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【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第四章 : 責務
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4-16.枯死した華

 夜。南部採石場を濡らす雨の勢いは、未だに衰えない。


「ううっ」


 気温の低さに身震いしたタカミは、大きな体を縮こまらせて、食事の配給所から居住スペースへ向かう。なけなしのパンが濡れないよう布をかけるが、その効果はたかが知れている。


「ふう、やっと着いた。今日はいつもの倍くらい遠く感じたぜ」


「よう、帰ったか。今日の雨はすげえな」


同室の男がタカミを迎えた。天候の過激さを嘆きながら、乾いた布を差し出す。


「おう、助かる」


 濡れた体を拭きながら、他の男らが囲む松明のそばへ。ほんの少しだけ炎の温かさをその身に感じたタカミ。数分温まった後、夕食を口にする。


「くそっ、不味ぃ」


濡れたパンを口に運びながら不平を垂れる。苦しい労働を終えた先で待っていたのがこれかと思うと、さらに絶望感が大きい。


「なあ、聞いたか? 今日も人が殺されたらしいぜ」


「またかよ」


「ああ。それも、二人いっぺんにらしい」


「二人も? いったい何があったんだ……?」


「俺も詳しいこたぁ分かんねえけど、確か、倒れた女とその女を介抱してた人って話だ」


「ひでえな」


——そういう優しい人間さえ殺すのか


——奴らは俺たちを人間扱いしねえが、奴らこそ人間じゃねえ


——悪魔だ


「ああ。しかも、介抱してた方は若い女の子って話だ」


「……若い、女の子?」


タカミは、今の男の話を聞いて一抹の不安を覚えた。拍動が早まる。


——まさか


——いや、まさかな


 違う。お前の予感は間違いだ。そう何度も己に言い聞かせるが、不安感は消えない。


「遺体が運ばれるところを見たやつが居てよ。そいつ曰く、かわいそうなくらい手足が細い女の子だって……タカミ?」


 話を聞きながら、突如、過呼吸気味になったタカミ。必死に呼吸を整えながら、タカミは男に問うた。


「名前は……その子の名前は分かるか?」


「名前? さあ、そこまでは分かんねぇな」


「…………っ‼」


 緊張で顔を引きつらせながら、勢いよく立ち上がる。彼の耳をつんざくは雨音ではなく鼓動音だ。


——ばかな


——ばかな、ばかな!


まだ乾ききらない体を翻し、部屋の出入り口へ向かう。


「お、おいタカミ? どうしたんだよ?」


「……ちょっくら、出かけてくる」


「出かけるって、こんな大雨の中か⁈」


「ああ、行ってくる」


「お、おい、タカミ! タカミ!」


 雨の中駆け出したタカミ。背後から複数人の叫ぶ声が彼の耳に届いた。同室の男たちが彼を止めるために放った音だ。しかし、タカミは一切振り返らずに走った。泥が跳ねようが、足が滑ろうが、あらゆる障害を無視して駆ける。まだ記憶に新しいウズメの居住スペースへ向けて左右の足を交互に前方の地面に打ち付ける。


——着いた、ここだ


「悪ぃ、誰か居るか?」 


 雨音にかき消されぬよう、声を張って呼びかけた。中からかすかに女性の声が聞こえ、数秒後に扉がゆっくりと開いた。タカミと同年代と思しき女性であった。ずぶ濡れになったことなど気に留めず、タカミは彼女に訊いた。


「ウズメは……ウズメは帰っているか⁈」


「……っ!」


——帰っているよな?


——呼ばれて元気よく現れるよな⁈


「ウズメちゃんは、今日……」


——頼む


——頼む‼


——あの子は、あの子は俺の!


「——こ、殺されて……しまったの」


 嗚咽交じりに答えた女性。その声を聞いた途端、それまで騒がしかった拍動が気にならなくなった。崩れ落ちることなく、叫ぶこともない。この時タカミを支配したのは怒りや悔しさではなく、憎悪であった。


 ウズメが殺されたこと。ミナカが殺されたこと。何人もの仲間が殺されたこと。人の優しさをゴミのように捨てること。そして何より、こんなことになるまで行動を起こさなかったことを、心の底から憎んだ。


「………………」


 大雨の中、彼は歩いた。己の居住スペースを素通りし、また別の場所を目指す。その顔に表情は存在しない。


 やがてたどり着いた先で、先ほどのように呼びかけた。


「ムスビ、居るか? タカミだ」


扉が開く。出てきたのは呼んだ相手、あの日以来のムスビである。


「ど、どうしたんだよタカミ⁈ 濡れてるじゃ——」


「——ムスビ」


「な、なんだよ?」


「待たせてすまない」


「……え?」


「やるぞ、例の計画」


「……おう。そりゃあ良いんだが」


「……徹底的にだっ‼ 一匹たりとも生かさねえ!」


「タカミ……」


 いつからか雨に加わって起こった暴風と雷。それらが相まって、憎しみに歪んだタカミの姿は、まるで鬼のようであった。


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