやめた方がいいのかもしれない。
……いや、さっさと忘れて新たな恋を探せって皆言うんだろうな。
『にしても、別れたからって冷たくし過ぎっていうか。なんか感じ悪くない?』
『本当にそうだよね。というか、蓮くんを振るとか調子乗っててムカつくですけど』
『蓮くんの彼女じゃないなら、もう仲良くする必要も無いしね』
さっきから全部聞こえてんだよ。
凛を悪く言われるのは気分が悪い。
別れたとはいえ、元彼女を馬鹿にされて気持ちいいはずがない。
『失礼します』
席を立ち上がって教室を出ようとした直後、教室の扉を叩いたその女生徒にクラスがざわついた。
日本人離れした顔立ち、青い目、黄金に煌めく長髪。
人付き合いの少ない俺ですら彼女の存在は知っていた。
成績優秀、眉目端麗、品行方正、まさに絵に書いたようなマドンナ。
「蓮くんに話があってきました」
そんな彼女はクラスの中で俺を見つけて小さく手招いた。
男子からは嫉妬の眼差しに晒され、女子生徒からは何故か黄色い悲鳴が上がった。
「……分かりました」
それ以外の返答など見つからなかった。
断る理由などないが、断るとそれこそ男子から顰蹙を買う。
俺は大人しく彼女についていくことにした。
人目をはばかるように、彼女は空き教室に入った。
「ごめんね、急に呼び出して。やっぱり善は急げかなって」
「それで、何の用ですか、蘭さん」
「もお。要件なんて分かってるくせに」
蘭さんは上目遣いでモジモジと身体を動かした。
実は俺たちは前々から顔見知りの仲である。
顔見知りというのも、さん付けで他人行儀で呼ぶのも、すべては誰にも話せない関係性だからである。
「じゃあ、改めて言うよ。私と付き合ってください」
「……だから、俺には」
「でも振られたんだよね? それもこっぴどくって聞いてるよ? 蓮くんに言ったよね。もし凛ちゃんと別れるようなことになったら、そのときは覚悟しといてねって」
あー言ってたなー。
冗談だと思ってたし、凛と別れることなんてないと高を括ってたから全く気にしてなかった。
そう。俺は前にも蘭さんに告白された。
あのときは凛と交際し始めたばかりで勿論断ったが。
学園のマドンナが告白して振られるなんて、双方にとっても良くないことだったので誰にも知られていない。
「実はこの機会をずっと待ってたんだ。まさかこんなに早くチャンスが回ってくるなんて思わなかったけど」
蘭さんは俺が凛と付き合っている間も、ずっと俺の事を好きでいてくれたのか。
「でも、俺は……」
「すぐに付き合おうってわけじゃないの。ただちょっと凛ちゃんを見返したくない?」
「見返す?」
「私ってほら、一応学園のマドンナみたいだし? ラブラブなところ見せたら、きっと凛ちゃんも悔しいと思うんだよね」
よくある話だ。自分を振った恋人を見返したい。
降ったことを後悔させたい。
そういう復讐心をエンジンに大成するやつは意外と多い。
「ほ、ほら、凛ちゃんが別の男の子と歩いてるの見かけたら辛いでしょ!? 惨めな思いになっちゃうでしょ!? だから、私を使って復讐してみたい?」
蘭さんは必死に付き合うメリットを力説してくれた。
確かに、凛は好きな人ができたとも言っていた。
だったら、俺が蘭さんと付き合うのを糾弾できるやつなんていないだろう。
ただ、すぐに代わりの彼女に乗り移ったみたいで気が乗らないだけ。
「蘭さん、俺は――」
~~~
放課後になった。
今日一日はずっと頭の中がぐちゃぐちゃだ。
でも、いくら考えても答えはひとつだった。
俺は意を決して、帰宅路へ立った彼女を追った。
いつもは二人で一緒に帰るのに。
「凛。話があるんだ」
「……何、話しかけないでって言ったよね」
「言ったな。無言なら、一緒に帰ってくれるのか?」
「なら、近づかないでって付け加える」
「明日からそうするよ。でも、最後に話したくて」
「……そもそも、私とこんな話してていいの? 蘭さんと付き合ったんでしょ? 今朝、呼び出されて告白されてたし」
「やっぱり知ってたんだ」
告白されたことは誰にも言っていない。
まあ、あの光景を見れば推測はできるだろうが、この様子を見る限り凜は前々から蘭が俺に好意を抱いてくれていたことを知っていたのかもしれない。
「告白されたよ。――でも、断ったよ」
「はあ!? なんで!?」
「そんなのお前に未練があるからに決まってんだろ」
「ふざけないで! 今すぐに戻れ! 今ならまだ間に合うから!」
「いいや、俺に引き返すつもりはないよ。きっぱり断った以上、俺も覚悟を決めたんだ」
凜は激しく憤っていた。
こんなに怒っているのは初めて見るくらいだ。
「俺は凜のことが好きなんだ。もう一度やり直してくれないか」
「意味わかんない……何で私なのよ。蘭さんのほうがずっと美人で、賢くて、おしとやかで、みんなから愛されていて……私なんかより、ずっとお似合いなのに」
「そんなこと思ってたんだ」
凜はどこかのタイミングで蘭さんが俺に好意を抱いてくれていることを知った。
その上で、自分よりも蘭さんの方が俺に相応しいなんて思ったのだ。
だから身をひいた。未練を残さないために、こっぴどく振ったのだ。
「そんな悲しいこと言うなよ。俺が好きな人はあの頃からずっと変わっていない。物心ついたときから凜のことを好きじゃなかった瞬間なんて一度もない」
