4-14.素敵な遊び
ミナカが死んだ日から四日が経った。タカミは作戦会議の場へ通う事をやめ、仕事と食事と睡眠をするだけの奴隷と化した。反抗の意思を秘めていた彼の面影は無く、今度こそ真の奴隷になり下がったのである。
「……終わりか」
今日の仕事が終わった。日が落ち始めた岩場を、虚ろな表情で進む。感情が異常なまでに希薄であり、そのせいで身体にまで悪影響を及ぼす。睡眠を経ても気怠さが抜けず、今も千鳥足で歩んでいる。
「……」
貧相な夕食を受け取る列に並び、ただ前の人の背中を眺める。思考は何一つなく、まるで人形のようであった。一人分の食事を受け取り部屋に戻ったタカミは、同室の男たちとは一切の会話もせず平らげた。
——空でも見るか
食事を終えたタカミ。寝るまでの間に、星空を観察しに出た。地べたに座って岩壁に寄り掛かる。背中に伝わるひんやりとした感覚は、しかし、彼の心の温度と釣り合っていた為に不快感を与えなかった。
——広いな、大空は
縦横無尽に広がる黒い天井の広さは、タカミに己の小ささを思い知らせた。
——この空の下には、たくさんの国がある
——この採石場は、その一つでしかねぇ
——んな中の俺は何なんだろう
——んな中のミナカは……何なんだろう
そんなちっぽけな存在である自分が行動したところで、何かが変わるのだろうか。無駄に行動して多くの命を巻き込むくらいなら、このまま大人しくしていた方がいいのではないか。何を考え、どう己の鼓舞を試みても、最後に導かれるのは消極的な回答のみだ。
「ははっ、結局俺なんかが足掻いたって、無駄なんだよ。なにを夢なんか見てやがったんだろうな……」
余りのストレスから、虚空に向かって独り言を放つ。
そこへ——
「あの、タカミさん?」
「……あ?」
ふと、己の居住スペースでは聞き慣れない高い声を聞いた。彼の名を呼ぶは、いつしか落石から守った少女であった。
「ふふっ」
「ウズメ……? こんなところで何やってんだ?」
「あ、私の事、覚えてくれていたんですね」
「あんな衝撃、忘れるもんかよ」
タカミの心に印象づいたウズメとの出会い。脳裏から消えないのは落石ではなく、その後の可憐な笑顔である。
「んで、なんでここに居んだ?」
「タカミさんに会いに来たんです」
「……俺に?」
「ええ。配給の時にタカミさんを見かけて、その……とても暗い顔をされていたので。助けて頂いた恩もありますし、何かお役に、せめて、話し相手にでもなれればいいなと」
彼女はまた、ふわりと笑う。
「そうかい。悪いな、気を遣わせちまって」
「いえ、気になさらないでください」
——ここでは、こんないい子が強制労働させられてるんだよな
「それよりも、何かあったのでしょう?」
「……分かるか?」
「はい。初めてお会いした時と比べて、随分悲しそうな顔をしていますよ? えっと……私でよければ、タカミさんの心の捌け口になりますよ」
——おいおい
——情けねぇな、俺はよ
タカミとウズメの年齢は倍離れている。そんな少女に慰められている事に気付き、妙に気恥ずかしくなった。しかし、今のタカミには彼女のような癒しが必要であった。旧友を失ってぽっかりと開いた穴を埋める何かを欲していた。
「……聞いて後悔しねえか?」
「聞かせてください。貴方の苦しみが、少しでも晴れるのなら」
「……友達が、死んだんだ」
「……っ!」
ウズメの反応を見て、この話をするのはやはり愚かであったとかと後悔した。しかし驚きながらも、彼女はタカミの方を見て頷く。
——調子狂うな
タカミの中で咲き誇っていた一輪の華は、もはや女神へと昇華していた。故にこそ彼は、己に向けられた慈悲や優しさに全力で甘えることに決めた。
「そいつはな、ガキの頃からずっと付き合ってた奴なんだ。それこそ、ウズメが生まれるよりずっと前からだぜ?」
「幼馴染の方、なんですね」
「ああ。俺たちゃあ俗にいう悪ガキでな。よくいたずらして、二人して大目玉をくらってたんだ」
鮮明に思い出されるミナカとの記憶が、大いなる慈しみを前にして溢れ出る。
——あれ、こんな昔の事よく覚えてんな
話をしている本人でさて不思議に感じるほど、まるでついこの前の事であるかのように思い返された。
「大きくなっても、仲良くされていたんですか?」
「ん? まあな。腐れ縁って奴で、何かと絡むことが多かった。こんなことになる前には、よく仕事で切磋琢磨したもんだ」
ふと、自分が饒舌になっていることに気付いた。気分が落ち込み、同室の者とも話さなくなっていたタカミだが、ウズメと話している時は違った。誰に促されるわけでもなく、自ら言葉を紡ぐようになっていたのだ。
「そんな、一番の仲間が死んじまったんだ。近々、一緒に遊ぶ約束をしてたんだがな?」
「えっと……何をして遊ぶんですか?」
「まあ、そうだな……。ここで働く皆が笑顔になれる、そんな遊びさ」
「すごく、素敵ですね」
「素敵……?」
「はい。タカミさんは素敵な方ですよ。人を笑顔にする力があるんだと思います。私も助けてもらいましたし」
——素敵
——人を笑顔に、か
数日前、最後に見たムスビの顔は悲しげであった。タカミが告げた、計画は保留だという言葉により浮かんだ表情である。そうと分かっていたために、彼はウズメの賞賛を素直に受け止めることが出来ずにいた。
「ふん、そんなたいそうなもんじゃねえよ、俺は。その遊びだって、もう何回も約束を破ってる。酷ぇ奴だろ?」
「いいえ、タカミさん。それでも、貴方は素敵です」
「……?」
「私も含めて、ここで苦しんでいる人たちは、誰もが自分の事で精いっぱいじゃないですか。そんな中で、皆を笑顔にする遊びの約束ができるなんて凄いです。自分だけじゃなくて、皆の事まで考えられるのは、タカミさんが優しい人である証拠だと私は思いますよ」
「ウズメ……」
彼女の言葉を聞き、胸が熱くなるのを感じた。己の事を意気地なしだと評価していた手前、それとは真逆の格付けに心が震えたのであった。涙がこぼれぬよう、再び天を仰ぐ。
「ありがとうな、ウズメ」
「ふふっ、お役に立てたなら光栄です」
「だいぶ気が楽になったぜ」
「……よかった。また、前のタカミさんに戻りましたね」
「ああ。君のおかげで、また前を向いて歩けそうだ」
再度、可憐な笑顔をタカミに向ける。
「おっと、もう遅い。そろそろ戻った方がいいぞ」
「……そうですね。今日は失礼します」
「真っ暗だから気を——いや、送ってくぜ」
「す、すみません……!」
「なあに、お安い御用さ」
絶望の底に居たタカミは、ウズメの言葉で救われた。完全に立ち直れたわけではない。ミナカを亡くした悲しみはそれほどまでに大きい。しかし、岩場の女神の言葉は、少なくとも生きる意思を再生させる程度の仕事をしたのであった。