「なんで……なんでなんで! 私は蓮には釣り合わないのに……なんで私のことなんか好きになっちゃったのよ」
つり合いが取れない。
俺はその言葉を額面通りに受け取っていた。
でも、凜が劣っていると言ったのは多分自分自身だ。
俺は周りの評価など気にしてなかったが、俺たちがどういう風に思われているのかは知っていた。
「ごめん……俺、知らないうちに凜を傷つけていたよな。気づけなくてごめん」
「違う! 私は蓮に謝ってほしかったんじゃない! 私は蓮に、こんな馬鹿な女の子とは忘れて幸せになってほしかったの。……ううん。本当は自分自身が傷つくのを恐れて、蓮のためになんて言い訳をして逃げただけに過ぎないのよ」
「それは違うよ。凜は優しいから自分を許したくないだけなんだ。だって、本当に傷つくのを恐れていたのなら、あんな酷いこと言わないバズだから」
凜は俺を振るときに俺を傷つけることを言った。
それが何よりも気がかりだった。
確かに俺はあの言葉で傷ついた。でも……本当に辛かったのは凜のほうだ。
「だってお前は、絶対に人の悪口や陰口は言わなかったから」
かつて凜は俺にこう言っていた。
人の悪口を言うと息ができなくなるほど苦しくなる、と。
どうにもその言葉が嘘だとは思えなかった。
「そんなのは嘘よ。良い子ぶってただけ。本当に私は蓮のことが嫌いになったのよ」
「前と言ってること違うじゃん……でも、本当に俺が嫌いなら、はっきりとそういってここを去れば良い。俺はもう二度と凜には関わらないようにするから」
そして俺は、戸惑う凜に手を差し伸べてこういった。
あの日と同じように、同じ言葉を。
「俺と付き合ってください」
俺は小細工は苦手だ。
真っ正面からの直球勝負しかできない。
「私は、蓮のことなんか大嫌いよ」
凜は苦しそうに胸を押さえてその言葉を絞り出した。
~~~
酷く気持ちが悪かった。
今にもトイレに駆け込んでこのドロドロとした感情を吐き出してしまいたかった。
私は……蓮が好きだ。物心ついたときからずっと。
彼に告白されたとき、飛び跳ねたくなるほど嬉しかった。
それからの毎日はずっと幸せで夢見心地だった。
ただ……蓮がモテていることを知ってから、特にあの学園のマドンナの蘭さんが告白しているところを偶然目撃してから、私は本当に蓮にふさわしいのか、そればかり考えるようになった。
実際、クラスの子たちは懐疑的だった。
なんで蓮のような完璧イケメンが私なんかのような芋女を好きになったのか。
実家がものすごく金持ちなんじゃないのかとか、弱みを握っているのではないか、なんて考察がなされるほどに。
クラスメイトは私に優しくしてくれるけど腹の内では何を考えているか分からない。
次第に私が蓮の人生を狂わしているのではないかとまで思うようになった。
たった一度の高校生活、そしてたった一度の人生。
私なんかが蓮を独占して良いはずがない。
だから、この関係は終わりにしようと思った。
蓮は私なんかより蘭さんといたほうが幸せになれる。
「私は、蓮のことなんか大嫌いよ」
そうだ。これがきっと正解なんだ。
正直、蓮がこうしてまた私に告白してくれたこと嬉しかった。
やっぱり大好きだ。だから、これでいい。
「なんで……泣くのよ」
「お前こそ泣いてんじゃんか」
胸に小骨のように突き刺さるなにかが、明確に刃物となって心臓を切りつけた。
なんで、蓮はこんなにも私のことを思ってくれているのに、私はその気持ちに答えることを拒んでいるのだろう。
蓮にとって、私と付き合い続けることはデメリットにしかならない。
本当に彼を思うなら、私は拒絶するのが正しいはずなのだ。
でも……なのに……。
ああ……馬鹿だ。いつか必ず、この選択は間違いだったと気づくはずなんだ。
それでも今は、もう少しだけ間違っていたいと思ってしまった。
「ごめんなさい……本当は、蓮のことが大好きです。もう一度、私を彼女にしてください」
言った。言ってしまった。
間違った答えを出してしまった。
なのに今は、とても心が軽い。
「――ッ!」
突然、彼は私を強く抱き締めた。
気づかなかったけど、身体が震えている。
「怖かった……本当に嫌いになったんじゃないかって。本気で、心の底からお前のことが好きだったから」
「うん。ごめんなさい」
肌を通して熱が伝わってくる。
私たちは間違いだらけの選択の末にここに立っている。
周囲の声を無視することはできない。
これからも、私を見るあの目は変わらないのだろう。
でも、ならば私が蘭さんに匹敵するような完璧美少女になれば……それは難しいとしても、周囲の視線を変えることくらいできるかもしれない。
私のわがままに振り回してしまったこと、あとで精一杯謝ろう。
身体が帯びた熱は、暫くは冷めなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
正直、凛を好きになれないって人は割といると思うし、個人的にも凛は完全な善人じゃないとは思います。
実を言うと、蘭が凛に嫌がらせをして別れさせた……的なオチでもよかったのですが、あえて悪役は作りませんでした。
※この作品は『幼馴染に振られた″肉達磨″は、痩せてイケメンになって見返したい』という短編を書いてる時に思いついて書いた作品です。
なので似た作品ではありますが、どちらかというとそっちが本命みたいなのあるので、よければそちらも読んでいただけると嬉しいです。